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第八話 神の導きであるならば(下)
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持たざる者は踏みにじられる
持たざる者は持つ者から奪い持つ者になる
世界はいつだってどちらかだ
――吟遊詩人ジーンの歌より
彼らが話している間に他の盗賊たちは二人の荷物を漁る。所持金や短剣、それに食料などはすっかり彼らに奪われてしまった。
「運がなかったと思って諦めな。殺しはしねえよ。俺達だってそういう良心はあるんだぜ」
この場合の殺さないが果たしてどの程度幸運でどの程度不運なのかは意見が分かれるところだろう。命あっての物種と捉えるべきなのか、はたまた死んだ方がマシと思えるだけの扱いが待っているのか。
ヨナはそろりそろりと後ずさりし、テーブルのフォークを手に取るとそれを一番近くにいたあばた面の男の頬に突き刺した。
「痛ぇッ!」
反射的に男が怯んだ隙に刺さったフォークを引き抜くと、それを今度は喉に体重をかけて突き立てた。ゴリっとした感触と共に男は血の泡を吹いて倒れ込む。
「このガキ!」
別の男がすぐにヨナに殴りかかる。ヨナは避けようとしたが間に合わずもろにそれを受けてしまった。
痛みとともに吐き気がこみあげてくる。態勢を立て直す間もなく蹴り上げられ、小さなヨナの体は宙に浮いた。
「女は手出すなよ。値段が落ちる」
散々にあちこちを殴られ蹴られるヨナを一瞥しながら体格のいい男はパイプ草に火をつけくゆらせた。
「殺しはしないんじゃないんですか」
「何のことだ?」
とぼけた様子の男にノーラはただ睨みつけることしかできなかった。抵抗しようにも反撃されることをお互いにすでに理解している様子だ。
「あのくらいのガキは手足落としたって悪くない値はつくもんだ。顔だちも悪くはねえしな。息さえしてりゃいいんだよ」
落ち着いた様子の男の態度は過去にもそうやってきたことをノーラに納得させるだけのものがあった。
「ヨナ君……」
ノーラは祈るしかできなかった。そして祈った。
彼女の祈りは奇跡を起こす祈りである。
「なんだぁ……?」
白い光がヨナを包み、男たちの目が眩んだ。
ヨナはノーラと出会った町の教会で彼女がしたのと同じ暖かさを感じた。
「ありがとう、ノーラ」
そう言うとヨナは立ち上がり、倒れた男からフォークを引き抜き近くの男に刺し
男の腰に差していた短刀を抜いて喉を掻き切った。
混乱の最中、狭い室内でうろたえる男たちをヨナは一人ずつ確実に急所を狙って仕留めていく。その様子はまるで狼のようだとノーラは感じた。あまつさえその野性的な動きを美しいとすら感じ目を奪われた。殺しなど神が許さない大罪とわかっているのに。
「動くなよ」
体格のいい男がノーラの後ろに回って短剣を喉元につきつける。
「俺の仲間をこんなにしちまいやがって」
あたりは一面血が飛び散り、凄惨な光景だった。
男はかろうじて息のある仲間の首に短剣を振り下ろしその息の根を止めた。
「あなた……仲間を……!」
「そうだ。こいつらは仲間だ。助からねえのをわかってて生かしてやるほうが可哀想ってもんだろ。これが俺の『慈悲』ってやつだ」
「……」
ノーラの奇跡を使ってもそれは回復できるかどうかわからないほどの重症であった。もっとも、当の彼女が自分やヨナにされたことを鑑みて彼らを癒すかどうかはまた別の話になる。
「これじゃ盗賊稼業もおしまいだな」
諦めたように男は短剣を放り出し、両手を上げた。
「全部返すよ。ついでにこの村にある物も好きに持っていけばいいさ。野盗がこんなガキに返り討ちにされるなんていい笑い者だ」
ヨナはそれでも短剣を下ろさない。
「こいつらは僕たちを騙した。そして僕たちからお金や荷物を奪おうとした。僕だけじゃなくてノーラも売ろうとした。僕を殴っている間笑ってた。……こいつらは、魔物と同じだ」
「ヨナ君」
短剣を持つ手をノーラが包むように握った。
「もう十分です」
お願いですから、とノーラはヨナに剣を下ろすように頼んだ。
彼はそれでもしばらく男の喉元に剣を突きつけ殺意を露わにしていたがようやく剣を下ろした。
「彼らもきっと元は善良な人たちだったんでしょう。巡り合わせが悪かったんです」
ノーラはそこまで言うと倒れ込んだ。
なんとかヨナをの傷を癒して窮地は脱せたが、雨の中で歩き続けた疲労と悪意と殺意にあてられたストレスによる緊張は一件落着により完全に糸が切れてしまったようだった。
ノーラが目を覚ますとヨナが隣で眠っていた。彼を起こさないように注意を払いながら起き上がり、あたりを見回す。
「どうしたの」
「きゃっ」
慌てて口を押えるが、出てしまった声はもう戻ってこなかった。どうやらヨナの感覚の鋭さはノーラの注意力を上回っているらしい。
「ここは?」
「村の別の家」
どうやら盗賊の一党は村全体の家を分担して使っていたようで、彼らが寝床として使っていた建物までヨナが運んできたという話を聞いた。
「荷物も全部あるから大丈夫」
部屋の隅に置いてある荷物を指さしてヨナが言った。
「あの人は?」
ヨナは口をつぐんだ。
まさか、とノーラは嫌な予感がした。家を出て昨夜の現場に向かおうとしたところで体格のいい男と鉢合わせになった。
「よう」
男は仲間の亡骸を抱えながらノーラに声をかける。
「俺達はろくでもねえゴロツキの集まりだけどよ。俺が弔ってやんなきゃ誰も知らないまま朽ちていっちまう」
ヨナは男を許してはいないが、ノーラにお願いされた以上殺すこともできずただ不機嫌に男が自分たちに手を出さないかだけ目を光らせていた。
「すまねえなボウズ。謝れた義理でもねえが」
「いやだ。早く消えろ」
怒りは一晩経っても消えていないようで、吐き捨てるようにヨナは言った。
ノーラはまだ短い間柄とはいえヨナがここまで激しく怒るのを初めて目にした。
外はすっかりと晴れ上がり、まばゆいばかりの日光が水たまりをきらきらと光らせていた。
持たざる者は持つ者から奪い持つ者になる
世界はいつだってどちらかだ
――吟遊詩人ジーンの歌より
彼らが話している間に他の盗賊たちは二人の荷物を漁る。所持金や短剣、それに食料などはすっかり彼らに奪われてしまった。
「運がなかったと思って諦めな。殺しはしねえよ。俺達だってそういう良心はあるんだぜ」
この場合の殺さないが果たしてどの程度幸運でどの程度不運なのかは意見が分かれるところだろう。命あっての物種と捉えるべきなのか、はたまた死んだ方がマシと思えるだけの扱いが待っているのか。
ヨナはそろりそろりと後ずさりし、テーブルのフォークを手に取るとそれを一番近くにいたあばた面の男の頬に突き刺した。
「痛ぇッ!」
反射的に男が怯んだ隙に刺さったフォークを引き抜くと、それを今度は喉に体重をかけて突き立てた。ゴリっとした感触と共に男は血の泡を吹いて倒れ込む。
「このガキ!」
別の男がすぐにヨナに殴りかかる。ヨナは避けようとしたが間に合わずもろにそれを受けてしまった。
痛みとともに吐き気がこみあげてくる。態勢を立て直す間もなく蹴り上げられ、小さなヨナの体は宙に浮いた。
「女は手出すなよ。値段が落ちる」
散々にあちこちを殴られ蹴られるヨナを一瞥しながら体格のいい男はパイプ草に火をつけくゆらせた。
「殺しはしないんじゃないんですか」
「何のことだ?」
とぼけた様子の男にノーラはただ睨みつけることしかできなかった。抵抗しようにも反撃されることをお互いにすでに理解している様子だ。
「あのくらいのガキは手足落としたって悪くない値はつくもんだ。顔だちも悪くはねえしな。息さえしてりゃいいんだよ」
落ち着いた様子の男の態度は過去にもそうやってきたことをノーラに納得させるだけのものがあった。
「ヨナ君……」
ノーラは祈るしかできなかった。そして祈った。
彼女の祈りは奇跡を起こす祈りである。
「なんだぁ……?」
白い光がヨナを包み、男たちの目が眩んだ。
ヨナはノーラと出会った町の教会で彼女がしたのと同じ暖かさを感じた。
「ありがとう、ノーラ」
そう言うとヨナは立ち上がり、倒れた男からフォークを引き抜き近くの男に刺し
男の腰に差していた短刀を抜いて喉を掻き切った。
混乱の最中、狭い室内でうろたえる男たちをヨナは一人ずつ確実に急所を狙って仕留めていく。その様子はまるで狼のようだとノーラは感じた。あまつさえその野性的な動きを美しいとすら感じ目を奪われた。殺しなど神が許さない大罪とわかっているのに。
「動くなよ」
体格のいい男がノーラの後ろに回って短剣を喉元につきつける。
「俺の仲間をこんなにしちまいやがって」
あたりは一面血が飛び散り、凄惨な光景だった。
男はかろうじて息のある仲間の首に短剣を振り下ろしその息の根を止めた。
「あなた……仲間を……!」
「そうだ。こいつらは仲間だ。助からねえのをわかってて生かしてやるほうが可哀想ってもんだろ。これが俺の『慈悲』ってやつだ」
「……」
ノーラの奇跡を使ってもそれは回復できるかどうかわからないほどの重症であった。もっとも、当の彼女が自分やヨナにされたことを鑑みて彼らを癒すかどうかはまた別の話になる。
「これじゃ盗賊稼業もおしまいだな」
諦めたように男は短剣を放り出し、両手を上げた。
「全部返すよ。ついでにこの村にある物も好きに持っていけばいいさ。野盗がこんなガキに返り討ちにされるなんていい笑い者だ」
ヨナはそれでも短剣を下ろさない。
「こいつらは僕たちを騙した。そして僕たちからお金や荷物を奪おうとした。僕だけじゃなくてノーラも売ろうとした。僕を殴っている間笑ってた。……こいつらは、魔物と同じだ」
「ヨナ君」
短剣を持つ手をノーラが包むように握った。
「もう十分です」
お願いですから、とノーラはヨナに剣を下ろすように頼んだ。
彼はそれでもしばらく男の喉元に剣を突きつけ殺意を露わにしていたがようやく剣を下ろした。
「彼らもきっと元は善良な人たちだったんでしょう。巡り合わせが悪かったんです」
ノーラはそこまで言うと倒れ込んだ。
なんとかヨナをの傷を癒して窮地は脱せたが、雨の中で歩き続けた疲労と悪意と殺意にあてられたストレスによる緊張は一件落着により完全に糸が切れてしまったようだった。
ノーラが目を覚ますとヨナが隣で眠っていた。彼を起こさないように注意を払いながら起き上がり、あたりを見回す。
「どうしたの」
「きゃっ」
慌てて口を押えるが、出てしまった声はもう戻ってこなかった。どうやらヨナの感覚の鋭さはノーラの注意力を上回っているらしい。
「ここは?」
「村の別の家」
どうやら盗賊の一党は村全体の家を分担して使っていたようで、彼らが寝床として使っていた建物までヨナが運んできたという話を聞いた。
「荷物も全部あるから大丈夫」
部屋の隅に置いてある荷物を指さしてヨナが言った。
「あの人は?」
ヨナは口をつぐんだ。
まさか、とノーラは嫌な予感がした。家を出て昨夜の現場に向かおうとしたところで体格のいい男と鉢合わせになった。
「よう」
男は仲間の亡骸を抱えながらノーラに声をかける。
「俺達はろくでもねえゴロツキの集まりだけどよ。俺が弔ってやんなきゃ誰も知らないまま朽ちていっちまう」
ヨナは男を許してはいないが、ノーラにお願いされた以上殺すこともできずただ不機嫌に男が自分たちに手を出さないかだけ目を光らせていた。
「すまねえなボウズ。謝れた義理でもねえが」
「いやだ。早く消えろ」
怒りは一晩経っても消えていないようで、吐き捨てるようにヨナは言った。
ノーラはまだ短い間柄とはいえヨナがここまで激しく怒るのを初めて目にした。
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