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大切なモノ
53話 不幸を呼ぶヒト
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金曜の13時半、私はコンビニの駐車場でコンビニスイーツを頬張っていた。中島さまとのアポは14時から。三十分も早く来すぎて暇だったので、中島さまのご自宅に一番近いコンビニでとりあえず甘いものを補給している。
今日のおやつはクレープとプリンとなんかパンに大量の生クリームが入ってるやつ。マトリッチョ的な名前の。あれ生クリーム多すぎて胃もたれするから、生クリームの半分をプリンの上に落として食べる。これでちょうどいい塩梅。はー、年取ると甘いものばっかり食べるとしんどくなっちゃうもん。というわけで仮称マトリッチョとプリンの間にからあげを食べて、塩気で甘みを相殺する。昔は連続して食べられたのになあ。困っちゃうわほんと。
「わ、やっば!もうこんな時間!」
いつの間にか13時55分。せっかく早めに着いたのに遅刻したら最悪だわ。私はクレープを咥えながら車のエンジンをかけた。
「お世話になっておりますー!ドルワン保険会社の観澤です」
なんとかギリギリ14時ちょっと前に中島さま宅へ到着してインターフォンを鳴らした。ご主人は《どうぞ》と言ってから玄関のドアを開けてくれた。和室へ通され、そこで名刺を渡す。ご主人は暗い人だった。目の下に深いクマが刻まれ、表情もどんよりしている。
「先日わざわざ来てくれたみたいで」
「突然申し訳ございませんでした。ご連絡ありがとうございました」
「どのみち入らないといけないからねえ。さ、かけて」
「失礼いたします」
それからいつも通り、保険の説明をしてプランを作っていく。疲れているのか私の提案にも上の空で、「はあ、じゃあそうしてもらおうかな…」と言ってばかりだった。こちらとしてはサクサク決まって楽だけど、ちょっと心配になるな。
ものの30分でプランが決まり、ササッと申し込み手続きが済んだ。パソコンなどを片付けていると、ご主人がペットボトルのお茶を出してくれた。私はお礼を言いながら彼に尋ねる。
「今日は奥さまはお出かけですか?」
「ん?いるよ、あそこに」
「え?」
ご主人はある方向を指さした。振り返ると、そこには小さな仏壇があった。その前には…見知らぬ女性と子供の写真があった。
「え…」
「1年前に交通事故で亡くしてね。今は家に僕ひとりだけ。はは。やっとローンが終わったのになあ。僕ひとりじゃこの家は広すぎるよね」
「……」
今のお話で分かった。ご主人が暗い人になってしまったことも、目の下に深いクマがあるのも、虚ろな返事をできなくなってしまったことも。奥さまとお子さんを同時に亡くしてしまったら、そうなってしまっても仕方がない。
でもひとつ分からないことがある。じゃああの女性は誰だったの…?
この家にいた女性。私の目の前にいる男性を「主人」と呼び、私を家の中へ招いてくれた人。あんなの赤の他人ができるわけない。親戚か…もしくはヤバめのストーカーかも…?
「あの…私が先日お渡しした書類って、どこにありましたか…?」
「え?ポストに入ってたけど…」
「え…」
私は応接間に置いて帰ったはず。どうしてポストに入ってるの。やっぱりあの人ストーカーだ…!
「観澤さん」
「は、はい」
「どうかしましたか」
「いえ…」
ストーカーが、あなたが不在中に家に上がり込んでますよって言う勇気がなくて、私は言葉を濁した。
私の曇った表情を誤解してか、中島さんは俯いて小さく笑った。
「そう…。すまないね。引き留めてしまって。こんな陰気なやつと話したくないだろう」
「そんなことないです!すみません、話を遮ってしまって。私で良ければ、いつでもお話聞きますから」
「ありがとう…。でもあまり僕と関わらない方がいいよ。僕と関わるとろくなことにならないから」
「そんなわけ…」
彼の言葉を否定しようとしたけど、すぐに中島さまが私の言葉を遮った。
「あるんだよ。妻と息子を亡くしてから、僕のまわりに不幸がふりかかるんだ。病気になったり、ケガをしたりね。…もしかしたら妻と息子も、僕のせいで…」
「中島さま。そ、そんな風に考えなくていいです。苦しくなるだけです」
「分かってる。分かっているよ。僕にそんな力はない。でも…そう考えてしまうんだよ…」
中島さまは目頭を指で押さえた。私は彼が落ち着くまで、泣きながらこぼす話に耳を傾けた。
家族を亡くしてしまって充分苦しんでいるのに、まわりで起こった不幸ごとまで自分のせいにしてしまうなんて。このままじゃ中島さまは立ち直れなくなってしまいそう。心療内科とか勧めたほうがいいのではとも思ったけれど、私はまだそれを言えるほど彼と信頼関係を築けていない。
私はただの保険の営業だ。だったらせめて、少しでも楽になるように話を聞かなくちゃ…。幸い今日のアポはこれでおわりだ。事務作業は残業してやればいい。
「聞いてください中島さま。わたし、すっごい偉い守護霊的なものが憑いているんです。だから中島さまと関わっても不幸ごとは起きませんよ。さ、お話を聞かせてください」
「はは…。ありがとう…」
中島さまはぽつぽつとため込んでいた気持ちを吐き出した。会社でも「中島に近づくと不幸になる」という子どもみたいな噂が広がっているらしい。ほとんどの人がそんなもの信じていなかったけれど、それでずいぶんイジられているそうだ。冗談でもつらい。
途中で嗚咽を漏らすこともあったけど、私に吐き出して多少すっきりしたのか、帰るときには少しすっきりした顔になっていた。
「観澤さん。長い時間すまないね…。ありがとう」
「こちらこそ、お話を聞かせてくださってありがとうございます。では、また」
「お気を付けて」
車に乗り、中島さまの家を去る。信号待ちのとき、私は深いため息をついて目を瞑った。どっと疲れた一日だった…。でも…会社に帰ってやる仕事が山積みだぁ…。早く薄雪と綾目に会いたいよ…。
今日のおやつはクレープとプリンとなんかパンに大量の生クリームが入ってるやつ。マトリッチョ的な名前の。あれ生クリーム多すぎて胃もたれするから、生クリームの半分をプリンの上に落として食べる。これでちょうどいい塩梅。はー、年取ると甘いものばっかり食べるとしんどくなっちゃうもん。というわけで仮称マトリッチョとプリンの間にからあげを食べて、塩気で甘みを相殺する。昔は連続して食べられたのになあ。困っちゃうわほんと。
「わ、やっば!もうこんな時間!」
いつの間にか13時55分。せっかく早めに着いたのに遅刻したら最悪だわ。私はクレープを咥えながら車のエンジンをかけた。
「お世話になっておりますー!ドルワン保険会社の観澤です」
なんとかギリギリ14時ちょっと前に中島さま宅へ到着してインターフォンを鳴らした。ご主人は《どうぞ》と言ってから玄関のドアを開けてくれた。和室へ通され、そこで名刺を渡す。ご主人は暗い人だった。目の下に深いクマが刻まれ、表情もどんよりしている。
「先日わざわざ来てくれたみたいで」
「突然申し訳ございませんでした。ご連絡ありがとうございました」
「どのみち入らないといけないからねえ。さ、かけて」
「失礼いたします」
それからいつも通り、保険の説明をしてプランを作っていく。疲れているのか私の提案にも上の空で、「はあ、じゃあそうしてもらおうかな…」と言ってばかりだった。こちらとしてはサクサク決まって楽だけど、ちょっと心配になるな。
ものの30分でプランが決まり、ササッと申し込み手続きが済んだ。パソコンなどを片付けていると、ご主人がペットボトルのお茶を出してくれた。私はお礼を言いながら彼に尋ねる。
「今日は奥さまはお出かけですか?」
「ん?いるよ、あそこに」
「え?」
ご主人はある方向を指さした。振り返ると、そこには小さな仏壇があった。その前には…見知らぬ女性と子供の写真があった。
「え…」
「1年前に交通事故で亡くしてね。今は家に僕ひとりだけ。はは。やっとローンが終わったのになあ。僕ひとりじゃこの家は広すぎるよね」
「……」
今のお話で分かった。ご主人が暗い人になってしまったことも、目の下に深いクマがあるのも、虚ろな返事をできなくなってしまったことも。奥さまとお子さんを同時に亡くしてしまったら、そうなってしまっても仕方がない。
でもひとつ分からないことがある。じゃああの女性は誰だったの…?
この家にいた女性。私の目の前にいる男性を「主人」と呼び、私を家の中へ招いてくれた人。あんなの赤の他人ができるわけない。親戚か…もしくはヤバめのストーカーかも…?
「あの…私が先日お渡しした書類って、どこにありましたか…?」
「え?ポストに入ってたけど…」
「え…」
私は応接間に置いて帰ったはず。どうしてポストに入ってるの。やっぱりあの人ストーカーだ…!
「観澤さん」
「は、はい」
「どうかしましたか」
「いえ…」
ストーカーが、あなたが不在中に家に上がり込んでますよって言う勇気がなくて、私は言葉を濁した。
私の曇った表情を誤解してか、中島さんは俯いて小さく笑った。
「そう…。すまないね。引き留めてしまって。こんな陰気なやつと話したくないだろう」
「そんなことないです!すみません、話を遮ってしまって。私で良ければ、いつでもお話聞きますから」
「ありがとう…。でもあまり僕と関わらない方がいいよ。僕と関わるとろくなことにならないから」
「そんなわけ…」
彼の言葉を否定しようとしたけど、すぐに中島さまが私の言葉を遮った。
「あるんだよ。妻と息子を亡くしてから、僕のまわりに不幸がふりかかるんだ。病気になったり、ケガをしたりね。…もしかしたら妻と息子も、僕のせいで…」
「中島さま。そ、そんな風に考えなくていいです。苦しくなるだけです」
「分かってる。分かっているよ。僕にそんな力はない。でも…そう考えてしまうんだよ…」
中島さまは目頭を指で押さえた。私は彼が落ち着くまで、泣きながらこぼす話に耳を傾けた。
家族を亡くしてしまって充分苦しんでいるのに、まわりで起こった不幸ごとまで自分のせいにしてしまうなんて。このままじゃ中島さまは立ち直れなくなってしまいそう。心療内科とか勧めたほうがいいのではとも思ったけれど、私はまだそれを言えるほど彼と信頼関係を築けていない。
私はただの保険の営業だ。だったらせめて、少しでも楽になるように話を聞かなくちゃ…。幸い今日のアポはこれでおわりだ。事務作業は残業してやればいい。
「聞いてください中島さま。わたし、すっごい偉い守護霊的なものが憑いているんです。だから中島さまと関わっても不幸ごとは起きませんよ。さ、お話を聞かせてください」
「はは…。ありがとう…」
中島さまはぽつぽつとため込んでいた気持ちを吐き出した。会社でも「中島に近づくと不幸になる」という子どもみたいな噂が広がっているらしい。ほとんどの人がそんなもの信じていなかったけれど、それでずいぶんイジられているそうだ。冗談でもつらい。
途中で嗚咽を漏らすこともあったけど、私に吐き出して多少すっきりしたのか、帰るときには少しすっきりした顔になっていた。
「観澤さん。長い時間すまないね…。ありがとう」
「こちらこそ、お話を聞かせてくださってありがとうございます。では、また」
「お気を付けて」
車に乗り、中島さまの家を去る。信号待ちのとき、私は深いため息をついて目を瞑った。どっと疲れた一日だった…。でも…会社に帰ってやる仕事が山積みだぁ…。早く薄雪と綾目に会いたいよ…。
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