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第七話 神の導きであるならば(上)
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誰かを守るために誰かを傷つけることは悪なのだろうか
おお神よ
これも偉大なる主の試練だと貴方は言うのか
――吟遊詩人ジーンの歌より
その日は朝からずっと激しい雨が降っていた。泥だらけになりながら二人は雨をしのげる場所を探すべく歩き続けていた。昼間であるにも関わらずぶ厚くたれこめた雲があたりを薄暗くし、冷たい雨が容赦なく二人を打った。
ノーラは濡れて下りてくる髪を何度もかき上げながらぬかるんだ道に足をとられそうになり、そのたびにヨナがそれを支えた。
「少し、休ませて、もらっても、いいですか」
いつもならなんてことのない道のりでも雨は余計に体力を奪っていく。ただでさえ歩き慣れていないノーラにとっては体力の限界に近く、ヨナに休憩を申し出た。
手ごろな木陰を探し出し、少しでも雨が当たらないように避難する。ノーラの体は震えていた。火を起こそうにもこの雨ではすぐに火種は消えてしまう。
「服脱いで」と言いながらヨナは唐突に上着を脱いだ。
「えっ」
小柄で痩せた見た目とは裏腹に引き締まったヨナの体を見てノーラは赤面する。
「服を脱いでくっつけばあったかい」
「そ、それはちょっと……」
これで火が起こせるのではないかというくらいにノーラは自分の顔が熱くなるのを感じながら咄嗟に自分の体を抱くように身構えた。
ヨナはその反応を見て自分の体の匂いをくんくんと嗅ぐ。
「そういう意味じゃなくて……今日はいい匂いですよ!」
ノーラは自分で何を言っているのかわからなかった。ヨナは「そう」とだけ言って再び濡れた服を着なおした。
雨が止む気配はいっこうにない。この木陰では一日過ごすこともかなわないだろう。ヨナはあたりを見渡しながら近くに町や村、廃墟がないかを探す。と、向こうの方に人影を見つけた。
「向こうに誰かいる」
ヨナが指を指す方向をノーラが見ると、確かに誰かがいる。それは徐々にこちらのほうへ近づいてくるようだった。手を振ると、向こうも振りかえしてくる。こちらの存在には気付いているようだ。
「あんた達、こんな雨の中で何してんだい」
「雨宿り」
人のよさそうな男に声を掛けられ、ヨナが答える。彼も軽装でどうやら冒険者のようだった。
雨宿りか、と男は葉の間から滴ってくる雨水を避けながら言う。
「こんなところじゃ風邪ひいちまうよ。近くに雨しのげる場所があるからこっちに来な」
親切な男の言葉に甘え、二人は荷物をまとめた。彼を先頭にし一行は雨の当たらない場所とやらを目指して歩き出した。
「よかったですねヨナ君。こんなところで助けていただけたのもきっと主のお導きですよ」
安堵している様子のノーラにヨナは「そうだね」と答える。彼は何か引っかかるものを感じていた。
「お姉さんは熱心な信者さんかい」
「いえ、私はここより南の町で修道女をしております」
「宣教の旅の最中ってわけだ」
足元に注意しながら進んでいく。しばらく歩くとやがて明かりのついた建物が見えてきた。
「あそこだ。住人がいなくなって捨てられた村なんだが今じゃ俺達が使わせてもらってる」
村の家に案内され、男は「体を拭くものと何か温かいもの持ってくるからちょっと待ってな」と言い残し出て行った。
「ヨナ君、ちょっと後ろを向いててもらえますか?」
彼が後ろを向いている間にノーラは衣服を着替えた。
「もう大丈夫ですよ。ヨナ君も風邪をひかないうちに着替えましょう」
「ノーラ」
ヨナの呼びかけが警戒に満ちたものをノーラは感じた。
ヨナの危機を察知する動物的な勘。それはあの魔物のときとそっくりなほど嫌なものだった。
その直後、数人の男たちが扉を開け入ってきた。後ろの方には先ほどの男も控えている。
「おお、これは上物じゃねえか」
「そうだろう?」
体格の良い男と案内した男が互いに拳を合わせる。全員が品定めをするようにヨナとノーラを上から下までふんふんと眺めた。
「これは……どういうことですか」
視線に耐えかねて半身を隠しながらノーラが言う。
「どういうことって、宿代の交渉だよお姉さん」
「宿代?」
男たちはにやにやとお互いの顔を見合わせる。
「白金貨十枚ってところだが……どうも手持ちじゃ足りなさそうだなァ」
そこでようやくノーラは自分の置かれた状況を理解した。
彼らは親切な旅人の振りをして商人や旅人をアジトに誘い込み財産や物資を奪った上でさらにその身柄を人買いに売って生活している盗賊だった。
ヨナは油断なく男たちの様子を伺いながら室内の様子を把握していく。
「あなたたちも生きなければならないのはわかります。でもこんなことをしていても主は見ておられますよ。今改めるならきっと主もお許しになります」
「傑作だ。聖職者の命乞いってのはずいぶん上から目線なもんだな。いいかいお嬢ちゃん。もし神サマってのがいるなら俺らは野盗なんてやらなくてもいい世界になってるはずだ」
わかるか?と男はノーラの鼻をピン、とはじいた。
「ま、それでもいるってんならお前さんたちが神サマからの贈り物だろうよ。よかったじゃねえか大好きな神サマの役に立てて」
ノーラはキッと男たちを睨んだが、「おお怖い怖い。罰が当たるぞ」などと男たちは一層茶化して下品に笑うだけだった。
おお神よ
これも偉大なる主の試練だと貴方は言うのか
――吟遊詩人ジーンの歌より
その日は朝からずっと激しい雨が降っていた。泥だらけになりながら二人は雨をしのげる場所を探すべく歩き続けていた。昼間であるにも関わらずぶ厚くたれこめた雲があたりを薄暗くし、冷たい雨が容赦なく二人を打った。
ノーラは濡れて下りてくる髪を何度もかき上げながらぬかるんだ道に足をとられそうになり、そのたびにヨナがそれを支えた。
「少し、休ませて、もらっても、いいですか」
いつもならなんてことのない道のりでも雨は余計に体力を奪っていく。ただでさえ歩き慣れていないノーラにとっては体力の限界に近く、ヨナに休憩を申し出た。
手ごろな木陰を探し出し、少しでも雨が当たらないように避難する。ノーラの体は震えていた。火を起こそうにもこの雨ではすぐに火種は消えてしまう。
「服脱いで」と言いながらヨナは唐突に上着を脱いだ。
「えっ」
小柄で痩せた見た目とは裏腹に引き締まったヨナの体を見てノーラは赤面する。
「服を脱いでくっつけばあったかい」
「そ、それはちょっと……」
これで火が起こせるのではないかというくらいにノーラは自分の顔が熱くなるのを感じながら咄嗟に自分の体を抱くように身構えた。
ヨナはその反応を見て自分の体の匂いをくんくんと嗅ぐ。
「そういう意味じゃなくて……今日はいい匂いですよ!」
ノーラは自分で何を言っているのかわからなかった。ヨナは「そう」とだけ言って再び濡れた服を着なおした。
雨が止む気配はいっこうにない。この木陰では一日過ごすこともかなわないだろう。ヨナはあたりを見渡しながら近くに町や村、廃墟がないかを探す。と、向こうの方に人影を見つけた。
「向こうに誰かいる」
ヨナが指を指す方向をノーラが見ると、確かに誰かがいる。それは徐々にこちらのほうへ近づいてくるようだった。手を振ると、向こうも振りかえしてくる。こちらの存在には気付いているようだ。
「あんた達、こんな雨の中で何してんだい」
「雨宿り」
人のよさそうな男に声を掛けられ、ヨナが答える。彼も軽装でどうやら冒険者のようだった。
雨宿りか、と男は葉の間から滴ってくる雨水を避けながら言う。
「こんなところじゃ風邪ひいちまうよ。近くに雨しのげる場所があるからこっちに来な」
親切な男の言葉に甘え、二人は荷物をまとめた。彼を先頭にし一行は雨の当たらない場所とやらを目指して歩き出した。
「よかったですねヨナ君。こんなところで助けていただけたのもきっと主のお導きですよ」
安堵している様子のノーラにヨナは「そうだね」と答える。彼は何か引っかかるものを感じていた。
「お姉さんは熱心な信者さんかい」
「いえ、私はここより南の町で修道女をしております」
「宣教の旅の最中ってわけだ」
足元に注意しながら進んでいく。しばらく歩くとやがて明かりのついた建物が見えてきた。
「あそこだ。住人がいなくなって捨てられた村なんだが今じゃ俺達が使わせてもらってる」
村の家に案内され、男は「体を拭くものと何か温かいもの持ってくるからちょっと待ってな」と言い残し出て行った。
「ヨナ君、ちょっと後ろを向いててもらえますか?」
彼が後ろを向いている間にノーラは衣服を着替えた。
「もう大丈夫ですよ。ヨナ君も風邪をひかないうちに着替えましょう」
「ノーラ」
ヨナの呼びかけが警戒に満ちたものをノーラは感じた。
ヨナの危機を察知する動物的な勘。それはあの魔物のときとそっくりなほど嫌なものだった。
その直後、数人の男たちが扉を開け入ってきた。後ろの方には先ほどの男も控えている。
「おお、これは上物じゃねえか」
「そうだろう?」
体格の良い男と案内した男が互いに拳を合わせる。全員が品定めをするようにヨナとノーラを上から下までふんふんと眺めた。
「これは……どういうことですか」
視線に耐えかねて半身を隠しながらノーラが言う。
「どういうことって、宿代の交渉だよお姉さん」
「宿代?」
男たちはにやにやとお互いの顔を見合わせる。
「白金貨十枚ってところだが……どうも手持ちじゃ足りなさそうだなァ」
そこでようやくノーラは自分の置かれた状況を理解した。
彼らは親切な旅人の振りをして商人や旅人をアジトに誘い込み財産や物資を奪った上でさらにその身柄を人買いに売って生活している盗賊だった。
ヨナは油断なく男たちの様子を伺いながら室内の様子を把握していく。
「あなたたちも生きなければならないのはわかります。でもこんなことをしていても主は見ておられますよ。今改めるならきっと主もお許しになります」
「傑作だ。聖職者の命乞いってのはずいぶん上から目線なもんだな。いいかいお嬢ちゃん。もし神サマってのがいるなら俺らは野盗なんてやらなくてもいい世界になってるはずだ」
わかるか?と男はノーラの鼻をピン、とはじいた。
「ま、それでもいるってんならお前さんたちが神サマからの贈り物だろうよ。よかったじゃねえか大好きな神サマの役に立てて」
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