ある解放奴隷の物語

二水

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第十四話 金と塩

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 貴族の娘と豪商相手にも怖いもの知らず
 礼儀は知らぬが謙虚は美徳だ
 知らないことを知らないと言える人がどれだけいることか
   ――吟遊詩人ジーンの歌より


 ウェインズ邸での晩餐はこれまでにないくらい贅沢なものであった。
 思わぬ同伴者であるヨナとノーラにも彼は自分たちと同じ食事を用意し対等な関係として丁重にもてなしてくれた。
 料理の量はゆうに十人分はあるのではないかと思うほどテーブルに所狭しと並べられ、穀物から野菜から肉から魚までこの国のあちらこちらの食材をふんだんに使ったそれらはどれもが食べる宝石のようであった。
「いとしのフェルリ様に。そして小さき友人ヨナさんと美しきノーラさんに」
 乾杯、とウェインズは銀の盃になみなみと葡萄酒を注ぎ持ち上げた。三人もそれに続き盃を上げ、みな同時に口をつける。
 使用人たちは言葉を発することなく空いた盃に葡萄酒を注ぎ、空いた皿に料理を綺麗に取り分けていく。
 そのてきぱきとした様子をヨナはまるで一定の作業をこなす人形のようだと思いながら食器を扱い慣れない不器用な手つきで料理を口に運んだ。
 料理のいくつかは果実でもなく香草でもない味付けがしてあることにヨナは気が付いた。
 それは今までに感じたことのない、妙に喉が渇く代物であったが、決してひりつくような辛さではなくどちらかといえば臭みを消すのにちょうどよい塩梅であった。
「これは魚だけどあまり臭くない」
 そうですね、とウェインズは答えた。
「それは塩蔵品といいます」
「塩蔵品?」
「ええ、塩というもので魚を腐りにくくするのです。保存がきく上に味が濃いのでうまく作って常備している冒険者もいます」
 ふむ、とヨナは頷く。その塩とやらがあればもしかしたらあの魔物の肉ももっと長持ちする食材にできたかもしれないと埋めてしまった魔物のことを思い出した。
「肉でもできる?」
「できますよ。こちらの品は猪の肉の塩漬けですから食べてみてください」
 使用人がウェインズの言葉を合図にさっと食器にそれを盛りつけた。
「おいしい」
 これは美味だ。水さえあれば毎日でも食べれそうだ。
「どうやって作るの?」と興味津々に聞くヨナ。
「手の込んだ料理よりもヨナさんは塩蔵品のほうがお好きなようだ。私は詳しくありませんが、近くの料理屋を紹介しましょう。そこで教えてもらうといいですよ」
 彼は使用人を呼びつけさらさらとスクロールを短く切って何かを書くと、それをヨナに渡した。
「ミールの商人や職人たちは人を選びます。売る商品を選び、与える情報を選びます。そうやって彼らは一流という肩書を守り続けているのです」
 文字の読めないヨナはノーラにそれを見せた。
 どれどれ、とそれを覗き込むノーラ。
「『わが友人であり恩人であるヨナ少年とシスター・メロディウスに敬意ある対応を望む。ウェインズ商会 ベン=ウェインズ』……と書いてあります」
 その通り、とウェインズは頷いた。
「貴族と労働者と奴隷のような身分による縦の関係よりも僕たちは横の関係を重んじます。それは職業、国、種族をも跨いだ信用の関係です。このスクロールは国外でもきっとお二方の役に立ちましょう」
 ヨナは「ありがとう」と礼を言いそのスクロールを大切に腰袋にしまい込んだ。
「フェルリ様のことに比べればこの程度ではまだまだ足りないくらいですよ。そのくらい僕は彼女に惹かれているのです」
 ウェインズはフェルリのほうにウィンクをしたが、彼女はそれを受けると顔を赤くしてうつむいてしまった。
 食事が一段落すると、ウェインズはヨナたちに大きな包みを渡した。
 ヨナは中を確認しようとしたが、それをウェインズは制止した。
「ヨナさん、あなたは価値について考えたことがありますか」
「価値?」
「そうです。どんなやり取りをするにあたっても必ず価値というものが存在します」
 物品に対する貨幣、使役に対する報酬、そして恩義に対する返礼。それらはすべて価値の交換だとウェインズは言った。
「あなたの旅の途中、もしかしたら何かのきっかけで資金が尽きるかもしれない。この国の外へ出ればこの硬貨ですらその価値を持ちません。そんな状況でもし何かが必要になったときどうすればいいのでしょう」
 ヨナは考えた。彼は自分一人で生きることは可能だと思っていたが、それは社会的な生活をすることと同義ではない。そして必ずしもヨナの野性的な生き方についていけるわけではない人もいる。
「わからない。食べ物は野菜や果物をとる。動物は狩りをする」
 ノーラがおそるおそる手を挙げた。
「あの……いざとなれば私が……」
「何をするのでしょうか」
「うっ……その……」
 言葉に詰まるノーラをそれ以上は詰問せず、ウェインズは笑って「あなたには聖職者としての職務を遂行すればいいのですよ」と言った。
「ノーラさん、あなたは商売人向きではありません。あまりにも聡明なうえに正直者すぎる。どちらかだけならばよかったのですが」
 はっきりと適正を否定されノーラはしょんぼりと肩を落とした。ヨナがそっと頭を撫でる。
「魔物の肉の塩蔵品作る」
 ヨナは次回魔物に遭遇したときのことを考え、そのために塩漬けの方法を知りたがっていた。そうすれば人の安全をおびやかす魔物を退治して食糧にもなると思ったのだ。
 ぎょっとするノーラをよそにウェインズは「いい案ですね」と言った。
「味や毒性は検証する必要はありそうですが、食材をそのまま売るよりも調理した方が値ははるかに上がります。加工のひと手間にも価値がついていますからね。付加価値の提供は基本です」
 まあ合格でしょう、と彼は包みを開けた。そこに入っていたのは大量の塩と、黄金でできた細い棒だった。
「金と塩。どちらも僕たちの文明の社会からは切っても切り離せないものです。硬貨はそれぞれの国でしか使えませんが、延べ棒の形であればどの国でもほぼ一定の価値で取引できます。塩もまた同様です。塩がなければ多くの人々は生きていけません」
 ウェインズこれから先ヨナ達が南の国に留まることなく世界へ旅立つことを見抜いていた。ゆえに彼はフェルリを守りながら連れてきたことに対する礼という形で商売の根幹を為す心構えと人脈、そして知恵を与えて商人としての最大限の礼を尽くしたのだった。
 ある程度物事を知るようになると多くの場合すぐ近くにある些細な変化に鈍感になっていく。それはウェインズが、近頃新鮮さが足りないと考える理由のひとつであった。
 商売というものは新しさに敏感でなければならない。欲の流行を捉えなければならない。
「これはお礼と同時に僕からの投資だと思ってください。もしヨナさんが旅をする中で人々の需要に応えられそうなものがあれば僕に教えてください。これとは別に報酬として僕は対価を支払うつもりです」
 そう説明し、改めて包みを持たせた。
 丁寧ながらも子ども扱いせず対等な商売を営む相手として自分を見てくれたウェインズにヨナはなんだか腹がむずがゆくなるような奇妙な感じを覚えた。
「ゲストルームが空いているのでミールでの滞在で必要ならお使いください。その間ベラを案内役につけましょう」
 ベラはぺこりと一礼するとヨナ達の後ろに控えた。フェルリがもじもじしながら「お邪魔でなければ私も……」と言うのをヨナは快諾し、ウェインズもそれに了承した。
「同じ年頃の仲間同士で触れ合い知見を深めるのも良いことだと思います。フェルリ様にもこの町を知っていただきたいですし、是非行ってらっしゃいませ」
 ぱあっとフェルリの表情は明るくなり、三人が明日はどこへ行こうなどと話すのをウェインズはにこやかに見ながら葡萄酒を傾けた。
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