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平日

24話 久しぶりのバル

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今週も多忙に続く多忙で、気が付けば金曜日になっていた。金曜日の夕方に限って仕事が増えるのはよくあること。その日も定時過ぎても半泣きになりながらパソコンと睨めっこをしていた。

「今日も残業?」

コピーをしていた北窪さんが私に話しかけた。私は無理に笑顔を作り「はい~」とどこから出てるのか分からない女子っぽい声を出した。なんだこの声誰だよ。

「手伝おうか?」

「えっ?いいですよ!北窪さんも忙しいでしょう?」

「ううん。今日はもう終わったんだ。だから手伝うよ」

「いいですよ!せっかく早く終わったんですから、北窪さんはお帰りください」

「残念でした。今日の俺は鍵当番。つまり君が仕事終わらないと、帰られない」

「あー…」

「というわけで手伝わせてもらうよ。早く出たいんでね」

「す、すみませえん…」

ちらっと時計を確認すると、19時を過ぎていた。まだちらほら残業してる人はいるけど、雰囲気からしてもうすぐ帰れそうな感じがする。私は今のペースでしてたら22時は過ぎる。本当に申し訳ないけど、北窪さんに手伝ってもらうことにした。
私が見積もりを作って、北窪さんが送付状を作って封入してくれる。案外送付状作成と封入に時間をとられるから、北窪さんに手伝ってもらえて本当に助かった。おかげで20時半には会社を出ることができた。

「北窪さん~。今日は本当にありがとうございました~。ほんっとに助かりましたよぉ~」

「かまわないよ。あれくらいのことで良かったらいつでも手伝うし」

「神じゃん…。お礼は何がいいですか?タバコワンカートン?」

「はは。いいよそんなの」

「いいえ!!していただきっぱなしは私のポリシーに反します!」

帰り道、そんな話をしながら駅まで歩いていた。白い息を吐きながら、私が北窪さんに詰め寄る。こういうのはちゃんとしとかないと、ずっと気になって眠れなくなる!
お礼をしないと気が済まないという私の気持ちを分かってくれた北窪さんは、困ったように笑った。

「うーん、それじゃあ…」

「はい!何が欲しいですか?」

「欲しいものはないから、今晩一杯付き合ってくれる?」

「えっ?そんなのでいいんですか!?」

「ああ。久しぶりに観澤さんと飲みたいと思ってたから、ちょうどいい」

「行きましょう行きましょう!私も飲みたいですー!」

ということで私と北窪さんは近くのバルに入った。ちらっと薄雪と綾目が脳裏によぎったけど、飲んだとしてもいつもと帰る時間変わらないしいいよね。
バルのカウンターに座り、メニューを見ているうちに北窪さんが店員を呼んだ。えっ私まだメニュー決めてない…。

「赤ワインと…観澤さんは甘めの白ワインだっけ?」

「あっ、はい」

「ドイツ産の白ワインは置いてる?」

えっ?私がドイツ産の激甘白ワイン好きなの覚えてくれてたの?
じんわり感動している間にも、北窪さんは私の好物を次々と注文してくれた。チーズ盛り合わせ、生ハム盛り合わせ、バーニャカウダ、アヒージョ…。なんだこのできる営業マン、おそるべし。

「あ…ありがとうございます…。全部私の好きなものでした…」

「そうだよね。いつも飲みに行くってなったらバルを希望してるし、バルに行ったらああいう料理ばかり注文してるから。さすがに覚えたよ」

北窪さんはそう言って笑い、タバコに一本火をつけた。つられて私もタバコを咥えると、私の分も火をつけてくれた。なんだかキャバクラに行ってる気分だ。

「最近どう?」

「んー。お客さんと話すのは好きなんですけどね…。なんせ忙しくて…。まあみんな忙しいだろうからこんなこと言っちゃだめなんですけど…」

「観澤さんは特に忙しいよ。俺は法人相手だからそこまで顧客数多くないからね。個人相手だとどうしても顧客数が増える」

「そうなんですよ…。法人さん相手にするより個人相手にする方が、私の性には合ってるんですけどね。はぁぁ~人員を増やしてほしい…」

「そうだよね…。観澤さんはなんだかんだ言いながらこなしてしまうから、上はどのくらい大変なのか気付いてないよ」

「与えられた仕事はしなきゃいけないですからね…」

「そういうところなんだよなあ」

甘い白ワインをちまちま飲みながら、生ハムとチーズを口に放り込む。あーおいしい。バルの生ハム最高。やっぱコンビニのとは違うなあ。チーズもおいしい~…。

北窪さんとはそれからも、会社についての話で盛り上がった。私たちの上司は本当に良い人なんだけど、仕事ができすぎるのとメンタルが鋼すぎて、下々の気持ちがちょっと分からないところがあった。北窪さんも多少は共感してくれたらしく、気持ちのいい相槌を打ってくれた。さすがは営業と言うべきか、聞き上手でボロボロ本音が出てしまう。営業こわい。

楽しい時間というのはあっという間に過ぎるもので、気が付けば日付が変わっていた。店を出るとき、北窪さんが全額支払ってくれたから、店を出てから無理矢理半分を彼のコートのポケットに突っ込んだ。

「あっ!いいって!」

「いやです。奢られるのきらいなんです、私」

「俺が誘ったんだから俺が払うに決まってるでしょ」

「そういうのやめてください。私も食べたし、楽しかったから、割り勘です。奢られるのきらいなんです」

私は何度も「奢られるのきらいなんです」と言って差し出されるお金を受け取らなかった。自分でもかわいくないとは思うけど、どうして男女でごはん食べにいったら男性が奢る風潮があるのかが理解できない。同じ職場で、だいたい同じ給料もらってる同士だとなおさら。

とうとう北窪さんが諦めて、「じゃあこれは今度のごはん行くときにとっとくよ」と言った。次行くときも割り勘ですよ、っていうと、北窪さんは「そういうところなんだよなあ…」とため息をついた。

帰り道も、タクシーで送るなんて言い出すから断った。

「北窪さん、家逆方向でしょ。自分で帰られますよ。どっちにしたってタクシーですし」

「はいはい。分かりましたよ」

「じゃ、今日はありがとうございましたー!」

「こちらこそ付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ」

「私も楽しかったです!」

「また飲みに行こう」

「ぜひぜひー!」

北窪さんと別れた私は、ふらつく足取りでボロアパートの階段を上がった。玄関のドアを開けると、明かりがついていて生活音が聞こえてくる。頬が緩み、大きな声で「ただいまー!」と言った。
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