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第十二話 ようこそミールへ
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気品あふれる街へようこそ
自分の名前を売るならば
ここを置いてどこがある
――吟遊詩人ジーンの歌より
一晩の滞在を終え、三人はある程度の身だしなみを整え王都へと歩を進めた。
とくに衣服に関してはフェルリを連れていることもあってさすがにくたびれてしまったものを着るわけにもいかず、動きやすい薄地のものを三人で新調した。
「宿だけでなく服まで……」
フェルリはヨナとノーラが折半して彼女の分の服を買うことにずいぶんと抵抗したが、さすがに服を着替えないまま行くわけにもいかないため一際地味で安いものを選んだ。
「どうせ買うのなら自分がいいと思ったものにすれば……」
「私はこれが一番いいと思ったのです」
絹とは違うちくちくとした肌触りと、動かすたびに体に引っかかる固い生地に顔をしかめながらも彼女は頑なに「これがいい」と譲らなかった。
「いつも着ている服のような暑苦しさがありませんし。何重にも着重ねるのは重いし締め付けられて好きではないのです」
軽やかにくるりと回る彼女の姿は映えるものがあった。
今日も空は晴れやかで、日差しは少し肌を焼きそうだ。
「もうすぐ王都です」
しばらく歩いた後にフェルリが向こうの方を指さした。
外敵を阻むための大きな煉瓦の壁に囲まれたそこは、地平線が反り立っているかのような錯覚をヨナに植え付けた。
「あれが……王都……」
それまでの村や町などというものとは圧倒的に違う広さ。それは端から端まで歩くだけでも半日はゆうにかかるであろうものだ。遠目にヨナは指の窓からそれを切り取った。
「職人や貴族、商人たちの中でも一流の人が多く住んでいるそうですよ」
ノーラは聞きかじった話をヨナにした。ヨナの顔は明るくなり、「じゃあ食べ物も一流」と言って半ば駆けださんばかりにずんずんと歩いていくおかげで、王都の門の前に着く頃にはすっかりノーラもフェルリも疲れ果ててしまった。
「一体どんな体力をしているのですか……」
「三日間くらいならがんばれば寝なくても歩ける」
しれっと答える彼にフェルリはついていけないとばかりに頭を振った。ノーラもこれには堪えたようで息を切らしてそばの柱に座り込んでしまった。
「おい、大丈夫か」
ヨナが自分の水を二人に分けていたところで衛兵が近づいてきた。
「大丈夫です……少し休ませていただければ……」
ノーラがいまだ整わない呼吸のまま衛兵に応対し、ヨナは衛兵の装いを興味深そうに見ている。
彼らの鎧はロメル男爵のところにいた兵よりもぶ厚く、重い鎧で身を包んでいた。
「それ、重い?」
ヨナが衛兵の鎧を指さす。衛兵は「重いぞ」と答えた。
「ここの職人が作る鎧はそのへんのペラペラの紙みたいな鎧とは違う。職人が二倍の鉄鉱石を鍛えて作った特上品だ」
持ってみるか、と胸当ての部分を外してヨナに渡した。籠いっぱいの作物くらいの重さのあるそれを両手で持ったヨナは一瞬よろめいた。
「はっはっは。まだこいつを着るには早いな。もっと体を鍛えるんだ。よく食ってよく寝てよく鍛える!そうすりゃこのくらい羽毛を着るようなモンだぜ」
ぐっ、と上げた腕はまるで丸太のように太い。ヨナも腕を伸ばしてそれと見比べた。歳の割にはよく動き締まった体をしているものの、長年の栄養不足か筋肉の発達は遅れているような印象がある。
ヨナと衛兵が楽しそうに力比べをしたり、衛兵の腕にヨナがぶら下がっているのを少女二人はぼうっとする頭で眺めていた。
それからようやくして、改めて三人は衛兵と向かい合った。ノーラが旅の目的を衛兵に伝える。
「私はメロディウス神父の指名により宣教師として旅をしております。こちらのヨナ君は私に同行していただいてる仲間です。彼女はミールの商人のもとへ結婚しに来たのですが……」
「馬から落ちて荷物が全部なくなってしまいました」
衛兵がフェルリを頭から足先まで見渡すと、「なるほど」と一言。
「貴族の方ですな」
「どうしてそれを?」
衛兵はフェリスの靴を指さした。
「我々とてカカシのように毎日ここに立っているわけではありませぬ。貴女の靴は自分が貴族だと自己紹介しているようなものではありませんか」
そう言われてはじめてフェルリは自分の足に目をやり、それからほかの人の靴を見た。
フェルリのような成長期の子供が自分の足に合った上物の靴を履いているというのは、親が富豪であることを証明する何よりの身分証だった。
「お名前を聞いてもよろしいですかな」
「オードバン伯爵チェックの長女フェルリと申します」
衛兵は「オードバン……オードバン……」と数度その名前を反芻すると、「ようこそミールへ」と門を開け恭しく頭を下げた。
「お噂はかねがね。レディー・オードバン、フェルリ嬢様」
フェリスは驚いた。まさか家名だけならともかく、自分の名前を王都の衛兵が知っているなどありえないと思っていたからだ。
「どういった噂なのでしょうか」
衛兵は頭を上げハッハッハと笑った。
「いやなに、ここによく出入りしている商人のウェインズさんの文通相手がそんな名前だったことを思い出したのです。気品と教養のある手ごわい方だと仰っておられました。そういえばウェインズさんも最近こちらに居を構えたのだとか」
噂とは恐ろしいものだ。いつどこでどんな形で広がるかわかったものではない。形式的に応対していたとはいえ、どこまで手紙の内容が知られているのかと思うとフェリスは気が気ではなかった。
「そういえば馬がまだ見つかっておらんようですな。何人か人をやって探させましょう」
フェリスを気遣い彼は提案した。
「よかったですね、フェルリさん」
「ええ……ありがとう。とてもありがたいことです」
フェルリは衛兵の手を取ると、それに額をこつんと当てて「今はこのくらいしか貴方にお礼はできないけれど」と言った。彼女が行ったのは貴族の間では相手に敬意を表する挨拶のひとつとして認知されているものだ。
「私のような者に勿体ない」
衛兵は膝をついてフェルリの礼に答えた。
ヨナがノーラの服の袖を引く。
「フェルリってすごい人なの」
そうですね、とノーラはヨナに言う。
「こうして彼女たちの作法を目にしたのは初めてですが……すごい人だったようです」
門の向こうはこの国最大であり最高の都市ミール。
三人は衛兵に手を振って門の向こうへと姿を消した。
自分の名前を売るならば
ここを置いてどこがある
――吟遊詩人ジーンの歌より
一晩の滞在を終え、三人はある程度の身だしなみを整え王都へと歩を進めた。
とくに衣服に関してはフェルリを連れていることもあってさすがにくたびれてしまったものを着るわけにもいかず、動きやすい薄地のものを三人で新調した。
「宿だけでなく服まで……」
フェルリはヨナとノーラが折半して彼女の分の服を買うことにずいぶんと抵抗したが、さすがに服を着替えないまま行くわけにもいかないため一際地味で安いものを選んだ。
「どうせ買うのなら自分がいいと思ったものにすれば……」
「私はこれが一番いいと思ったのです」
絹とは違うちくちくとした肌触りと、動かすたびに体に引っかかる固い生地に顔をしかめながらも彼女は頑なに「これがいい」と譲らなかった。
「いつも着ている服のような暑苦しさがありませんし。何重にも着重ねるのは重いし締め付けられて好きではないのです」
軽やかにくるりと回る彼女の姿は映えるものがあった。
今日も空は晴れやかで、日差しは少し肌を焼きそうだ。
「もうすぐ王都です」
しばらく歩いた後にフェルリが向こうの方を指さした。
外敵を阻むための大きな煉瓦の壁に囲まれたそこは、地平線が反り立っているかのような錯覚をヨナに植え付けた。
「あれが……王都……」
それまでの村や町などというものとは圧倒的に違う広さ。それは端から端まで歩くだけでも半日はゆうにかかるであろうものだ。遠目にヨナは指の窓からそれを切り取った。
「職人や貴族、商人たちの中でも一流の人が多く住んでいるそうですよ」
ノーラは聞きかじった話をヨナにした。ヨナの顔は明るくなり、「じゃあ食べ物も一流」と言って半ば駆けださんばかりにずんずんと歩いていくおかげで、王都の門の前に着く頃にはすっかりノーラもフェルリも疲れ果ててしまった。
「一体どんな体力をしているのですか……」
「三日間くらいならがんばれば寝なくても歩ける」
しれっと答える彼にフェルリはついていけないとばかりに頭を振った。ノーラもこれには堪えたようで息を切らしてそばの柱に座り込んでしまった。
「おい、大丈夫か」
ヨナが自分の水を二人に分けていたところで衛兵が近づいてきた。
「大丈夫です……少し休ませていただければ……」
ノーラがいまだ整わない呼吸のまま衛兵に応対し、ヨナは衛兵の装いを興味深そうに見ている。
彼らの鎧はロメル男爵のところにいた兵よりもぶ厚く、重い鎧で身を包んでいた。
「それ、重い?」
ヨナが衛兵の鎧を指さす。衛兵は「重いぞ」と答えた。
「ここの職人が作る鎧はそのへんのペラペラの紙みたいな鎧とは違う。職人が二倍の鉄鉱石を鍛えて作った特上品だ」
持ってみるか、と胸当ての部分を外してヨナに渡した。籠いっぱいの作物くらいの重さのあるそれを両手で持ったヨナは一瞬よろめいた。
「はっはっは。まだこいつを着るには早いな。もっと体を鍛えるんだ。よく食ってよく寝てよく鍛える!そうすりゃこのくらい羽毛を着るようなモンだぜ」
ぐっ、と上げた腕はまるで丸太のように太い。ヨナも腕を伸ばしてそれと見比べた。歳の割にはよく動き締まった体をしているものの、長年の栄養不足か筋肉の発達は遅れているような印象がある。
ヨナと衛兵が楽しそうに力比べをしたり、衛兵の腕にヨナがぶら下がっているのを少女二人はぼうっとする頭で眺めていた。
それからようやくして、改めて三人は衛兵と向かい合った。ノーラが旅の目的を衛兵に伝える。
「私はメロディウス神父の指名により宣教師として旅をしております。こちらのヨナ君は私に同行していただいてる仲間です。彼女はミールの商人のもとへ結婚しに来たのですが……」
「馬から落ちて荷物が全部なくなってしまいました」
衛兵がフェルリを頭から足先まで見渡すと、「なるほど」と一言。
「貴族の方ですな」
「どうしてそれを?」
衛兵はフェリスの靴を指さした。
「我々とてカカシのように毎日ここに立っているわけではありませぬ。貴女の靴は自分が貴族だと自己紹介しているようなものではありませんか」
そう言われてはじめてフェルリは自分の足に目をやり、それからほかの人の靴を見た。
フェルリのような成長期の子供が自分の足に合った上物の靴を履いているというのは、親が富豪であることを証明する何よりの身分証だった。
「お名前を聞いてもよろしいですかな」
「オードバン伯爵チェックの長女フェルリと申します」
衛兵は「オードバン……オードバン……」と数度その名前を反芻すると、「ようこそミールへ」と門を開け恭しく頭を下げた。
「お噂はかねがね。レディー・オードバン、フェルリ嬢様」
フェリスは驚いた。まさか家名だけならともかく、自分の名前を王都の衛兵が知っているなどありえないと思っていたからだ。
「どういった噂なのでしょうか」
衛兵は頭を上げハッハッハと笑った。
「いやなに、ここによく出入りしている商人のウェインズさんの文通相手がそんな名前だったことを思い出したのです。気品と教養のある手ごわい方だと仰っておられました。そういえばウェインズさんも最近こちらに居を構えたのだとか」
噂とは恐ろしいものだ。いつどこでどんな形で広がるかわかったものではない。形式的に応対していたとはいえ、どこまで手紙の内容が知られているのかと思うとフェリスは気が気ではなかった。
「そういえば馬がまだ見つかっておらんようですな。何人か人をやって探させましょう」
フェリスを気遣い彼は提案した。
「よかったですね、フェルリさん」
「ええ……ありがとう。とてもありがたいことです」
フェルリは衛兵の手を取ると、それに額をこつんと当てて「今はこのくらいしか貴方にお礼はできないけれど」と言った。彼女が行ったのは貴族の間では相手に敬意を表する挨拶のひとつとして認知されているものだ。
「私のような者に勿体ない」
衛兵は膝をついてフェルリの礼に答えた。
ヨナがノーラの服の袖を引く。
「フェルリってすごい人なの」
そうですね、とノーラはヨナに言う。
「こうして彼女たちの作法を目にしたのは初めてですが……すごい人だったようです」
門の向こうはこの国最大であり最高の都市ミール。
三人は衛兵に手を振って門の向こうへと姿を消した。
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