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5.多忙(長女視点)
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……ミルリアが、三ヶ月で屋敷に帰ってきた。
何でも魔術の勉強を怠った事で、とうとうエスメリオ子爵令息から見捨てられてしまったのだという。
いや可哀想なのは彼の方で、血の繋がりはないとはいえ、あのお義父様の娘という触れ込みだったのである。さぞ優秀な魔導士なのだろうと思ったら、とんだ不良品を掴まされてしまったわけだ。
全く、本当に、馬鹿な義妹だこと──。
普段からろくに勉強もせず、男と遊んでばかりしてきたツケが回ってきただけ。並の子爵家の令息なら、ご自慢の美貌や、ぶりっこも、役に立ったかもしれないけれど、魔導士の家の婚約者になってしまったのだから……まあこれも、ある程度予想できた結末ではあった。
のこのこ帰ってきた時は、そのまま追い返してやろうかと思った。お義父様の遺産を受け継ぎ、領土も屋敷も全てを手に入れた時から、二人の義妹との関係はなくなったのだから、家に入れてやる義理はない。
でも考え直した。義妹でもなんでもないのなら、徹底的にこきつかってやるべきじゃなかろうか、と。
他にいくところもない哀れな愚妹は、侍女として雇ってやった。今まで散々私に生意気を言ってきた罰を与えてやれるのだ。それで至らなければ──いや至るわけがないが、その事を理由にあらためて追い出してやる。
アホな義妹のご自慢の顔が、更に絶望で歪む様を想像するだけで、あるていど溜飲は下がった。
そう、今の私に必要なのは、この尋常ならざるストレスの捌け口なのである──。
「レイシアお嬢様」
「……もうお嬢様はやめてと言ったでしょう、ラーバート?」
「……失礼、ご当主。追加の書類です。こちらにもお目通しの上、サインを」
そう言って執事のラーバートが持ち込んできたのは、書類の山だった。
ようやく今ある書類の大半が片付きそうだったところに、執務室の机の上に、どっかりとそれが置かれる。未処理が一気に四倍近くになった。
私は天を仰いだ。
「……なんの書類よ?」
「さあ? お目通し下さい」
「五時間はかかりそうね」
「あなたのお義父様だったら一時間の仕事量です」
私は、ちらりと掛け時計に目をやった。
「手伝って頂戴。流石に今日は早く寝ないとマズいわ。明日は、ミザ公爵との食事会なんだから」
「手伝いたいのは山々ですが、私には私の仕事があって、徹夜しなければなりません。ご当主が以前てきとうなサインをした書類の後始末です。私の把握してないものも含めて、多く提出されてしまっているので」
「こんなの全部をまともに読むなんてできっこないわ!」
「最初から素直にそう言っていただければまだ救いはありましたが……いいですね、少なくともここにあるものだけでも、全て明日提出しなければなりません。確実に目を通して、内容を理解した上で、サインを」
「……分かってるわよ!」
私は癇癪を起こし、羽ペンを机に叩きつけてやった。折れたペンの欠片が勢いよく飛び、ラーバートの頬を裂く。
彼は全く表情を変えず、頬から流れる一筋の血を軽く拭って一礼した。それだけで、そのまま部屋を出ていってしまった。
なんなの、なんなの、一体なんだというのよ!
机をひっくり返したくなる衝動を抑え、歯ぎしりする。
確かに、お義父様と比べれば仕事は遅いでしょうよ。それでも一生懸命やってるんだから!
当主としての仕事がこんなに大変だなんて思っていなかった。最初から分かっていれば、まだミルリアと遺産を交換するという道があったかもしれない。あいつより魔術が得意だった私の方が、チャンスはあったかもしれなかったのに。
くる日もくる日も偉い人と会うために色んな場所を駆け回って、家に帰れば頭の痛くなる書類と格闘。睡眠時間を削らざるを得ない。これが本当に、花の十代の女の生活だろうか?
実際、この三ヶ月で一気に老け込んだ気がする。今は鏡を見るのも嫌だ。
予備のペンを取り出し、黙々と書類にサインをしていく。まるで私は囚人で、ここは監獄のようではないか。どいつもこいつもつまらなく小難しい事しか書いていない。時間が経つのが異常に遅い。音も声も何もないのに、睡魔だけが主張してくる。
……半分は、終わっただろうか。もういい、投げ出して寝てしまおう。あとはラーバートにやらせればいい。ミザ公爵との食事会にだけは、遅刻してはならないのだから──。
何でも魔術の勉強を怠った事で、とうとうエスメリオ子爵令息から見捨てられてしまったのだという。
いや可哀想なのは彼の方で、血の繋がりはないとはいえ、あのお義父様の娘という触れ込みだったのである。さぞ優秀な魔導士なのだろうと思ったら、とんだ不良品を掴まされてしまったわけだ。
全く、本当に、馬鹿な義妹だこと──。
普段からろくに勉強もせず、男と遊んでばかりしてきたツケが回ってきただけ。並の子爵家の令息なら、ご自慢の美貌や、ぶりっこも、役に立ったかもしれないけれど、魔導士の家の婚約者になってしまったのだから……まあこれも、ある程度予想できた結末ではあった。
のこのこ帰ってきた時は、そのまま追い返してやろうかと思った。お義父様の遺産を受け継ぎ、領土も屋敷も全てを手に入れた時から、二人の義妹との関係はなくなったのだから、家に入れてやる義理はない。
でも考え直した。義妹でもなんでもないのなら、徹底的にこきつかってやるべきじゃなかろうか、と。
他にいくところもない哀れな愚妹は、侍女として雇ってやった。今まで散々私に生意気を言ってきた罰を与えてやれるのだ。それで至らなければ──いや至るわけがないが、その事を理由にあらためて追い出してやる。
アホな義妹のご自慢の顔が、更に絶望で歪む様を想像するだけで、あるていど溜飲は下がった。
そう、今の私に必要なのは、この尋常ならざるストレスの捌け口なのである──。
「レイシアお嬢様」
「……もうお嬢様はやめてと言ったでしょう、ラーバート?」
「……失礼、ご当主。追加の書類です。こちらにもお目通しの上、サインを」
そう言って執事のラーバートが持ち込んできたのは、書類の山だった。
ようやく今ある書類の大半が片付きそうだったところに、執務室の机の上に、どっかりとそれが置かれる。未処理が一気に四倍近くになった。
私は天を仰いだ。
「……なんの書類よ?」
「さあ? お目通し下さい」
「五時間はかかりそうね」
「あなたのお義父様だったら一時間の仕事量です」
私は、ちらりと掛け時計に目をやった。
「手伝って頂戴。流石に今日は早く寝ないとマズいわ。明日は、ミザ公爵との食事会なんだから」
「手伝いたいのは山々ですが、私には私の仕事があって、徹夜しなければなりません。ご当主が以前てきとうなサインをした書類の後始末です。私の把握してないものも含めて、多く提出されてしまっているので」
「こんなの全部をまともに読むなんてできっこないわ!」
「最初から素直にそう言っていただければまだ救いはありましたが……いいですね、少なくともここにあるものだけでも、全て明日提出しなければなりません。確実に目を通して、内容を理解した上で、サインを」
「……分かってるわよ!」
私は癇癪を起こし、羽ペンを机に叩きつけてやった。折れたペンの欠片が勢いよく飛び、ラーバートの頬を裂く。
彼は全く表情を変えず、頬から流れる一筋の血を軽く拭って一礼した。それだけで、そのまま部屋を出ていってしまった。
なんなの、なんなの、一体なんだというのよ!
机をひっくり返したくなる衝動を抑え、歯ぎしりする。
確かに、お義父様と比べれば仕事は遅いでしょうよ。それでも一生懸命やってるんだから!
当主としての仕事がこんなに大変だなんて思っていなかった。最初から分かっていれば、まだミルリアと遺産を交換するという道があったかもしれない。あいつより魔術が得意だった私の方が、チャンスはあったかもしれなかったのに。
くる日もくる日も偉い人と会うために色んな場所を駆け回って、家に帰れば頭の痛くなる書類と格闘。睡眠時間を削らざるを得ない。これが本当に、花の十代の女の生活だろうか?
実際、この三ヶ月で一気に老け込んだ気がする。今は鏡を見るのも嫌だ。
予備のペンを取り出し、黙々と書類にサインをしていく。まるで私は囚人で、ここは監獄のようではないか。どいつもこいつもつまらなく小難しい事しか書いていない。時間が経つのが異常に遅い。音も声も何もないのに、睡魔だけが主張してくる。
……半分は、終わっただろうか。もういい、投げ出して寝てしまおう。あとはラーバートにやらせればいい。ミザ公爵との食事会にだけは、遅刻してはならないのだから──。
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