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1巻
1-1
しおりを挟むプロローグ
女性に手を引かれながら、幼い少年と少女が薄暗い森の奥へゆっくりと進んでいく。
見慣れない人影に魔物が首をもたげ、鼻をひくつかせる。しかし、茂みの隙間から覗く魔物の視線にも、背後から聞こえる唸り声にも反応せず、二人の幼子は虚ろな目を地面に向けたままだった。
「どこにいくの?」
「どうして泣いてるの、おかあさん」
「ごめんね、ごめんね」
幼子が何を尋ねても、おかあさんと呼ばれた女性――ミアーナは「ごめんね」を繰り返すだけだった。薄い唇をわなわなと震わせ、銀色のまつげを濡らしている。彼女は表情を隠すためにマントのフードを深くかぶった。
「……ごめんね」
これから捨てる子どもたちに、それ以外の言葉をかけることができなかった。
二日歩き続けたのち、ミアーナは洞窟の前で立ち止まった。幼子をその中へ入らせてから、森へ向かって杖を一振りする。金色の光が広がり、洞窟を中心とした半径十メートルのドームとなった。しばらくして、光が徐々に消えていく。彼女はそれを見届け、フードをはずして洞窟の中へ入った。
「アウス様。モリア様。今日はここで一夜を過ごしましょう。わたくしは焚火に使う木を探してまいります。何かあった時のために、こちらを」
彼女が差し出したのは短剣と弓矢だった。短剣の柄には百合の紋章が刻まれており、弓には上質な布が巻かれている。どちらも年季が入っていたものの、大切に保管されていたらしく、状態は非常に良い。
武器を受け取った双子たち――アウスとモリアは、無表情でミアーナを見つめる。長らく手入れをしていない銀色の髪、生気を失った灰色の瞳。突然魔物が棲む森の奥深くへ連れてこられても、その程度の恐怖ではもう表情ひとつ変えることはない。
ミアーナは彼らのこけた頬に手を添えた。荒れた唇を指でなぞり、涙を一筋流しながら額にキスをする。最後にアウスという少年の耳元で何かを囁き、そっと二人を抱きしめてから立ち上がった。彼女は「いってきます」と無理に微笑んで洞窟を出る。
幼子は木々の中に消えていく乳母をぼんやりと眺めていた。夜が明けるまで、彼らは一睡もせずに彼女の帰りを待ち続けたのだった。
「おかあさん、戻ってこないよね」
朝方、ミアーナが歩いて行った方向を見ながら、モリアがぼそりと呟く。アウスは無言で頷いた。
「ここに置いて行けば、わたしたちが死ぬと思ってる」
アウスは黙って妹の肩を抱いた。震えている。
「死んでやるもんか!」
そう言いながら、モリアが兄を押し倒した。アウスは驚いて目を見開く。
「わたしたち、捨てられたんだよね?」
「た、たぶん……」
「じゃあもうあそこに戻らなくてもいいんだよね?」
「うん……」
「ってことは、もう牢獄に閉じ込められることはない! 痛いこともされないし、毒を飲まされることもないのね!!」
「うん……!」
「アウス!! これからは、気楽に! のんびり! 暮らしていけるよ!!」
モリアはキャハハと無邪気に笑った。アウスも楽しくなってきて、二人でゴロゴロと洞窟の中を転がりながら笑い続けた。
双子の兄アウスと妹モリアは、バンスティン国の国王と王妃の子どもだった。しかし、この国では双子は不吉の象徴であり、前兆。双子として生まれた彼らは、生まれたその日から両親に忌み嫌われてしまう。さらにアウスは並外れた身体的な基礎能力値、モリアも法外な魔法能力値を生まれながらにして宿していた。そのため、将来王位を奪われるのではないかと恐れた国王は、生まれたばかりの双子を牢獄に閉じ込めたのだ。
そんな双子をここまで育てたのは、乳母であるミアーナだった。彼女は、虐待を受けて大怪我をしたり、猛毒で瀕死になったりしていた二人にこっそり回復魔法を施して、六歳までなんとか命を繋いできた。死の危険が幾度となく双子を襲ったが、それでも二人が生きながらえたのは、彼女が与えた加護魔法のおかげにほかならない。
しぶとく六歳まで生きていたのが気に食わなかったのだろう、国王はミアーナに命じて双子を魔物が棲息する森の奥へ捨てに行かせた。そして、ミアーナ自身は必ず王城に戻ってくるようにとも命令した。彼女がいなければ、幼子は一日も経たないうちに魔物に食われて死ぬ。そう考えた国王は、その日枕を高くして寝たという。
だが、双子にとってもこの日は喜ばしい日だった。彼らは牢獄よりも魔物だらけの森の方がお気に召したようだ。明日は何をしよう、これからどうしよう――と、二人はワクワクしながら語り合った。いつの間にか眠りに落ちたその寝顔は、まるでふかふかのベッドで眠っているかのように幸せそうだった。
浅い眠りから目を覚ましたアウスは、寝返りを打った。隣では妹が、己の長い髪を枕にして気持ちよさそうに寝ている。その寝顔をぼんやり眺めながら、彼は別れ際に乳母が囁いた言葉を反芻した。
「第一王位継承権は、今もあなたに」
アウスはモリアを起こさないよう、そっと手を伸ばして乳母に渡された短剣を握った。凝った装飾が施された柄はゴテゴテしていて握りづらい。鞘から抜くと、刀身がきらりと光る。刃こぼれひとつないところを見ると、一度も使われたことがないようだった。
しばらく短剣を観察したあと、彼はそれを遠くへ投げつけた。短剣が石にぶつかり、大きな音が洞窟内に鳴り響く。アウスは慌てて妹の顔を見た。彼女はそれでも目を覚まさずに眠っている。彼はホッと胸を撫でおろし、妹とぴったりくっついて再び横になった。頭の中では今でもミアーナの言葉が何度も何度も繰り返されている。彼はそれを振り払うかのように、ぎゅっと目を瞑り、首を振った。
「そんなの、いらない」
◇◇◇
「……困ったなあ」
アウスとモリアは頭を抱えていた。ここは深い森の中にある洞窟。あたりを見渡すと、少し離れた場所を魔物が我が物顔で歩いている。
乳母に捨てられた日から五日間は洞窟の中に潜んでいたが、さすがに空腹で耐えられなくなってきた。しかし、食料を調達したくても、魔物が怖くて外に出られない。
洞窟の外をコソコソ覗いているアウスと、空腹で動けず地面に寝転がっているモリアは、ぼうっとする頭で話し合った。
「ど、どうしよっか」
「アウス、あなた生まれつきナントカ値が高いんでしょ?」
「基礎能力値ね」
「そうそれ。それって……なんか強いんだよね?」
「身体的な能力全体のことだよ。体力とか回復力とか攻撃力とか……なんかそこらへん」
「すごいじゃない。じゃあさ、短剣でぱぱっと魔物倒してきてよ、ね?」
「でも僕たち、それを恐れられて、ずっと牢獄に閉じ込められてたじゃないか……。訓練なんて受けたことないの、モリアも知ってるでしょ?」
「そうなのよねぇ……」
そう、二人は能力値が高いだけで、なんの訓練も受けてこなかったのだ。剣の握りかた、弓の引きかた……。モリアは魔法を使ったことがないどころか、呪文のひとつも知らなかった。
「弱そうな魔物がいたらそれで練習できるだろうけど、ここ、大きくてムキムキのしかいないしなあ」
「完全に殺しにきてるね、国王」
二人は深いため息をつき、しばらく黙り込んだ。静かになると二人のお腹がグルグル鳴っているのがよく聞こえる。その音を聞いていたら余計にお腹が空いた。
このままでは国王の思惑通り死んでしまうと思ったアウスは、重い腰を上げた。
「こわいけど……このままじゃ死んじゃうし。何もしないで死ぬよりも、魔物に食べられて死ぬ方がまだマシだよね」
「いやよ。せっかく解放されたのに死にたくない」
「そりゃそうだ」
アウスは軽く笑って、ほったらかしにしていた短剣を拾って洞窟の外へ出た。
モリアは慌てて起き上がり、兄を引き留める。
「ちょっとアウス、どこ行くの!?」
「果物を取ってくるよ」
「危ないよ! 魔物がたくさんいるんだから!」
「さっきモリアが行ってこいって言ったんじゃないか」
「そ、そうだけどぉ……」
「危なかったらすぐに戻ってくるよ。モリアはここにいて」
「……死なないでね」
アウスはニコッと笑って手を振ったあと、ビクビクしながら洞窟を離れていく。
植物や木の実が豊かな森には、動物も魔物も集まってくる。双子が捨てられたその森は、魔物が多く恐ろしい森である反面、リンゴや栗、オレンジなど、大きくて瑞々しい果物などがあちらこちらでなっている、食料の宝庫でもあった。
アウスは洞窟の近くでキノコや木の実を採り、服の裾を籠代わりにしてそれらを載せた。不思議なことに、彼の姿は魔物の視界に入っていないようで、襲ってくる気配はない。
(どうしてだろう。魔物が僕に気付かない)
魔物に注意を払いながら採集を続ける。どれが食べられる植物か分からなかったので、一度口に入れて判断した。少しばかり毒があっても、慣れているアウスにとってはピリッとする調味料程度の感覚でしかない。うっかり毒キノコを口にしてゲェッと吐いたものの、すぐににっこり笑い、他に食べられそうなものがないかと探した。アウスは楽しくなってきて、どんどん森の奥へ進んでいく。
「グルルル」
突然聞こえてきた魔物の唸り声に、木の枝になったリンゴをもいでいたアウスは体をびくつかせた。おそるおそる振り返ると、イノシシの姿に似た魔物が牙を剥き出しにして威嚇している。
じりじりと近づいてくる魔物に、アウスは「ひぃぃぃ!!」と悲鳴を上げた。
「ガルァァッ!!」
「うわぁぁぁっ!!」
魔物が突進してくる。アウスは頭が真っ白になった。その時、モリアに「死なないでね」と言われたことを思い出し、彼は無我夢中でリンゴの木に登る。
間一髪、魔物がぶつかったのはアウスではなくリンゴの木だった。
衝撃でグラグラ揺れる木の頂上にしがみつくアウス。ダラダラと冷や汗を垂らしながら見下ろすと、魔物が目を回してふらついているのが見えた。
(す、すごい。簡単に木のてっぺんまで登れた……。さすが基礎能力値が高いだけあるなぁ)
胸を撫でおろしながら、アウスは森の中を見回す。
(うわ、他の魔物も僕に気付いて近づいて来てる。でも、どうして洞窟から出てしばらくは魔物に気付かれなかったんだろう?)
不思議に思った彼は記憶を遡った。洞窟の中での五日間……ミアーナに短剣を渡された夜……。
「あっ!!」
二人を洞窟へ避難させたあと、ミアーナはしばらく中へ入ってこなかった。その時アウスは、乳母が杖を振っていたのを目にしていた。そして洞窟のまわりに金色の光が落ちたところも。
(おかあさんが洞窟のまわりに、魔物が来ないように魔法をかけてくれたんだ。きっと僕は今その魔法から外れた場所にいる)
アウスは首を伸ばして洞窟のまわりを観察した。洞窟から約十メートル以内に魔物は一体もいない。
(ってことは、ここから三メートル逃げたら魔法の範囲内に入れる。よしっ、行くぞ)
アーサーは意を決してスルスルと木を降りた。待ち構えていた魔物たちが大きく口を開け、涎を垂らしている。
魔物の牙や爪が届く前に、アウスは木の幹を蹴って遠くへ飛び降りた。
一回転して魔物の背後に着地したアウスは、抱えていた食料をボトボト落としながらも、なんとか結界魔法の内側へ駆け込んだ。
「あぁー!! 僕のリンゴがっ」
無事魔物から逃げ切ることはできたものの、採集した果物がほとんどなくなってしまった。洞窟の中ではモリアがお腹を空かせて待っている。アウスはおろおろと取り乱した。
「ガルゥゥッ」
「ひっ!」
結界の外に目をやると、魔物がアウスを探してうろついていた。しかし、目と鼻の先にいるのに、彼のことが見えていないようだ。それを見てアウスは閃く。彼は結界のそばにいる魔物と数メートル距離をとり、残っていたリンゴを力いっぱい投げつけた。
魔物の頭に直撃したリンゴは粉々に砕けてしまったものの、強い衝撃を与えられたようだ。魔物は意識を失ってバタリと倒れた。
「わ、やった! これは大物だ!」
アウスは大喜びしながら、倒れた魔物を急いで結界内に引きずり込む。気絶しているとはいえ、まだ息がある。よく分からないまま首や胸に短剣を突き刺し、絶命したことを確認してから、アウスは魔物を抱きかかえて洞窟へ引き返した。
有頂天になって戻ってきたアウスを見て、モリアは安堵の表情を浮かべる。
「よかった。生きて帰ってきてくれた」
「モリア! 見てよ! イノシシの魔物を仕留めたんだ!」
じゃーん、とアウスがイノシシを見せびらかすと、モリアは目を輝かせて兄の首にしがみついた。
「わあ! すごい! どうやって倒したの!?」
アウスが自慢げに仕留めたシーンを再現してみせると、モリアはその寸劇に大喜び。
魔物に囲まれたところでは顔を真っ青にして息を呑み、リンゴを投げつけたところでは「すごーい!!」と手を叩き、魔物の息の根を止めたところでは「かっこいいー!!」と兄に抱きついた。
アウスはまんざらでもなかったようで、血でベットリ濡れた手で妹をぎゅーっと抱き返す。
二人はしばらくぴょんぴょん飛び跳ねて食料確保を喜んだが、ここで問題がひとつ。
「どうやって食べよう……?」
「モリア、魔法能力値高いんだから、火とか出せないかな?」
「やったことないよ……」
「でもほら、僕もなにも練習したことなかったけど、木には簡単に登れたし、こんな大きな魔物まで仕留められたし。きっとモリアにもできるよ!」
無責任に大仕事を任されてムッとしながらも、モリアは「やってみる」と手のひらを魔物に向けた。……だが、どうやったら魔法が発動するのか見当もつかない。
「杖がないどころか呪文も知らないし……んー」
「じゃあ、火をイメージできる歌を歌ってみたらどうかな?」
「歌……! 歌ならいくつか知ってるよ。火をイメージできる歌……。暗くてこわいって泣いてた時に、おかあさんが杖に火を灯しながら子守唄を歌ってくれた、あの歌!」
「あの歌か。じゃあ一緒に歌おう」
アウスとモリアはその時を思い出しながら子守唄を歌った。
――乳母に抱きついて泣いているモリアのそばで、妹の背中をさするアウス。彼は妹の頭を撫でながら、乳母と一緒に子守唄を歌っていた。アウスはその時虐待を受けたばかりで、背中に鞭や火傷の痕が残っていた。モリアに抱きつかれた時、彼女の手が傷に触れ、一瞬顔をしかめる。しかし、すぐにいつもの表情に戻って歌い続けた。
やがて、モリアの指にポッと火が灯る。アウスが「あっ」と声を漏らしたが、モリアは歌うことをやめなかった。
(もっと強く、イノシシを燃やすくらい)
モリアがそう念じると、イノシシが炎に包まれた。双子は「おおおお!!」と大はしゃぎする。
「モリアすごい!!」
「でっしょぉ!?」
目を輝かせるアウス。モリアは照れ笑いをしながらも、大好きな兄に抱きついた。
まるごと焼いた魔物を下手な手つきで捌いてみると、中は焦げているか生かのどちらかだった。その上、血まみれの内臓が気持ち悪くて食欲が失せた。正直、まったくおいしくなかったが、それでも生き延びるために、双子は骨だけになるまで魔物を食べ尽くした。
冒険者との出会い
アウスとモリアが深い森に捨てられた日から四年が経った。十歳になった彼らは、今も森で暮らしている。牢獄では食事――それもハエがたかった毒入りの生肉など――を三日に一度しか与えられなかったが、森では毎日新鮮な果物や肉をとった分だけ食べられる。魔物が棲む苛酷な森も、二人にとっては天国のようなものだった。
その日もアウスは狩りへ行き、魔物を三体仕留めてきた。ずいぶん狩りが上手になり、魔物に無駄な傷がほとんどついていない。解体スペースに魔物を横たえ、短剣で器用に皮を剥いでいく。それが終わると魔物の頭を切り落とし、お腹をスーッと切り開いた。その間モリアは、水魔法で魔物の汚れを落としたり、血抜きを手伝ったりした。内臓と肉を切り分け、一部を串に刺し焚火で炙る。他にもリンゴやキノコも焼いて食べた。
一仕事を終えて休憩しているアウスに、モリアが話しかけた。
「アウス、そろそろ町を目指して移動してみない?」
「突然どうしたの?」
炙り肉を頬張りながら、モリアが答える。
「ずっと考えてたの。アウスはここにいる魔物をほとんど倒せるようになったし、わたしもこの四年間でいろんな魔法を使えるようになったでしょ。だから町へ行っても二人で生きていけると思うの」
「うーん、そうかも?」
「だからね、今まで狩ってきた魔物の素材を元手に町で暮らして、働いて二人の家を買って、今までできなかった自由な生活をしてみたいなあって」
モリアの提案を聞き、しばらく考えたあと、アウスはにっこり笑いながら頷いた。
「いいね。じゃあ、準備が整い次第出発しようか。王城から遠い町がいいな」
「だったら南に向かいましょう。確か王城はここから北だから」
二人は食事をとってから森を出る準備をした。
モリアは土魔法で作った家を崩して地面に戻し、アウスは魔物の素材を整理してアイテムボックス(アウスが革で作った鞄に、モリアが空間魔法を施したもの)にしまった。とはいえ、魔物などの素材と短剣と弓以外は何も持っていなかったので、思っていたより早く身支度がすんだ。
夕方、双子は南へ向かって歩き始めた。幸い、暮らしていた森より手ごわい魔物が出てくることはなく、順調な旅路になった。
そして一週間後――
「「町だー!!」」
アウスとモリアが見たものは、壁に囲まれた大きな町。門では多くの馬車が出入りしている。
しかし、はしゃぎながらやってきた彼らを、門番の男が呼び止めた。
殴られると思ったアウスが咄嗟にモリアを背後に庇うと、門番は首を傾げる。
「お、おい。どうした?」
「え……?」
(殴られない……)
ぽかんと口を開けている双子に、門番が面倒くさそうに手を差し出す。
「早く、身分証は?」
「持っていません」
「ボロボロの小汚い恰好をしてるが、孤児か?」
困惑している様子の門番に、アウスは警戒しながらも答える。
「はい」
「身寄りは?」
「ありません」
門番はうーむと顔をしかめた。
「悪いが、身分証もなけりゃ身寄りもない子どもを入れるのは……」
「わたしたち、わるいことしません。ここで生活したいだけなんです。この町で働きます。雑用でもなんでもして、それで、いつか二人の家を建てたいんです。……ふるさとが、ほしいんです」
モリアは兄の袖を掴みながら、震える声で訴えた。その切実さに心を打たれたのか、門番は二人の孤児をじっと見つめ、低い声で尋ねる。
「ここには働くために来たのか?」
「いいえ」
「ではなんのために」
「生きるためです」
アウスはそう答えて、門番の目をまっすぐ見た。ボロボロの少年と少女が、目を潤ませながら必死に訴えている。門番はうんうん唸ったあと、深いため息をつき、口元を緩めた。
「二人の家か、いい夢だな」
「!」
門番は二人の頭に手を置いた。そして腰をかがめてニカッと笑う。
「ようこそ、ポントワーブへ。ここはのどかで平和な町だ。ふるさとにするにはぴったりだぞ」
アウスとモリアはしばし目を見合わせる。そして、言葉にならない声をあげながら飛び跳ね、抱き合った。興奮がおさまらず、彼らは門番にも飛びついた。
「「ありがとう!! 門番さん!!」」
「うぎゃっ! くせぇ!! おめぇら、家を建てる前にまず風呂に入りやがれ!! そしたらいくらでもハグしてやらぁ!!」
門番は嫌がる素振りを見せながらも照れくさそうに笑い、町へ入るアウスとモリアを見送った。
無事ポントワーブ町へ入ることができた双子は、何も分からないまま歩いていた。通りにはさまざまな人種が行き交い、店は知らない品物で溢れていて目が眩みそうだ。
屋台に並んだ色とりどりの果物に目を奪われて立ち止まったモリアに、後ろを歩いていた女性がぶつかった。
「あら、ごめんなさい」
女性は軽く頭を下げたものの、鼻に手を当てて哀れむような目をして去っていった。
双子は顔を真っ赤にして自分の服の臭いを嗅いだ。しかしこの臭いに慣れてしまっているせいで、自分たちがどれほど臭いのか分からない。アウスはバツが悪そうに笑った。
「とりあえず、体と服を洗いたいね」
「とにかくお金が必要だね。素材を売れるところを探そうよ」
そうは言ったものの、どこへ行けばいいのか分からない。適当に歩いていても体力を消耗するだけだし、何より周囲の視線が痛い。アウスは勇気を出して通行人に声をかけることにした。
何人かに声をかけたが、みんな双子の放つ異臭に顔をしかめてそそくさとどこかへ行ってしまう。それに臭いだけではなく、二人の身なりも相当ひどかった。アウスの破れた服には魔物の血が染み込んでおり、モリアは汚れた長い髪を地面に引きずっている。できれば関わりたくないと思われても仕方なかった。
「あの!」
アウスは諦めずに通行人に声をかけてまわる。それまでは優しそうなおじいさんやおばさんにばかり話しかけていたが、失敗続きでヤケになり、人混みでひときわ目立っていた人を呼び止めた。背中に大剣を担いだ巨躯の男性。彼は振り返り、思わず鼻をつまんだ。
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