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バンドマン「篠山美晴」

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 今日も渋谷は熱に包まれている。正確には渋谷の地下とでも言うのか。
 ライブはいつだって別世界に連れてってくれる最高の麻薬。世界が全部ひっくり返ってただただ気持ちよくなれる。
 篠山美晴はバンドマン。ギター&ボーカルでごりごり前に出て盛り上げたがる。ライブハウスではそれなりに名の知れたバンドのリーダーである。
「やー、今日も盛り上がったな! 」
「ハル前出すぎだろー 」
「ホンマなぁ、楽しなるんはわかるけど、抑えるとこは抑えーよ」
「なんだよ、いつものことじゃねぇか!ケンとシンジはもう少しテンション上げようぜ! 」
 バンドメンバーは三人、ドラムのケンとベースのシンジ、それにハル…美晴の三人である。良くある編成で、物珍しさはない。
 物珍しさはないが、ライブは盛り上がるバンドだった。ファンも付いてるし、たまに遠征をすることもある。
 ただ、いまいち売れないのがメンバーの悩みの種だった。

 ライブがないとき、美晴はコンビニでバイトをして活動資金を調達している。ライブに比べたらまるで刺激のない時間。ライブを行うのにも金がかかるから、我慢してやっているという程度。
「篠山さん、今日もぼーっとしてますね」
「そら退屈だもんよ…なんかめっちゃインパクトのある客でも来れば面白いんだけど」
「どんな客ですか」
「血みどろになってるとか?あとはロックしながら入店してきたら俺としては嬉しい」
「相変わらず篠山節が飛び出ますね」
「俺は最高にロックしてっからな」
 毎度こんな具合で時間が過ぎていく。ライブがない日が憎たらしい。憎たらしいが、それを人にぶつけるのは筋違いなので、なるべくおちゃらけるようにしている。
 その甲斐あってか、バイト先では問題なく過ごせてるし、人間関係も、良好。唯一の不満はバイトしてるってことはライブがないってことだ。
 
 数日後、ライブの日がやってきた。この日のライブも大盛況、盛り上がりに関しては他のバンド以上だったのは間違いない。だが、活動し出してからもうかなりの期間活動を続けているのに、メジャーデビューの話はおろか、所属しているレーベルから新しい音源を出そうという話すら来ない。自分達より後に活動を始めたバンドが続々メジャーデビューをしている中、いつだって屈辱的な思いをしてきた。
 ライブ後、いつもならワッと明るく話して次も頑張ろうって感じの話をするのだが、この日は話し合いをすることにした。
「改まってどないしたん、明日雨でも降らしたいんか? 」
「たまに真面目な話をしようとすると雨になるって俺は普段どんだけバカなキャラなんだよ」
「そりゃ普段が普段だからなぁ… 」
「まぁいいけどよ…。なぁ、俺らってなんでイマイチ売れねえのかな」
「あ?ライブは盛り上がってるし、それでいいんじゃねぇの? 」
「せやで、めっさ楽しくやれてるやんか」
 二人は現状で満足していた。美晴にとって、そのことが衝撃でしかなかった。
「何言ってんだよ!俺ら結成した時、テッペン目指そうぜって目標掲げてたじゃねえかよ!お前らいつの間にそんな腑抜けちまったんだよ! 」
「…いつまで夢見てんだよ。俺らもう十年目だぞ?本気で売れる奴らならこんだけの年数やってたらメジャーで一発当ててるくらいなんだぞ?
 俺は今日みたいに、箱を盛り上げられるならそれが何より楽しいことだって、そういう気持ちで続けてたぜ」
「シンジ… 」
「あー…悪い、俺もや。もう、メジャー目指して、張り切ってくって感覚はなかってん。気持ちよく演奏して、お客さん喜ばせられたらそれでええなぁって思ってたんや。てっきりハルもそうやと思っとったわ」
「ケン… 」
 二人の気持ちは既に、上を目指すとか、売れたいとか、そういうところにはなかった。ただ、今あるライブに本気を出して、その日一日が楽しければいいという風になっていた。
「もうメジャーデビューなんかにゃ興味なかったんだな」
「もちろん、デビュー出来たら嬉しかったさ。初めは目指してた舞台だしな。
 でもな、現実はうまくいかねんだよ。実際俺らの後から出てきた奴らが既にメジャーでミリオンヒット飛ばしたりしてやがる。俺らはそんな打診されたことあるか?レーベルに所属してたって、まるで仕事は増えねぇ。
 そうなったらもうどこで区切りをつけるかだろうよ。ライブやらせてもらえてるだけ、ありがたいって気持ちに切り替えるのが大人だろ」
「そりゃそうだけどよ…そんなスッパリ諦められんのかよ… 」
「俺はかなり悩んださ。だけど、このバンドもライブも好きだから、辞めるって選択は取りたくなくてな。解散して次のバンドを組むって選択するくらいなら、このバンドで続けていきたかったんだよ」
「俺も悩んだで。なんでこんな楽しいのに売れんのやろかーって。何したらもっと注目集められるんやろなーって考えてもわからんかった。
 それでシンジと同じように、辞めるのは嫌やったから、楽しめる内は楽しむことに決めてな。今の時間を思いっきり楽しむことにしたんや」
 改めて二人の考えを聞かされ、美晴は悩んだ。二人の気持ちは自分とはもう違うところに置かれていた。
「二人の考えはよくわかった…。わりぃな、ちょっと俺にも考える時間をくれ。また後日連絡するわ… 」
「…あぁ。一個だけ、俺らは辞める気はないからな。この三人で、ライブをやり続けたいのは本心だぜ」
「あぁ…ありがとうな」
 いつもなら最後まで残って、最後まで余韻に浸り続けるのが美晴なのだが、この日は誰よりも先にライブハウスを出ていった。

 二人の考えもわからなくはない。もう十年、チャンスの一つも訪れていない自分達が大成する目がないことも明らかだ。
 それでも諦めきれない。美晴は二人とバンドを結成する前からずっと、一番になりたいと思っていたのだ。一番になって、武道館でのワンマンライブや、野外フェスの大トリを務めたり、夢はいくらでもあるのだ。
 今の時点で叶ってるものは、一つしかない。

 後日、二人を呼び出した。
「わざわざライブのない日に呼ぶのも珍しい。こないだの続きか? 」
「あぁ… 」
 一呼吸おいて、切り出した。
「俺たち解散しよう」
 二人とも、驚きこそすれ、そうなることがわかっていたかのように頷いた。
「まぁ…こないだの感じじゃそうなるかなたは思ってた」
「やな、もうお互いのやりたいこと、目指してるとこが違いすぎてな」
「いろいろ考えてみたんだけどな、俺はやっぱり上を目指したいんだ」
 ゆっくりと、思いを伝えようと、独白を始めた。
「俺たち、本当いい三人だったと思う。どんなバンドの奴らにも負けねぇ、最高の三人だったさ。
 ライブをやれば付いてきてくれるファンも出来て。正直二人みたいにライブをやれるってことをありがたく思って、これからも続けていくってことも考えた。
 楽しいとは思う。でも、どうしても俺は諦めきれねぇんだ。でっかい会場沸かせたい、CDショップで俺たちの音源を積み上げたい、道行く人の三人に一人は俺たちの曲を口ずさむくらい有名になりたい。バンド結成する前からの夢だった。
 その夢を叶える為に本気になりたい、いや今でも本気なんだ。だけど、二人はもう諦めてる。それなら、俺のワガママに二人を付き合わせるのはいけない気がしたんだ」
「…すまんなぁ」
「いや、仕方ねえよ。こんだけの期間やってきて、結果が出ないのは運もあるだろう。実力だけでのし上がれる世界じゃないから」
「それでも、諦めないのか」
「あぁ。思う存分やり切りたいんだ。この気持ちの差はこれから先に行くにつれてもっと大きな溝になると思う。それなら早い内に決めた方がいいかなって」
 二人からは怒りも悲しみも哀れみも出てこなかった。本当にわかってくれているのだ。美晴がどれ程の気持ちなのかを、わかった上で受け入れている。
「本当に勝手な話で申し訳ないのだけど、今発表してあるライブを最後に解散しよう」
「…ハルがそこまで本気なら止めへんよ。俺は応援したる」
「俺もだ。もともとお前が集めて始めたバンドだ。いろんな決め事の度、お前が全部最終決定を下してくれたからな。そのお前が言うことなら俺も反対はしねぇ。ただ、中途半端は許さねぇぞ? 」
 二人は快諾してくれた。恨むこともせず、背を押してくれた。本当にいい仲間だったと思う。
「ありがとうな…最後にな、伝えたいことがあんだ。
 さっき、立てた目標の何一つ達成出来てないばりの言い方しちまったんだけど、一個だけ、間違いなく達成出来たって胸張って言えることがあるんだ。
 これ以上ないってメンバーと出会って、どのライブも楽しみ切る…これに関しては確実にやれたって言えんだ。この先、音楽誌とかでインタビューされたらお前らのこと出してもいいかな? 」
「当然だろ」
「せや、しっかり話してくれやー。ほんま、楽しかったで」
「俺もこのバンドにいられて幸せだったぜ」
「ケン…シンジ…本当に今までありがとうな」

 同じことをやっていても、目標は違うこともある。違うところを目指していれば、ズレが生まれる。そのズレを誤魔化しながらやり続けるのか、新しい一歩を踏み出していくのか、難しい選択であり、どちらが正解かはわからない。
 ただ選んだからには後悔はしていられない。前を向き、突き進むことで切り拓ける道もある。
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