「新説!? 幽霊日記」トイレの花子さんは女子高生?

矢崎 拓真

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第一章 出会い

第六話

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 第六話

 人には誰にも消したい過去というものがある。
「出来ればあの時に戻りたい」「あの出来事を無くしてしまえば、違う人生があったかもしれない」という事は、誰でも一度は思ったことだろう。
 しかし、過去があったから現在があるわけで、その過去が無ければその考えすらも思わなかっただろう。
 そして、その過去の失敗があるから人は成長できるものである。
 しかし、学生時代のトラウマというのはなかなか消し去れないのも事実である。

「えっとさ、実はね……俺小学一年生の頃、授業中にうんこ漏らしたことあってさ、それが原因でいじめられたんだ」

 俺の場合、消し去りたい過去はこれである。
 トイレで用を足すというのは、人間であれば当然の生理現象だ。
 その排泄行為に至るまで我慢が出来ず、不浄な行為をしてしまったのだ。
 これが赤ん坊であればそれを咎める者はいないだろう。しかし、それなりに我慢が出来る年齢になったのならば、かなり非難されるに違いない。
 特に小学校でのそれは、何故だか理解できないが学年中から犯罪者の様に扱われる。
 もし「あいつ、この前トイレでうんこしてたぜ」なんて誰か言おうものなら、その二時間後には学年中に伝播し「便所魔王」などのニックネームがつくかもしれない。
 いや、「西園寺菌」というものまで発生するまで可能性としてはありうる。

『でもそれって小学生の話でしょ?』

 そう、確かにそれは小学校の頃の話である。しかし、小学校の頃の噂というものはなかなか消えないものである。
 そして小学校で発生した出来事というのは意外に引きずるものである。

「でも中学も基本的には、同じ小学校から上がる奴が多いでしょ? そしたらその事件を知ってる奴も多い」

 このように俺の場合、小学校の最初に犯したツケが中学になってまで消えないという現象も起きるのだ。

『あぁ、だから中学でもいじめられるって訳ね!』

 それを聞いた花子さんが納得した表情で頷く。

「そういう事。それで誰もいないこの学校を選んだんだけど……」

 そう。だから誰もいないこの学校を選んだ。
 偏差値は相当に高く、俺の通っていた中学校の生徒では余程の勉強家でない限り合格はしないだろう。
 ここまでは狙い通りだった。
 でもその計算に狂いが生じた。

『うん?』

 俺の表情に暗い影が生じ、その変化に花子さんが気付いた。
 再び細い首を傾げ、花子さんが俺と視線を合わせる。

「小学校の六年と中学校の三年で合わせて九年。その間、異性と口を聞いたこと一回もないんだ。性格が歪むには十分な時間でしょ?」

 これでもう俺のこと嫌いになったよね?
 だから俺をこの状態から解放してくれないかな?
 こんな男と関わるとあなたもいじめの対象になるよ。おっと、もう幽霊だからいじめる奴はいないか。
 でも俺と関わろうとは思わないでしょ。

『歪むっていうのは言い過ぎだと思うけど、なるほどねぇ』

 俺の独白を聞き、花子さんが何か納得したように頷く。

「ん? 笑わないの?」
『笑う? どうして?』
「だって……」

 あれ? いつも俺が受けてきた仕打ちとは違うぞ。
 大体この話をしたらドン引きされて、翌日から声を掛けても気まずそうに離れていくのに。
 なんなら話の途中から逃げ出すまである。

『そんな小学生の頃なんてどうでも良くない? 私もそうだけど、過去を嘆いても変えられないんだよ。そしたらこれからどうするか? でしょ?』

 まぁ確かにそうかもしれない。いや、それにしても、

「説得力ありすぎるよ」

 幽霊の花子さんが言うと、『どうやって成仏していくか?』若しくは『どうやって存在していこうか』に聞こえるんですけどね。

『でも、その経験があるから隼人は優しんだね』
「優しい? 俺が? 言われたことないよ」

 突然の花子の『優しい』という言葉に疑問を浮かべ、目を大きく見開いてから自分を指差し、その後に顔の前で手を振って否定を示す。

『そうなの? でもこうして私と話してくれるじゃない?』
「まぁ、それは……ね」

 別にそれは優しいとか関係ないと思うんですけど。
 俺だって出来れば幽霊とは関わりたくない。でも、目の前にいるのが幽霊らしくない幽霊ならば、普通に話せなくもない……のか?

『……隼人』
「ん?」

 頭に浮かんだ疑問を解消しようとしていた俺に、花子さんが優しく名前を呼ぶ。
 そのことに口をポカンと開けて間抜けな声を出してしまった。
 その様子をクスリと笑ってから花子がまた口を開く。

『人が優しく出来る理由って知ってる?』
「ほえ?」

 花子さんの質問に再び間抜けな声を上げ首を傾げる。
 優しく出来る理由? そうだな、それは季節や天候によるんじゃないか?
 例えば清々しいほどの快晴だったり、今みたいに温かい春の陽気だったりしたら、人は自然と優しくなれると思うけど。
 いやいや、そうじゃない。その人が優しいかどうかなんてのは、その人の性格によりけりだ。

『人はね、自分が辛い目に合わないと、他人に優しく出来ないんだよ! 隼人のその原因があったから、今こうして私と話せるんでしょ?』
「まぁ確かに。その事件が無ければこの学校を受験しなかっただろうしなぁ……」

 そうだろうなぁ。辛い目に合うとか合わないとか、その辺は分からない。
 でもその人の性格ってのは、歩んできた道に左右されるわけだしなぁ。
 ってことは、今まで他人から優しくしてもらったことが無いから、そもそも俺は優しくないんじゃないか?
 花子さん、あなたの目は節穴ですか?

『そこで問題! 私と出会えて良かった? それとも悪かった?』

 自己嫌悪に陥っていた俺に、花子さんが別の角度からの質問をしてきた。
 どんな意味があるんだ? 花子さんと出会えて良かったかどうか?
 う~ん……どうだろう。

「……良かった……のかな?」
『なんで疑問形?』

 花子さんの質問にやや疑問を浮かべながら答える。
 どうやら納得いかない様子ですけどね。

「いやだって……ねぇ?」
『小学校以来の異性との会話だよ!』

 花子さんがあざとく腰に片手を当て、指を立てて隼人に顔を近づけてくる。
 その花子さんを手で制してから顎に手を当てて口を開く。

「異性って言っても……幽霊だしなぁ」
『文句ある?』

 今度は腕を組んでその豊かな胸を強調しつつ、高圧的に迫って質問返しをしてくる。

「……ないです」

 その有無を言わせない物言いに、しぶしぶ肯定の意を口にする。
 いや、しぶしぶと言うのは真実ではない。俺が言葉に詰まったのは目の前の少女が、本当に幽霊なのかと思ってしまうほどの魅力を抱いていたからだ。

『そしたら出会えて?』
「……良かった……です」

 目を大きく見開いて再び同じ質問を繰り返す花子さんの答えに、戸惑いとも違う色を浮かべた表情で答える。

『なんで間が空いたの?』

 その戸惑いを目ざとく突き、外堀を埋めていくような質問を花子さんがする。
 俺が答えに間が空いたのは戸惑いなどではなく、花子さんを同世代の異性として認識し始めていたからかも知れない。
 いやそんなはずは無い。
 でもまぁ少なくとも今感じていることとしては、

「花子さんと出会えて良かったです!」

 嘘は言ってない。
 今はこの状況を打破したいと、そう思っていたからこそ、無理に声を張って視線を花子さんに固定し、叫びに似た声を上げたのだ。
 多分傍から見ればそれが、無理していることは分かっただろうなぁ。

『……宜しい』

 しかし花子さんの心には多少のタイムラグを生じさせるほど響いたようだ。
 そして、響いたのは花子さんの心だけでなく、誰もいない校舎の廊下にも響き、その残響がトイレの中からも聞こえる。
 もしこれが平日であれば、誰かしら様子を見に来たかもしれない。今日が休日で良かったと、胸を撫で下ろした。
 花子さんが返事をしてからどのくらいの時間が経っただろう。
 三十秒くらいかもしれないし、三十分ぐらいかもしれない。俺たち二人の間を無言が埋め尽くす。

「花子さんってさ」

 その無言の空間に耐え切れなくなって口を開く。

『ん? 何?』
「生前は絶対に気が強い女の子だったでしょ?」

 俺のこの質問は先ほどのやり取りに対しての感想である。

『え~、よく分かんな~い』

 どのくらいのタイムラグがあるんだよ? 耳に手を当ててよく聞こえるような仕草をしながら聞き返してきた。
 どうやら一昔前の衛星中継よりも長く、「思考」と言う名の通信が停止していたようだ。
 俺の質問に体をクネクネと捩らせ、口元に指をあててわざとらしく否定をする。

「可愛い子ぶっても無理があるけど……」

 そしてその様子に辛辣な感想を投げつける。

『でも多分……おとなしい感じじゃないかな?』

 自分が生きていた時の事を予想して答えた。
 どうやら先ほどの俺の言葉は聞かなかったことになったようだ。

「それは絶対にない!」

 そしてその花子さんの言葉を力いっぱい否定する。

『な・ん・で?』

 しかし簡単に自分の予想を曲げることはしないらしい。
 語気を強くして俺に詰め寄る花子さんに対し、一つ嘆息してからポツリと呟く。

「そう言うところ」
『……プッ! 隼人って意外とズバッと言うね!』

 俺の呟きに思わず声を上げて笑いだす花子。
 そして笑顔のまま続けて言う。

『そう言うところ好きだよ! あ! もちろん異性としてじゃないからね! 勘違いしない様に!』
「……しねぇよ!」

 さすがにそこまで節操無しじゃない。
 それに女の子の言う『好き』とはすなわち、『ライク』の事であり、決して『ラブ』ではない。
 それなのに世の中の男子の殆どは『ラブ』と受け取り、勝手に勘違いしてその女の子に告白してフラれて傷つく。
 しかし俺はそんな奴らとは違い、女子の言う『好き』や『可愛い』を言葉通りには受け取らない。
 いや、他人の言葉には必ず裏があるのを忘れない。これが九年と言う歳月をかけて磨いてきた俺の対人スキルだ。
 俺がそう考え、返事までに沈黙していたのはコンマ数秒の事である。しかし、その僅かな時間でも見逃さない人は多い。
 僅かに生じた隙に、相手がどう思ったかを読む人は多いだろう。

『んんん? 本当はちょっとドキッとしたでしょ?』

 たとえそれが相手に拒否されたとしてもである。
 花子さんが更に詰め寄って問い返す。

「……してない!」

 詰め寄られた花子さんから目を逸らし、必死にそれだけを口にする。
 尤も今の状況だけを見るならば、俺の言葉はただの強がりで、花子さんの予想は当たっているように思う。

『なんで目を逸らしたの? したんでしょ?』
「してない! ドキッとしてない!」

 今度ははっきりと、まっすぐ花子さんの目を見ながら否定の言葉を口にする。
 本当に別の理由があるからだ。

『じゃあ何で目を逸らしたの?』

 俺が花子さんから目を逸らした理由は、花子が魅力的に映った事ももちろんある。
 でも本当の理由はそれでじゃない。

「花子さん胸!」
『え?』
「胸当たってるから!」

 俺が視線を花子さんから逸らした理由はこれだ。
 思春期の男子高校生にとって美少女が――この際、幽霊であることは置いておく――あざとくも可愛く、そして魅力的に艶っぽく迫ってきたら当然の反応だ。
 そして普通の女子高生であれば俺の言葉を聞いた場合、即座に距離をとるものである。

『あぁ……別に良いんじゃない? 減るもんじゃないし。何なら抱き付いてあげようか?』
「いらないって!」

 どうやら花子さんはその辺は気にしない性格みたいだな。
 このことから考えると、生前はおとなしい性格だった、というには無理があるよな。

『じゃあサービスだぞ! えい!』
「おい!」

 それを補正するように、俺の顔を自分の胸に埋める様に抱きしめる花子さん。
 突然の事に顔を話そうと足掻くが、俺自身の欲望と混ざっていることもあるのか、抜け出せない。
 いや、抜け出したくない? いやいやそんなはずは無い、と信じたい。
 そんな葛藤する俺の頭を抱きしめたまま花子さんが呟く。

『……今日は来てくれてありがと』

 今までの明るく快活な声ではなく、静かに包み込むような声だ。
 どこか寂しそうで、しかし慈しむような声が頭上から掛けられる。

「……明日はどうする? さすがに日曜日だから、学校は入れないけど」

 先ほどとは違う声色に一瞬言葉を失う。でもこれで花子さんの気持ちは分かった。
 抱きしめられたままの姿勢で翌日の事について相談する。

『えっと、WIRE送ってくれれば良いよ』
「そっか……ごめん」
『なんで謝るの? 私は嬉しいんだよ! こうして相手してもらえて』

 謝罪の言葉と同時に抱きしめていた頭を解放し、視線を合わせてから瞳に涙を浮かべながら否定する。

「分かったら。でもさ、花子さんはなんで『花子さん』をやってるの?」
『え?』

 唐突に今までしたことのない俺の質問に、それが何を示しているのか理解できないといった様子で、目を見開きながら聞き返してきた。

「いやだからさ、なんで幽霊になっちゃったんだろう? って」
『あぁ、たぶんこの世に未練があったからじゃないかなぁ?』

 俺の補足説明を聞いて言葉の意味を理解した後に、自分が『トイレの花子さん』をやっている理由を予測して答えてきた。
 しかしそれなら気になることがある。

「それでもこの学校に地縛霊になるのはおかしくない? 見たところ、うちの学校の制服じゃないし、何よりこの学校で最近死んだ人なんていないし」
『まぁ確かに』
「地縛霊って、その土地に縛り付ける“理由”があるからでしょ? このトイレに縛り付ける“何か”があるのかな?」

 俺の疑問は至極当然だと思う。
 地縛霊と言えば、その土地に縛り付ける何かがあるからであり、それが理由で成仏できない幽霊の事を指す。
 それなのに目の前の花子さんは、俺の学校で最近亡くなった生徒はいないし、更に身に着けている制服は他校のものだ。
 それならなぜこの学校の、更にトイレの地縛霊になってしまったのだろうか?

『う~ん……どうなんだろう?』
「この学校と花子さんを結び付けるもの……とか?」
『でも私この学校に来た事無いと思うよ。多分だけど』
「それはどうして?」
『この学校に何かしら関わりがあったら多分覚えてると思うんだよね。幽霊ってそういうもんだから。でもそういうのが無いってことは、この学校には特に縁がなかったんだと思う』

 なるほどな。確かに一理あるか。
 しかし、花子さん本人もその原因は分からないならどうすればいいんだ?
 制服を着てるってことは、高校生なのは間違いないんだろ。
 そしたら、

「ちなみにどこの学校だったか覚えてる?」

 今考え付いた別の角度からの質問をしてみる。

『詳しくは思い出せないけど、関東地方だと思う』
「範囲広いって!」

 しかしかなりアバウトな答えしか返ってこなかった。
 まぁ生前の記憶が無いんだから当然かもしれないよな。

「……ちなみにだけどさ」
『ん?』
「花子さんはこの場所から離れたい、って思ったこと……ある?」
『そりゃね。幽霊になってから二ヶ月近くここで独りだったから』

 俺の質問に対する花子さんの答えで、また一つ疑問が生じたのである。
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