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第28話 眠った騎士と、魔術師のキスと、俺

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「君たちの世界に有名な話があるよね。愛し合う二人が引き裂かれて、女性の方が薬を飲んで死んだふりをしたら、男性が本当に死んだと思って後を追ったってやつ。もし私がいなかったら、そのお話と結末は一緒だった訳だけど、君は私にどんなお礼をしてくれるの?」

俺はまだ結婚していないので、悪魔の使いのままらしい。
そんな体の上に聖剣なんぞ乗っけられたから、魂が体に戻ることができなかった。
聖剣なのに、悪魔のはずのサリエがひょいと持ち上げて俺の体からどかすと、俺はいとも簡単に体に戻ることができた。

急いでランベールを抱きしめると、彼はまだ、息をしていた。
「どういうことだよ、これ」

「君は、自分が死んでもランベールを助けたかったんでしょう。私はそれに従ったまでだよ。けど、普通に渡しても青い水薬を彼が飲むはずないし、君が彼を救ったのに、彼がそれを忘れるなんて許せなかったんだよ。それに、私が何もしなければ、彼はあのまま自分の剣で自分を刺していた……ただの、睡眠薬だよ。彼が飲んだのは。10分もすれば眠りに落ちて、1時間もすれば目が覚める」

良かった。
ありがとう。そう言ってサリエを見ると、彼の目も潤んでいた。

「あの短剣じゃ、君は死ねないんだ。ただ、一時的に時を止めて、死んだように見せかけるだけの魔剣。君が自殺すると分かって、本当に死ぬための剣を用意する訳がないじゃないか。もちろん一時的にであれば悪魔は消えるし、君が死んだってみんな思うだろうけどね」
俺が死なないって分かってたのに、どうしてサリエは泣きそうな顔をしているのか。
サリエは俺に抱きつこうとして、俺がずっとランベールを抱きしめているのを見てやめる。

「なのに君ってば、胸を短剣で刺した瞬間から魂が消えているし、ルシアンが焦って神殿に連れてきて、止める王様殴って聖剣まで持ち出してさ。そもそも君が死んで悪魔が消えたからみんな訳分かんなくて大パニックだし、どうしようかと思ったよ、ほんと!」
「何それちょっと見たかった」
「見せたかったよ! ランベールの取り乱しよう! 私はランベールが君の死体を離さないからどうしようかと思ったよ! 蘇生の魔術をするから渡してって言ってるのに、なんかもう雄叫び挙げて言葉が通じないし、騎士団の団長まで出てきてランベールのこと引き離そうと手伝ってくれたけど結局ダメで、駆け寄ってきたルシアンが跳び蹴り入れるまで騒いでたからね! もう本当、色々、君、ルシアンに感謝しなよ!」
跳び蹴り。
何それ見たい。

というか、今。ルシアンに感謝とか言わなかったかこいつ。サリエは悪魔に堕ちた。ルシアンはランベールを救ったが、サリエを救わなかった。
サリエは今でも、ルシアンを恨んでいるはずで。

「なに、ルシアンと仲直りしたの?」
「してないよ! してないけど、全部話したよ! 君が起きないから、話すはめになったんじゃないか……」
俺が泉花ちゃんと話している間、こちらはこちらで色々あったらしい。
結果的に、世界を巻き込んだ兄弟喧嘩が終わったような気がするので、俺が戻るのが遅れて良かったということなのだろうか。

「あのルシアンが、謝ったよ。ランベールも。まぁ、彼はなんか色々おかしくなってたから、正直きちんと聞いてたか分からないけど」
「じゃあ、サリエも聖剣で助かる?」
「そういう簡単なことじゃないんだ。ランベールは悪魔になりきっていなかったから助かった。私はもう、人間である部分の方が少ない。人間に戻ることはないよ。でも、もういい。なんだか少し、今は気分が晴れてるからね」
そう言ったサリエの表情は、なんだか憑き物が落ちたかのようにスッキリしていた。

「なぁ。聖剣ってなんなの? ルシアンだけが使えんの?」
「一応そういうことになっているね。でも、本当は違う。聖剣というのは、救世主が持ってこそ真価を発するんだよ。もうこうなったから教えるけど、悪魔側と女神側、対等にはならないと言ったよね。本当は救世主がこの聖剣を持つことで、対等になるんだ。君は魔力、マサトは聖剣で戦うってこと。そんなことしなくても女神側がいつも勝っていたから、歴史に残す必要もなかったんだけどね」
マサトが持つべきだと言う剣は、なんだか暖かい光を発している。
この剣が泉花ちゃんの渡したものだとすれば、それも分かる気がした。

「それを俺が持ったらどうなるの?」
「はぁ? 君が持ったところで意味がないどころか、それで自分を切ったら本気で死ぬんじゃない? また死ぬんじゃない? ちょっと、馬鹿なことしないでくれないか。おい、またさっきの修羅場を繰り返すとか、私嫌だからね!」
サリエは騒いでいるけど、俺にはどうもそんな感じはしない。だってこの聖剣、暖かい。
「でもさ、救世主が持ってこそ真価を発揮する、だったよな。ってことは、俺が使ってもなんか意味がありそうじゃね?」
「ないよ。ない。そんな話は私は知らないよ」

そういえば。
「そういえばさ、サリエ。どうしてサリエってそんな色々詳しかったんだ? 俺と泉花ちゃんのことも知ってたし。魔術師ってそんなもんかって思ってたけど、違うよな。悪魔だから? なぁサリエ、お前、本当は何者なの?」
サリエが優しく微笑んで、俺の頬に手を添える。

「知りたい?」
「知りたい」
そう。頷いて、そっと俺に顔を近づける。
あ、キスされる。

そう思った瞬間、俺の口が誰かの手でふさがれた。
大きくて、剣だこのある、誰かの、手。
誰か、だって? そんなの決まってる。
俺はその手の暖かさに、涙が零れてきた。

「怖い怖い旦那様が目覚めてしまったので、その話はまた今度、にしようか。ね」
俺はサリエの言葉も聞かずに、ランベールへと抱きついていた。

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