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第六話 新たな仲間
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一人で夜空を見ていたヨナ
今度は二人で空を見よう
北はまだまだ遠い
――吟遊詩人ジーンの歌より
『この役立たずが!』
『こんなんなら女の奴隷にしときゃよかったよ。使い物にならなくても買い手がいるからね』
『これ全部売り切るまで帰ってくるんじゃないよ!売上ちょろまかしたらわかってるだろうね。あんたに逃げ場はないんだから』
ベッドの中で小さく丸まりながらヨナは目を覚ました。最悪の寝覚めだ。
「でも、もう怖くない」
嫌な思いには違いないが彼らはもういない。そして何よりそんな彼らを凌ぐ殺意の持ち主をヨナは克服した。腰袋から魔物の牙を取り出し、しばらくそれを眺めたり掌で転がした。
鋭い牙は黒曜石のようにぬらぬらと黒く、死してなおもヨナに食らいつこうとするかのような禍々しさを放っていた。
店主に挨拶をし宿屋を出るといい匂いがした。
「焼きたてのパンはどうだい、冒険者さん」
婦人が竈から出したばかりのパンをヨナの方に差し出したが、焦げ目のついたふっくらとした見た目から香る麦の甘い香りにすっかり誘惑されてしまった。
「これも今朝絞ったばかりの山羊の乳だよ」
ああ、なんという至福。パンのぱさつきを乳が補い、乳の臭みをパンが相殺する。
風呂といい食事といい、彼らの生活は決して豪華ではないがいかに生きることを楽しいものにするかの知恵や技術でいっぱいだ。これらが銅貨数枚で得られるというのはとても安い。
ヨナは結局自分の頭ほどもあるパンをその場で二つ平らげ、「おいしかった」と言い婦人を喜ばせた。
教会では神父とノーラが既に待っていた。ノーラの服装は修道服とは違い動きやすそうな格好だ。
「おはようございます、ヨナ君」
ヨナとノーラはお互いの手を握り合い、神父とも同様の挨拶を交わした。
「孫がおらんくなってしまうのはちょっと寂しいが……ヨナ君、頼んだぞ」
それから神父はノーラに小さな革袋を手渡した。
「これは?」それはずっしりと、袋の大きさには見合わない重さを持っている。
「先立つものは必要になるじゃろう」
「おじいちゃん……教会のお布施入れたりしてないでしょうね……」
ノーラの問い詰めるような視線に神父は目をそらした。
「宣教活動の一環じゃ。誰が責められようか」
はぁ、とノーラはため息をつき革袋を神父に突き返そうとしたが、神父は「冗談じゃよ」とおどけたようすで手を振った。
「人に親切にしておれば主は見ておられるものじゃ。悪行然りな」
うまいことはぐらかし、神父はそのままノーラに金銀銅貨の詰まった革袋を持たせた。
「それでは改めて二人とも、くれぐれも気を付けて行くのじゃぞ」
神父に手を振って見送られ教会を離れた二人は町を歩き、出発に必要なものを整えた。
お互いに必要なものを相談し、過不足ないよう念入りに確認する。
「ヨナ君は着替えが足りませんので買いましょう」
「荷物が増えるからこれでいい」
「ダメです。不潔な環境は病気の元です」
しぶしぶヨナは着替えを数枚買い込み、それらを入れるために大きなザックを買った。ノーラは数日分の食料を買い、それらに彩を加えるために乾燥させた香草や塩を購入した。
一通りの準備が整ったところで、二人は食事をとることにした。
旅立ちの前に思い残すことが無いよう、二人はさまざまなものを食べた。
ふとノーラが両手の親指と人差し指で四角を作ってその空間から町を見渡した。
「何をしてるの?」
「こうすると思い出を忘れなくなるんです。ここは私が育った大切な町だからいつまでも忘れたくないと思いまして」
ふうん、とヨナも彼女を真似て同じように両手で作った四角い窓からぐるりと町を一望する。
「僕もこれで忘れなくなるかな」
「ええ、きっと」
二人はしばらく町の光景をずっとそのまま記憶した。行き交う人々、料理の匂い、人々の喧騒を余すところなく記憶し、食事を始めた。
「長い旅になりそうですか?」
ノーラの問いにヨナは「わからない」と答えた。それに対し彼女は「そうですか」と言うだけでそれ以上の質問はしなかった。
日が高いうちに二人は町を出発した。宿屋の店主は町の外まで見送りに来て、二人が見えなくなるまで手を振り続けた。
草原を分けるようにできた道を二人は進む。丘を越え石に躓きながら北を目指す。川の水で喉を潤し大木の陰で日差しを遮って休みながら進んでいく。道中で何度か捨てられた村や瓦礫の山と化した町を目撃した。
徐々に空が暗い赤みを帯び始める頃、ヨナ達は野営をすることにした。
周囲の枯草や枝を集め、火をつける。煙は上へ上へと昇り、暗くなりつつある空に吸い込まれていった。ノーラはその不規則な炎の揺らめきをじっと見つめている。白い肌が照らされ、憂いに満ちた瞳に炎が反射する。
「ヨナ君は怖くありませんか」
小さな声にヨナは反応しノーラの方を見た。彼女は炎を見つめたまま「私は怖いです」と続けた。
「多くの人が亡くなり、町がなくなりました。あなたも魔物に襲われて運が悪ければそのまま死んでいたかもしれません」
ヨナがなんと言おうか考えている最中にノーラはさらに続けた。
「魔物だけではありません。私は魔物を食べたというあなたのこともとても怖いです」と、ここではじめて彼女はヨナの目を見た。
「僕は……」
僕はなんだろう、とヨナは自問する。恐怖の対象とされるその意味を彼は計りかねていた。
「僕はノーラのことは怖くない」とっさに出た言葉だった。
しばしの沈黙の後、ノーラの頬が緩み「そうですね、私は怖くありません」と彼女は返した。
「私はヨナ君を食べたりしないので」
簡素な食事を終え、二人はザックを枕に横になった。
二人で空を見上げ、ヨナは北の星を指さし「あそこに向かってるんだ」とノーラに教えた。
固い土の感触にはじめは慣れずノーラは何度か姿勢を直し、ヨナを抱きかかえるようにするとそれが一番いいことに気が付いた。ヨナも何も言わずただノーラのするままに任せた。
空はいつの間にか完全に黒く染まり、二人が寝静まった頃焚火も燃え尽き、あたりは静寂に包まれた。
今度は二人で空を見よう
北はまだまだ遠い
――吟遊詩人ジーンの歌より
『この役立たずが!』
『こんなんなら女の奴隷にしときゃよかったよ。使い物にならなくても買い手がいるからね』
『これ全部売り切るまで帰ってくるんじゃないよ!売上ちょろまかしたらわかってるだろうね。あんたに逃げ場はないんだから』
ベッドの中で小さく丸まりながらヨナは目を覚ました。最悪の寝覚めだ。
「でも、もう怖くない」
嫌な思いには違いないが彼らはもういない。そして何よりそんな彼らを凌ぐ殺意の持ち主をヨナは克服した。腰袋から魔物の牙を取り出し、しばらくそれを眺めたり掌で転がした。
鋭い牙は黒曜石のようにぬらぬらと黒く、死してなおもヨナに食らいつこうとするかのような禍々しさを放っていた。
店主に挨拶をし宿屋を出るといい匂いがした。
「焼きたてのパンはどうだい、冒険者さん」
婦人が竈から出したばかりのパンをヨナの方に差し出したが、焦げ目のついたふっくらとした見た目から香る麦の甘い香りにすっかり誘惑されてしまった。
「これも今朝絞ったばかりの山羊の乳だよ」
ああ、なんという至福。パンのぱさつきを乳が補い、乳の臭みをパンが相殺する。
風呂といい食事といい、彼らの生活は決して豪華ではないがいかに生きることを楽しいものにするかの知恵や技術でいっぱいだ。これらが銅貨数枚で得られるというのはとても安い。
ヨナは結局自分の頭ほどもあるパンをその場で二つ平らげ、「おいしかった」と言い婦人を喜ばせた。
教会では神父とノーラが既に待っていた。ノーラの服装は修道服とは違い動きやすそうな格好だ。
「おはようございます、ヨナ君」
ヨナとノーラはお互いの手を握り合い、神父とも同様の挨拶を交わした。
「孫がおらんくなってしまうのはちょっと寂しいが……ヨナ君、頼んだぞ」
それから神父はノーラに小さな革袋を手渡した。
「これは?」それはずっしりと、袋の大きさには見合わない重さを持っている。
「先立つものは必要になるじゃろう」
「おじいちゃん……教会のお布施入れたりしてないでしょうね……」
ノーラの問い詰めるような視線に神父は目をそらした。
「宣教活動の一環じゃ。誰が責められようか」
はぁ、とノーラはため息をつき革袋を神父に突き返そうとしたが、神父は「冗談じゃよ」とおどけたようすで手を振った。
「人に親切にしておれば主は見ておられるものじゃ。悪行然りな」
うまいことはぐらかし、神父はそのままノーラに金銀銅貨の詰まった革袋を持たせた。
「それでは改めて二人とも、くれぐれも気を付けて行くのじゃぞ」
神父に手を振って見送られ教会を離れた二人は町を歩き、出発に必要なものを整えた。
お互いに必要なものを相談し、過不足ないよう念入りに確認する。
「ヨナ君は着替えが足りませんので買いましょう」
「荷物が増えるからこれでいい」
「ダメです。不潔な環境は病気の元です」
しぶしぶヨナは着替えを数枚買い込み、それらを入れるために大きなザックを買った。ノーラは数日分の食料を買い、それらに彩を加えるために乾燥させた香草や塩を購入した。
一通りの準備が整ったところで、二人は食事をとることにした。
旅立ちの前に思い残すことが無いよう、二人はさまざまなものを食べた。
ふとノーラが両手の親指と人差し指で四角を作ってその空間から町を見渡した。
「何をしてるの?」
「こうすると思い出を忘れなくなるんです。ここは私が育った大切な町だからいつまでも忘れたくないと思いまして」
ふうん、とヨナも彼女を真似て同じように両手で作った四角い窓からぐるりと町を一望する。
「僕もこれで忘れなくなるかな」
「ええ、きっと」
二人はしばらく町の光景をずっとそのまま記憶した。行き交う人々、料理の匂い、人々の喧騒を余すところなく記憶し、食事を始めた。
「長い旅になりそうですか?」
ノーラの問いにヨナは「わからない」と答えた。それに対し彼女は「そうですか」と言うだけでそれ以上の質問はしなかった。
日が高いうちに二人は町を出発した。宿屋の店主は町の外まで見送りに来て、二人が見えなくなるまで手を振り続けた。
草原を分けるようにできた道を二人は進む。丘を越え石に躓きながら北を目指す。川の水で喉を潤し大木の陰で日差しを遮って休みながら進んでいく。道中で何度か捨てられた村や瓦礫の山と化した町を目撃した。
徐々に空が暗い赤みを帯び始める頃、ヨナ達は野営をすることにした。
周囲の枯草や枝を集め、火をつける。煙は上へ上へと昇り、暗くなりつつある空に吸い込まれていった。ノーラはその不規則な炎の揺らめきをじっと見つめている。白い肌が照らされ、憂いに満ちた瞳に炎が反射する。
「ヨナ君は怖くありませんか」
小さな声にヨナは反応しノーラの方を見た。彼女は炎を見つめたまま「私は怖いです」と続けた。
「多くの人が亡くなり、町がなくなりました。あなたも魔物に襲われて運が悪ければそのまま死んでいたかもしれません」
ヨナがなんと言おうか考えている最中にノーラはさらに続けた。
「魔物だけではありません。私は魔物を食べたというあなたのこともとても怖いです」と、ここではじめて彼女はヨナの目を見た。
「僕は……」
僕はなんだろう、とヨナは自問する。恐怖の対象とされるその意味を彼は計りかねていた。
「僕はノーラのことは怖くない」とっさに出た言葉だった。
しばしの沈黙の後、ノーラの頬が緩み「そうですね、私は怖くありません」と彼女は返した。
「私はヨナ君を食べたりしないので」
簡素な食事を終え、二人はザックを枕に横になった。
二人で空を見上げ、ヨナは北の星を指さし「あそこに向かってるんだ」とノーラに教えた。
固い土の感触にはじめは慣れずノーラは何度か姿勢を直し、ヨナを抱きかかえるようにするとそれが一番いいことに気が付いた。ヨナも何も言わずただノーラのするままに任せた。
空はいつの間にか完全に黒く染まり、二人が寝静まった頃焚火も燃え尽き、あたりは静寂に包まれた。
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