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大切なモノ
63話 最後の声
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◇◇◇
「落ち着いたかい」
喜代春に背中を優しく叩かれて薄雪は目を覚ました。どうやら泣き疲れて眠っていたようだ。
薄雪は目をこすりながら喜代春と体を離した。
「ええ。すみません」
「花雫のことなのだが。彼女も君たちを目に映せなくなったと知ったらひどく悲しむだろう。だからいっそのこと君たちとの記憶を忘れさせてあげようと思うんだが、どうだろう」
すぐには答えられなかった。眠っている花雫を、薄雪はぼんやりとした瞳で見つめた。そして小さく頷く。
「そうですね…。消してください」
「分かった」
(このような思い、花雫にはさせたくない)
「ちょっと!!!待ってください!!!そんなのあんまりです!!!」
綾目が手を畳に強く打ち付けた。話を進めていた薄雪と喜代春が驚いて彼に目をやる。
「綾目。どうしたんだい」
「薄雪さま…!あなたまで喜代春みたいにならないでください!!!」
「どこがだい」
「そんな自分勝手に…!目を失ってしまった花雫の記憶まで奪うなんて!!花雫にとって、薄雪さまはいなくてはならない存在です!!花雫にとってこの1年間は、彼女の30年間の人生で一番幸せを感じたモノでした!!そんな記憶を奪おうとするなんて!!あんまりです!!」
「しかし、記憶を残したまま私を目に映せなくなる方が辛いでしょう」
「それは花雫が決めることです!! 花雫に決めさせてあげてください!!」
「……」
肩で息をしている綾目。そんな彼を見て、蓮華と蕣は薄雪の袖をつまむ。
「ヌシサマ」
「ヌシサマ」
「あの子たちも記憶を大切にしていた」
「辛い記憶も、悲しい記憶も」
「大切なモノだと言っていた」
「だから花雫にも選ばせてあげて」
「どちらが辛いかは、花雫だけにしか分からない」
「ヌシサマの花の痕ように、花雫も記憶を残したいかもしれない」
小さなあやかしたちに懇願され、薄雪は困ったように喜代春を見た。喜代春は煙管で唇をトントンと叩き、寵愛していた少年との思い出を遡った。しばらくして喜代春が薄雪の肩に手を乗せる。
「綾目の言う通りにしてあげよう」
「喜代春までそちら側に」
「記憶はそのヒトの一部だ。苦しく辛い記憶であっても、それを失えばそのヒトではなくなってしまう。…あの子がそう言っていたのを思い出したよ。ましてやそれが、人生で一番幸せだった記憶となるとなおさらだと思うがね」
「……」
「だから記憶は花雫に選ばせよう。いいね、薄雪」
「…はい」
喜代春は立ち上がり花雫の枕元へ腰を下ろした。蓮華と蕣が喜代春の隣へ座る。
「ひとまず花雫の目にしっかりと術をかけるよ。まず瞼の痕が誰の目にも映らないようにする。次に綾目の瞳の色と瞳孔の形を隠す。そうすれば、ヒトには彼女の目が今までと変わりなく映るだろう」
「お願いします」
「蓮華。煙管を」
「はい」
喜代春は蓮華に差し出された煙管を吸い、扇子を広げた。扇面へ煙を吹きかけて、扇子を花雫に向けて小さく振る。花雫の顔に花の香りがする煙が顔にかかった。
「蕣。花雫に妖力を与えなさい」
「はい」
蕣が立ちあがり、寝ている花雫の両頬に手を添える。そっと唇を合わせると、花雫の体が一瞬ふわりと光った。
薄雪と綾目が花雫の手を握る。
次に花雫が目を開けたとき、彼女の目に彼らの姿は映らないだろう。見えないものに触れることはできない。もう彼らは花雫に触れられることすらできない。彼らの声も、彼女に届かなくなる。
これが、花雫に声を届ける最後のとき。
「花雫。今まで私をその目に映してくれてありがとうございました。私にとってこの一年間は、平和で、穏やかで、笑顔絶えない日々でしたよ。あなたと触れ合った日を、私は忘れません」
「花雫…っ、うぅっ…。だいすきだよ花雫…。僕を大好きでいてくれてありがとうっ…。僕もずっと、これからもずっと、花雫のことがだいすきだよ…っ」
花雫が二人の手を握り返した気がした。眠ったままの彼女の目から、一筋の涙が流れた。
「落ち着いたかい」
喜代春に背中を優しく叩かれて薄雪は目を覚ました。どうやら泣き疲れて眠っていたようだ。
薄雪は目をこすりながら喜代春と体を離した。
「ええ。すみません」
「花雫のことなのだが。彼女も君たちを目に映せなくなったと知ったらひどく悲しむだろう。だからいっそのこと君たちとの記憶を忘れさせてあげようと思うんだが、どうだろう」
すぐには答えられなかった。眠っている花雫を、薄雪はぼんやりとした瞳で見つめた。そして小さく頷く。
「そうですね…。消してください」
「分かった」
(このような思い、花雫にはさせたくない)
「ちょっと!!!待ってください!!!そんなのあんまりです!!!」
綾目が手を畳に強く打ち付けた。話を進めていた薄雪と喜代春が驚いて彼に目をやる。
「綾目。どうしたんだい」
「薄雪さま…!あなたまで喜代春みたいにならないでください!!!」
「どこがだい」
「そんな自分勝手に…!目を失ってしまった花雫の記憶まで奪うなんて!!花雫にとって、薄雪さまはいなくてはならない存在です!!花雫にとってこの1年間は、彼女の30年間の人生で一番幸せを感じたモノでした!!そんな記憶を奪おうとするなんて!!あんまりです!!」
「しかし、記憶を残したまま私を目に映せなくなる方が辛いでしょう」
「それは花雫が決めることです!! 花雫に決めさせてあげてください!!」
「……」
肩で息をしている綾目。そんな彼を見て、蓮華と蕣は薄雪の袖をつまむ。
「ヌシサマ」
「ヌシサマ」
「あの子たちも記憶を大切にしていた」
「辛い記憶も、悲しい記憶も」
「大切なモノだと言っていた」
「だから花雫にも選ばせてあげて」
「どちらが辛いかは、花雫だけにしか分からない」
「ヌシサマの花の痕ように、花雫も記憶を残したいかもしれない」
小さなあやかしたちに懇願され、薄雪は困ったように喜代春を見た。喜代春は煙管で唇をトントンと叩き、寵愛していた少年との思い出を遡った。しばらくして喜代春が薄雪の肩に手を乗せる。
「綾目の言う通りにしてあげよう」
「喜代春までそちら側に」
「記憶はそのヒトの一部だ。苦しく辛い記憶であっても、それを失えばそのヒトではなくなってしまう。…あの子がそう言っていたのを思い出したよ。ましてやそれが、人生で一番幸せだった記憶となるとなおさらだと思うがね」
「……」
「だから記憶は花雫に選ばせよう。いいね、薄雪」
「…はい」
喜代春は立ち上がり花雫の枕元へ腰を下ろした。蓮華と蕣が喜代春の隣へ座る。
「ひとまず花雫の目にしっかりと術をかけるよ。まず瞼の痕が誰の目にも映らないようにする。次に綾目の瞳の色と瞳孔の形を隠す。そうすれば、ヒトには彼女の目が今までと変わりなく映るだろう」
「お願いします」
「蓮華。煙管を」
「はい」
喜代春は蓮華に差し出された煙管を吸い、扇子を広げた。扇面へ煙を吹きかけて、扇子を花雫に向けて小さく振る。花雫の顔に花の香りがする煙が顔にかかった。
「蕣。花雫に妖力を与えなさい」
「はい」
蕣が立ちあがり、寝ている花雫の両頬に手を添える。そっと唇を合わせると、花雫の体が一瞬ふわりと光った。
薄雪と綾目が花雫の手を握る。
次に花雫が目を開けたとき、彼女の目に彼らの姿は映らないだろう。見えないものに触れることはできない。もう彼らは花雫に触れられることすらできない。彼らの声も、彼女に届かなくなる。
これが、花雫に声を届ける最後のとき。
「花雫。今まで私をその目に映してくれてありがとうございました。私にとってこの一年間は、平和で、穏やかで、笑顔絶えない日々でしたよ。あなたと触れ合った日を、私は忘れません」
「花雫…っ、うぅっ…。だいすきだよ花雫…。僕を大好きでいてくれてありがとうっ…。僕もずっと、これからもずっと、花雫のことがだいすきだよ…っ」
花雫が二人の手を握り返した気がした。眠ったままの彼女の目から、一筋の涙が流れた。
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