ある解放奴隷の物語

二水

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第二十話 依頼を受けて(下)

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 鉄を叩け
 火花を散らして叩きまくれ
 そして充実感とともに眠ろう
   ――吟遊詩人ジーンの歌より


 昼食の後、三人は工房に戻り作業を再開した。
 男だらけの鍛冶通りで女性の店番がいるという話はすぐに広まり、珍しさから近隣の店の主人やその客たちが言い寄ってくるのをあしらうのにノーラは苦心した。
 ヨナはベンが鋼を鍛える動作を見てどのようにやっているかを細やかにイメージしながら覚えた。
 自分が必要だと思ったことを覚えることに関してヨナは人一倍の集中力を発揮することが得意だった。槌の振りかぶって振り下ろした時の角度から足の踏ん張り方までベンの動作を見ながら何もない空間で模倣した。
 それを見たベンはせっかく興味を持ったのだからとやらせてみることを決めた。ヨナを手招きして、槌を握らせる。小ぶりな切れ端の鋼材を選ぶとそれを竈の中に放り込み、赤熱するのを待って十分に熱されたのを引き出すと金床に置いて「打ってみろ」と言った。
 ヨナは先ほどのベンの動きをイメージしながら槌を勢いよく振り下ろす。槌は狙った位置を外れて鋼材の端に当たり、鋼材が甲高い金属音を上げて吹っ飛んで行った。
「打つとき、打つところ見る。目逸らすな」
 槌が鋼に当たったとき、勢いよく火花が散るのでヨナは目を逸らしていた。それをベンは見抜き助言をする。
 もう一度、と飛んで行った鋼材を拾い上げ、竈で熱する。
 再び置かれた鋼をこんどはしっかり見据えて槌を振り下ろした。
 一回、二回、三回。
 打ったところでベンがそれを止め、もう一度熱する。そして取り出し一回、二回、三回。
 衝撃で腕の感覚が麻痺してきてもなお、ヨナはそれを繰り返した。
 土砂降りの雨を浴びたように全身が汗で濡れ、煤と灰がこびりつき、体を触ればじゃりじゃりとした触感がある。
 ふむ、とある程度叩いたものを取り上げ、ベンがそれの様子を見る。
「お前初めて、悪くない」
 不器用な言葉ではあるが褒められたことでヨナの疲れは一気に吹き飛んだ気がした。
「これで武器作れる?」
 ううむ、とベンが唸った。
「お前あと四日働く。俺、教える」
 タダでは教えず、無論タダでは作らないがそれだけの期間工房の手伝いをするのであれば武器の作り方を教えてくれるという。
「わかった。明日も来る」
 ヨナは二つ返事で向こう四日間の依頼の延長を引き受けた。引き受けてからすぐにノーラの元に向かっていく。
「あと四日間ここで手伝いする」
 ヨナの報告に彼女は頭を抱えた。一日ですらすでに全身は真っ黒、汗だくでこれまた汗臭い男たちに囲まれる思いをしてまだ足りないというのか。
「脅されてないですか?大丈夫ですか?」
 ノーラが心配そうにヨナの肩を掴んだが、ヨナは「大丈夫だよ」と彼女を落ち着かせた。
「ベンが手伝いしたら僕に武器の作り方を教えてくれるんだって」
 きらきらとした目で見上げるヨナをノーラは直視できなかった。ああ、神様。こんなに純粋な目で私を見る彼の願いをどうして止められましょうか。
「仕方ありませんね。でも次からは引き受ける前に私に相談してください」
 あくまで二人で行動しているのだから事前報告をしてほしいと彼女はヨナに忠告し、彼も素直に「ごめん」と謝った。
「わかってくれればいいのです。……ところで、私もなのでしょうか」
 ヨナは工房の中に戻って行って、またすぐに出てきた。
「ノーラはいらないって」
『いらない』の言いぐさにちょっと傷ついたノーラだったが、すぐに持ち直し「そうですか」と平静を繕った。
「じゃあ私は別の依頼でも見てきましょうか」
「一人で大丈夫?」
「これでもヨナ君よりは大人ですよ。まかせてください」
 ノーラが胸を張って心配ないと言う。
 ヨナは何かに気が付いたように通りの向こうを指さした。
「あれ、リタだ」
 ノーラはヨナの指した方を見る。朝のような珍妙な恰好ではなかったが、あのそばかす顔はたしかに彼女だ。
「鍛冶通りに何の用なんでしょう」
 彼女は何かを探すように道の端を見ながら歩いている。
「落とし物?」
「ぅワっ!」
 下を見ながら歩いていたリタの目の前にぬっとヨナの顔が現れ彼女は腰を抜かした。甲高い声に驚いた数人の職人たちが手を止めて彼女の方を見る。
「何よいきなり」
 尻の汚れを払いながらじとっとヨナを睨む。
「あら、今朝のおませさんじゃない。こんなところで何してるのよ」
 まことに遺憾な呼び名であるとノーラは憤慨したが、意味のわからないヨナはそのまま話を続けた。
「あそこの店で手伝い」
「へえ……あ、そうだ。せっかくだからあんたの働いてる店見せてよ」
 ヨナが促すままに店へ入るリタをベンが出迎えた。
 冷やかし半分で入ったつもりだったのだが、まるで大木のような威圧感を与える彼を見上げてリタは小さく息を呑んだ。
「お客さん」
 ヨナがリタを指さしそう言った。槌を持ったベンが「うむ」と唸った。
「何が欲しい」
 ずい、とベンの顔が迫る。リタの倍ほどありそうな大きさの顔は岩のようだ。
「あ、あのう……私は彼の友達で……その……」
 しどろもどろになりながらヨナに助けを求めるリタだったが、彼はその目線の意味を理解できずに首を傾げた。ノーラがざまあみろといった冷ややかな視線で彼女を無言で見る。
「飾り用の宝石の欠片でもいただけたら……いいなあ……と……」
 ベンはヨナの方を見て、少し考えた後のっしのっしと工房に戻っていった。
 少しすると小さな袋を持ってきて、彼女にそれを渡した。
「やる。持ってけ」
 じゃらっという音のする袋を彼女が開くと、中には色とりどりの割れた宝石の欠片が入っていた。
 ここでようやくリタの表情がこれまでにないくらい明るいものへと変化した。
「わぁ……こんなに……!」
 そのうちの小さな一つを取り出して空に掲げる。透き通った石は光を反射してまばゆく輝いた。
「あれじゃ売ることもできないでしょうけど……いいんですかね」
 ノーラが不思議そうに首を傾げた。それを耳ざとく聞きつけリタが反論する。
「これは売ったりなんかしないわよ。私が使うの。欠片で十分、いや十二分ね」
 石を手に握り込んでぼそりと何かを呟く。するとどこからともなく冷たい風が緩やかに吹いてきて三人を癒した。
「涼しい」
「ほらね、欠片で十分なのよ」
 冷風は鍛冶通りを抜け、そのひとときの涼感に職人全員が手を止め一息つく。
「私の魔法で使うのは、ただの石が宝石になるまでに経た『石の歴史』。小さくても使えるわ」
 最後にひゅうっと一際大きく突風が押し寄せて彼女の手の中で石は砕けた。
「ありがとう、道端で落ちてるのを地道に拾おうと思ってたけど助かったわ。いつかお礼をするから楽しみにしててちょうだい」
 ベンにもお礼を言うと彼女は軽やかな足取りで去っていった。
「お前、友達、変な奴」
 まったく同感だ、とヨナは天を仰いだ。
 風はすっかり止み、灰は不規則に空を舞う。
「さあ、戻りましょう。日暮れまであと少しです」
 鍛冶通りは日が暮れるまで鉄を叩き続ける音が響いていた。

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