パパには言わない

田中潮太

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彼女の本質

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 玄関に並ぶスニーカー。それは葛が家にいる証拠。葛に会うのも一か月ぶりで、紅がこの一か月の間を葛とどう接していたのかは翠にはわからない。ひとまず相手の様子を伺うしかないと翠は控えめに「ただいま」と声をかけた。

「翠ちゃん? おかえり」

 リビングの方から聞こえた声は普段通り、いつもの葛の声だった。何より翠のことを翠と呼んでいる。紅が正体を明かした或いは正体がバレたというまさかの事態は無いのだとこの時点で翠は察する事ができた。

「ただいま」

 翠は努めて明るくそう返事をした。自室へ着替えに行くためにリビングを通過しようとすればキッチンにいる葛と目が合う。

「今日のご飯なに?」

 いつもの翠のように。翠ならそう声をかけるように。顔が引きつってしまわないよう注意しながら、翠は実に一か月ぶりに顔を合わせた葛と向き合う。

「今日はポテトグラタンにしたよ。オーブンに入れておくから食べる時はニ十分焼いてね」
「はーい、楽しみだなぁ」

 そんな声を零しながら翠はリビングから続く自室へと入り、ドアを閉めた。
 ドアを閉め、ほっと胸を撫でおろす。ひとまず葛に対して紅はこの一か月上手くやり過ごしたようだった。幼い頃から翠を知る相手、しかし葛はほんの最近まで翠を避けていたのだから紅が翠のフリをしても一か月程なら誤魔化せたのだろう。

 しかしパパは別だ。パパは翠の事を一番よく知り尚且つ紅の存在も知っている。もしかすると紅という『人格』の事は翠よりも熟知している。繰り返した入れ替わりにより紅は翠のフリをする事が上手い。しかしパパの目を一か月も欺けるとは思えなかった。それに紅は学校で男子生徒を殴ったのだという。これ程までの出来事があれば学校からパパへ連絡がいくだろう。

(もしかしたらパパが紅を閉じ込め……ううん、考えないようにしなきゃ)

 悪い方向へ考えてはいけない。
 朝はクローゼットが開かなかった。しかし葛が帰宅した後ならば開くかもしれない。もう二度と紅に会えない可能性を翠は考えたくはなかった。絶対に紅とはまた会う事が出来てこれからも一緒に生きていく。それが絶対だった。
 葛は今までと一切変わらない様子で翠に接した。やはり葛には紅の存在がバレていないようだった。そのまま葛が帰る時間になると翠は玄関で葛を見送る。玄関の扉が完全にしまると翠は踵を返し自室へ急ぐ。

(よし……)

 大きなため息をひとつ吐いてから意識を集中させた。

(紅、お願い……)

 クローゼットの扉に手をかける。意を決して、その扉を引いた。
 ガンッ、という鈍い音。
 扉は、開かなかった。

(どうして、紅)

 何度引いても呼びかけても同じ。クローゼットは固く閉ざされたまま。しかしある面ではそれは希望でもあった。クローゼットが存在する。そしてそれが閉ざされているという事はクローゼットの中に何かがある証拠だった。もし紅が消えてしまったのならば、クローゼットそのものがなくなるかクローゼットが開いた状態で中身がないかのどちらかだろう。そこにクローゼットが存在し、固く閉ざされている。それは紅がまだそこに存在するという希望的観測だった。

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