【完結】またたく星空の下

mazecco

文字の大きさ
59 / 71
6章

第58話 本番

しおりを挟む
 前の学校の演奏が終わった。パーカッション部員は急いで打楽器を搬入し、配置する。
 そうしているうちに管楽器も席につき、緞帳が上がった。

 太陽よりも眩しい照明で目が眩む。
 大勢の観客がこちらを見ている。
 囁き声。スマホの着信音。バッグをまさぐる音。ハイヒールが歩く音。
 いつもと違う環境音が耳に入り、海茅の頭が真っ白になった。

 客席に礼をした、燕尾服を身につける顧問。振り返った彼は優しい笑みを浮かべている。
 海茅だけでなく、一年部員全員が顧問の顔を二度見した。いつもの顧問は、ギョロ目で、しかめっ面に近い無表情だ。
 そんな彼が今、部員に向かって笑いかけているではないか。驚きを通り越して面白い。緊張でガチガチに固まっていた部員たちの肩からふっと余計な力が抜け、笑いを堪えるために俯いた。

 顧問が指揮棒を構えると時間が止まる。
 優紀のマレットを持つ手は、震えを通り越して揺れている。
 顧問は優紀に視線を送り、演奏を始めた。
 指揮棒を一振りしただけで、閉塞感のある舞台が静かな夜の森に一変した。

 残夜に灯る、星のかけら。
 空が明るむにつれ徐々に加わる楽器の音色と共に、星のかけらは姿を隠す。
 無事グロッケンの演奏を終えた優紀に、顧問が労うように頷いた。

 太陽が顔を覗かせると、樋暮先輩のスネアドラムが、みんな起きて、楽しい夢を見たんだ聞いてと、元気に森を駆け回る。
 今の彼女は仲間を置いてけぼりにしない。背中に乗せ、あるいは手を引き、代わりに荷台を引いてみんなを連れていく。
 樋暮先輩の頭上を小鳥が飛ぶ。明日香たちフルートパートが、スネアドラムのリズムに合わせ可愛い声で歌を口ずさむ。

 そして訪れる嵐。雷鳴を轟かせる低音楽器が、不協和音で不安を煽る。
 逃げまどう女の子と動物たち。彼女たちを追いかける、嵐と狂暴な動物。

 海茅はシンバルスタンドの前に立った。
 クラッシュシンバルを手に持つと、じわっと手汗が持ち手に沁み込む。
 自分の震えている手をまじまじと見てしまった海茅は、一瞬にして森から舞台に引き戻された。

(こんな震えた手じゃ、シンバルがちゃんと当たるかどうか……。失敗したら……)

 一人森からあぶれた海茅は、真っ暗な場所で佇んだ。
 ここがどこか分からない。誰もいない。何も見えない。
 その時、段原先輩のティンパニロールが海茅の耳に響いた。
 クラッシュシンバルを導く、ティンパニロールのクレッシェンド。

《ここだよ》

 まだ楽譜を覚えていないとき、どこを演奏しているのか見失ってばかりだった海茅に、いつも段原先輩が場所を教えてくれていた。
 コンクール本番でも、海茅に道を教えてくれたのは彼だった。
 海茅は目を瞑り、ふわりと口元を緩める。

(みつけました、先輩)

 段原先輩の背中を追いかけ、海茅は走る。
 肩で扉を押し開けた先は、顧問と部員が待っている森に繋がっていた。
 海茅の手はまだ震えている。でも、もう大丈夫。海茅はひとりではない。
 隣にはパーカッションの仲間たちがいる。舞台には、音楽を共に作り上げる顧問と部員がいる。客席には、海茅たちが紡ぐ演奏に耳を傾ける人たち――彼女たちが感動させる人がいる。

 海茅は丁寧に折った手紙を封筒に差し込み、封をした。言葉では表すことのできない、誰にも言えない気持ちを書いた手紙。
 海茅が合わせたばかりのフラップを広げると――

 クラッシュシンバルから、またたく星空が広がった。
 舞台に、客席に、海茅のひとつまみの大切なものが、チョウのように飛び立った。広がり落ちる星たちは会場にいる人たちの指に止まり、すぅっと胸の中に溶けていく。
 観客のほとんどの目はシンバルに向いていない。旋律を奏でるフルートなど、管楽器に釘付けだ。しかし、海茅の想いはちゃんと彼らの胸に沁み込み、柔らかい光を灯した。

 そんな中、頬にぽろりと涙を伝わせる男の子がいた。
 シンバルの響きにしだれ花火を見つけた、海茅にとっての特別な人。
 茜と創と一緒にコンクールを鑑賞していた匡史は、シンバルをスタンドに戻す海茅に目が釘付けのまま茫然としていた。
 匡史は海茅のシンバルの響きに海茅そのものを感じ、しっかりと受け取った。
 匡史の胸で、泡がしゅわしゅわと膨らんでは消える。

「あれ……」

 匡史は首を傾げ、胸に手を当てる。
 海茅のものではない気持ちが、とくとくと淡い音を立てて波打っている。
 自分のものでもないと匡史は思った。なぜなら匡史は、こんな気持ちを知らなかったから。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

笑いの授業

ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。 文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。 それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。 伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。 追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。

【完結】キスの練習相手は幼馴染で好きな人【連載版】

猫都299
児童書・童話
沼田海里(17)は幼馴染でクラスメイトの一井柚佳に恋心を抱いていた。しかしある時、彼女は同じクラスの桜場篤の事が好きなのだと知る。桜場篤は学年一モテる文武両道で性格もいいイケメンだ。告白する予定だと言う柚佳に焦り、失言を重ねる海里。納得できないながらも彼女を応援しようと決めた。しかし自信のなさそうな柚佳に色々と間違ったアドバイスをしてしまう。己の経験のなさも棚に上げて。 「キス、練習すりゃいいだろ? 篤をイチコロにするやつ」 秘密や嘘で隠されたそれぞれの思惑。ずっと好きだった幼馴染に翻弄されながらも、その本心に近付いていく。 ※現在完結しています。ほかの小説が落ち着いた時等に何か書き足す事もあるかもしれません。(2024.12.2追記) ※「キスの練習相手は〜」「幼馴染に裏切られたので〜」「ダブルラヴァーズ〜」「やり直しの人生では〜」等は同じ地方都市が舞台です。(2024.12.2追記) ※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ノベルアップ+、Nolaノベル、ツギクルに投稿しています。 ※【応募版】を2025年11月4日からNolaノベルに投稿しています。現在修正中です。元の小説は各話の文字数がバラバラだったので、【応募版】は各話3500~4500文字程になるよう調節しました。67話(番外編を含む)→23話(番外編を含まない)になりました。

黒地蔵

紫音みけ🐾書籍発売中
児童書・童話
友人と肝試しにやってきた中学一年生の少女・ましろは、誤って転倒した際に頭を打ち、人知れず幽体離脱してしまう。元に戻る方法もわからず孤独に怯える彼女のもとへ、たったひとり救いの手を差し伸べたのは、自らを『黒地蔵』と名乗る不思議な少年だった。黒地蔵というのは地元で有名な『呪いの地蔵』なのだが、果たしてこの少年を信じても良いのだろうか……。目には見えない真実をめぐる現代ファンタジー。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

神ちゃま

吉高雅己
絵本
☆神ちゃま☆は どんな願いも 叶えることができる 神の力を失っていた

処理中です...