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北部編:白い伝書インコ
役目
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「悪……役……?」
「ええ。誰もに嫌われ、全ての人を敵に回し、そして全てが終わった時には命すら残らない。その覚悟はある?」
「ど……どういう……」
何を言っているのかさっぱり分からず戸惑うウィルク。
ジュリアは、弟の腹に乗せた足にグリグリと力を入れていたが、ふ、と脱力してため息をついた。そして、口を開く。
「私とお兄さまは、その道を選んだの」
「……お姉さま、どういうことかさっぱり……」
「……」
「お姉さま……?」
唇を噛むジュリアはしばらく葛藤していたが、意を決してウィルクに真実を話した。
「……教会が解体された約五年前。お兄さまは、謁見に来られたアウス様とモリア様を拝見したの」
「……」
ヴィクスが初めて〝なった〟のを見たのは、ウィルクだった。
それは、五年前のあの日。
「ウィルク、あなたは知らないでしょう。あなたが生まれてから二歳になるまで、私たちはあの方たちと同じ敷地内にいたのよ。彼らはどこにいたと思う?」
「……ご自身の部屋で、寝たきりだったのでしょう?」
「いいえ。地下の牢獄に閉じ込められていたのよ」
「え……」
「私たちが豪華な食事をしている時、あの方たちは、毒が入った腐った肉を食べていたの。私たちが従者と遊んでいる時、彼らは血だらけになるまで虐待を受けていたの」
「う……嘘ですよね……?」
「本当よ。双子は不吉の前兆だから、そうしたんですって」
「……」
「お兄さまはそれを知っていた。実際に見たこともあったらしいわ。お兄さまは……お二人のことが大好きだったの」
「それは……よく、知っています」
「だから彼らが死んだと聞いたとき、一番悲しんだのはお兄さまよ。ヴィクスお兄さまはお二人のために、自分が立派な国王にならなきゃと、一生懸命勉強した。早く自分が国王になって、双子なんてくだらない理由で生きる権利を奪われる国じゃなくなるように」
「……」
「でも、彼らは生きていた。お兄さまはおかしくなってしまうほど歓喜したわ。そして……その日から、お兄さまの役目は変わった。民を幸せに導く国王という役目を捨て、民を苦しめる非道な次期国王という役目に」
「ど……どうして……」
「あら、なぜか分からないの?」
ジュリアはしゃがみ、ウィルクの耳元で囁いた。
「アウス様に、この国を譲るためよ」
「えっ……」
「第一王位継承権を失い、庶民になったアウス様。彼に国を譲る方法がひとつある」
「……」
「民が反乱を起こせばいい。その反乱で、今まで悪政を働いていた王族を処刑して、王政を撤廃したらいい。そして民が、〝冒険者のアーサー〟が統治者になることを望めば」
「……」
ウィルクはジュリアを見た。
こんな話、微笑を浮かべ、淡々と話すような内容ではない。
「……お姉さまが、やたらとドレスや宝石にお金を使うのは……」
「国の財政を乱すためよ。私のせいで、税金がどんどん上がってきているわ」
「……僕が、たくさん人を殺してきたのは……」
「お兄さまの計画が乱されないよう、有能な臣下を処刑するため。それに、極悪非道な行いによって、民の王族に対するイメージダウンにおおいに貢献してくれたわね、あなたは」
「……お兄さまが、悪政を働くのは……」
「民に反乱を起こさせるためよ」
「お、お父様や、お母様が、お兄さまの言いなりで悪政に拍車をかけているのは……?」
「ああ、彼らは何も考えずにやっているわ。お兄さまの思惑にも気付かずに」
「……」
「お父様とお母様は、今もアウス様とモリア様の命を狙っている。お兄さまは、それに乗っかるフリをして、巧みに暗殺を失敗させているのよ。三年前も……今回も」
「……そんなことが、あったのですか……」
ウィルクに全てを打ち明けたジュリアは、すぅっと息を吸い、目を瞑る。
「君主は自身を守るために、善行ではない態度も取る必要がある。あらゆる君主はその気質が評価されるが、一人の君主があらゆる道徳的な評判を勝ち得ることは原理的に不可能なので、自分の国家に損失を招くような重大な悪評のみを退けることになるーー」
ジュリアの続きを、ウィルクがボソボソと諳んじる。
「ーーしかしながら、自国の存続のために悪評が立つならばその払拭にこだわらなくてもよい。全般的に考察すると、美徳であっても破滅に通じることがあり、逆に悪徳であっても安全と繁栄がもたらされることが、しばしばあるからである。……」
ヴィクスがいつも諳んじていた、帝王学の一節だ。
「……お兄さまは、正にこれをしようとしているの。自らの命をかけて」
「……お兄さま……」
ヴィクスを想い涙を流すウィルクに、ジュリアがもう一度尋ねる。
「……お兄さまは、あなたをこの計画に関与させなかった。それはあなたがバカだったからっていうのが大きな理由なんだけど」
ムッと顔をしかめるウィルクに、ジュリアは右の口角をクイッと上げ、話を続ける。
「やっぱり末っ子のあなたのことが可愛かったんじゃないかしら?」
「……可愛いと思ってる末っ子に、人殺しをさせるでしょうか……?」
「……」
ジュリアはぐうの音も出ず、ごまかすように弟の頭をはたく。
「……とにかく、これを聞いてもあなたは、あのお二人の味方でいられるかしら。王位と命を捨てる度胸はあって?」
最愛の兄姉の命か、自分の命かーー。
究極の選択を迫られたウィルクは、ゆっくりと立ち上がる。
「……少し、考えさせてください」
「……」
立ち去ろうとするウィルクの背中に、ジュリアが杖を向ける。
「ウィルク。このことを他言したら……分かっているわね」
「……」
応えないウィルクに、ジュリアの頭にカッと血がのぼる。
「意気地なし!! 先ほどの威勢はなんだったの!? あなたを信じて話した私が馬鹿みたいだわ!!」
「……」
ウィルクはやはり何も応えず、静かに部屋を出て行った。
寝室には、頭を抱えたジュリアが一人残される。
「ああ、どうしましょう。まずい……」
顔を真っ青にして、ジュリアは走り書きした紙をインコに渡し、王城へ飛ばした。
「ええ。誰もに嫌われ、全ての人を敵に回し、そして全てが終わった時には命すら残らない。その覚悟はある?」
「ど……どういう……」
何を言っているのかさっぱり分からず戸惑うウィルク。
ジュリアは、弟の腹に乗せた足にグリグリと力を入れていたが、ふ、と脱力してため息をついた。そして、口を開く。
「私とお兄さまは、その道を選んだの」
「……お姉さま、どういうことかさっぱり……」
「……」
「お姉さま……?」
唇を噛むジュリアはしばらく葛藤していたが、意を決してウィルクに真実を話した。
「……教会が解体された約五年前。お兄さまは、謁見に来られたアウス様とモリア様を拝見したの」
「……」
ヴィクスが初めて〝なった〟のを見たのは、ウィルクだった。
それは、五年前のあの日。
「ウィルク、あなたは知らないでしょう。あなたが生まれてから二歳になるまで、私たちはあの方たちと同じ敷地内にいたのよ。彼らはどこにいたと思う?」
「……ご自身の部屋で、寝たきりだったのでしょう?」
「いいえ。地下の牢獄に閉じ込められていたのよ」
「え……」
「私たちが豪華な食事をしている時、あの方たちは、毒が入った腐った肉を食べていたの。私たちが従者と遊んでいる時、彼らは血だらけになるまで虐待を受けていたの」
「う……嘘ですよね……?」
「本当よ。双子は不吉の前兆だから、そうしたんですって」
「……」
「お兄さまはそれを知っていた。実際に見たこともあったらしいわ。お兄さまは……お二人のことが大好きだったの」
「それは……よく、知っています」
「だから彼らが死んだと聞いたとき、一番悲しんだのはお兄さまよ。ヴィクスお兄さまはお二人のために、自分が立派な国王にならなきゃと、一生懸命勉強した。早く自分が国王になって、双子なんてくだらない理由で生きる権利を奪われる国じゃなくなるように」
「……」
「でも、彼らは生きていた。お兄さまはおかしくなってしまうほど歓喜したわ。そして……その日から、お兄さまの役目は変わった。民を幸せに導く国王という役目を捨て、民を苦しめる非道な次期国王という役目に」
「ど……どうして……」
「あら、なぜか分からないの?」
ジュリアはしゃがみ、ウィルクの耳元で囁いた。
「アウス様に、この国を譲るためよ」
「えっ……」
「第一王位継承権を失い、庶民になったアウス様。彼に国を譲る方法がひとつある」
「……」
「民が反乱を起こせばいい。その反乱で、今まで悪政を働いていた王族を処刑して、王政を撤廃したらいい。そして民が、〝冒険者のアーサー〟が統治者になることを望めば」
「……」
ウィルクはジュリアを見た。
こんな話、微笑を浮かべ、淡々と話すような内容ではない。
「……お姉さまが、やたらとドレスや宝石にお金を使うのは……」
「国の財政を乱すためよ。私のせいで、税金がどんどん上がってきているわ」
「……僕が、たくさん人を殺してきたのは……」
「お兄さまの計画が乱されないよう、有能な臣下を処刑するため。それに、極悪非道な行いによって、民の王族に対するイメージダウンにおおいに貢献してくれたわね、あなたは」
「……お兄さまが、悪政を働くのは……」
「民に反乱を起こさせるためよ」
「お、お父様や、お母様が、お兄さまの言いなりで悪政に拍車をかけているのは……?」
「ああ、彼らは何も考えずにやっているわ。お兄さまの思惑にも気付かずに」
「……」
「お父様とお母様は、今もアウス様とモリア様の命を狙っている。お兄さまは、それに乗っかるフリをして、巧みに暗殺を失敗させているのよ。三年前も……今回も」
「……そんなことが、あったのですか……」
ウィルクに全てを打ち明けたジュリアは、すぅっと息を吸い、目を瞑る。
「君主は自身を守るために、善行ではない態度も取る必要がある。あらゆる君主はその気質が評価されるが、一人の君主があらゆる道徳的な評判を勝ち得ることは原理的に不可能なので、自分の国家に損失を招くような重大な悪評のみを退けることになるーー」
ジュリアの続きを、ウィルクがボソボソと諳んじる。
「ーーしかしながら、自国の存続のために悪評が立つならばその払拭にこだわらなくてもよい。全般的に考察すると、美徳であっても破滅に通じることがあり、逆に悪徳であっても安全と繁栄がもたらされることが、しばしばあるからである。……」
ヴィクスがいつも諳んじていた、帝王学の一節だ。
「……お兄さまは、正にこれをしようとしているの。自らの命をかけて」
「……お兄さま……」
ヴィクスを想い涙を流すウィルクに、ジュリアがもう一度尋ねる。
「……お兄さまは、あなたをこの計画に関与させなかった。それはあなたがバカだったからっていうのが大きな理由なんだけど」
ムッと顔をしかめるウィルクに、ジュリアは右の口角をクイッと上げ、話を続ける。
「やっぱり末っ子のあなたのことが可愛かったんじゃないかしら?」
「……可愛いと思ってる末っ子に、人殺しをさせるでしょうか……?」
「……」
ジュリアはぐうの音も出ず、ごまかすように弟の頭をはたく。
「……とにかく、これを聞いてもあなたは、あのお二人の味方でいられるかしら。王位と命を捨てる度胸はあって?」
最愛の兄姉の命か、自分の命かーー。
究極の選択を迫られたウィルクは、ゆっくりと立ち上がる。
「……少し、考えさせてください」
「……」
立ち去ろうとするウィルクの背中に、ジュリアが杖を向ける。
「ウィルク。このことを他言したら……分かっているわね」
「……」
応えないウィルクに、ジュリアの頭にカッと血がのぼる。
「意気地なし!! 先ほどの威勢はなんだったの!? あなたを信じて話した私が馬鹿みたいだわ!!」
「……」
ウィルクはやはり何も応えず、静かに部屋を出て行った。
寝室には、頭を抱えたジュリアが一人残される。
「ああ、どうしましょう。まずい……」
顔を真っ青にして、ジュリアは走り書きした紙をインコに渡し、王城へ飛ばした。
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