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2章
第22話 はさみ
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それから明日香は、ぽつりぽつりと独り言のように想いを言葉にした。
明日香の母親は、音楽大学でフルートの講師をしているそうだ。そのため、明日香は物心ついたときからフルートを吹いていた。音楽を聴き、フルートを奏でることが明日香の日常だった。
「でもね、ふと気付いたの。どうして私はフルートを吹いてるんだろうって。これは本当に私がやりたいことなのかなって」
明日香が眺めるフルートは、ピカピカに磨かれているが使い込まれている。
「お母さんに言われるがまま、今までフルートを吹いてきた。きっと生まれた子どもが私じゃなくても、お母さんはその子にフルートをさせてたんだろうな。そう考えると虚しくなった」
海茅にとって羨ましすぎる悩みだった。もし海茅が明日香の母親の元に生まれていたのなら、海茅は今、フルートの席に座っていたはずだ。
しかし、海茅は疑問に思った。
(どうして私はここまでフルートをしたいんだろう)
その理由は、小学校の頃に姉からフルートをもらったから。全ての楽器の中から海茅自身がフルートを選んだわけではない。たった一つの選択肢を与えられ、手に取ってしまったからだった。
その点は明日香と似ているような気がした。
「本当はね、吹奏楽部が有名な私立中学に行きなさいって言われてたの。でも初めてお母さんに反抗したんだ。これ以上お母さんの敷いたレールの上を歩くのはうんざり」
明日香は小さくため息を吐き、バツが悪そうに笑った。
「そんなこと言いながら、自分で選んだ中学で吹奏楽部に入って、フルートやっちゃってるんだけどね。癪だけど、やっぱり私、フルートが好きみたい」
それまで静かに聞いていた海茅は、どうしても気になって口を開いた。
「ね、ねえ如月さん……。どうしてこんなこと、私に話してくれたの?」
「どうしてだろう? ちょっとメンタルやられてたのかも。誰かに聞いてほしかったのかな。ほら、こんなこと同じパートの人には言えないし。彼方さんパーカッションだから」
「そ、そっか……」
海茅は、こぼれ落ちそうな言葉を必死に呑み込んだ。しかし抑えれば抑えるほど、彼女の中でモヤモヤが膨らんでいく。
明日香は水筒に直接口を付けてルイボスティーを一口飲み、尋ねた。
「彼方さんはどうしてパーカッションを選んだの?」
その言葉は、海茅の唇を縫い付けていた糸を切るハサミとなった。
「選ぶ……? 選んでないよ」
海茅は自分の体がぶるぶる震えているのを感じた。
「私、オーディションに落ちたの。本当はフルートがしたかった」
「え……?」
明日香の顔から血の気が引いた。
「か、彼方さん……ごめん、私……彼方さんは小学校からパーカッションやってたんだって思いこんじゃってた……」
「ううん。気にしないで。オーディションに落ちたのは私が下手だっただけだから」
海茅は明日香にコップを返し、サスペンドシンバルを持ち上げる。
「じゃ、そろそろ練習に戻るね」
「あっ、うん……」
海茅がその場を立ち去ろうとしたとき、明日香が大声で言った。
「あのねっ……! あんな話したあとで、こんなこと言ったら嘘くさく聞こえるかもしれないけど……。私、彼方さんのシンバルの音が好きなの!! あんなに綺麗なシンバルの音、聴いたことなかった! だから……てっきりずっとやってたんだと思って……。本当にごめんね……!」
顔だけ振り返った海茅は、笑っているようにも泣いているようにも見える表情で応えた。
「うん。私も、私のシンバルの音が好き。だからありがとう」
結局音楽室に戻って来た海茅は、無心になってスネアスティック練習をした。嫌いな練習だが、せめて管楽器パートがロングトーンの練習をしている間だけでも、スティックを叩くことに決めた。
明日香の母親は、音楽大学でフルートの講師をしているそうだ。そのため、明日香は物心ついたときからフルートを吹いていた。音楽を聴き、フルートを奏でることが明日香の日常だった。
「でもね、ふと気付いたの。どうして私はフルートを吹いてるんだろうって。これは本当に私がやりたいことなのかなって」
明日香が眺めるフルートは、ピカピカに磨かれているが使い込まれている。
「お母さんに言われるがまま、今までフルートを吹いてきた。きっと生まれた子どもが私じゃなくても、お母さんはその子にフルートをさせてたんだろうな。そう考えると虚しくなった」
海茅にとって羨ましすぎる悩みだった。もし海茅が明日香の母親の元に生まれていたのなら、海茅は今、フルートの席に座っていたはずだ。
しかし、海茅は疑問に思った。
(どうして私はここまでフルートをしたいんだろう)
その理由は、小学校の頃に姉からフルートをもらったから。全ての楽器の中から海茅自身がフルートを選んだわけではない。たった一つの選択肢を与えられ、手に取ってしまったからだった。
その点は明日香と似ているような気がした。
「本当はね、吹奏楽部が有名な私立中学に行きなさいって言われてたの。でも初めてお母さんに反抗したんだ。これ以上お母さんの敷いたレールの上を歩くのはうんざり」
明日香は小さくため息を吐き、バツが悪そうに笑った。
「そんなこと言いながら、自分で選んだ中学で吹奏楽部に入って、フルートやっちゃってるんだけどね。癪だけど、やっぱり私、フルートが好きみたい」
それまで静かに聞いていた海茅は、どうしても気になって口を開いた。
「ね、ねえ如月さん……。どうしてこんなこと、私に話してくれたの?」
「どうしてだろう? ちょっとメンタルやられてたのかも。誰かに聞いてほしかったのかな。ほら、こんなこと同じパートの人には言えないし。彼方さんパーカッションだから」
「そ、そっか……」
海茅は、こぼれ落ちそうな言葉を必死に呑み込んだ。しかし抑えれば抑えるほど、彼女の中でモヤモヤが膨らんでいく。
明日香は水筒に直接口を付けてルイボスティーを一口飲み、尋ねた。
「彼方さんはどうしてパーカッションを選んだの?」
その言葉は、海茅の唇を縫い付けていた糸を切るハサミとなった。
「選ぶ……? 選んでないよ」
海茅は自分の体がぶるぶる震えているのを感じた。
「私、オーディションに落ちたの。本当はフルートがしたかった」
「え……?」
明日香の顔から血の気が引いた。
「か、彼方さん……ごめん、私……彼方さんは小学校からパーカッションやってたんだって思いこんじゃってた……」
「ううん。気にしないで。オーディションに落ちたのは私が下手だっただけだから」
海茅は明日香にコップを返し、サスペンドシンバルを持ち上げる。
「じゃ、そろそろ練習に戻るね」
「あっ、うん……」
海茅がその場を立ち去ろうとしたとき、明日香が大声で言った。
「あのねっ……! あんな話したあとで、こんなこと言ったら嘘くさく聞こえるかもしれないけど……。私、彼方さんのシンバルの音が好きなの!! あんなに綺麗なシンバルの音、聴いたことなかった! だから……てっきりずっとやってたんだと思って……。本当にごめんね……!」
顔だけ振り返った海茅は、笑っているようにも泣いているようにも見える表情で応えた。
「うん。私も、私のシンバルの音が好き。だからありがとう」
結局音楽室に戻って来た海茅は、無心になってスネアスティック練習をした。嫌いな練習だが、せめて管楽器パートがロングトーンの練習をしている間だけでも、スティックを叩くことに決めた。
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