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アチラ側の来客

43話 メンヘラおやじに急所アッパー

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キヨハル御一行が、薄雪と綾目を連れて和室へ歩いていく。茫然としていた私は、キヨハルが布団へ潜り込もうとするのを見て我に返った。

散々私のことボロカス言って、薄雪と綾目を無理矢理連れて帰ろうとしてる。おじさま系サイコパスドS?ちがうね!ただのメンヘラおやじだ、あんなの!!

(めんへらとはなんなんだろうか…)

(めんへらおやじ)

(アルジサマはめんへらおやじ)

「このぉぉぉ~~~!!!」

「!」

腹が立った私は、ぶんぶん腕を振り回しながらメンヘラおやじに向かって突進した。キヨハルは「なんだ?」という顔で振り返る。今だ!狙うは一点!男の急所!!

「私から薄雪と綾目をとるなぁぁぁーーーー!!!」

くらえ私の渾身の一撃ーーーー!!!

「う"っ」

全力でキヨハルの急所を殴りつけ、よろけた彼に追い打ちの蹴りを食らわせた。キヨハルは薄雪を抱えたまま膝をついて痛みに耐えている。やった!大あやかしに勝った!!

ひゅーひゅーと息をしているキヨハルに、蓮華と蕣が呆れた声を出した。

「なにしてるのアルジサマ」

「どうして避けなかったの」

「…薄雪…持っているから…扇子取り出せなかった…のと…まさか…こんなところ狙ってくるとは思わないじゃないか…娘の拳なんて…当たっても痛くないと…」

「愚か」

「油断するなんて」

「ヒトの娘に膝をついた」

「百年語り継がれる」

「恥ずかしい逸話」

「やめてくれ…噂を広めるのは…」

「広める」

「やめてくれぇ…」

「ブッ…」

キヨハルに抱えられていた薄雪が吹き出して肩を震わせている。キヨハルは顔を赤らめて小さな声で呟いた。

「…起きていたのかい、薄雪」

「ええ…。花雫の大声に目が覚めましたが…これは…いいモノが見れたね」

「忘れてくれ…」

「いいえ。一生忘れないよ」

「薄雪!!」

私は痛みに呻いているキヨハルを容赦なく蹴り飛ばし、薄雪の手を引っ張った。薄雪は微笑み私の手を握り返す。そっと私を抱きしめて、キヨハルの腕から離れた。

「喜代春。悪いが私は帰らないよ」

「…どうしてそんなにこの娘が…」

「…君は先ほど、花雫があの子の代わりだと言ったね」

「ああ、言った」

「ちがうよ。私は今でもあの子を忘れていない。大切なモノとして、ずっと心に残っている。花雫はやっと出会えた、二人目の大切なヒトなんだ。代わりなんかではない。別々の、どちらも大切なモノなんだよ」

「……」

「花雫と一緒に過ごす日々は楽しい。生きていることが楽しい。花雫と出会えて、あの子を失ってからも生きていてよかったと思えた。君にも感謝している」

「…そうか。生きている意味…」

「ええ。彼女のためならば、生きたいと思った」

キヨハルはゆっくりと顔を上げた。その目は先ほどの敵意むき出しの目ではなかった。もっと穏やかで、悲し気なのに、どこかホッとしているような。

「…花雫」

「は、はい」

「薄雪を傷つけたら…承知しないよ」

「ひ、ひぇ…」

「私は薄雪のためならいくらでも手を汚すからね」

「ひょ…ひょぇぇ…」

このオヤジおっかねえ~…。
ビビり散らしている私から視線を外し、キヨハルは薄雪に声をかけた。

「…薄雪」

「はい」

「約束を…してくれないか」

「どういった?」

「私は時折君を清めにココへ来る。いいかい」

「…いいですか、花雫」

「えー…キヨハルこわいからいやだな…」

「だめだそうです」

「…それがいけないなら今すぐ花雫の中から薄雪の記憶を消す」

「花雫、許可してください」

「え?ただのハッタリでしょ?」

「いいえ。喜代春は本当にやります」

「…許可します」

「アルジサマ卑怯」

「脅した」

「…もうひとつの約束は…」

「なにでしょう」

「花雫を失ってからも、生きてくれるかい」

「……」

「花雫を失えば、悲しみは今の倍になるよ。それでも君は生きられるのかな」

「…それを約束したら、花雫と共に生きることに文句は言わないね?」

「ああ」

「では、約束しましょう」

「…分かった。ではあと60年。コチラ側で楽しむといい」

「はい」

「そうか」

「あ…」

そのとき初めてキヨハルが微笑んだ。メンヘラサイコパスおやじとは思えないほど、優しくて慈しみに溢れている。このひと、本当に薄雪のことが一番大切なんだな…。

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