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第十九話 依頼を受けて(中)
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大きなベン
仏頂面のベン
手の皮ぐらい人望も厚いベン
――吟遊詩人ジーンの歌より
「ベンさん、お客さんです」
外にいたノーラが工房に入ってきた。
鋼材を熱していたベンは頷くとヨナを呼んで、「火、絶やすな」と指示を出してその場を離れた。
ヨナは言われたとおりに麻袋から石炭を取り出して火を絶やさないようにそれを入れて何度もふいごで風を送り込んだ。そのたびに炎は嫌がるように暴れ、ヨナの手や顔を攻撃する。汗がぼたぼたと落ち、床を湿らせた。
「弱い」
戻ってきたベンがふいごをもぎ取ると、勢いよく息を吐き出した。炎がわっと燃え上がり、竈の外にまで飛び出してきた。あらあら、とノーラが真っ黒な顔で息を荒げているヨナの様子をこそっと覗く。
圧倒的な肺活量の差にヨナは首を振った。竈の火の管理をするだけでももう疲労困憊だ。
「そちらは大変そうですね、ヨナ君」
剣や鎧を作るのがいかに大変な作業かをヨナは身をもって知った。ましてやこれはまだ武器の形にすらなっていない、鉄を熱するだけの作業でこれならば完成までの道程は遠そうだ。
「時間、力、面倒、全部使う。俺でも疲れる。お前たち……たぶんもっと疲れる」
赤熱した鉄を引き出してすばやく重い槌で叩いてもう一度竈の中に放り込む。そんな工程をベンは体から飛び散る汗を拭きながら何度も繰り返す。
かっこいい、とヨナは思った。無我夢中で槌を振りかぶり、また振り下ろす。機械的だがその一打一打が洗練されたもののように感じた。掃除の手も止めて、布の下で口を開けながらその様子を見守る。
「ようベン、昼飯まだだろ。一緒に食おうぜ」
ベンはひょっこりと顔を出した男のほうをちらっと見て、槌を打ち付けながら「後で行く」と答えた。先に行け、とベンは彼の方を顎でしゃくってヨナとノーラを昼食に行かせる。
「ベンの鍛冶場は大変だろ?」
歩きながら男が二人に問いかけた。やや細身の体型だが、腕はやはりしっかりと筋肉が盛り上がり鋼のように輝いている。
「あいつはここでもいっとう優秀な鍛冶屋だ。あいつの作る剣は折れないし、斧は刃こぼれしない。お前さんも見ただろう、あの巨体がでかい槌を振り下ろすのを。あのバカ力で鍛えられた鋼は俺達が打つ鋼と同じ大きさで倍も重さが違うんだ」
ヨナはミールに入ってきた際の衛兵の言葉を思い出した。彼の鎧はベンが作ったものだったのだ。
男は近場にある料理店に入ると、スープとパンを頼んだ。二人もそれに倣って同じものを注文する。
二言三言話してる間に出てきたスープとパンをかじりながら、ヨナが「ベンさんあまり話さない」と漏らした。
彼の話し方は沈黙を好むというより、うまく話せないために話したがらないようにも見える。
「ああ、その通りだ。ベンは人と話すのを好まない。そもそもこの国の者じゃないんだ。……まあ種族も違うが」
「亜人……ですか」
亜人。人ならざる者としてこの国では徹底的な人間族以外の種族の排斥が行われている。そのために国内にいる者のほぼすべてが人間であり、またたとえ存在したとしても亜人という蔑称で呼ばれ社会的な地位は奴隷と大して変わらないものがほとんどだった。
「そういう言い方をするもんじゃねえよ」
固いパンの表面をばりっと噛み千切って男が言う。
「ちょっと姿かたちが違うだけで騒ぐ奴らの気が知れねえな。さっきも言ったろう、奴の作った作品はどれも一級品だ。それで十分じゃねえか。俺は尊敬してるぜ」
職人はいかにして自分の名を作品に残せるかにかかっている。良くも悪くも見るのはその一点で、誰が作ろうが作ったものが良ければ評価をされるし、逆に粗悪品ばかり作っていればたとえ市民権を持っている人だとしても侮蔑の対象とされる。何かにこだわりがあるという意味ではウェインズの哲学に似たものはあるだろう。
「噂じゃ巨人族だって話だが……巨人にしちゃ小さい方なんだろうな。国を出れば俺の倍はあるような背丈の奴もいるらしい。巨体に怪力、暴れ出したら手が付けられねえがベンみたいにその特徴を生かしてまっとうに仕事をする奴だっているんだぜ、お嬢さん」
ノーラは彼のことを亜人と呼んだことを恥じた。異種族は人間よりも野蛮で危険な連中だと教えられ、それをそのまま受け入れていた。無意識の差別をノーラは手を組んで神に懺悔した。
その後ベンが合流し、四人でテーブルを囲んだ。彼は次から次へと注文を出し、それらが出来上がればものの数刻で平らげるという豪食っぷりを見せつけヨナとノーラを驚かせた。
「よく働く。腹が減る」
あの力の源が普段これだけ食事をとっていることだとすれば二人は十分納得できる理由だった。大きな口を開けてぱくぱくと食べ物を頬張っていく。見ている方が楽しくなるほどの食べ方だ。
最後に芋のスープを一気に飲み干すと、ベンはひときわ大きなげっぷをして周りの人たちが一斉に振り返った。
「うまい」と一言。心の底からの言葉だった。
その後しばらくその場で話をする。ベンはほとんど聞いているだけで時々相槌を打ったり短い言葉で返事をするだけであったが、どんな話も真剣に耳を傾けていた。
仏頂面のベン
手の皮ぐらい人望も厚いベン
――吟遊詩人ジーンの歌より
「ベンさん、お客さんです」
外にいたノーラが工房に入ってきた。
鋼材を熱していたベンは頷くとヨナを呼んで、「火、絶やすな」と指示を出してその場を離れた。
ヨナは言われたとおりに麻袋から石炭を取り出して火を絶やさないようにそれを入れて何度もふいごで風を送り込んだ。そのたびに炎は嫌がるように暴れ、ヨナの手や顔を攻撃する。汗がぼたぼたと落ち、床を湿らせた。
「弱い」
戻ってきたベンがふいごをもぎ取ると、勢いよく息を吐き出した。炎がわっと燃え上がり、竈の外にまで飛び出してきた。あらあら、とノーラが真っ黒な顔で息を荒げているヨナの様子をこそっと覗く。
圧倒的な肺活量の差にヨナは首を振った。竈の火の管理をするだけでももう疲労困憊だ。
「そちらは大変そうですね、ヨナ君」
剣や鎧を作るのがいかに大変な作業かをヨナは身をもって知った。ましてやこれはまだ武器の形にすらなっていない、鉄を熱するだけの作業でこれならば完成までの道程は遠そうだ。
「時間、力、面倒、全部使う。俺でも疲れる。お前たち……たぶんもっと疲れる」
赤熱した鉄を引き出してすばやく重い槌で叩いてもう一度竈の中に放り込む。そんな工程をベンは体から飛び散る汗を拭きながら何度も繰り返す。
かっこいい、とヨナは思った。無我夢中で槌を振りかぶり、また振り下ろす。機械的だがその一打一打が洗練されたもののように感じた。掃除の手も止めて、布の下で口を開けながらその様子を見守る。
「ようベン、昼飯まだだろ。一緒に食おうぜ」
ベンはひょっこりと顔を出した男のほうをちらっと見て、槌を打ち付けながら「後で行く」と答えた。先に行け、とベンは彼の方を顎でしゃくってヨナとノーラを昼食に行かせる。
「ベンの鍛冶場は大変だろ?」
歩きながら男が二人に問いかけた。やや細身の体型だが、腕はやはりしっかりと筋肉が盛り上がり鋼のように輝いている。
「あいつはここでもいっとう優秀な鍛冶屋だ。あいつの作る剣は折れないし、斧は刃こぼれしない。お前さんも見ただろう、あの巨体がでかい槌を振り下ろすのを。あのバカ力で鍛えられた鋼は俺達が打つ鋼と同じ大きさで倍も重さが違うんだ」
ヨナはミールに入ってきた際の衛兵の言葉を思い出した。彼の鎧はベンが作ったものだったのだ。
男は近場にある料理店に入ると、スープとパンを頼んだ。二人もそれに倣って同じものを注文する。
二言三言話してる間に出てきたスープとパンをかじりながら、ヨナが「ベンさんあまり話さない」と漏らした。
彼の話し方は沈黙を好むというより、うまく話せないために話したがらないようにも見える。
「ああ、その通りだ。ベンは人と話すのを好まない。そもそもこの国の者じゃないんだ。……まあ種族も違うが」
「亜人……ですか」
亜人。人ならざる者としてこの国では徹底的な人間族以外の種族の排斥が行われている。そのために国内にいる者のほぼすべてが人間であり、またたとえ存在したとしても亜人という蔑称で呼ばれ社会的な地位は奴隷と大して変わらないものがほとんどだった。
「そういう言い方をするもんじゃねえよ」
固いパンの表面をばりっと噛み千切って男が言う。
「ちょっと姿かたちが違うだけで騒ぐ奴らの気が知れねえな。さっきも言ったろう、奴の作った作品はどれも一級品だ。それで十分じゃねえか。俺は尊敬してるぜ」
職人はいかにして自分の名を作品に残せるかにかかっている。良くも悪くも見るのはその一点で、誰が作ろうが作ったものが良ければ評価をされるし、逆に粗悪品ばかり作っていればたとえ市民権を持っている人だとしても侮蔑の対象とされる。何かにこだわりがあるという意味ではウェインズの哲学に似たものはあるだろう。
「噂じゃ巨人族だって話だが……巨人にしちゃ小さい方なんだろうな。国を出れば俺の倍はあるような背丈の奴もいるらしい。巨体に怪力、暴れ出したら手が付けられねえがベンみたいにその特徴を生かしてまっとうに仕事をする奴だっているんだぜ、お嬢さん」
ノーラは彼のことを亜人と呼んだことを恥じた。異種族は人間よりも野蛮で危険な連中だと教えられ、それをそのまま受け入れていた。無意識の差別をノーラは手を組んで神に懺悔した。
その後ベンが合流し、四人でテーブルを囲んだ。彼は次から次へと注文を出し、それらが出来上がればものの数刻で平らげるという豪食っぷりを見せつけヨナとノーラを驚かせた。
「よく働く。腹が減る」
あの力の源が普段これだけ食事をとっていることだとすれば二人は十分納得できる理由だった。大きな口を開けてぱくぱくと食べ物を頬張っていく。見ている方が楽しくなるほどの食べ方だ。
最後に芋のスープを一気に飲み干すと、ベンはひときわ大きなげっぷをして周りの人たちが一斉に振り返った。
「うまい」と一言。心の底からの言葉だった。
その後しばらくその場で話をする。ベンはほとんど聞いているだけで時々相槌を打ったり短い言葉で返事をするだけであったが、どんな話も真剣に耳を傾けていた。
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