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アチラ側の来客

42話 サイコパス集団

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きまずい雰囲気になった私と薄雪を見て、キヨハルは「そらみたことか」と呟いた。追い打ちをかけるかのように、顔を背けている薄雪の耳元で囁く。

「薄雪、君は平気な顔をしているけれど、思い返してみるといい」

「なにをです?」

「彼女のせいで何度心をかき乱されたのか。君はコチラ側に来てから何度、自身の気持ちを抑え込んだんだい?」

「……」

答えられない薄雪をクスクス笑い、キヨハルは扇子を弄びながら言葉を続ける。

「あやかしは思うままに生きねばくすんでしまう。君の穢れはヒトの食べるものを口に入れたためだけではない。清める場所もないコチラ側で、どす黒い感情を抱き続けたせいだよ」

「え…?」

私は眉をひそめて薄雪に目をやった。薄雪ってヒトの食べるものを口に入れたら穢れちゃうの…?そんなこと知らなかったよ。それに…私、そんなに薄雪に辛い思いさせてたの…?やっぱり私と北窪さんが遊んだりするの、いやだったんだ。

「それに、この小さな切り花一本だけで妖力が蓄えられるとでも?大木古桜の大あやかしである君の相手をするなんて荷が重すぎる。妖力が減る一方なのも頷けるね」

…カスミソウだけじゃ足りなかったんだ。言ってくれれば、もっとお花買ったのに…。私が貯金額減ってるの気にしてたから、言い出せなかったのかな…。

「喜代春、やめなさい。花雫が不安がっています」

「いいや。続けるよ。この娘には分からせた方が良い。彼女は何も分かっていないから」

「分からせなくていいです。分からないようにしてきたのだから」

「そうやって甘やかして、挙句の果てに大吉夢もひとつ、くだらないあやかしに与えてしまったようだし。それも彼女のためだろう?私には分かっているんだよ、薄雪。君は愛したヒトのためならいくらでも自身を傷つけるからね。それが美徳とでも言うかのように」

大吉夢ってなに…。夢のこと…だよね。まさかユメクイを追い出したあと疲れてたのってそのせい…?

「あやかしにとって、夢は人生を左右するほど大切なモノ。魂の一部だと言うモノもいる。そして薄雪の夢は大吉夢と呼ばれるほど、価値のあるモノ。なぜならば、彼の見る夢には幸運と妖力がたっぷりと沁み込んでいるからだ。薄雪は君のために、そんなモノすら他のモノに分け与えてしまう」

魂?そんな大事なものを私のために失くしちゃったの?ど、どうしよう、私、薄雪のことずっと傷つけて、苦しめてた。それに気付かず私は、薄雪に甘えて、北窪さんと楽しく遊んでたの?

もしかしてこの3か月、しあわせだったのは私だけだったんじゃ…。

「やっと気付いたかい?君と共に過ごしているだけで、薄雪はどんどん穢れ、弱っていくんだよ」

「あ…そ、そんな…」

私は小さく首を振った。嘘。そんな。気付いてなかった。浮かれてた。薄雪のおかげで私だけ心が満たされて、生きることに余裕ができて、北窪さんとまで遊んで…。いつもそばで支えてくれてた薄雪が、だんだん穢れて弱っていることに気付きもしなかった。私、自分のことしか考えてなかったんだ…。ずっと薄雪を苦しめてた。

震えている私の肩を、薄雪が強く抱いた。

「いいえ花雫。私は苦しんでいません。私はあなたと共に過ごせて…」

「しあわせだ、とでも言いたいのかい」

「はい」

薄雪が頷くと、キヨハルは扇子を開いて顔を隠した。笑いをこらえている。

「ククク。ちがうよ薄雪。君は彼女が必要なのではない。君を目に映すヒトが必要なだけだよ」

「いいえ。私は花雫が…」

「あの子の代わりが欲しいだけだろう」

「……」

「あの子…?」

私が呟くと、キヨハルが頷いた。私の胸に指を当て、トントンと軽く叩く。

「君も知っているはずだよ。なぜなら毎夜ユメに見ているだろうから。覚えていないかな。銀色の髪をした少女を」

「あ…知ってる…」

ご主人を亡くしたおばあさんの家に行ったあの日から、私は毎晩その子の夢を見ていた。銀髪の女の子が、大きな桜の木の下で眠っていたり、笑っていたりする夢…。

もしかしてその子が、薄雪が前に言ってた、失って数百年と引きずった”何よりも大切なヒト”なのかな。

「その通り。君が毎夜見ていた夢こそが、薄雪の大吉夢の一部なのだよ。薄雪はユメクイという小さなあやかしに大吉夢を与えた。なぜだと思う?君が毎夜夢にうなされていたからだ。君に毎夜吉夢を運びたくて、彼は大吉夢を手放した」

「うそ…そんな…」

「何百年も前に失った彼女を、薄雪は未だ大切に想っている。想い続けているということは、彼女を失った悲しみに囚われ続けているということだ。悲しさ、苦しさ、虚しさ…。それを埋めたくて、たまたま出会った君を、彼女の代わりにしているだけなのさ」

「やめなさい喜代春」

「でも君も薄雪のことは悪く言えないよね。なぜなら君も薄雪を、番のヒトを見つけるまでのモノとしか思っていないのだから」

「ちが…」

否定しようと思ったけど、最後まで言えなかった。ちがわない。なにひとつちがわない。ごめんなさい薄雪。苦しめて、悲しませて、一緒にいさせてるのに。私は心のどこかで、いつかは他の、普通の”人”と結ばれるんだろうってぼんやり思ってた。

それなのに薄雪の優しさに甘えて、居心地が良すぎて手放せなくて、ずっと私の都合の良いように…。

「いいえ。花雫。ちがいます。私がいたいと願い、ここにいるのです」

「でも…」

「それに、あなたは彼女の代わりなんかではありません。彼女とあなたでは違いすぎる。比べ物になりませんし」

「うん。確かに比べ物にはならない。あの子の方が薄雪に見合っていた」

「そうです」

キヨハルの言葉に力強く頷いた薄雪を、私は思わずガラの悪い目つきで睨んだ。
は?こいつらめちゃくちゃ失礼では?

「失礼なのは君の方だよ。薄雪をヒトなんぞの代わりにして。まったく」

薄雪を睨みつけていた私を一瞥して、キヨハルが呆れたようにため息をついた。そんなキヨハルに薄雪もため息をついている。

「喜代春。君はどうしてそういったモノの言い方しかできないのかな」

「先ほども言ったろう。私は怒っているんだよ。綾目と、そこの娘に。あの子の代わりになりたくば、もう少し清らかな心になってから出直してくれないか」

「花雫はあの子の代わりなんかではないと何度言えば分かるんだい?私は花雫のヒトらしさをかき集めたような心が好きなんですよ。喜代春も驚くと思うよ。彼女は欲と煩悩にまみれている。こんなヒト、アチラ側ではなかなか出会えないだろうね。私はそんな花雫が、愛おしくて仕方がない」

薄雪?それ、かなり失礼よ。私に。さっきからずっと失礼。そんな風に思ってたのか私のこと。

キヨハルは納得ができないようで首を傾げている。

「そうかな。私はやはり清らかな心を持ったヒトの方が好きだが」

「喜代春こそあの子たちを忘れられていないね」

「…仕方ないだろう。私にとっても、大切な子たちだったのだから」

「仕方ないね」

”あの子たち”のことを思い出してか、薄雪とキヨハルが目を合わせて微笑み合った。いや、なんだこいつら。ふたりだけ和やかな雰囲気になりやがって。

私の思念と視線にハッと我に返ったキヨハルは、コホンと咳払いをした。

「まあ…。とにかくアチラ側に戻るんだ薄雪。そんな痛々しい君を見ていられない」

「…いやです」

「はあ…」

キヨハルはため息をつき、バッと扇子を開いて薄雪に向かって風を起こした。風を受けた薄雪は苦し気に呻き床に倒れこむ。私が抱き起こそうとすると、冷たい風に吹き飛ばされた。

「きゃっ!」

「触るんじゃないよ。薄雪が穢れるだろう」

むかむかとしていたものが、その一言で爆発した。

「ちょっと!!さっきからなんなの!?鬱陶しいなあ!!薄雪に何したのよ!!」

「普段薄雪が暮らしている森の、清らかな風を運んだだけだよ。ふふ。この風で苦しみ意識を失うとは、よほど穢れていたのだろう。さあ、森へ帰ろう薄雪。数日は苦しいだろうが、君であればすぐに清らかさを取り戻すさ」

キヨハルが扇子をしまい、片手で薄雪を抱き上げる。…今まで気付かなかったけど、キヨハル左腕欠損してる?

「そうだよ。左腕は薄雪にあげた。彼が欲しがったものだから」

「意味分かんない…」

「分からなくて結構。蓮華、蕣。綾目を連れてこちらへ来なさい」

キヨハルがそう呟くと、トイレから蓮華と蕣が戻って来た。蕣の腕の中には、しくしく泣いてる綾目がいる。私と目が合った綾目は口をパクパクと大きく動かした。でも声が出ていない。

私は震える声で蕣に尋ねた。

「…綾目になにしたの?」

「声取った」

「お仕置き」

「うるさいから」

「帰って三味線作る」

「作ってヌシサマに贈る」

「綾目の革で作った三味線、きっと良い音色」

「ヌシサマ喜ぶ」

「きっと喜ぶ」

蓮華と蕣の会話に、綾目が泣きながら暴れた。手足をばたつかせて私に助けを求める彼を、蕣は表情も変えず、綾目のみぞおちに拳をのめり込ませる。綾目は血を口から吐き出して、ばったりと意識を失った。

な…なんなのこのサイコパス集団…。あやかしってこんな感じなの!?こわすぎるんですけど!!綾目と薄雪と全然ちがうんですけど…!!
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