上手に騙してくださらなかった伯爵様へ

しきど

文字の大きさ
5 / 6

5.(アイルザート視点)

しおりを挟む
 ────



 誰かが自分を呼んだ気がして、夜中にふと目が覚めてしまった。

 アイルザートは月明かりを頼りに周囲を──そして一応、隣で寝ているシンシアの様子を窺った。よく眠っているようだ。単なる夢だったのだろうか。

 どんな夢を観ていた?

 胸がぐっしょりと汗で濡れていた。

 掛け時計に視線をやり、眉をしかめる。だんだんと夜目が利いてきて、短針の位置が分かる。就寝してから一時間ほどしか経っていない。

 苦笑してかぶりを振る。身体も心も、間違いなく疲れていた。疲れていたというのに、変に目がさえてしまったようだ。明日も早いのに。

 「……どうされました、アイルザート様?」

 水を飲むためテーブルの方へ向かったのだが、どうやらシンシアまで起こしてしまったらしい。返事はせず、グラスに水をついで一気に飲み干した。

 誰が、呼んでいたのだろう。知った声だった気もするし、知らない声だった気もする。男だったか、女だったか。

 そもそも、人だったか──。

 シンシアが、全裸にローブだけ着てアイルザートに近づいてきた。彼女は手にしていたもう一枚のローブを、黙って彼の肩にかけた。

 アイルザートは背中越しに彼女の手をとった。

 「……もうこんな事はやめよう」

 「何故?」

 その何故には、少しだけ嘲笑うかのようなニュアンスが感じられた。

 「メリッサが怪しんでる」

 「そうでしょうか。他人にはとことん無関心ですよ、あのお嬢様」

 「怪しんでるんだ」

 「夕方のあの態度の事をおっしゃってるの? 別に女なんて、意味もなくイラつく日もあります」

 「お茶会で、夫人達に相談しようとしてた」

 シンシアは、ふん、と言った。

 「そう……別にいいのではないですか? 気付いていようがいまいが、あのお嬢様には何も出来ない。何も言えない。そういう方ですから」

 「シンシア……僕の父が君のお父様にしてしまった事は、許されない事だ」

 アイルザートはシンシアの目を見つめながら続けた。

 「けれどやはり、こんな事を繰り返す事が償いとは言えないだろう?」

 「裏切るのですか?」

 「他の事ならなんでもする。僕の生涯をかけても」

 「お父様の件を、世間にバラされても構わないと?」

 「それも含めて全てが僕だ」

 シンシアは、頭を抱えてソファーに座り込んだ。そうしてアイルザートの飲んでいたグラスをひったくるように奪って、一口に飲み干した。

 「愛しています」

 「僕も愛していた。でも今の僕にはもう、既に将来を誓い合った人がいる」

 「本当に、あの方の事を愛しているのですか? 根暗で、愛想もなくて、言いたいこともはっきりおっしゃらない、あんな女の何処が?」

 「言わないのは、優しいからだよ。だからいつも独りで泣いてるんだ、彼女は」

 アイルザートは苦笑して続けた。

 「これ以上は、また泣かせてしまう」

 シンシアは彼の目をじっと見つめていた。それから、堪えきれぬようにクスリと笑ってみせた。

 「貴方も大概、呑気というかお人好しなのですから」

 「……何だって?」

 「彼女はもう知っているんです」

 「……」

 「二日前、わざと夜に蝋燭が切れるよう、短いものを彼女の部屋に用意していました。彼女はきっと予備をとりにいったでしょう。この部屋の前を通って」

 「……」

 「……確かに、前伯爵の事は恨んでいます。でもそれ以上に、私は貴方が欲しかった、アイルザート。貴方のお側にいるだけでは満足出来なかったのです。どうかメリッサ様の事は忘れて、もう一度、私を見て頂けませんか──」

 頬に触れようと差し出された手を払い、アイルザートは立ち上がった。

 乱暴にローブの腰ひもを巻いて、そのまま部屋を飛び出した。

 背後からシンシアの呼ぶ声が聞こえた気がしたが、アイルザートは足を止めなかった。

 途中ですれ違った別の侍女が、ローブ一枚で駆け去るアイルザートを見て悲鳴を上げたが、彼は一切構う事なかった。

 メリッサの部屋に着いた頃には、すっかり息は切れ汗だくで、髪も乱れて酷い有り様だった。 

 「メリッサ!!」

 乱暴に扉を叩く。返事はなかった。扉には鍵もかかっていなかった。

 部屋に入ると、バタバタとカーテンの揺れる音が聞こえた。見ると窓が開きっぱなしになっており、風が吹き抜けている。

 「……メリッサ?」

 返事はない。部屋には誰もいない。代わりにテーブルの上には粘土細工の猫と、一通の手紙が置いてあった。他でもない、アイルザートに宛てられた手紙。

 一行目には、こう書いてあった。

 ──上手に騙してくださらなかった伯爵様へ、と。

 「ッ──!」

 彼は慌てて、開かれた窓から身を乗り出した──。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】遅いのですなにもかも

砂礫レキ
恋愛
昔森の奥でやさしい魔女は一人の王子さまを助けました。 王子さまは魔女に恋をして自分の城につれかえりました。 数年後、王子さまは隣国のお姫さまを好きになってしまいました。

幼馴染の執着愛がこんなに重いなんて聞いてない

エヌ
恋愛
私は、幼馴染のキリアンに恋をしている。 でも聞いてしまった。 どうやら彼は、聖女様といい感じらしい。 私は身を引こうと思う。

大事な婚約者が傷付けられたので全力で報復する事にした。

オーガスト
恋愛
 イーデルハイト王国王太子・ルカリオは王家の唯一の王位継承者。1,000年の歴史を誇る大陸最古の王家の存亡は彼とその婚約者の肩に掛かっている。そんなルカリオの婚約者の名はルーシェ。王国3大貴族に名を連ねる侯爵家の長女であり、才色兼備で知られていた。  ルカリオはそんな彼女と共に王家の未来を明るい物とするべく奮闘していたのだがある日ルーシェは婚約の解消を願い出て辺境の別荘に引きこもってしまう。  突然の申し出に困惑する彼だが侯爵から原因となった雑誌を見せられ激怒  全力で報復する事にした。  ノーリアリティ&ノークオリティご注意

【完結】私を裏切った前世の婚約者と再会しました。

Rohdea
恋愛
ファルージャ王国の男爵令嬢のレティシーナは、物心ついた時から自分の前世……200年前の記憶を持っていた。 そんなレティシーナは非公認だった婚約者の伯爵令息・アルマンドとの初めての顔合わせで、衝撃を受ける。 かつての自分は同じ大陸のこことは別の国…… レヴィアタン王国の王女シャロンとして生きていた。 そして今、初めて顔を合わせたアルマンドは、 シャロンの婚約者でもあった隣国ランドゥーニ王国の王太子エミリオを彷彿とさせたから。 しかし、思い出すのはシャロンとエミリオは結ばれる事が無かったという事実。 何故なら──シャロンはエミリオに捨てられた。 そんなかつての自分を裏切った婚約者の生まれ変わりと今世で再会したレティシーナ。 当然、アルマンドとなんてうまくやっていけるはずが無い! そう思うも、アルマンドとの婚約は正式に結ばれてしまう。 アルマンドに対して冷たく当たるも、当のアルマンドは前世の記憶があるのか無いのか分からないが、レティシーナの事をとにかく溺愛してきて……? 前世の記憶に囚われた2人が今世で手にする幸せとはーー?

三度裏切られたので堪忍袋の緒が切れました

蒼黒せい
恋愛
ユーニスはブチ切れていた。外で婚外子ばかり作る夫に呆れ、怒り、もうその顔も見たくないと離縁状を突き付ける。泣いてすがる夫に三行半を付け、晴れて自由の身となったユーニスは、酒場で思いっきり羽目を外した。そこに、婚約解消をして落ちこむ紫の瞳の男が。ユーニスは、その辛気臭い男に絡み、酔っぱらい、勢いのままその男と宿で一晩を明かしてしまった。 互いにそれを無かったことにして宿を出るが、ユーニスはその見知らぬ男の子どもを宿してしまう… ※なろう・カクヨムにて同名アカウントで投稿しています

婚約者が番を見つけました

梨花
恋愛
 婚約者とのピクニックに出かけた主人公。でも、そこで婚約者が番を見つけて…………  2019年07月24日恋愛で38位になりました(*´▽`*)

【完結】私の愛する人は、あなただけなのだから

よどら文鳥
恋愛
 私ヒマリ=ファールドとレン=ジェイムスは、小さい頃から仲が良かった。  五年前からは恋仲になり、その後両親をなんとか説得して婚約まで発展した。  私たちは相思相愛で理想のカップルと言えるほど良い関係だと思っていた。  だが、レンからいきなり婚約破棄して欲しいと言われてしまう。 「俺には最愛の女性がいる。その人の幸せを第一に考えている」  この言葉を聞いて涙を流しながらその場を去る。  あれほど酷いことを言われってしまったのに、私はそれでもレンのことばかり考えてしまっている。  婚約破棄された当日、ギャレット=メルトラ第二王子殿下から縁談の話が来ていることをお父様から聞く。  両親は恋人ごっこなど終わりにして王子と結婚しろと強く言われてしまう。  だが、それでも私の心の中には……。 ※冒頭はざまぁっぽいですが、ざまぁがメインではありません。 ※第一話投稿の段階で完結まで全て書き終えていますので、途中で更新が止まることはありませんのでご安心ください。

冷たかった夫が別人のように豹変した

京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。 ざまぁ。ゆるゆる設定

処理中です...