4 / 6
4.
しおりを挟む
「お帰りなさいませ、旦那様」
屋敷に戻ると使用人達が出迎えてくれる。その中には当然彼女の姿もある。
「お荷物をこちらへ」
「ありがとうシンシア」
シンシアと呼ばれたメイドは、にこりと笑ってみせる。
シンシアはメリッサやアイルザートと同世代の娘だ。幼少期からこの屋敷で働いているらしく明朗快活で歳のわりに仕事の出来る人。
女の勘、というやつだろうか。以前から二人の事は不審に思っていた。屋敷の中でも唯一歳の近い同士。子供の頃から付き合いがあったのだから、幼なじみというか気心の知れた仲であっても何ら不思議ではなかったけれど。
彼と話している時の、彼女の目が嫌だった。
彼に見せる所作の全てが、使用人としてでなく、女としてのそれに見えた。
「メリッサ様……いかがされましたか?」
視線に気付いたシンシアが、そう気遣ってくる。分かっている。主人の顔色の変化、様子の違いにいち早く気付くのが優秀な使用人というものである。彼女は今この時も仕事をしているだけ。分かりきっていてなお、その言動の一々が鼻につく。
今夜もきっと、アイルザートはメリッサの寝室を訪れる事はないだろう。
「メリッサ?」
返事せず、極力誰とも目を合わせず、メリッサはずんずんと独りで歩き去った。
感じが悪いように見えたに違いない。でもそんな事を気にしている余裕すらなかった。自分の中で渦巻く感情を、言葉として発する事を抑えるのに精一杯で。
何故もっと堂々としないのだろう。メリッサは仮にもアイルザートの婚約者という立場でここにいるのだ。
はっきりと言ってやったらいい。
二日前の夜半、偶然アイルザートの部屋から出てくるシンシアの姿を見た事を。
部屋の前でキスを交わしていた事も。
婚約者である自分にはそれを言及する権利も、彼の行為を咎める権利だってある。
でも、咎めて、その後は?
自室の扉を乱暴にしめ、メリッサはドレスも脱がずにベッドに倒れ込んだ。
どうにもなりやしない。穿たれた心が元に戻る事も。
分かっている。浮気はどう考えたってした方が悪いけれど、上流階級の人間は暗にそれが許されている側面もある。
浮気、不倫、内縁の子。
男だけじゃない。夫人だって、相手に隠れて愛人の二、三作っている事も珍しくない。結婚は政略のものであるから、済んでしまえば本当に癒されるものを探したくなる。本当の恋が出来るものを見つけたくなる。家に従い、しきたりに従って、律儀に一途であろうとする方が狂った感覚なのである。
でも私は──。
枕を掴み、顔を隠し、万一にも外に声が漏れぬようにして、メリッサは泣いた。
婚約は家同士の決めたことで、彼がメリッサを好きで選んだわけじゃなかった。あるいは最初から、辛気くさい女だと思われていたのかもしれない。
だとしたら、何も同じ屋敷に住む人間、しかも身分違いの使用人に手を出さなくても。
最後まで上手に騙して欲しかった。
彼を本当に愛してしまった、この気持ちだけは、尊重して欲しかった──。
屋敷に戻ると使用人達が出迎えてくれる。その中には当然彼女の姿もある。
「お荷物をこちらへ」
「ありがとうシンシア」
シンシアと呼ばれたメイドは、にこりと笑ってみせる。
シンシアはメリッサやアイルザートと同世代の娘だ。幼少期からこの屋敷で働いているらしく明朗快活で歳のわりに仕事の出来る人。
女の勘、というやつだろうか。以前から二人の事は不審に思っていた。屋敷の中でも唯一歳の近い同士。子供の頃から付き合いがあったのだから、幼なじみというか気心の知れた仲であっても何ら不思議ではなかったけれど。
彼と話している時の、彼女の目が嫌だった。
彼に見せる所作の全てが、使用人としてでなく、女としてのそれに見えた。
「メリッサ様……いかがされましたか?」
視線に気付いたシンシアが、そう気遣ってくる。分かっている。主人の顔色の変化、様子の違いにいち早く気付くのが優秀な使用人というものである。彼女は今この時も仕事をしているだけ。分かりきっていてなお、その言動の一々が鼻につく。
今夜もきっと、アイルザートはメリッサの寝室を訪れる事はないだろう。
「メリッサ?」
返事せず、極力誰とも目を合わせず、メリッサはずんずんと独りで歩き去った。
感じが悪いように見えたに違いない。でもそんな事を気にしている余裕すらなかった。自分の中で渦巻く感情を、言葉として発する事を抑えるのに精一杯で。
何故もっと堂々としないのだろう。メリッサは仮にもアイルザートの婚約者という立場でここにいるのだ。
はっきりと言ってやったらいい。
二日前の夜半、偶然アイルザートの部屋から出てくるシンシアの姿を見た事を。
部屋の前でキスを交わしていた事も。
婚約者である自分にはそれを言及する権利も、彼の行為を咎める権利だってある。
でも、咎めて、その後は?
自室の扉を乱暴にしめ、メリッサはドレスも脱がずにベッドに倒れ込んだ。
どうにもなりやしない。穿たれた心が元に戻る事も。
分かっている。浮気はどう考えたってした方が悪いけれど、上流階級の人間は暗にそれが許されている側面もある。
浮気、不倫、内縁の子。
男だけじゃない。夫人だって、相手に隠れて愛人の二、三作っている事も珍しくない。結婚は政略のものであるから、済んでしまえば本当に癒されるものを探したくなる。本当の恋が出来るものを見つけたくなる。家に従い、しきたりに従って、律儀に一途であろうとする方が狂った感覚なのである。
でも私は──。
枕を掴み、顔を隠し、万一にも外に声が漏れぬようにして、メリッサは泣いた。
婚約は家同士の決めたことで、彼がメリッサを好きで選んだわけじゃなかった。あるいは最初から、辛気くさい女だと思われていたのかもしれない。
だとしたら、何も同じ屋敷に住む人間、しかも身分違いの使用人に手を出さなくても。
最後まで上手に騙して欲しかった。
彼を本当に愛してしまった、この気持ちだけは、尊重して欲しかった──。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】遅いのですなにもかも
砂礫レキ
恋愛
昔森の奥でやさしい魔女は一人の王子さまを助けました。
王子さまは魔女に恋をして自分の城につれかえりました。
数年後、王子さまは隣国のお姫さまを好きになってしまいました。
大事な婚約者が傷付けられたので全力で報復する事にした。
オーガスト
恋愛
イーデルハイト王国王太子・ルカリオは王家の唯一の王位継承者。1,000年の歴史を誇る大陸最古の王家の存亡は彼とその婚約者の肩に掛かっている。そんなルカリオの婚約者の名はルーシェ。王国3大貴族に名を連ねる侯爵家の長女であり、才色兼備で知られていた。
ルカリオはそんな彼女と共に王家の未来を明るい物とするべく奮闘していたのだがある日ルーシェは婚約の解消を願い出て辺境の別荘に引きこもってしまう。
突然の申し出に困惑する彼だが侯爵から原因となった雑誌を見せられ激怒
全力で報復する事にした。
ノーリアリティ&ノークオリティご注意
【完結】私を裏切った前世の婚約者と再会しました。
Rohdea
恋愛
ファルージャ王国の男爵令嬢のレティシーナは、物心ついた時から自分の前世……200年前の記憶を持っていた。
そんなレティシーナは非公認だった婚約者の伯爵令息・アルマンドとの初めての顔合わせで、衝撃を受ける。
かつての自分は同じ大陸のこことは別の国……
レヴィアタン王国の王女シャロンとして生きていた。
そして今、初めて顔を合わせたアルマンドは、
シャロンの婚約者でもあった隣国ランドゥーニ王国の王太子エミリオを彷彿とさせたから。
しかし、思い出すのはシャロンとエミリオは結ばれる事が無かったという事実。
何故なら──シャロンはエミリオに捨てられた。
そんなかつての自分を裏切った婚約者の生まれ変わりと今世で再会したレティシーナ。
当然、アルマンドとなんてうまくやっていけるはずが無い!
そう思うも、アルマンドとの婚約は正式に結ばれてしまう。
アルマンドに対して冷たく当たるも、当のアルマンドは前世の記憶があるのか無いのか分からないが、レティシーナの事をとにかく溺愛してきて……?
前世の記憶に囚われた2人が今世で手にする幸せとはーー?
三度裏切られたので堪忍袋の緒が切れました
蒼黒せい
恋愛
ユーニスはブチ切れていた。外で婚外子ばかり作る夫に呆れ、怒り、もうその顔も見たくないと離縁状を突き付ける。泣いてすがる夫に三行半を付け、晴れて自由の身となったユーニスは、酒場で思いっきり羽目を外した。そこに、婚約解消をして落ちこむ紫の瞳の男が。ユーニスは、その辛気臭い男に絡み、酔っぱらい、勢いのままその男と宿で一晩を明かしてしまった。
互いにそれを無かったことにして宿を出るが、ユーニスはその見知らぬ男の子どもを宿してしまう…
※なろう・カクヨムにて同名アカウントで投稿しています
【完結】私の愛する人は、あなただけなのだから
よどら文鳥
恋愛
私ヒマリ=ファールドとレン=ジェイムスは、小さい頃から仲が良かった。
五年前からは恋仲になり、その後両親をなんとか説得して婚約まで発展した。
私たちは相思相愛で理想のカップルと言えるほど良い関係だと思っていた。
だが、レンからいきなり婚約破棄して欲しいと言われてしまう。
「俺には最愛の女性がいる。その人の幸せを第一に考えている」
この言葉を聞いて涙を流しながらその場を去る。
あれほど酷いことを言われってしまったのに、私はそれでもレンのことばかり考えてしまっている。
婚約破棄された当日、ギャレット=メルトラ第二王子殿下から縁談の話が来ていることをお父様から聞く。
両親は恋人ごっこなど終わりにして王子と結婚しろと強く言われてしまう。
だが、それでも私の心の中には……。
※冒頭はざまぁっぽいですが、ざまぁがメインではありません。
※第一話投稿の段階で完結まで全て書き終えていますので、途中で更新が止まることはありませんのでご安心ください。
冷たかった夫が別人のように豹変した
京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。
ざまぁ。ゆるゆる設定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる