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初夏編:喜びの魔女
【338話】声
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その日の夜、モニカは杖を抱いて寝た。布団に潜りこんだモニカが「本当に杖戻ってきてくれるかなあ」と不安げにしていたので、きっと大丈夫だよとアーサーがぎゅっと抱きしめてあげた。ぴったりくっついて眠る双子をぼんやり眺めながら大人たちが晩酌をする。
「フヒヒッ!兄妹の距離感じゃあないねえ。恋人の距離感だよぉ」
「ミジェルダ。あなたアーサーの目を覗いたんだから過去は分かっているでしょう?この子たち、普通の育ちをしていないのよ。幼い頃から常識も知らずにずっと二人きりで生きてきたの。あれがあの子たちの距離感なのよ」
「分かってるよぉ。でもやっぱりおかしいよねぇ。ヒヒ。双子は不吉の前兆とこの国では言われてるけどねえ、異国では前世結ばれなかった恋人の生まれ変わりとも言われてるよぉ」
「残念でした。あの子たちの前世は一人の聖女よ。ひとつの魂を半分こしているの」
「分かってるよぉー。ちょっとくらい双子に夢見たっていいじゃないか。私は双子が大好きなんだよ」
ミジェルダとシャナの会話を聞いていたフーワが、呆れたように首を振っている。どす黒くドロドロとした酒を一口飲んでからぼそりと呟いた。
「魂と命が繋がっているこの子たちは、心も体も互いに依存しきっているよ。この子たちは一人だけでも優秀なのに、一人だけでは決して生きていけない。体はふたつに分かれているが、やはりこの子たちは二人でひとつなのさ」
「こりゃあ結婚なんてできやしないねえ!ヒヒヒッ!」
「当然だろう。自分の命より大切なものを、赤の他人に奪わせると思うかい?」
「まあモニカは…アーサーをお嫁さんにしたいらしいけど」
大人たちの話は、実は起きていたアーサーの耳にしっかり届いていた。アーサーはうっすら目を開けて妹を見る。気持ちよさそうに眠る妹の顔を指でなぞり、またぎゅぅっと抱きしめてから小さくため息をついた。
「結婚、かぁ…」
◇◇◇
案外寝心地が良かった魔女の小屋のベッド。起きたときには布団が床にずり落ち、シーツは乱れ枕は足元にあった。さらにアーサーがモニカの上にずっしりと乗っかって眠っていたので、モニカの目覚めは最悪だった。
「ぐっ…、この重圧…アーサーね…っ。おもい…。アーサーっ、どいてぇっ」
「すぴー」
「なんて幸せそうな寝顔をしてるのぉ?わぁぁアーサーの寝顔かわいぃー!…じゃなくて、どいてよお!重くて死んじゃうからぁ!」
「むにゃ…モニカ…」
「えっ、今モニカって言った?寝言でモニカって言った?かわいぃー!」
「モニカったら。苦しさよりもアーサーのかわいさの方が勝っちゃうのね」
モニカが一人で騒いでいると、シャナがクスクス笑いながらモニカにのしかかっているアーサーを抱き上げた。独り言を聞かれて恥ずかしくなったモニカは顔を真っ赤に染めて手で覆う。
「きゃー!シャナに聞かれちゃったぁ!」
「通常運転から気にしないで。ほらアーサー、起きなさい?」
「んん…」
まだ寝ぼけているのか、アーサーはシャナの胸に顔をうずめて再び寝息を立て始めた。
「ちょっ!ちょっとアーサー!シャナのおっぱいもんじゃだめだよ!!カミーユに怒られるよ?!」
「ふふ。ほんとにアーサーはおっぱいが好きなのねえ」
「シャナもちゃんと叱らなきゃダメだよぉ!!」
「はあい」
シャナがおどけて返事をし、アーサーの頬をぺちぺちと叩いた。アーサーはぐずりながらもなんとか目を覚まし、顔を包んでいる、そして右手でがっしり握っているシャナの胸に気付き大声を上げた。
「うわぁぁぁ?!?!」
「やっと起きたのねアーサー。おはよう」
「シャシャシャシャナ?!どどどどうして僕をだっこしてるの?!どうして僕はシャナのおっぱいに?!」
「私があなたをだっこしてるのは、あなたにのしかかられたモニカが圧死しそうだったから。あなたが私の胸に触れているのは、あなたがおっぱいを好きだからよ」
ニコニコしながら答えるシャナに、アーサーは泣きそうな顔で赤面した。恥ずかしさでプルプル震え、逃げるようにベッドの上に戻り隠れるようにモニカにしがみつく。
「ご、ごめんなさい!!またやっちゃいました!!」
「かまわないわ。あなたが触りたいならいくらでも触っていいのよ」
「シャナぁ!アーサーを甘やかさないで!これでも15歳のおとこの子よ?!」
「あら、いいじゃないの。今まで大人に頼らず生きてきたんだから。今からでも甘えたらいいのよ」
「ぼ、ぼくがおっぱいすきなこと、カミーユたちには内緒にしててぇっ」
「そんな恥ずかしいことじゃないのよ。カミーユだってジルだって、男の人はだいたいおっぱいが好きなのよ」
「そ、そうなの…?」
「そうよ」
「シャナぁ!!アーサーに変なこと教えないでぇ!!」
三人がわちゃわちゃしていると、ケタケタ笑っているミジェルダと無表情のフーワが寄ってきた。ミジェルダはアーサーの肩をバシバシ叩きながら嬉しそうに笑っている。
「イーヒヒヒッ!!!そうだよぉ坊や!!それが男ってやつさぁっ!!」
「ちがうわミジェルダ。アーサーはそういうのじゃないの。幼児返りしてるだけよ」
「みぃんなそうさ!!」
「兄よ。間違っても御子を穢すんじゃないよ」
「こらフーワ!!だからそんなんじゃないのよ!!」
「はんっ、どうだか。それより御子よ。"藍"の声は聞こえましたか?」
くだらない話になど付き合っていられないと、フーワが話を早々に切り上げて問いかけた。モニカはハッとしてずっと握っていた杖に目をやる。
「もうおはなしできるの?!」
「おそらくは。"藍"はすでにあなたたちの一部と一体化し、杖にもよく馴染んでいます」
フーワの言葉を聞き双子はぱっと顔を輝かせた。二人で杖を覗き込み、緊張しながら杖に話しかけてみる。
「つ…杖ー。聞こえるー…?」
「杖ー、ぼくだよー…」
《……》
「……」
「……」
「杖ー…?」
何度呼びかけても杖は返事をしてくれない。不安になったモニカは泣きそうになりながらフーワを見上げた。
「フ、フーワさん…。杖の声、聞こえないよぉ…」
「おかしいですね。儀式は成功したはずなのですが…」
フーワが首を傾げていると、シャナがずかずかとモニカに近づき杖に顔を寄せた。少しばかり怒っているような表情をしている。
「ブナ?あなた恥ずかしいんでしょう。今生の別れだと思って本音を言ったのに、まさかまた戻ってくるとは思わなかったから。だから二人に声を聞かせないんでしょう」
《……》
「あなたね。あなたがいない間、この子たちがどれほど寂しい思いをしたのか分かっているの?あなたに会いたくて会いたくて、こんな気味の悪い魔女を頼る羽目にまでなって」
「ウヒヒッ、照れるねえ」
「体の一部を与えることに一片の迷いも示さなかったのよ。あなたにもう一度会うために、あなたの声を聞くために」
《……》
「さあ、早く声を聞かせてあげなさい。この際なんでもいいわ。意思が戻っていると言うことを示すだけでもいいから、早く」
シャナの説教をつらい、杖がかすかにプルプル震えた気がした。そして杖から水滴が一粒浮き上がる。我慢強く杖の言葉を待っているとー…。
《…我に名をつけたな、モニカ》
「!!!」
「!!!」
懐かしい声。ずっと聞きたかった杖の声が、モニカとアーサーの耳にはっきりと聞こえた。
《…主にしては、なかなか良い名ではないか》
「つ、つえぇ!!!」
「杖ぇぇぇ!!!」
双子はぽろぽろ涙を流しながら杖を抱きしめた。杖は《や、やめるのだ!苦しいだろう!!》と嫌がっている素振りを見せていたが、その声色では再会の喜びを隠しきれていなかった。
「フヒヒッ!兄妹の距離感じゃあないねえ。恋人の距離感だよぉ」
「ミジェルダ。あなたアーサーの目を覗いたんだから過去は分かっているでしょう?この子たち、普通の育ちをしていないのよ。幼い頃から常識も知らずにずっと二人きりで生きてきたの。あれがあの子たちの距離感なのよ」
「分かってるよぉ。でもやっぱりおかしいよねぇ。ヒヒ。双子は不吉の前兆とこの国では言われてるけどねえ、異国では前世結ばれなかった恋人の生まれ変わりとも言われてるよぉ」
「残念でした。あの子たちの前世は一人の聖女よ。ひとつの魂を半分こしているの」
「分かってるよぉー。ちょっとくらい双子に夢見たっていいじゃないか。私は双子が大好きなんだよ」
ミジェルダとシャナの会話を聞いていたフーワが、呆れたように首を振っている。どす黒くドロドロとした酒を一口飲んでからぼそりと呟いた。
「魂と命が繋がっているこの子たちは、心も体も互いに依存しきっているよ。この子たちは一人だけでも優秀なのに、一人だけでは決して生きていけない。体はふたつに分かれているが、やはりこの子たちは二人でひとつなのさ」
「こりゃあ結婚なんてできやしないねえ!ヒヒヒッ!」
「当然だろう。自分の命より大切なものを、赤の他人に奪わせると思うかい?」
「まあモニカは…アーサーをお嫁さんにしたいらしいけど」
大人たちの話は、実は起きていたアーサーの耳にしっかり届いていた。アーサーはうっすら目を開けて妹を見る。気持ちよさそうに眠る妹の顔を指でなぞり、またぎゅぅっと抱きしめてから小さくため息をついた。
「結婚、かぁ…」
◇◇◇
案外寝心地が良かった魔女の小屋のベッド。起きたときには布団が床にずり落ち、シーツは乱れ枕は足元にあった。さらにアーサーがモニカの上にずっしりと乗っかって眠っていたので、モニカの目覚めは最悪だった。
「ぐっ…、この重圧…アーサーね…っ。おもい…。アーサーっ、どいてぇっ」
「すぴー」
「なんて幸せそうな寝顔をしてるのぉ?わぁぁアーサーの寝顔かわいぃー!…じゃなくて、どいてよお!重くて死んじゃうからぁ!」
「むにゃ…モニカ…」
「えっ、今モニカって言った?寝言でモニカって言った?かわいぃー!」
「モニカったら。苦しさよりもアーサーのかわいさの方が勝っちゃうのね」
モニカが一人で騒いでいると、シャナがクスクス笑いながらモニカにのしかかっているアーサーを抱き上げた。独り言を聞かれて恥ずかしくなったモニカは顔を真っ赤に染めて手で覆う。
「きゃー!シャナに聞かれちゃったぁ!」
「通常運転から気にしないで。ほらアーサー、起きなさい?」
「んん…」
まだ寝ぼけているのか、アーサーはシャナの胸に顔をうずめて再び寝息を立て始めた。
「ちょっ!ちょっとアーサー!シャナのおっぱいもんじゃだめだよ!!カミーユに怒られるよ?!」
「ふふ。ほんとにアーサーはおっぱいが好きなのねえ」
「シャナもちゃんと叱らなきゃダメだよぉ!!」
「はあい」
シャナがおどけて返事をし、アーサーの頬をぺちぺちと叩いた。アーサーはぐずりながらもなんとか目を覚まし、顔を包んでいる、そして右手でがっしり握っているシャナの胸に気付き大声を上げた。
「うわぁぁぁ?!?!」
「やっと起きたのねアーサー。おはよう」
「シャシャシャシャナ?!どどどどうして僕をだっこしてるの?!どうして僕はシャナのおっぱいに?!」
「私があなたをだっこしてるのは、あなたにのしかかられたモニカが圧死しそうだったから。あなたが私の胸に触れているのは、あなたがおっぱいを好きだからよ」
ニコニコしながら答えるシャナに、アーサーは泣きそうな顔で赤面した。恥ずかしさでプルプル震え、逃げるようにベッドの上に戻り隠れるようにモニカにしがみつく。
「ご、ごめんなさい!!またやっちゃいました!!」
「かまわないわ。あなたが触りたいならいくらでも触っていいのよ」
「シャナぁ!アーサーを甘やかさないで!これでも15歳のおとこの子よ?!」
「あら、いいじゃないの。今まで大人に頼らず生きてきたんだから。今からでも甘えたらいいのよ」
「ぼ、ぼくがおっぱいすきなこと、カミーユたちには内緒にしててぇっ」
「そんな恥ずかしいことじゃないのよ。カミーユだってジルだって、男の人はだいたいおっぱいが好きなのよ」
「そ、そうなの…?」
「そうよ」
「シャナぁ!!アーサーに変なこと教えないでぇ!!」
三人がわちゃわちゃしていると、ケタケタ笑っているミジェルダと無表情のフーワが寄ってきた。ミジェルダはアーサーの肩をバシバシ叩きながら嬉しそうに笑っている。
「イーヒヒヒッ!!!そうだよぉ坊や!!それが男ってやつさぁっ!!」
「ちがうわミジェルダ。アーサーはそういうのじゃないの。幼児返りしてるだけよ」
「みぃんなそうさ!!」
「兄よ。間違っても御子を穢すんじゃないよ」
「こらフーワ!!だからそんなんじゃないのよ!!」
「はんっ、どうだか。それより御子よ。"藍"の声は聞こえましたか?」
くだらない話になど付き合っていられないと、フーワが話を早々に切り上げて問いかけた。モニカはハッとしてずっと握っていた杖に目をやる。
「もうおはなしできるの?!」
「おそらくは。"藍"はすでにあなたたちの一部と一体化し、杖にもよく馴染んでいます」
フーワの言葉を聞き双子はぱっと顔を輝かせた。二人で杖を覗き込み、緊張しながら杖に話しかけてみる。
「つ…杖ー。聞こえるー…?」
「杖ー、ぼくだよー…」
《……》
「……」
「……」
「杖ー…?」
何度呼びかけても杖は返事をしてくれない。不安になったモニカは泣きそうになりながらフーワを見上げた。
「フ、フーワさん…。杖の声、聞こえないよぉ…」
「おかしいですね。儀式は成功したはずなのですが…」
フーワが首を傾げていると、シャナがずかずかとモニカに近づき杖に顔を寄せた。少しばかり怒っているような表情をしている。
「ブナ?あなた恥ずかしいんでしょう。今生の別れだと思って本音を言ったのに、まさかまた戻ってくるとは思わなかったから。だから二人に声を聞かせないんでしょう」
《……》
「あなたね。あなたがいない間、この子たちがどれほど寂しい思いをしたのか分かっているの?あなたに会いたくて会いたくて、こんな気味の悪い魔女を頼る羽目にまでなって」
「ウヒヒッ、照れるねえ」
「体の一部を与えることに一片の迷いも示さなかったのよ。あなたにもう一度会うために、あなたの声を聞くために」
《……》
「さあ、早く声を聞かせてあげなさい。この際なんでもいいわ。意思が戻っていると言うことを示すだけでもいいから、早く」
シャナの説教をつらい、杖がかすかにプルプル震えた気がした。そして杖から水滴が一粒浮き上がる。我慢強く杖の言葉を待っているとー…。
《…我に名をつけたな、モニカ》
「!!!」
「!!!」
懐かしい声。ずっと聞きたかった杖の声が、モニカとアーサーの耳にはっきりと聞こえた。
《…主にしては、なかなか良い名ではないか》
「つ、つえぇ!!!」
「杖ぇぇぇ!!!」
双子はぽろぽろ涙を流しながら杖を抱きしめた。杖は《や、やめるのだ!苦しいだろう!!》と嫌がっている素振りを見せていたが、その声色では再会の喜びを隠しきれていなかった。
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