うさぎはくじらを殺したのだろうか

田中潮太

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はじまりの再会

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 目標。わたしの人生の目標。
 ちょっとだけとーまお兄さんには待ってもらうけど、わたしはこの目標をなんとしてでも達成する。
 幸いにもわたしは健康だ。ちょっとだけ人間関係が苦手なだけ。病気はない。だから健康なわたしが社会に出る役目を担えばいい。とーまお兄さんには好きなことをしてもらって、時々泣いてもらう。うん、それがいい。
 クジラのみーちゃんもくまのももちゃんもがんばれって言ってくれてる。ふわふわと浮かぶ妖精さんたちまで。
 わたしはこの桃果町にいる間、この小さな部屋のお姫様だった。だけどお姫様はもうおしまい。
 わたしは、みゃうは騎士か王子になろうと思う。

「ももちゃん、ありがとう」

 このお部屋に住むももちゃんはお姫様のお友達だ。
 だけどわたしはお姫様を卒業するからももちゃんともお別れ。わたしはみーちゃんと一緒にこの町を出る。みーちゃんには一緒に来てもらう。
 三十一日にわたしは桃果町を出る。
 とーまお兄さんと一緒にいられるのはあと四日。そこから先はちょっとの間会えなくなっちゃう。だけど大丈夫、未来は一緒にいる。そう思えばきっと頑張れる。


 次の日。
 わたしたちは今日は桃果町一丁目公園にいた。
 というのも、今日は砂浜にゴミ拾いボランティアの人たちがいたから。こういう田舎では定期的に、そういうボランティアの人たちが町を守っている。

「あと少しなのに海にいけなくて残念」

 ブランコに座ってそんな話をした。

「でもここでも潮の香りはするから」

 それはその通り。立ち並ぶ無機質な家のせいで海が見えることはないけど、それでも匂いでここが海に近いことはよくわかる。

「未来のこと。どこか遠くに行くのはきまりでしょ?」
「うん。そうだね」
「それってこの国? 南のほうへいけばきっとわたしたちを知る人はいないよ。でも海の向こうへいけばもっとわたしたちは自由」

 もしかしたら、国内であればどこかでわたしたちを知る誰かに会ってしまうことはある。身近でも、テレビの中でも。

「海の向こうへ行くのはいいかもしれない。どこか遠くの国の小さな海辺の町で暮らすこと」

 わたしが学校の先生の免許を取ることができればそれは海の向こうの国でも役に立つ。

「海の中には及ばないけど、でも海の向こうならもっと自由」
「うん。ねぇ、それなら未来のために言葉の勉強をするのはどう?」

 外国語の授業は学校で受けてきたけどそれを実際に使えるかと言うと怪しい。たぶん、できない。

「あぁ、いいね。時間があるから、できると思う」

 こうして未来のことを話すとわくわくした。
 わたしととーまお兄さんが未来でも一緒にいることができるって、証明が増えていく。

「それなら……」
「みゃうは大学の勉強を頑張って、俺は言葉の勉強を頑張るよ。それくらいなら、できる」
「でもわたしだって言葉、話せないと」
「たくさんのことを覚えるのは大変。まずは大学のことを頑張った方が良い」

 そう言われるとそんな気もしてくる。わたしは器用なほうではないし、一度に平行してたくさんのことは出来ないかも。

「わかった。言葉の勉強は趣味程度にする」
「真面目だなぁ」

 とーまお兄さんは地面を蹴ってブランコを高く漕ぐ。
 実を言うとわたしはブランコが苦手だ。高く漕いだときにふわっとなる感覚がだめ。三半規管、が弱い。

「そうだ、ちょっと待ってて」

 ブランコから飛び降りるととーまお兄さんは公園を出て行く。
 突然取り残されたわたしはとーまお兄さんの真似をするように地面を蹴ってブランコを高く漕いでみた。
 やっぱり、だめだ。
 ふわっとなる感覚が苦手。でもよくよく考えてみるとわたしは鳥になりたいわけじゃないし、例えばクジラになるとしたらこの感覚とは無縁になる。
 じゃあ別に、この苦手は克服しなくていいや。
 そう思ってわたしはブランコを漕ぐのを諦めた。
 五分くらいしてとーまお兄さんは戻ってきた。手のひらサイズの小さな箱を持って。


「これ。預かってくれない?」
 渡された箱をあけてみる。
 そこにはピアスが入っていた。淡い水色のシンプルなピアス。取り出してかざしてみると淡い水色が深い青に色を変える。

「昔、一目惚れして買ったんだ。でもピアスホールがあいてないから、飾っていただけ」

 確かに、とーまお兄さんの耳にはピアスホールがあいていない。

「もしみゃうがピアスをあけたらこれ、つけてよ」

 ピアスをあける。それは考えたことがなかった。
 だって痛そうだし、それにわたしはアクセサリーをつけることがないから。
 それに仮にも、わたしは先生を目指しているから。学校の先生はピアスなんてあいていない。

「あけようかな、ピアス」

 とーまお兄さんに託されたこのピアスをわたしは身に着けておきたいと思った。箱にいれて置いておくんじゃなくて、身に着けておきたい。痛くても、学校の先生らしくなくても。

「あ……そうだ、ちょっと待っててね。わたしも、取って来るものがある」

 今度はわたしが公園を飛び出した。
 家へ戻って、おばさんの邪魔にならないよう静かに階段を駆け上がる。本当はこれごと持っていきたいけど、さすがにそれは無理なのでわたしはその部分だけを外して再び公園へと戻った。

「これ。みゃうからとーまお兄さんに」
「リボン?」

 そう。桃色のリボン。
 これはももちゃんが首に巻いていたリボンだ。

「うん。お姫様のリボン」

 なぜなら、わたしが王子か騎士だから。守るべき相手はとーまお兄さん。だからお姫様のリボンを渡した。

「交換。ピアスと、リボンの」

 わたしはピアスの入った小箱をポケットにしまい込んで、とーまお兄さんはリボンを手首に巻いた。
 桃色のリボンなのにそれはとーまお兄さんによく似合った。元々の持ち主がとーまお兄さんだったように。

「大切にするよ」
「うん。みゃうも」

 夕方にとーまお兄さんと別れた後でみゃうはさっそくピアスの開け方を調べた。
 病院であけるか、ピアッサーを使って自分であけるか。病院であけるのは嫌だった。お金もかかるし、見知らぬ人にわたしの体を傷つけてほしくない。自分であける。わたしが元の町に帰ったらピアッサーを買って自分であけよう。そう決めた。

『八月二十七日
 ピアスとリボンの交換。わたしはピアスをあけることに決めた』
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