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淫魔編:先輩の背中

【223話】掃討完了

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アデーレにはああ言ったものの、アーサーの体は指輪による回復が間に合わないほどボロボロだった。アーサーはアデーレに見えないよう地面に大量の血を吐き出し、アイテムボックスからエリクサーを取り出しがぶがぶ飲んだ。

(やっぱりエリクサーはすごいな。ずいぶん楽になったや。大丈夫。リンクスさんの指輪はちゃんと作動してるから、エリクサーで完治しなかったところも徐々に回復するはず。よし、やるぞ)

エリクサーと指輪のおかげで意識もはっきりしてきた。アーサーは矢じりに毒魔法液をたっぷり塗り込み弓を引た。ありったけの矢を射続ける。矢自体の威力は少ないが、毒でオークを苦しめている。

「グォォォォッ…!グァッ…グァァァッ…」

オークは吐血と共に、さきほど食べた冒険者の肉の欠片も吐き出した。呻いているそれの傍をアデーレがそそくさと通り抜ける。オークがアデーレに掴みかかろうと手を伸ばしたが、彼女の剣によって指を切り飛ばされた。

「ガァァァッ…!」

「ベニート!!」

アデーレがベニートを抱きかかえる。気を失っていたが心臓は動いている。ひとまずホッとして彼の口にエリクサーを流し込んだ。しばらく様子をみていると、うめき声をあげながらベニートが意識を取り戻した。

「ベニート!ここがどこか分かる?!」

「ルアン…ダンジョン…」

「私の名前は?!」

「…アデーレ…」

「もう一人のパーティの名前は?!」

「イェルド…」

「誰と一緒にここへ来た?!」

「…アーサー…」

「こうなる前の記憶はある?!」

「クソオークに…石を投げられた…。オークは…?イェルドと…アーサーは…?」

「よかった…。記憶障害はないみたいね…。オークはだいぶ弱ってるわ。アーサーは無事。イェルドはまだ分からない」

「そうか…。うぅ…頭いてぇ…。アデーレ…俺は大丈夫だからイェルドの様子を見て来てやってくれ…」

「分かった。でもここじゃ危険よ。最奥の入口まで移動するわ」

「悪いな…」

ベニートはアデーレに担がれて入口まで移動した。彼の頭元に水とエリクサーを置き、アデーレはイェルドの元へ走って行った。それを遠くから見ていたアーサーがホッと胸を撫でおろす。

(ベニートが避難できた…!あとはイェルドだけだ。オークも瀕死まで追い詰めた…!あともう少し…!)

「イェルド!!」

「ぐ…っ」

アデーレの声にイェルドが反応する。重たげに頭を落ち上げ彼女を見て苦い顔で笑った。アデーレは泣きそうになるのを必死にこらえて彼の口にエリクサーを突っ込んだ。

「アデーレ…無事か…?よかっ…た…」

「私は無事よ!あなたは?!損傷部分を教えて!」

「たいしたことない…。内臓がいくつかやられたのと…頭…打った…だけ、だから…。アデーレは…?損傷部分を…」

「どこがたいしたことないのよ!重症じゃないの!私は無傷よ!」

「良かった…。ベニートと…アーサーは無事か…?」

「ベニートは無事。もう避難させたわ。アーサーも…重症だけど無事。今私たちのためにオークと戦ってくれてる。だから早くあなたも避難しましょう」

「そうか…わるい、俺ちょっと…一人で歩けないかもしれない…」

「もちろん私が背負うから!」

イェルドも最奥の入口に避難したことを確認して、アーサーは弓を引いていた手を止める。ほぉぉ…っ、と深い安堵の吐息を漏らし背中に弓をかけた。毒矢を数十本と射られたオークはもう虫の息だ。ピクピクと痙攣するだけで、もう手足を動かす力も残っていない。アーサーはゆっくり立ち上がり、オークの頭元まで歩いて行った。

オークの顔をアーサーがのぞき込む。オークはビクビクと痙攣しながら、恨めし気にアーサーを睨みつけた。アーサーは冷たい目でオークを睨み返す。目を逸らさずに銀色の液体が入った瓶の蓋を開けた。

「この魂魄が二度とこの世に戻ってきませんように」

銀色の液体。それはモニカの聖魔法液。アーサーはオークの顔に、胸に、全身に、聖魔法液を落とした。それを落とされたところはジュゥゥゥ…と音を立てて焼けただれる。オークの絶叫がダンジョンに響き渡る。一本分を使い果たすともう一本、もう一本と瓶を開け、持っている全ての聖魔法液をオークにかけた。

「グェ…ェ…」

聖魔法液によって浄化されたオークは灰となった。そこに残ったのは、数十本もの空の瓶とさきほどオークが吐いた冒険者の血肉。アーサーは血肉の中に光るものを見つけ手に取った。それは名前も知らない冒険者のドッグタグ。アーサーはそれをぎゅっと握りしめ哀悼する。

「…遅くなってごめんね。ちゃんと、連れて帰るから。家に帰ろうね」

ドッグタグをアイテムボックスにしまい、アーサーはアデーレたちの元へ駆けた。負傷した二人の容態を診て薬を調合する。それを飲ませながら彼らに優しい声で話しかける。

「ベニート。これは痛み止めと再生力を促進する薬だよ。痛みは緩和されるけど、ごまかしてるだけだから。ひびが入ってる頭蓋骨は僕の薬でもエリクサーでも治せないんだ。ごめんね。ルアンに帰ったらモニカに回復魔法をかけてもらおう。きっとそれくらいの魔力ならもう戻ってるはずだから。すぐにはくっつかないだろうけど、数日したら元通りになると思う」

「ああ…助かる…。アーサー、お前の怪我は…?」

「僕はエリクサーと指輪のおかげでほとんど完治したよ。折れた足だけはまだ完全にくっついてないけど歩けるよ」

「そうか…。よかった」

「イェルド、次は君の薬。ベニートと同じ薬と、増血薬を飲んで。内臓はもうほとんど治癒してるけど、脳震盪がひどいから安静にしててね」

イェルドはアーサーに渡された薬を飲み干したあと、申し訳なさそうにアーサーの手を握った。

「アーサー…。悪いな…、ここ一番ってときに俺…全然役に立てなかったな…」

「そんなことない!イェルドたちのおかげでここまで来れたんだから、そんなこと言わないで!」

「オウサマオーク、お前ひとりで倒したんだって…?すげぇな…さすがアーサーだ…」

「ううん。モニカのおかげで倒せたんだよ」

アーサーとアデーレは二人を心配してダンジョンを出ようとしたが、ベニートとイェルドは死んだ冒険者の遺品を回収してほしいと言って聞かなかった。アーサーはできるだけ急いで、しかし残っている死体一人一人から丁寧に遺品を回収する。中にはポントワーブのギルドで顔を見たことがある冒険者もいた。変わり果てた彼の姿を見て、アーサーはぽろぽろと涙を流した。

遺品の回収を終え、アーサーとアデーレは二人を背負ってダンジョンの出口へ向かった。一刻も早くモニカに回復魔法をかけてもらう必要があったので、のんびり休憩している時間などなかった。数時間かけてダンジョン出口へ辿り着いた彼らは、あらかじめインコを飛ばして呼んでおいた馬車へ乗り込みルアンへ戻る。ベニートはアーサーの、イェルドはアデーレの膝に頭を乗せて横になっていた。

「ダンジョンってこわいんだね」

ベニートの髪をいじりながらアーサーがボソッと呟いた。

「あんなに予習して、計画して、準備しても予想外のことが起こっちゃう」

「ああ。予想外の出来事は、ダンジョンではよくあることだ。今回みたいなGランクダンジョンにA級魔物が出現するのは珍しいがな」

「ギルドは一体何をしてるのかしら…。ああいう魔物こそ上級冒険者に指定依頼を出して討伐してもらうべきじゃないの?」

「まったくだ」

「僕…こわかった。みんなが死んじゃうかもしれないって思ったら…すごく怖かった」

ベニートの頬にアーサーの涙がぽたぽたと落ちる。ベニートは優しく微笑みながらアーサーの頬を撫でた。

「アーサー。怖がらせてすまなかったな。でも、これがダンジョンなんだ。ダンジョンは、お前が思ってるよりとても怖いところなんだ」

「…うん」

「でも俺たちは生きてるぞアーサー!お前のおかげで生きてる!」

「イェルド…」

「もっと怖がりなさい。恐れ知らずは命知らずよ。ダンジョンの怖さを知ったあなたはきっとこれからもっと強くなるわ」

「アデーレ…」

「アーサー安心しろ。このくらい俺たちにとっては日常茶飯事だ。ダンジョン潜ったらだいたいこんな感じだ」

「……」

「ルアンに戻ったらモニカに回復魔法をかけてもらって、完治するまで寝る。完治したら次のダンジョンに行くぞ。お前ら、いいか?」

ベニートが尋ねると、イェルドは「もち!」と親指を立て、アデーレも「ええ」と頷いた。

「アーサーは?」

「またみんな死ぬかもしれないの…?」

「ああ。死ぬかもしれない。だから死なないように最善を尽くす。俺たちはそうやって今まで生きてきた」

「今さら何言ってんだアーサー!冒険者はそういう仕事だぞ?」

「うじうじ考えてないで一緒に行くのよ。いいわね?」

「…うん。ありがとうみんな」

この日アーサーはダンジョンの怖さを知った。頭に焼き付いて離れない、オークに食べられそうになったアデーレや、イェルドとベニートがぐったりと倒れている姿。そして、悲惨な死に方をした冒険者たちの死に顔。

アーサーは仲間を失うかもしれない恐怖に押しつぶされそうになった。ベニートたちはとっくにそれを知っていて、それでも冒険者を続けてきたのだと気付く。きっとカミーユたちもそうなのだろう。

(僕は…何も知らなかったんだな)
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