43 / 55
翠の真実
3
しおりを挟むそしてもう一つ。自ら正体を明かす事だ。
未だ予想でしかないが、自分という人格が長い事眠りについていたのは父親が関係していると見ている。正体を明かせば何かしら自分に関する、自分の知らない情報が得られる。しかし正体を明かすことによって再び自分は長い眠りにつく事になってしまうかもしれない。消される事はなくとも、永久に眠りについてしまう事だってあり得る。メリットもあるがそのぶんリスクが大きい。
(翠は私を友達だと思っている。それを打ち明けた上でパパに交渉すれば、翠の心が傷つくような事はしないかもしれない)
パパが翠という人格を本当の娘だと思い込んでいる事はよく知っていた。紅からすればあり得ない事だ。娘は紅なのだから。
自分以外の人間の精神に大きくコントロールする事は一日や二日でできない。そういうものは長い時間をかけて行うものだろう。
そこまで考えた上で、紅は今夜父親に正体を明かす事を決めた。あなたが閉じ込めた本当の娘が帰ってきた、と。聞きたい事も山のようにある。父親が帰ってきたらすぐに決行する。第一の決戦はもうすぐそこだった。
翠がしていたように夕食を並べる事はしなかった。父親と話をする事を考えると不思議と空腹を感じなかった。父親から帰宅を知らせるメールが届く。真向から向かいあう覚悟はしたものの、それでも未だ十一歳の紅からしてみれば父親という存在は圧倒的だった。恨みを持っていても畏怖するべき相手。翠が父親を怖がっていたのも、父親の普段の態度というより紅との精神の繋がりがあったからかもしれない。
静かな部屋で、紅は玄関の扉が開くのを待った。緊張していた。ただ相手と向き合うだけで緊張するなんてらしくないと紅は自分に言い聞かせる。学校で起きた出来事のように、相手の弱みをついて言葉で言い負かすのは自分の得意分野の筈だ。翠の事を内側で見ている最中、幾度となく思った事は『自分だったらこう言うのに』『自分ならこう動くのに』。それが父親相手だとしても、紅は自信を持って挑まなくてはいけなかった。そうしなければ自己は確立できないのだ。
玄関のロックが解除される音がして、紅はごくりと唾を飲み込む。挑発的になりすぎない。台詞は既に考え済みだ。
「久しぶり、パパ」
あの子のように、自信なさげな顔はしない。自分は自信たっぷりでいなくてはならない。あの子と同一になってはいけない。あの子に吸収されないように、自我ははっきりとさせなくてはいけない。自我の確立。自分を自分たらしめるもの。
「――翠?」
父親は怪訝な顔で紅を凝視する。紅も視線をそらさない。それどころか微笑んですら見せる。
「そうよ、わたしが本当の翠」
父親も気が付いただろう。今の自分はあの偽物ではない。仮の名前を名乗る必要もなかった。自分こそが本物の翠なのだから。
「八年ぶり」
その言葉を口にした時、父親の眉がぴくりと動いた。何かの間違いなどではなく、目の前にいるのは本当の娘であると理解したに違いなかった。
「わかった。ゆっくり話をしよう」
その反応は紅が予想していたものとは随分と違った。取り乱す、怒りを露にする、もしくは暴力を振るう。想定した反応と違う事に面食らったものの、紅はすぐに調子を取り戻し「わたしも聞きたい事がたくさんある」と返した
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる