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第二十一話 魔術の心得(上)
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商品と金
権利と義務
魔法だって同じことさ
――吟遊詩人ジーンの歌より
ヨナがベンの鍛冶屋で働いている間、ノーラは街の散策と自分にできることを探すために一人でウェインズ邸を出た。
これまでヨナに振り回されるようについてきた彼女だったが、いざ一人で行動するとなるとリードしてくれる存在がいないことに気が付いた。
仕方なくとりあえずはヨナと行動していたときのルーティン通りに朝食へ向かう。
「はぁ……」
食の通り道でパンを牛の乳のスープに浸しながらため息をつく。彼がいないとこんなに無気力になってしまうとは、と自分のだらしなさに少々の嫌悪感を抱く。
成り行きでヨナの旅に同行しているが目的は彼の監視であるため、それがなければいま一つやる気が出ない。
旅をしてみたいと思ったことがなくもないが、もとより積極的に飛び回るよりもどちらかといえば内向的な性格で安全で平穏を望んでいる。
布教活動をしようにもここは国王の膝元であり彼女が信仰する宗教の総本山。教派が違えば喧嘩を売ることにもなり得るため下手を打てば異端者扱いも免れないだろう。
ノーラはもう一度ため息をつく。
「朝から縁起が悪いわね、ため息なんかついちゃって」
目の前にそばかす顔の少女が座った。
「えっと……リタさん、おはようございます」
「おはよ。今日はあの子は一緒じゃないのね」
リタがあたりを見渡す。
「昨日の鍛冶屋さんのところで依頼の延長です」
「それで、あんただけ手持ち無沙汰ってワケね」
なるほど、とまずはパンを一口かじる。リタにとってここの食事は朝食が一番美味だと感じていた。たいていの場合、朝早くに仕込み始めて夕方までそのまま売り続けていることもあるくらいだ。できたてを食べるなら朝早くという習慣ができている。
「やることがない訳ではないです」
にやにやと見つめる視線に耐えられずノーラは強がる。やはりこの人は苦手だと彼女は思った。
「へぇ、じゃあこの後の予定は?」
「うっ……」
ノーラが言葉に詰まってまごついたところで「ごめんね、あんまりあんたが真面目そうだからちょっといじめたくなっちゃった」と彼女が謝った。リタからすれば彼女の困り顔はどうも嗜虐心をそそられるものがあるらしい。不真面目な彼女にとってはからかい甲斐のある相手だろう。
「暇ならちょっと付き合ってくれない?報酬も払うわよ」
リタは先日ヨナが渡した分の銀貨をそのままテーブルの上に置いた。
「何をするのでしょうか」
「なんもしないわよ。ぶらぶらしながら私とお話する。悪い話じゃないでしょ?」
ノーラは眉をひそめた。一体どこに一緒にいるだけで金を払う人がいるだろうか。
「そんな顔しないでよ、ヘンな事しないから。あんたの可愛い相棒さんがくれた銀貨、ちょっと投げ銭にしては多すぎる。分不相応にお金はばら撒くものじゃないわ」
「意外ですね。お金には執着があると思っていたのですが」
棘のある言い方をしたつもりだったが、リタはあっさりとそれを認めた。
「お金は好きよ。でも私は芸に対する対価は受け取っても、ただの施しは教えに反するから受けない」
「私の教えとは反対ですね。主は『困っている者にはすすんで施しをせよ』と仰っていますから」
一瞬の沈黙の後、二人は同時にくすくすと笑い始めた。
「決まりね。これは先に渡しておくわ」
リタがずいっと銀貨をノーラのほうにやって、彼女はそれを袋に納めた。
「リタさんのように魔法が使えるなら旅芸人じゃなくてもやっていけるのでは?」
「たまに依頼も受けてるわよ。まあ魔術師とはいっても私は他の魔術師みたいな専門性みたいなもの持ってないの。だからこうやって人を楽しませる方が今のところは性に合ってるのかな」
一口に魔法と言ってもその種類は多岐に渡る。彼女のように器用貧乏に魔法を使う者がいれば、一国の軍事力にすら匹敵する強大な魔法を使い国に召し抱えられている者もいる。魔法を使い学ぶうちに自分の持っている適性と相性のいい魔法に傾倒していくのが一般的だと彼女は言った。
「そういえばリタさんは石を使って魔法をかけてましたね。あの後石は割れたように見えましたが……」
「そうね。そもそもみんな理解してないけど魔法って対価が必要なの」
リタが袋の底から小指の爪ほどの石を取り出しテーブルに置いた。
「たとえば私が自分の息を火炎に変えようとする時、何もないところから炎は出せないわよね」
そのままふぅっと息を吐くが、もちろん何も起きなかった。
「そこで私は『石の歴史』を使うの。これがただの石ころだった時代から長い年月を経て変化し、宝石と呼ばれるようになるまでに辿った時間。それを対価にして魔力を炎に変えるの」
「ちょっと待ってください。それでは魔力っていうのは何でしょうか」
ノーラの質問にリタは答えあぐねた。
「うーん……ちょっと説明が難しいのよね……。魔力っていうのは『どこにでもあって何にでもなる物質』……いや、物質ではないけれどとにかくそんな感じのものよ」
どうも抽象的な回答にノーラは頭がこんがらがってきた。
「この世界は魔力に満たされている。でもそれはきっかけが起こるまでは何もせずただそこにあるだけの存在なの。今いるここにも、水の中にも、そしてあなたにだって魔力はあるわ」
「それじゃ、私も魔法が使えるという事ですか?」
リタは人差し指を振った。
「そのきっかけを作って思う通りの結果を起こせるかどうかが魔術師とそうでない人の違いよ。無知なまま魔術を使えば大きな代償を払うことになるかもしれない。……作物が順調に育つように雨を降らせたらその後広範囲に渡って土の栄養や水脈が根こそぎ消えたなんて笑い話も聞いたことがあるわ」
まったく馬鹿な話よね、とリタはけたけた笑った。対価を知らず魔法を使い、こんなはずではなかったと後悔する者は後を絶たないそうだ。
彼女の挙げた事例はノーラにとって思い当たるところがあったためその魔法使いを知っているかと尋ねたが知らないようだった。
「魔法使いは他の魔法使いと一緒になることはほとんどないからね。誰だって自分がせっかく苦労して得た知識や技術を奪われたくはないでしょ?」
「そういうものですか。知識を共有してより良い方法をみんなで探るというのもいいと思うのですが」
「そう簡単なものじゃないのよ。魔法も、人もね」
人には欲望があり、野心もある。万人の幸せを願う者のほうが少ないこの世界でノーラはまさに少数派の理想論者だった。
「さ、食べたら行きましょ。人が多いところって好きじゃないのよ」
芸人らしからぬ発言をしてリタはぬるくなったスープを啜った。
権利と義務
魔法だって同じことさ
――吟遊詩人ジーンの歌より
ヨナがベンの鍛冶屋で働いている間、ノーラは街の散策と自分にできることを探すために一人でウェインズ邸を出た。
これまでヨナに振り回されるようについてきた彼女だったが、いざ一人で行動するとなるとリードしてくれる存在がいないことに気が付いた。
仕方なくとりあえずはヨナと行動していたときのルーティン通りに朝食へ向かう。
「はぁ……」
食の通り道でパンを牛の乳のスープに浸しながらため息をつく。彼がいないとこんなに無気力になってしまうとは、と自分のだらしなさに少々の嫌悪感を抱く。
成り行きでヨナの旅に同行しているが目的は彼の監視であるため、それがなければいま一つやる気が出ない。
旅をしてみたいと思ったことがなくもないが、もとより積極的に飛び回るよりもどちらかといえば内向的な性格で安全で平穏を望んでいる。
布教活動をしようにもここは国王の膝元であり彼女が信仰する宗教の総本山。教派が違えば喧嘩を売ることにもなり得るため下手を打てば異端者扱いも免れないだろう。
ノーラはもう一度ため息をつく。
「朝から縁起が悪いわね、ため息なんかついちゃって」
目の前にそばかす顔の少女が座った。
「えっと……リタさん、おはようございます」
「おはよ。今日はあの子は一緒じゃないのね」
リタがあたりを見渡す。
「昨日の鍛冶屋さんのところで依頼の延長です」
「それで、あんただけ手持ち無沙汰ってワケね」
なるほど、とまずはパンを一口かじる。リタにとってここの食事は朝食が一番美味だと感じていた。たいていの場合、朝早くに仕込み始めて夕方までそのまま売り続けていることもあるくらいだ。できたてを食べるなら朝早くという習慣ができている。
「やることがない訳ではないです」
にやにやと見つめる視線に耐えられずノーラは強がる。やはりこの人は苦手だと彼女は思った。
「へぇ、じゃあこの後の予定は?」
「うっ……」
ノーラが言葉に詰まってまごついたところで「ごめんね、あんまりあんたが真面目そうだからちょっといじめたくなっちゃった」と彼女が謝った。リタからすれば彼女の困り顔はどうも嗜虐心をそそられるものがあるらしい。不真面目な彼女にとってはからかい甲斐のある相手だろう。
「暇ならちょっと付き合ってくれない?報酬も払うわよ」
リタは先日ヨナが渡した分の銀貨をそのままテーブルの上に置いた。
「何をするのでしょうか」
「なんもしないわよ。ぶらぶらしながら私とお話する。悪い話じゃないでしょ?」
ノーラは眉をひそめた。一体どこに一緒にいるだけで金を払う人がいるだろうか。
「そんな顔しないでよ、ヘンな事しないから。あんたの可愛い相棒さんがくれた銀貨、ちょっと投げ銭にしては多すぎる。分不相応にお金はばら撒くものじゃないわ」
「意外ですね。お金には執着があると思っていたのですが」
棘のある言い方をしたつもりだったが、リタはあっさりとそれを認めた。
「お金は好きよ。でも私は芸に対する対価は受け取っても、ただの施しは教えに反するから受けない」
「私の教えとは反対ですね。主は『困っている者にはすすんで施しをせよ』と仰っていますから」
一瞬の沈黙の後、二人は同時にくすくすと笑い始めた。
「決まりね。これは先に渡しておくわ」
リタがずいっと銀貨をノーラのほうにやって、彼女はそれを袋に納めた。
「リタさんのように魔法が使えるなら旅芸人じゃなくてもやっていけるのでは?」
「たまに依頼も受けてるわよ。まあ魔術師とはいっても私は他の魔術師みたいな専門性みたいなもの持ってないの。だからこうやって人を楽しませる方が今のところは性に合ってるのかな」
一口に魔法と言ってもその種類は多岐に渡る。彼女のように器用貧乏に魔法を使う者がいれば、一国の軍事力にすら匹敵する強大な魔法を使い国に召し抱えられている者もいる。魔法を使い学ぶうちに自分の持っている適性と相性のいい魔法に傾倒していくのが一般的だと彼女は言った。
「そういえばリタさんは石を使って魔法をかけてましたね。あの後石は割れたように見えましたが……」
「そうね。そもそもみんな理解してないけど魔法って対価が必要なの」
リタが袋の底から小指の爪ほどの石を取り出しテーブルに置いた。
「たとえば私が自分の息を火炎に変えようとする時、何もないところから炎は出せないわよね」
そのままふぅっと息を吐くが、もちろん何も起きなかった。
「そこで私は『石の歴史』を使うの。これがただの石ころだった時代から長い年月を経て変化し、宝石と呼ばれるようになるまでに辿った時間。それを対価にして魔力を炎に変えるの」
「ちょっと待ってください。それでは魔力っていうのは何でしょうか」
ノーラの質問にリタは答えあぐねた。
「うーん……ちょっと説明が難しいのよね……。魔力っていうのは『どこにでもあって何にでもなる物質』……いや、物質ではないけれどとにかくそんな感じのものよ」
どうも抽象的な回答にノーラは頭がこんがらがってきた。
「この世界は魔力に満たされている。でもそれはきっかけが起こるまでは何もせずただそこにあるだけの存在なの。今いるここにも、水の中にも、そしてあなたにだって魔力はあるわ」
「それじゃ、私も魔法が使えるという事ですか?」
リタは人差し指を振った。
「そのきっかけを作って思う通りの結果を起こせるかどうかが魔術師とそうでない人の違いよ。無知なまま魔術を使えば大きな代償を払うことになるかもしれない。……作物が順調に育つように雨を降らせたらその後広範囲に渡って土の栄養や水脈が根こそぎ消えたなんて笑い話も聞いたことがあるわ」
まったく馬鹿な話よね、とリタはけたけた笑った。対価を知らず魔法を使い、こんなはずではなかったと後悔する者は後を絶たないそうだ。
彼女の挙げた事例はノーラにとって思い当たるところがあったためその魔法使いを知っているかと尋ねたが知らないようだった。
「魔法使いは他の魔法使いと一緒になることはほとんどないからね。誰だって自分がせっかく苦労して得た知識や技術を奪われたくはないでしょ?」
「そういうものですか。知識を共有してより良い方法をみんなで探るというのもいいと思うのですが」
「そう簡単なものじゃないのよ。魔法も、人もね」
人には欲望があり、野心もある。万人の幸せを願う者のほうが少ないこの世界でノーラはまさに少数派の理想論者だった。
「さ、食べたら行きましょ。人が多いところって好きじゃないのよ」
芸人らしからぬ発言をしてリタはぬるくなったスープを啜った。
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