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平日

22話 川柳おじいさん

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「外回りいってきます」

「いってらっしゃーい」

火曜日の朝。私はホワイトボードに行き先を書いて会社を出た。今日は朝からアポだ。車に乗り、好きな歌手の曲を流して熱唱しながら1時間ほど運転する。担当県を全域まわっているので移動に費やす時間が半端ない。お客さんより車に乗ってる時間の方が長いんじゃないかってときもあるほどだ。わりと運転してるときは好きだからいいいけど。

今向かっているお客さんのご自宅へ伺うのは2回目だ。1度目の訪問でほとんどプランは決まっているから、今日は申し込み手続きをするだけ。…お客さんの気が変わってなければ、だけど。

家に着きインターフォンを鳴らすと、おっとりとしたおじいさんがドアを開けてくれた。私は営業スマイル完全装備でワントーン高い声を出す。

「おはようございますぅ!」

「いらっしゃい。どうぞ」

「失礼します!」

応接間へ案内され私が申込書類を出すと、お客さんはササッと署名してくれた。一件成約!よっしゃー!どのお客さんもこのくらいサクっと成約出来たらいいのに…。

申込書類を片付けているとき、テーブルに古い新聞が置かれていることに気付いた。私が不思議そうにじっと見ていると、お客さんは恥ずかしそうにもじもじした。なにかあるな、と思った私は尋ねてみることにした。

「あの、これは?」

「ああ、それね…。実は、僕の川柳が載っているんだ」

川柳は五七五音のリズムで人情を詠む詩だ。俳句と違って季語を入れる必要はない。美しい詩というよりも、社会や人を風刺しているクスっと笑える詩が多いイメージだ。

「川柳!わ、すごい!!どれですか!?」

「えへへ、そんなたいしたことないよ」

そんなことを言いながらも、お客さんは慣れた手つきでぺらりとページをめくった。何度も何度も見ているのだろう。自分の川柳が載っているページを一度で開いた。私はお客さんの川柳を読んだ。

お客さんの川柳は、ボケちゃって困るよあはは、という感じの内容だった。私はクスクス笑いながら、欲張りにもこう言った。

「すごく面白いです!!あの、他に書いたものってありますか?」

「あるけど、どれもくだらないものだよ」

「いいえ!読みたいです!!」

「そ、そうかい?」

お客さんはどこか嬉しそうに、一冊のファイルを持ってきてくれた。そこには今まで書いてきただろう川柳がたくさん入っていた。私はそれをはじめから最後までじっくり読ませていただいた。

真夜中に 妻のいびきで 目が覚める

どこだろう 二人で探す かけてる眼鏡

洗濯機 にぎやかなのは おまえだけ

おはようさん 話し相手は 冷蔵庫

いつもより かたい歯ごたえ お漬物

(……あれ?)

あるページを境に川柳の雰囲気が変わったことに気付いた。紙の右上に書かれている日付を見ると、2年前からだ。

「なんだか、2年前から雰囲気が変わりましたね。どちらも素敵です」

「2年前…?ああ、妻が亡くなってからかな」

「あ…すみません」

まずいことを聞いてしまった、と私は口に手を当てた。お客さんは屈託のない笑顔で笑いながら首を振る。

「いいんだいいんだ。やっぱりね、妻がいなくなってから気付くことがたくさんあったよ。生きてる間はいびきがうるさいなあとか、くだらないことで喧嘩したりしてたけど。いなくなってから、当たり前にいろんなことを妻がしてくれてたことに気付いて。洗濯とか、料理とか」

「そうだったんですね」

「うん。僕は料理がてんでできないから、始めの方はそれはもうまずかったよ。今でも妻の料理には勝てないね。あれほどおいしい料理はない」

「あはは。奥さんやお母さんが作ってくれる料理が一番おいしいですもんね」

「洗濯だって、はじめは洗剤と柔軟剤の違いすら分からなかった。今ではもう使いこなせるよ。干すのがめんどくさいね、洗濯っていうのは」

「分かります!干すのも干したものをしまうのもめんどくさいですっ」

「だよねー。でもこうしてね、川柳という趣味があってよかったよ。気持ちを整理するためにも、僕は川柳を書いているんだ」

お客さんは自分の書いた川柳を眺めてしっとりと微笑んだ。私も小さく頷き、ファイルを撫でる。

「どれも素敵です。わたし、とても好きです」

「ありがとう。素人の下手くそな川柳だけどね」

「また見せてください。お客さんが書いた川柳」

「僕のでよければ、いくらでも」

こうして午前のアポが終わった。仕事はめんどくさいけど、お客さんとお話するのは好き。趣味の話をしているお客さんは、キラキラ輝いててしあわせそうだった。彼は今でも奥さんを懐かしんで川柳を書く。今日の夕飯もきっと、ちょっとかたいお漬物なんだろう。
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