パパには言わない

田中潮太

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彼女の本質

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 目が覚めた翠は妙な倦怠感に縛られていた。それは休日の昼間にうっかり眠ってしまい夕方に目覚めた時のような、気持ち的にも身体的にも気怠い感覚。ともかく早く起き上がって支度をして学校へ急がなければと無理矢理にでも体を起こす。
 顔を洗う為に自室から出る。しかしパパの姿がない。いつもなら翠が目を覚まして自室を出るとパパが支度をしている最中だというのに。

(今日は早く出たのかな?)

 さほど不思議に思わずそのまま顔を洗い、ついでに寝ぐせを直す。制服に着替える為に自室へ戻ろうとリビングを横切る。途端、翠の部屋からはピピピピピピ! と滅多にセットしないアラームの音が聞こえてきた。

(間違ってセットのボタン押しちゃったかな?)

 アラームをセットした記憶はない。枕元に置いているデジタル表記の時計だ。しかし時計の裏面にあるアラームセットボタンを間違えて押してしまう事は以前にもあった。大概は押したその際に気が付くのだが、気がつかずそのままにしたのだろうかと翠は首を捻る。
けたたましく鳴り続けるアラームを時計の上部にあるボタンを押して止めた。しかしその時、一瞬視界に映った日付を見て翠は目を見張った。

『12/01(月)』

(…………もしかして、故障?)

今はまだ十一月。つい先日、紅と紅葉がきれいに色づいてきたと言葉を交わしたばかりだ。
 アラームがセットされていた事も日付の間違いも時計が壊れたとしか思えなかった。時刻だけは正しく刻んでいたが、故障としか思えなかった。この時計は小学校低学年の頃から使っていたので壊れてもおかしくはない。

(電池入れ替えたら直ればいいけど……)

 そう考えつつも今は時間がないので翠は制服に手を伸ばす。
 ブレザー、カーディガン、ブラウス、スカート。
 そしてその横に見覚えのないボアジャケットがかけられていた。こんなボアジャケットは昨夜まで無かった。そうなると考えられるのは翠が寝ている間にパパがここに置いていったという事。しかしパパは勝手に翠の部屋に入るような真似はしない。パパが翠に何も聞かず服を買ってくる事もここ数年はない。葛が買って来たものだとしたら昨日紅から報告を受けている筈だ。

 それなのに、何故?
 嫌な予感がした。異変が多すぎる。言われてみれば、部屋の様子も何かがおかしい。物が移動しただとか目に見える変化ではない、空気感が自分のそれとは激しくズレている。見知らぬ誰かが居座って生活し綺麗に片づけこっそりといなくなった。そんなような気味の悪さ。

(確かに変、だけどでも今はそんな時間ないや)

 制服に袖を通すも居心地が悪い。違う人の制服を着ているみたいだ。起床時から違和感が拭えない。しかし今はその原因を探っている場合では無かった。学校へ遅刻してしまう。

『みなさんおはようございます! 十二月一日月曜日、週の初めですが寒さに負けず頑張りましょう! さて今朝のニュースは……』

 テレビをつけて流れ出したアナウンサーの声。
 間違いない、アナウンサーは十二月一日だと言った。時計の表示と同じ。翠の記憶では昨日は十一月五日の火曜日。およそひと月が経過している事になる。

(待っ……てよ、どういう事?)

 自分がまた無意識にクローゼットの奥へと引っ込んでしまったのか? それも一か月も。混乱した翠は朝食を用意していた手を止め自室へ駈け込み、すぐに紅との対話を試みた。

(この一か月、何があったの? どうしてこんなことに?)

聞きたい事が山積みだった。紅に尋ねて何があったのかはっきりさせなければならない。

(ぼくのせいで紅に一か月もぼくの代わりを、それもひとりでずっと……)

 紅の為に、自分たちの為に頑張ると決心してすぐの事だ。これでは紅に対して全く示しがつかない。紅を怒らせてしまったかもしれない、辛い思いをさせてしまったかもしれない、そんな不安と緊張で冷や汗が噴き出すのを感じ る。自分がしてしまった事は絶対にあってはならない事なのだと翠は自分を責める。
 意識を集中させ、紅との対話を試みる。クローゼットの扉を、引く。しかし。

「どうして開かないの!?」

 どんなに扉を引いても、中にいる筈の紅へ必死に呼びかけてもクローゼットが開くことはなかった。クローゼットは固く閉ざされていたのだ。南京錠も、鍵もかかっていない。だというのにその扉はびくともしなかった。
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