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6章
第53話 釣竿に吊るされたニンジン
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午後の合奏練習はいつもより部員が奏でる音がギスギスしていた。他にも、息をぴったり合わせないといけないところでズレてしまったり、音量のバランスが悪かったりと、それはもうひどい合奏だった。
特に調子が悪かったのは福岡先輩と樋暮先輩だった。二人ともまだ心が乱れているのか、力任せに音を鳴らし、他の楽器を置いてきぼりにして一人で突っ走ることもあった。まるで周りの音が聞こえていないようだ。
それまで我慢していた顧問も、限界が来たのか途中で指揮棒を放り投げた。
楽器の音が止み、音楽室が静かになる。
顧問は何も話さずにギラついた目で部員を見渡す。相当怒っていることが伝わり、部員の背筋にゾッと寒気が走った。
「なんのために演奏をしているんだ?」
顧問の質問にはいつも元気な声で返事する部員たちも、怖くて声が出ない。
「金賞を取るためか?」
その質問に小さく頷いた数人の部員を見て、顧問は目を細める。
「こんな演奏で金賞が取れるのか?」
先ほど頷いた部員が俯いた。
顧問はため息交じりに背もたれにもたれかかり、あごを手でさする。
「正直、俺は金賞なんてどうでもいい」
衝撃的な一言に、今まで金賞を目指して頑張っていた部員たちが目玉を飛び出させた。顧問がそんなことを言って、コンクール前に部員のやる気を削がせるなんてあんまりだ、と怒りすら覚えている様子だ。
しかし顧問は部員が漂わせる怒りを気にも留めず、言葉を続けた。
「俺は、お前たちの演奏で人を感動させたい」
ハッと顔を上げた段原先輩の隣で、その言葉にしっくりこなかった海茅は話の続きを待った。
「だが、こんな高尚めいたことを言っても共感は得られないだろうということは、俺にも分かっていた。だから言わなかったし、〝金賞〟に向けて頑張ろうとしていたお前たちを止めなかった」
それがどうだ、と顧問が自嘲的に笑う。
「結果、金賞に固執した部員が出てきて、考え方の違う部員同士で仲間割れ。演奏は一カ月前よりもひどい有様になった」
福岡先輩をはじめ、金賞にこだわっていた部員たちが気まずそうに俯いた。
顧問が福岡先輩を横目で見る。
「なに、金賞を目指すことは悪いことじゃない。むしろいいことじゃないか。やる気がある証拠だ」
「は、い……」
「だが、それを最終的なゴールにしては欲しくない。〝金賞〟という分かりやすい目標は、あくまでやる気を上げるためのエンジン。釣り竿に吊るされたニンジンだ」
ニンジン……? とこっそり部員は首を傾げたが、顧問には気付かれなかった。
「人を感動させる演奏をしたら、自然と金賞はついてくる」
部員ひとりひとりに視線を送る顧問の目は、通りすがりの人が見たら睨んでいるように思うだろう。しかし部員には、顧問が切実に訴えていることが伝わった。
「このメンバーでひとつの演奏を作り上げて欲しい。人を感動させる演奏を。そのためにはどうしたらいいか、夜の合奏練習までの間で考えてくれ。以上」
予定していた時間よりも三十分も早く終わった合奏練習。
部員の雰囲気は重く、みな黙ったまま自習練習に戻った。
特に調子が悪かったのは福岡先輩と樋暮先輩だった。二人ともまだ心が乱れているのか、力任せに音を鳴らし、他の楽器を置いてきぼりにして一人で突っ走ることもあった。まるで周りの音が聞こえていないようだ。
それまで我慢していた顧問も、限界が来たのか途中で指揮棒を放り投げた。
楽器の音が止み、音楽室が静かになる。
顧問は何も話さずにギラついた目で部員を見渡す。相当怒っていることが伝わり、部員の背筋にゾッと寒気が走った。
「なんのために演奏をしているんだ?」
顧問の質問にはいつも元気な声で返事する部員たちも、怖くて声が出ない。
「金賞を取るためか?」
その質問に小さく頷いた数人の部員を見て、顧問は目を細める。
「こんな演奏で金賞が取れるのか?」
先ほど頷いた部員が俯いた。
顧問はため息交じりに背もたれにもたれかかり、あごを手でさする。
「正直、俺は金賞なんてどうでもいい」
衝撃的な一言に、今まで金賞を目指して頑張っていた部員たちが目玉を飛び出させた。顧問がそんなことを言って、コンクール前に部員のやる気を削がせるなんてあんまりだ、と怒りすら覚えている様子だ。
しかし顧問は部員が漂わせる怒りを気にも留めず、言葉を続けた。
「俺は、お前たちの演奏で人を感動させたい」
ハッと顔を上げた段原先輩の隣で、その言葉にしっくりこなかった海茅は話の続きを待った。
「だが、こんな高尚めいたことを言っても共感は得られないだろうということは、俺にも分かっていた。だから言わなかったし、〝金賞〟に向けて頑張ろうとしていたお前たちを止めなかった」
それがどうだ、と顧問が自嘲的に笑う。
「結果、金賞に固執した部員が出てきて、考え方の違う部員同士で仲間割れ。演奏は一カ月前よりもひどい有様になった」
福岡先輩をはじめ、金賞にこだわっていた部員たちが気まずそうに俯いた。
顧問が福岡先輩を横目で見る。
「なに、金賞を目指すことは悪いことじゃない。むしろいいことじゃないか。やる気がある証拠だ」
「は、い……」
「だが、それを最終的なゴールにしては欲しくない。〝金賞〟という分かりやすい目標は、あくまでやる気を上げるためのエンジン。釣り竿に吊るされたニンジンだ」
ニンジン……? とこっそり部員は首を傾げたが、顧問には気付かれなかった。
「人を感動させる演奏をしたら、自然と金賞はついてくる」
部員ひとりひとりに視線を送る顧問の目は、通りすがりの人が見たら睨んでいるように思うだろう。しかし部員には、顧問が切実に訴えていることが伝わった。
「このメンバーでひとつの演奏を作り上げて欲しい。人を感動させる演奏を。そのためにはどうしたらいいか、夜の合奏練習までの間で考えてくれ。以上」
予定していた時間よりも三十分も早く終わった合奏練習。
部員の雰囲気は重く、みな黙ったまま自習練習に戻った。
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