上手に騙してくださらなかった伯爵様へ

しきど

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 思えば自分という存在の、何とつまらないものだったか。

 人生に彩りがない事を、産まれた家のせいにしていた。どうやったって変えられないと決めつけて、だからせめて心が歪んでしまわないように、つまらない自分というものを、大事に、大事に。

 楽な方、楽な方へ──。

 「どうかしたのかい、メリッサ?」

 帰りの馬車の中、アイルザートがそういった。

 「何か不機嫌じゃない?」

 「そのような事は」

 「わかった、お茶会の邪魔した事を怒ってるんだろう?」

 「いえ、丁度帰りたいな、と思っていたところでしたから」

 「……そう?」

 しばし、気まずい沈黙が流れた。

 アイルザート伯爵は、亡くなった父親の代わりに十七歳で家督を継いだ。若すぎる伯爵に当時の世間は懐疑的な視線を送っていたが、そんな下馬評を覆すように、彼は襲名直後から天賦の才をふるってみせた。

 傾きかけていた領地の財政状況を立て直してみせて、国王陛下直々にお誉めの言葉を頂く事にもなった。

 貧しい領民に仕事を与え、金持ちに金を使わせただけ、などと本人は謙遜するけれど、伯爵となって一年が経過した今、アイルザートは領民の誰しもが認め、愛する、立派な統治者である。

 前伯爵──ウルザート様の死去から今に至るまで、婚約者であるメリッサはずっと彼の側にいて、ずっと彼を見守ってきた。

 支えてきた、などとおこがましい事を言うつもりはない。実際メリッサは彼の為政に全く関与していない。

 彼女がした事といえば、彼が疲れた顔で屋敷に帰ってきた時、必ず使用人の誰よりも真っ先に彼を出迎えた事くらい。

 食事の時、そして夜、たまの休み、誰よりも彼の言葉を聞いたくらい。

 「本当は何もかも諦めて、領土を国に返すつもりでいた」

 領主となって半年ほど経ったある夜、彼は不意にそう告白した。後ろ向きな態度など使用人にもメリッサにも殆ど見せた事のなかった彼だけに、その時の言葉は印象的だった。

 「頑張ってこれたのは、こうしてメリッサがいつも側にいてくれたからだ。君のおかげでどれほど忙しくても、僕は、僕でいられるんだと思う」

 らしくない、クサい台詞だった。聞いているこちらが恥ずかしくなり、何も気の利いた言葉は返せなかったけれど、内心では、まるで初めて恋を知った生娘のように舞い上がっていた。

 いや、比喩ではない。

 感謝したいのはメリッサの方だった。つまらない、いじけていた自分に恋というものを教えてくれた。

 身近な人が本当の意味で寄り添い、言葉を交わし合う事の大切さを教えてくれた。

 彼の婚約者でいられる、それだけでメリッサは、十分に自分を果報者だと思っていた。並んで歩いているのを客観的に見つめた時、彼は、自分には勿体ない男だろうともわきまえていた。

 「メリッサ──」

 馬車が荒れ地に差し掛かった頃、不意にアイルザートがメリッサに何かを握らせてきた。

 いぶかんで、手を開く。そこにあったのは粘土細工だった。

 「試作品をもらったんだ。火を使わず水で固まる粘土さ。安全で、小さな子供でも気楽に遊べるのさ。凄くない?」

 ……凄いとは、思うけれど。

 手の上で鎮座する物体はあからさまに形作られて水で固められた後だ。全体的に白い。頭が大きく、長い尾があり、脚が四本ある。

 目らしきものが二つ、正面についているから、肉食獣という事で解釈は合っているだろう。だがメリッサには、それ以上情報らしいものは汲み取れなかった。

 「……アイルザート様が作ったのですか?」

 「そうだよ。君の為に作った。好きだって言ってたろ?」

 狼狽して、答える。

 「ええ……とても可愛らしい、わんちゃんです」

 不意にアイルザートは真顔になった。

 「猫」

 「猫?」

 思わぬ失言に、メリッサは耳まで真っ赤になってしまった。

 「……失礼致しました」

 「……いやいい、自分に芸術の才能がまるでないのくらい、自覚している」

 「でも嬉しいです。ありがとう、アイルザート様」

 すねたような顔をしていたが、感謝をのべると彼は満更でもなさそうに笑ってみせた。

 好きです、アイルザート様。世界中の誰よりも。

 だからこそ知りたい。

 

 メリッサの心の中の問いかけに気付く筈もなく、アイルザートは、馬車の窓から見える外の景色を眺めていた。
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