42 / 71
アチラ側の来客
40話 デジャブ
しおりを挟む
薄雪がうちに棲みついて三カ月が経った。
平日、仕事から帰ると、ちょうどいい湯加減のお湯が浴槽に溜められていて、お風呂から出ると浴室の外にバスタオルと着替えが用意されている。髪を乾かしている間に、薄雪が晩酌の用意をしてくれる。2、3杯お酒を飲んだら眠くなり、綾目と一緒に布団に潜りこむ。
土曜日は決まって買い物に行く日。だいたい私がぐずっちゃって夕方になることがほとんど。土曜日の夜は食卓がいつもよりかは豪華だ。私はこの日に料理をたくさんして、一週間分のストックを冷凍する。
薄雪と綾目の食費でずいぶんな出費だけど、自炊してる分ちょっとはまだマシかな。…それでも貯金残高が結構な速度で減っていきますがね…。人を養うって大変。
日曜日はひたすらダラダラしてる。最近は日曜日をミルちゃんになってもらう日にしてる。布団の中でスマホをいじったり、動画を観ながらミルちゃんの匂いを嗅いでたらあっと言う間に一日が終わる。非情すぎる。
ほんとに時々、北窪さんとお出かけする日もあった。その日はドッと疲れるけど結構楽しい。薄雪も前みたいに嫌な顔はしない。でも、私は少なからず二人に罪悪感を抱いていた。
薄雪と綾目が私の日常に溶け込み始めていた矢先にそれをぶち壊されそうになるなんて、そのときの私は思いもしなかった。
◇◇◇
ある金曜日の夜のことだった。その日も終電ギリギリの電車に乗ってボロアパートに帰宅する。ドアの向こうで生活音が聞こえてきて思わず頬が緩んだ。乱暴にドアの鍵を開け、リビングで川柳を書いている綾目に抱きついた。
「綾目ただいまあぁぁあ!会いたかったよぉぉぉ!!スゥゥゥーーーハァアァァーーーー!!」
「おかえり花雫!相変わらず気持ち悪いね!」
「ひどい!!綾目がかわいいのが悪いのに!!」
「なんでだよぉ!」
「花雫。綾目でなくて私にすぅはぁしたらどうですか?私ならそんなこと言いません」
「いえ、しませんけど」
「なぜ」
「少年相手にスーハーはまだ大丈夫だけど、ただのかっこいい人相手にスーハーは絵面的にやばいんで」
「どっちもやばいよ!どちらかというと少年相手のほうがやばいよ!」
「なんだとっ!このおぉー!」
「あははっ!もぉ花雫それやめてっあははは!!」
綾目は脇をくすぐったらすぐ笑い転げるからかわいい。好き。あー噛みたい。
「噛まないで!?」
「ぐっ、心を読むのは卑怯だって!!」
「花雫、噛むなら私を」
「いえ、結構です」
「なぜ」
「だって薄雪は喜ぶから」
「だめですか」
「だめ」
「なぜ」
ひとしきりくだらない会話を交わしたあと、私はお酒と晩食をテーブルに置いた。着ていたスーツをハンガーにかけ、ヨレヨレのスウェットに着替える。おっさんのようなため息をつきながら、座椅子の上で胡坐をかき薄雪と乾杯をした。ビール片手に煙草を吸い、疲れた頭を薄雪との談笑で癒す。ときどき大きな声で「あっはっは!」と笑う私を、薄雪と綾目が目じりを下げて眺めていた。これが今の金曜の過ごし方。一週間の中で一番好きな夜だ。
真夜中を過ぎても晩酌をしていると、布団をしまっているふすまが突然大きな音を立てて開いた。驚いた私は思わず振り返ったけど、そこからはまた静寂が続いた。
「……?」
鼓動は速いままだったけど、私はまたビールに視線を戻した。きっとふすまが開いていたのは元からで、さっきのは隣の住人が壁ドンした音だったと思うことにした。結構騒がしくしてたからなあ。
「…ん?待って。この感じ…一度経験したことがあるような…」
「もし」
「いや、ちょっと待って、うそ」
私は薄雪にしがみついて耳を澄ませた。今、男の人の声聞こえなかった?
「……」
「……」
「……き」
「……」
「うすゆき…」
「……」
ゆっくりと視線だけ動かすと薄雪と目が合った。彼も笑みが消えて眉をひそめている。早々に何かを察知した綾目は脱兎のごとく逃げ出しトイレに閉じこもった。薄雪の視線が開いたふすまに向いていたので、私はおそるおそる振り返った。
「ぎゃっ、ぎゃぁぁぁああぁ!!!」
「花雫。静かに」
深夜に大声を出した私の口を、薄雪が塞いだ。今度こそ本当に隣人の壁ドンが飛んでくる。どこまでも同じじゃん!!デジャブ!!デジャブですこれ!!ほら!ふすまにしまってある布団の間から腕が垂れてるところまで一緒!!もうこわい!!やだあああああ!!!
「も、やぁ…。うで…うでぇ…」
「まさか。そんなことありえない」
布団から覗いている青白い腕。がっちりしてるから間違いなく男の人の腕だ。なに…今度は誰ですか…。またあやかしですかぁ…?
「そろそろ満足しただろう、薄雪」
布団の間から、腕の次は頭が出てきた。その次は胴体、足…声の主は布団から這い出て畳にふわりと着地する。黒い髪に茶色い瞳、紺色の着物に黒い羽織を身に付けている…四十歳前後の外見をした男性。彼に続き二人の少女が現れた。そのうちの一人は見たことがある。その子を連れているということは、一見ヒトにしか見えない彼もまた、あやかしなのだろう。
平日、仕事から帰ると、ちょうどいい湯加減のお湯が浴槽に溜められていて、お風呂から出ると浴室の外にバスタオルと着替えが用意されている。髪を乾かしている間に、薄雪が晩酌の用意をしてくれる。2、3杯お酒を飲んだら眠くなり、綾目と一緒に布団に潜りこむ。
土曜日は決まって買い物に行く日。だいたい私がぐずっちゃって夕方になることがほとんど。土曜日の夜は食卓がいつもよりかは豪華だ。私はこの日に料理をたくさんして、一週間分のストックを冷凍する。
薄雪と綾目の食費でずいぶんな出費だけど、自炊してる分ちょっとはまだマシかな。…それでも貯金残高が結構な速度で減っていきますがね…。人を養うって大変。
日曜日はひたすらダラダラしてる。最近は日曜日をミルちゃんになってもらう日にしてる。布団の中でスマホをいじったり、動画を観ながらミルちゃんの匂いを嗅いでたらあっと言う間に一日が終わる。非情すぎる。
ほんとに時々、北窪さんとお出かけする日もあった。その日はドッと疲れるけど結構楽しい。薄雪も前みたいに嫌な顔はしない。でも、私は少なからず二人に罪悪感を抱いていた。
薄雪と綾目が私の日常に溶け込み始めていた矢先にそれをぶち壊されそうになるなんて、そのときの私は思いもしなかった。
◇◇◇
ある金曜日の夜のことだった。その日も終電ギリギリの電車に乗ってボロアパートに帰宅する。ドアの向こうで生活音が聞こえてきて思わず頬が緩んだ。乱暴にドアの鍵を開け、リビングで川柳を書いている綾目に抱きついた。
「綾目ただいまあぁぁあ!会いたかったよぉぉぉ!!スゥゥゥーーーハァアァァーーーー!!」
「おかえり花雫!相変わらず気持ち悪いね!」
「ひどい!!綾目がかわいいのが悪いのに!!」
「なんでだよぉ!」
「花雫。綾目でなくて私にすぅはぁしたらどうですか?私ならそんなこと言いません」
「いえ、しませんけど」
「なぜ」
「少年相手にスーハーはまだ大丈夫だけど、ただのかっこいい人相手にスーハーは絵面的にやばいんで」
「どっちもやばいよ!どちらかというと少年相手のほうがやばいよ!」
「なんだとっ!このおぉー!」
「あははっ!もぉ花雫それやめてっあははは!!」
綾目は脇をくすぐったらすぐ笑い転げるからかわいい。好き。あー噛みたい。
「噛まないで!?」
「ぐっ、心を読むのは卑怯だって!!」
「花雫、噛むなら私を」
「いえ、結構です」
「なぜ」
「だって薄雪は喜ぶから」
「だめですか」
「だめ」
「なぜ」
ひとしきりくだらない会話を交わしたあと、私はお酒と晩食をテーブルに置いた。着ていたスーツをハンガーにかけ、ヨレヨレのスウェットに着替える。おっさんのようなため息をつきながら、座椅子の上で胡坐をかき薄雪と乾杯をした。ビール片手に煙草を吸い、疲れた頭を薄雪との談笑で癒す。ときどき大きな声で「あっはっは!」と笑う私を、薄雪と綾目が目じりを下げて眺めていた。これが今の金曜の過ごし方。一週間の中で一番好きな夜だ。
真夜中を過ぎても晩酌をしていると、布団をしまっているふすまが突然大きな音を立てて開いた。驚いた私は思わず振り返ったけど、そこからはまた静寂が続いた。
「……?」
鼓動は速いままだったけど、私はまたビールに視線を戻した。きっとふすまが開いていたのは元からで、さっきのは隣の住人が壁ドンした音だったと思うことにした。結構騒がしくしてたからなあ。
「…ん?待って。この感じ…一度経験したことがあるような…」
「もし」
「いや、ちょっと待って、うそ」
私は薄雪にしがみついて耳を澄ませた。今、男の人の声聞こえなかった?
「……」
「……」
「……き」
「……」
「うすゆき…」
「……」
ゆっくりと視線だけ動かすと薄雪と目が合った。彼も笑みが消えて眉をひそめている。早々に何かを察知した綾目は脱兎のごとく逃げ出しトイレに閉じこもった。薄雪の視線が開いたふすまに向いていたので、私はおそるおそる振り返った。
「ぎゃっ、ぎゃぁぁぁああぁ!!!」
「花雫。静かに」
深夜に大声を出した私の口を、薄雪が塞いだ。今度こそ本当に隣人の壁ドンが飛んでくる。どこまでも同じじゃん!!デジャブ!!デジャブですこれ!!ほら!ふすまにしまってある布団の間から腕が垂れてるところまで一緒!!もうこわい!!やだあああああ!!!
「も、やぁ…。うで…うでぇ…」
「まさか。そんなことありえない」
布団から覗いている青白い腕。がっちりしてるから間違いなく男の人の腕だ。なに…今度は誰ですか…。またあやかしですかぁ…?
「そろそろ満足しただろう、薄雪」
布団の間から、腕の次は頭が出てきた。その次は胴体、足…声の主は布団から這い出て畳にふわりと着地する。黒い髪に茶色い瞳、紺色の着物に黒い羽織を身に付けている…四十歳前後の外見をした男性。彼に続き二人の少女が現れた。そのうちの一人は見たことがある。その子を連れているということは、一見ヒトにしか見えない彼もまた、あやかしなのだろう。
0
あなたにおすすめの小説
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。
黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。
その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。
王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。
だから、泣かない。縋らない。
私は自分から婚約破棄を願い出る。
選ばれなかった人生を終わらせるために。
そして、私自身の人生を始めるために。
短いお話です。
※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる