10 / 25
第十話 いざ王都へ
しおりを挟む
活気を求めて歩こう
香りを求めて歩こう
目指すは王都ミール
――吟遊詩人ジーンの歌より
しばらく続いた荒れ地を抜けるとようやくあたりの景色に緑が戻り始めた。
「異常気象や飢饉などの災いの一部には人の手によるものもあるのでしょうね」
ピーグスの一件を振り返りノーラが言った。
大地を枯らしてしまう魔法、それはあまりにも有害なものであった。
「魔法ってどうやったら使えるの?」
ノーラの危惧とは対照的にヨナは魔法に興味津々であった。彼女の言う奇跡もヨナにとっては興味の対象であった。あれが使えるようになれば旅がさらに便利になることは間違いない。それに何よりもすごい。ヨナにとっては十分な理由だ。
「私は魔法の知識というのがないので……。もしかしたら王都なら広いので魔導士の方がいるかもしれません」
王都のミールは王の膝元ということもあり、様々な人が行き交いしている。商人や魔導士、他国の冒険者など情報を得るにはもってこいの場所である。
「王都には魔法以外にも冒険者のためのギルドがあるそうです。役立つものは多いので行ってみる価値はありそうですね」
自分たち以外にも冒険者がいることは知っていたがこうして改めて言われるとヨナは彼らの存在を再認識し、ぶるっと体を震わせた。
「王都に行こう」
「はい、ヨナ君」
二人はさらに北を目指す。ミールを目指して。
道中、時々馬車や人影もまばらに見かけるようになってきたのはおそらく周辺の町の警備がしっかりしており治安が良いためだろう。
「ああ!どなたか!」
悲鳴が聞こえた気がして振り向くと、少女が転がっていた。
二人は彼女に駆け寄り、「大丈夫ですか?」と体を起こす。すぐにノーラが治癒を施すと少女の傷は瞬く間に塞がり、痛みが引いたようだった。
「ありがとうございます。助かりました」
ぺこりと頭を下げる少女は上品な服を着ていて、どこかの貴族の娘のようだった。
「ご無事で何よりです。一体何があったんですか?」
少女は自分がミールの商人のもとへこれから嫁ぎに行く最中であったこと、その際に乗っていた馬が暴れ落馬し馬が逃げてしまったことを話した。
「あの馬には結婚の品や私個人の荷物も乗せていたのですが……」
困り果てたような彼女の様子をノーラは放っておけなかった。
「ヨナ君、女の子一人で歩いて行くのは心配です。私たちもミールへ向かう途中ですし馬を探しながらご一緒するのはいかがですか?」
ヨナは「わかった」というと、いつものように少女の手を握ろうと手を差し出したが、彼女はその意図が理解できなかったようだ。とっさにノーラが「これは南部の庶民の挨拶なんです」と機転を利かせ、少女は納得したように「なるほど」と呟いた。
「これは失礼いたしました。オードバン家のフェルリと申します。ご迷惑をおかけするかと思いますがよろしくお願いいたします」
ヨナとフェルリはお互いに手を握り合い、ノーラとも握手を交わした。
「僕はヨナ」
「私はノーラ=メロディウス、修道女です」
三人は歩きながらお互いの身の上を話し合った。彼女の言葉遣いはヨナにとっては若干難しいものであったがノーラがそれを彼にもわかりやすいように伝えた。
ヨナはおもむろに振り返ってフェルリに近付き、匂いを嗅いだ。彼女から発せられる匂いはまるで見えない柑橘畑のようだ。
身を引くフェルリにヨナは「いい匂い」と再び鼻を近づける。
「これも……南部の庶民の挨拶でしょうか……」
引き攣った顔でノーラのほうを向くフェルリにノーラは顔を覆いながら「ええ……そんなようなものです。彼にとっては」と誤魔化した。
「もしかして、これの香りでしょうか」
フェルリは小さな小瓶を取り出した。中の薄黄色の液体は太陽の光に当てられてきらきらと輝いた。蓋を開けると先ほどまでよりもいっそう強いフルーティな香りがヨナの鼻を刺激した。彼女はそれを少量自分の手に垂らすとヨナの首元と手首に馴染ませる。
「これも魔法?」
「これは香水ですよ。領地から取れる果実を私が精製して作ったのです」
フェルリ曰く香りというものは人にとって自分が思う以上に大切であるという。初めて会う人には第一印象を決めさせ、あるときは人を魅了し、またある時は香りだけで人の疲れた心すら癒すことができるという。
「社交の場が多い私たちにとってそれは物事をうまく動かすための道具にもなり、見えない武器になると私は考えています。残念ながら多くの人たちはそのような考えを持ってはいないようですが」
はあ、とため息を吐くフェルリだったが、香りに気が付いたヨナのことは気に入ったようで香水の入った瓶をヨナに手渡した。
「これに気が付いてくれたのは貴方が初めてですよ、ヨナさん」
ヨナはそれを受け取ると、腰のポケットにそれをしまい込む。
「大切なご友人と会うときや畏まった場などでお使いください。気付く人は気づき、貴方の魅力を十二分に引き出すお手伝いをしてくれます」
三人は北へ歩き続ける。王都ミールを目指して。
香りを求めて歩こう
目指すは王都ミール
――吟遊詩人ジーンの歌より
しばらく続いた荒れ地を抜けるとようやくあたりの景色に緑が戻り始めた。
「異常気象や飢饉などの災いの一部には人の手によるものもあるのでしょうね」
ピーグスの一件を振り返りノーラが言った。
大地を枯らしてしまう魔法、それはあまりにも有害なものであった。
「魔法ってどうやったら使えるの?」
ノーラの危惧とは対照的にヨナは魔法に興味津々であった。彼女の言う奇跡もヨナにとっては興味の対象であった。あれが使えるようになれば旅がさらに便利になることは間違いない。それに何よりもすごい。ヨナにとっては十分な理由だ。
「私は魔法の知識というのがないので……。もしかしたら王都なら広いので魔導士の方がいるかもしれません」
王都のミールは王の膝元ということもあり、様々な人が行き交いしている。商人や魔導士、他国の冒険者など情報を得るにはもってこいの場所である。
「王都には魔法以外にも冒険者のためのギルドがあるそうです。役立つものは多いので行ってみる価値はありそうですね」
自分たち以外にも冒険者がいることは知っていたがこうして改めて言われるとヨナは彼らの存在を再認識し、ぶるっと体を震わせた。
「王都に行こう」
「はい、ヨナ君」
二人はさらに北を目指す。ミールを目指して。
道中、時々馬車や人影もまばらに見かけるようになってきたのはおそらく周辺の町の警備がしっかりしており治安が良いためだろう。
「ああ!どなたか!」
悲鳴が聞こえた気がして振り向くと、少女が転がっていた。
二人は彼女に駆け寄り、「大丈夫ですか?」と体を起こす。すぐにノーラが治癒を施すと少女の傷は瞬く間に塞がり、痛みが引いたようだった。
「ありがとうございます。助かりました」
ぺこりと頭を下げる少女は上品な服を着ていて、どこかの貴族の娘のようだった。
「ご無事で何よりです。一体何があったんですか?」
少女は自分がミールの商人のもとへこれから嫁ぎに行く最中であったこと、その際に乗っていた馬が暴れ落馬し馬が逃げてしまったことを話した。
「あの馬には結婚の品や私個人の荷物も乗せていたのですが……」
困り果てたような彼女の様子をノーラは放っておけなかった。
「ヨナ君、女の子一人で歩いて行くのは心配です。私たちもミールへ向かう途中ですし馬を探しながらご一緒するのはいかがですか?」
ヨナは「わかった」というと、いつものように少女の手を握ろうと手を差し出したが、彼女はその意図が理解できなかったようだ。とっさにノーラが「これは南部の庶民の挨拶なんです」と機転を利かせ、少女は納得したように「なるほど」と呟いた。
「これは失礼いたしました。オードバン家のフェルリと申します。ご迷惑をおかけするかと思いますがよろしくお願いいたします」
ヨナとフェルリはお互いに手を握り合い、ノーラとも握手を交わした。
「僕はヨナ」
「私はノーラ=メロディウス、修道女です」
三人は歩きながらお互いの身の上を話し合った。彼女の言葉遣いはヨナにとっては若干難しいものであったがノーラがそれを彼にもわかりやすいように伝えた。
ヨナはおもむろに振り返ってフェルリに近付き、匂いを嗅いだ。彼女から発せられる匂いはまるで見えない柑橘畑のようだ。
身を引くフェルリにヨナは「いい匂い」と再び鼻を近づける。
「これも……南部の庶民の挨拶でしょうか……」
引き攣った顔でノーラのほうを向くフェルリにノーラは顔を覆いながら「ええ……そんなようなものです。彼にとっては」と誤魔化した。
「もしかして、これの香りでしょうか」
フェルリは小さな小瓶を取り出した。中の薄黄色の液体は太陽の光に当てられてきらきらと輝いた。蓋を開けると先ほどまでよりもいっそう強いフルーティな香りがヨナの鼻を刺激した。彼女はそれを少量自分の手に垂らすとヨナの首元と手首に馴染ませる。
「これも魔法?」
「これは香水ですよ。領地から取れる果実を私が精製して作ったのです」
フェルリ曰く香りというものは人にとって自分が思う以上に大切であるという。初めて会う人には第一印象を決めさせ、あるときは人を魅了し、またある時は香りだけで人の疲れた心すら癒すことができるという。
「社交の場が多い私たちにとってそれは物事をうまく動かすための道具にもなり、見えない武器になると私は考えています。残念ながら多くの人たちはそのような考えを持ってはいないようですが」
はあ、とため息を吐くフェルリだったが、香りに気が付いたヨナのことは気に入ったようで香水の入った瓶をヨナに手渡した。
「これに気が付いてくれたのは貴方が初めてですよ、ヨナさん」
ヨナはそれを受け取ると、腰のポケットにそれをしまい込む。
「大切なご友人と会うときや畏まった場などでお使いください。気付く人は気づき、貴方の魅力を十二分に引き出すお手伝いをしてくれます」
三人は北へ歩き続ける。王都ミールを目指して。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる