パパには言わない

田中潮太

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翠の真実

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 そしてもう一つ。自ら正体を明かす事だ。
 未だ予想でしかないが、自分という人格が長い事眠りについていたのは父親が関係していると見ている。正体を明かせば何かしら自分に関する、自分の知らない情報が得られる。しかし正体を明かすことによって再び自分は長い眠りにつく事になってしまうかもしれない。消される事はなくとも、永久に眠りについてしまう事だってあり得る。メリットもあるがそのぶんリスクが大きい。

(翠は私を友達だと思っている。それを打ち明けた上でパパに交渉すれば、翠の心が傷つくような事はしないかもしれない)

 パパが翠という人格を本当の娘だと思い込んでいる事はよく知っていた。紅からすればあり得ない事だ。娘は紅なのだから。
 自分以外の人間の精神に大きくコントロールする事は一日や二日でできない。そういうものは長い時間をかけて行うものだろう。

 そこまで考えた上で、紅は今夜父親に正体を明かす事を決めた。あなたが閉じ込めた本当の娘が帰ってきた、と。聞きたい事も山のようにある。父親が帰ってきたらすぐに決行する。第一の決戦はもうすぐそこだった。

 翠がしていたように夕食を並べる事はしなかった。父親と話をする事を考えると不思議と空腹を感じなかった。父親から帰宅を知らせるメールが届く。真向から向かいあう覚悟はしたものの、それでも未だ十一歳の紅からしてみれば父親という存在は圧倒的だった。恨みを持っていても畏怖するべき相手。翠が父親を怖がっていたのも、父親の普段の態度というより紅との精神の繋がりがあったからかもしれない。

 静かな部屋で、紅は玄関の扉が開くのを待った。緊張していた。ただ相手と向き合うだけで緊張するなんてらしくないと紅は自分に言い聞かせる。学校で起きた出来事のように、相手の弱みをついて言葉で言い負かすのは自分の得意分野の筈だ。翠の事を内側で見ている最中、幾度となく思った事は『自分だったらこう言うのに』『自分ならこう動くのに』。それが父親相手だとしても、紅は自信を持って挑まなくてはいけなかった。そうしなければ自己は確立できないのだ。

 玄関のロックが解除される音がして、紅はごくりと唾を飲み込む。挑発的になりすぎない。台詞は既に考え済みだ。

「久しぶり、パパ」

 あの子のように、自信なさげな顔はしない。自分は自信たっぷりでいなくてはならない。あの子と同一になってはいけない。あの子に吸収されないように、自我ははっきりとさせなくてはいけない。自我の確立。自分を自分たらしめるもの。

「――翠?」

 父親は怪訝な顔で紅を凝視する。紅も視線をそらさない。それどころか微笑んですら見せる。

「そうよ、わたしが本当の翠」

 父親も気が付いただろう。今の自分はあの偽物ではない。仮の名前を名乗る必要もなかった。自分こそが本物の翠なのだから。

「八年ぶり」

 その言葉を口にした時、父親の眉がぴくりと動いた。何かの間違いなどではなく、目の前にいるのは本当の娘であると理解したに違いなかった。

「わかった。ゆっくり話をしよう」

 その反応は紅が予想していたものとは随分と違った。取り乱す、怒りを露にする、もしくは暴力を振るう。想定した反応と違う事に面食らったものの、紅はすぐに調子を取り戻し「わたしも聞きたい事がたくさんある」と返した
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