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第一章 出会い
第七話
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幽霊の出る時間と言えば夜中の零時から二時、俗に言う丑三つ時と言うのが一般的だ。
しかし本当にそうなのだろうか?
もし仮に魂というものが本当に存在していて、何らかの理由があって成仏できない霊魂が現世に留まっていた場合、時間に関係なくそこには存在しているはずである。
だから恐らく丑三つ時に現れるのは人に悪さをする悪霊で、普通の浮遊霊や地縛霊は常にそこにいるのではないだろうか。
そうでなければ今、俺の目の前にいるトイレの花子さんが見えるはずはないのだから。
「え? 二ヶ月?」
花子さんが幽霊になってから、二ヶ月近くこの学校に地縛霊として存在していたと聞いて表情を曇らせた。
『だって、四十九日の一週間前だと一ヶ月半以上でしょ?』
四十九日と言うのは生前の罪・汚れを反省し、現界への執着を取らせ、幽界へ行く心の準備をさせるためである。
死者の霊は、この間に心残りのないように知人や親戚等に会いにも行くとされている日数の事である。
この期間に幽界に行く心の準備が出来なかったり、幽霊として存在を確立出来なかった場合、悪霊となってしまうという。
「四十九日の一週間前……って! 本当にギリギリだったんだ?」
そしてその四十九日を迎える一週間前に俺に発見してもらい、無事幽霊として現世に留まり続けることが出来たのが花子さんだ。
『そうだよぉ! だから隼人に会えなかったら、きっと今頃悪霊になってたんだよ!』
「そっか……良かったね」
良かったのか? むしろ何とかして成仏してもらった方が良かったんじゃないのか?
『うん! だから隼人には本当に感謝してるんだ!』
俺の気持ちを他所に、パァと明るい表情を浮かべてるけどさ。
「そっか」
ったく、そんな顔されたら何も言えなくなるじゃねぇかよ。
ただ、こうして知り合ったのも縁だしな、何とか成仏出来る様に供養するのが……。
『だからぁ……えい!』
ゆっくりと俺の後ろに回り込んだかと思ったら再び頭を抱きしめ、自分の胸に埋めてきた。
「ぐ!」
再び訪れた柔らかい感触を堪能する暇もなく、隼人が花子から離れようともがく。
しかし
『動かないでお姉さんに甘えなさい!』
どうやら花子さんは抱きしめたまま離すつもりはない様だ。
いや、その行動は完全に勘違いしちゃうからマジでやめてください。というよりも、今なんか妙な事口走らなかったか?
「お姉さんって……タメじゃないか!」
先ほど交した会話によれば、目の前の少女の年齢は俺と同じ十七歳のはずである。それなのに自分の事を『お姉さん』と言ったことに、違和感を覚えて反論する。
『ん? あぁ、やっぱりね!』
しかし花子は何かを分かったような口調で口を開く。
「へ? 何が?」
俺、今何か変なこと言った? って言うか間違ってる?
とりあえずその腕を組んで胸を強調するのやめてもらえませんか? じゃないと目のやり場に困ります。
『多分隼人は今年十七歳でしょ?』
「ん? あぁそうだけど」
確かに俺は今年十七歳になる高校二年生だ。そのことに間違いはない。
花子さんが年齢を確認し、それが間違いじゃないことに頷く。
『私は今年十八歳! 高校三年生だよ!』
「マジか?」
『マジ! だから隼人よりも一つ年上になるんだぞ!』
「……」
花子さんが年上という事を聞き、思わず言葉を失って口を金魚の様にパクパクさせる。
その態度に気分を良くしたのか、組んでいた腕をほどいて腰に当て、見下した表情でふんぞり返って更に口を言葉を続ける。
『ほれほれ! 少しは態度変える気になったか?』
「……ははぁ、お姉さま!」
平身低頭。
わざとらしく花子さんに頭を下げると、
『宜しい! って冗談。今まで通りで良いよ』
花子さんが頷きながら返事をし、続けて接し方は今まで通りで構わないと言ってきた。
「まぁ言われなくてもそのつもりだけど……」
俺だって花子さんを先輩や上司の様に扱う気はない。
ちょっとだけ冷めた口調で今まで通りに接すると口にする。
『こら!』
俺の態度にクレームを言う花子さんだったけど、態度を変えないことが嬉しかったのかな?
だって顔が今まで通りの笑顔だしね。
四月八日(土)16:45
『……あ! もうすぐ時間じゃない?』
楽しい時というものは早く、気が付くと時間が経過しているものである。
「え? あ、本当だ。もうすぐ五時か」
俺と花子さんの他愛もない会話も、気が付けば夕方になり、帰宅時間が迫っていた。
平日であれば、大体今ぐらいの時間帯になれば花子さんに会う事が出来る。でも、今日は土曜日だからこれより遅く校内に残っていれば不審に思われる。
『昨日会った時間だね!』
「その時間にさよならって変だね?」
『そうだね……』
静かにそう呟き、やや憂いを帯びた目で視線を俺に向ける。口にはしていないが、やはり寂しいのだろう。
顔を上げて花子さんと視線を合わせると、金縛りにあったように視線を外すことが出来なくなり、言葉も口から出てこなくなる。
それはどうやら花子さんも同じであり、俺たち二人だけの空間に無言の時間が流れ始める。それはまるで時間が停止してしまったように、周囲の物音すら俺たちの耳には届かない。
「あの、さ」
その状況に耐えられなくなり、無理やりに口を開く。口調がやや緊張しているのは、気まずい空気を読んだからと言うわけではない、はずだ。
『ん?』
俺の言葉に小首を傾げて続きを促す花子。
「この場所から離れたいって気持ちは、まだある?」
『……そうだねぇ。やっぱりずっと籠りっきりはねぇ』
俺の質問は「この場所から解放して見せる」と暗に示していた。地縛霊となった花子さんがこの場所から動けないのは分かっているはずなのに、である。
俺の言葉の意味を分かっているのかどうか判断はつかないが、花子さんはこの場所にずっといるのは嫌だと答える。
更に続けて口を開く。
『それに隼人の家族も見てみたいしね』
どういう意図があるのかは不明だが、俺の家族も見てみたいという。
「見て、どうするの?」
何やら碌な予感がしないんだが……。というよりも、さっきからの会話でわかったことがある。花子さんはたぶん、この場所から解放されて、元の浮遊霊の様になりたいと思っていることだ。それなら成仏したほうが良いと感じるのだが、どうも成仏する気はない様だな。
『う~~ん……ご挨拶かな』
「どうやって? そして何を?」
ご挨拶? 何を挨拶するの? そしてそれを俺はどうやっていえば良いの?
『え? どうも隼人の姉です~……って?』
いやいや、おかしいだろ! 俺に姉はいない! って言うかお袋は産んでない! 仮に花子さんが生身の人間でも、そんな紹介の仕方は出来ないだろ!
「あほか! んじゃまたね!」
率直な感想を軽く言い、その場を立ち去ろうとしたが「またね」と言ったあたり、今日で終わりにする予定はもちろん俺にもない。
『あ! 隼人!』
立ち去ろうとした俺を花子さんが不意に呼び止める。
「ん?」
なんか忘れ物でもしたかな?
そう思って振り向いた俺を、
『てい!』
本日三回目となる花子さんの柔らかな感触が包み込む。
「ぷは! なんだよ急に!」
自分の顔が埋まっている双丘から慌てて抜け出して花子さんと視線を合わせる。
交差した視線の先には先ほどと同じ笑顔……ではなく、潤んだ瞳で見つめ返す少女の表情があった。
『……ありがと』
小さく花子さんが呟く。
「……また来るよ」
『うん』
俺もそれに答えてからトイレを出る。
夕陽は既に赤く染まり、廊下は夕闇に染まっていた。
その薄暗い廊下を昇降口に向かって歩き出す。
途中の階段で花子さんの声が聞こえた気がして後ろを振り返るが、そんなはずはないと思い視線を戻して昇降口に向かう。
四月八日(土)21:00
花子さんと別れた日の夜、俺はWIRE通話をしていた。その相手と言うのが
『ちょっと考えたんだけどさ、明日花子さんが“地縛霊”になった理由を探そうと思うんだ』
『え? どうやって?』
数時間前まで一緒の空間で話をしていた、やや派手な女子高生の幽霊「トイレの花子さん」である。
その花子さんを縛り付けている場所から解放しようと話していた。
『俺の知り合いにそういうのに詳しい奴がいてさ、そいつに聞いてみる』
知り合いと言うよりも厨二病患者なんだけどな。でも何かしら参考になることはあるだろう。期待は薄いが……。
『わかった。でも、無理はしないでね! 隼人が今優先すべきことは、月曜日にちゃんと登校して、お姉ちゃんに会いに来ることである!』
『はいはい約束ね! んじゃお休み!』
四月九日(日)9:00
朝早くにWIREによる通知が俺の部屋に鳴り響き、寝ぼけた頭で通知をタップして内容に目を通す。
『隼人! 起きてますか? お姉ちゃんだぞ!』
だから、花子さんは俺の姉貴じゃねえだろ! ってそれを突っ込むとまた面倒いから突っ込まないのが吉。
取りあえず適当に返信をしておくか。今日は行くところがあるしな。
『はいはい、起きてますよ! 今日はこれから知り合いのところに行く予定』
俺が今日向かうところというは、昨日花子さんと話していたオカルト関係について詳しい友人のところだ。
『気を付けて行ってきてね♡』
花子さんの返信に「今日も行こうかな」と過ぎった邪な気持ちを無理矢理に抑え付け、着替えて外出の準備をする。
四月九日(日)9:30
「って感じだ、何かわかるか?」
俺の家から徒歩でわずか七、八分程度の場所にその知り合いは住んでいる。
年齢は俺よりも若干上のように見えるが、俺の言葉遣いからも分かる様に、同い年だ。
ただ、口元と顎に生やした髭と、寝癖を直していないボサボサの髪型も相まって、実年齢よりもかなり老けて見える。
その少年、日比谷裕一に地縛霊の特徴と解放の仕方を聞いていた。もちろん花子さんの事は伏せて、である。
「う~ん……一般的に地縛霊ってのは、その地に何かしら縛り付けておくものがあるからなんだよなぁ。だから大切にしていた持ち物とか……そういうものがあった場合、その場所に縛り付けられる、って言うのが地縛霊のセオリーだよな」
寝起きだというのにオカルトがらみの話とあってか、彼は俺の相談について前のめりに話を聞いてくれた。
「なるほどなぁ……ちなみに悪霊ってどうなんだ?」
「どうって?」
隼人の質問の意図を正確に読み取れないあたり、日比谷は国語能力があまり高くないのかもしれない。
「いやまぁ具体的に言うと……悪霊ってどうやって生まれてくるんだ?」
「簡単に言うと悪霊ってのは、現世に恨みがあって悪霊になる奴と、そうでない奴がいる」
「そうでない奴?」
裕一の言葉に眉根を寄せて首を傾げて尋ねる。
「あぁ。現世に恨みがある奴は言うまでもないだろ? 恨みがあるから復讐する。だから人間を襲ったり呪ったりするわけだ。だからこそ悪霊と言われるんだが」
それで悪霊って言われる訳ね。問題は次のことだ。
「なるほどな。で、もう片方は?」
「実はもうひとつの方がずっと厄介でな。現世に思い残したことがあるやつは浮遊霊となる。これは有名な話だな?」
「あ、あぁ」
有名かどうかはわからんが、そういうものなのか?
そういえば花子さんもそう言ってたな。
「浮遊霊が成仏出来ないと、その魂は徐々に不浄……つまり汚れてくる。特に誰にも見つけられない霊はな」
「へぇ……」
花子さんが言ってたとおりだな。俺が見つけなければ、やっぱり悪霊になってたんだ。それは回避できたからとりあえずは問題なしだな。でももし悪霊になってたらどうなるんだ?
俺が花子さんを認識しなかった場合のことを考えて首をひねっていると、
「それで悪霊化した浮遊霊は、近くにいる浮遊霊を取り込もうとする。まさに悪霊だな!」
その答えは目の前の日比谷からすぐに得られた。どうやら浮遊霊から悪霊になった場合、周囲の無害な幽霊を取り込むらしい。
もし仮に花子さんとの最初の出会いが遅過ぎて、悪霊になっていたらと思うとぞっとする話だ。
「う~ん……悪霊ってさ、退治する方法ってないのか?」
「退治方法か? う~ん、その依り代となっている物を浄化するとか、壊すとかが有名かなぁ。御祓いは基本無駄だ。霊が属していた宗教なら話は別かもしれないが、今の時代無宗教の家庭がほとんどだからな」
「なるほどなぁ」
裕一の話を聞きながら頷いていると、目の前の少年が不気味に「ふふふ」と笑ってから話し出す。
「どうした? お前、こういうオカルト系には全然興味なかったんじゃないか?」
「まぁそうなんだけどな、ちょっと気になることがあってな」
「とうとう貴様も霊能力に目覚めたのか? まさかもう幽霊を目撃したとか?」
まさか会ってハグして会話しました。なんて言えるわけないよな。
「んなわけないだろ。俺に霊能力があると思うか? 完全に無能だぞ」
「そうか……面白い話が聞けると思ったのだが……」
俺の返事を聞き、あからさまにがっかりする日比谷。
その日比谷を気にした様子もなく、立ち上がって片手を上げて口を開く。
「でも、参考になったわサンキュー!」
軽く流すあたり、日比谷のこの反応は既にデフォルト化されているようである。簡単な礼を言ってから、日比谷の家から帰宅する。
日比谷家を出る直前に、ダイニングで勝手にジュースを飲んだことは、日比谷にバレなかったとだけ言っておこう。
しかし本当にそうなのだろうか?
もし仮に魂というものが本当に存在していて、何らかの理由があって成仏できない霊魂が現世に留まっていた場合、時間に関係なくそこには存在しているはずである。
だから恐らく丑三つ時に現れるのは人に悪さをする悪霊で、普通の浮遊霊や地縛霊は常にそこにいるのではないだろうか。
そうでなければ今、俺の目の前にいるトイレの花子さんが見えるはずはないのだから。
「え? 二ヶ月?」
花子さんが幽霊になってから、二ヶ月近くこの学校に地縛霊として存在していたと聞いて表情を曇らせた。
『だって、四十九日の一週間前だと一ヶ月半以上でしょ?』
四十九日と言うのは生前の罪・汚れを反省し、現界への執着を取らせ、幽界へ行く心の準備をさせるためである。
死者の霊は、この間に心残りのないように知人や親戚等に会いにも行くとされている日数の事である。
この期間に幽界に行く心の準備が出来なかったり、幽霊として存在を確立出来なかった場合、悪霊となってしまうという。
「四十九日の一週間前……って! 本当にギリギリだったんだ?」
そしてその四十九日を迎える一週間前に俺に発見してもらい、無事幽霊として現世に留まり続けることが出来たのが花子さんだ。
『そうだよぉ! だから隼人に会えなかったら、きっと今頃悪霊になってたんだよ!』
「そっか……良かったね」
良かったのか? むしろ何とかして成仏してもらった方が良かったんじゃないのか?
『うん! だから隼人には本当に感謝してるんだ!』
俺の気持ちを他所に、パァと明るい表情を浮かべてるけどさ。
「そっか」
ったく、そんな顔されたら何も言えなくなるじゃねぇかよ。
ただ、こうして知り合ったのも縁だしな、何とか成仏出来る様に供養するのが……。
『だからぁ……えい!』
ゆっくりと俺の後ろに回り込んだかと思ったら再び頭を抱きしめ、自分の胸に埋めてきた。
「ぐ!」
再び訪れた柔らかい感触を堪能する暇もなく、隼人が花子から離れようともがく。
しかし
『動かないでお姉さんに甘えなさい!』
どうやら花子さんは抱きしめたまま離すつもりはない様だ。
いや、その行動は完全に勘違いしちゃうからマジでやめてください。というよりも、今なんか妙な事口走らなかったか?
「お姉さんって……タメじゃないか!」
先ほど交した会話によれば、目の前の少女の年齢は俺と同じ十七歳のはずである。それなのに自分の事を『お姉さん』と言ったことに、違和感を覚えて反論する。
『ん? あぁ、やっぱりね!』
しかし花子は何かを分かったような口調で口を開く。
「へ? 何が?」
俺、今何か変なこと言った? って言うか間違ってる?
とりあえずその腕を組んで胸を強調するのやめてもらえませんか? じゃないと目のやり場に困ります。
『多分隼人は今年十七歳でしょ?』
「ん? あぁそうだけど」
確かに俺は今年十七歳になる高校二年生だ。そのことに間違いはない。
花子さんが年齢を確認し、それが間違いじゃないことに頷く。
『私は今年十八歳! 高校三年生だよ!』
「マジか?」
『マジ! だから隼人よりも一つ年上になるんだぞ!』
「……」
花子さんが年上という事を聞き、思わず言葉を失って口を金魚の様にパクパクさせる。
その態度に気分を良くしたのか、組んでいた腕をほどいて腰に当て、見下した表情でふんぞり返って更に口を言葉を続ける。
『ほれほれ! 少しは態度変える気になったか?』
「……ははぁ、お姉さま!」
平身低頭。
わざとらしく花子さんに頭を下げると、
『宜しい! って冗談。今まで通りで良いよ』
花子さんが頷きながら返事をし、続けて接し方は今まで通りで構わないと言ってきた。
「まぁ言われなくてもそのつもりだけど……」
俺だって花子さんを先輩や上司の様に扱う気はない。
ちょっとだけ冷めた口調で今まで通りに接すると口にする。
『こら!』
俺の態度にクレームを言う花子さんだったけど、態度を変えないことが嬉しかったのかな?
だって顔が今まで通りの笑顔だしね。
四月八日(土)16:45
『……あ! もうすぐ時間じゃない?』
楽しい時というものは早く、気が付くと時間が経過しているものである。
「え? あ、本当だ。もうすぐ五時か」
俺と花子さんの他愛もない会話も、気が付けば夕方になり、帰宅時間が迫っていた。
平日であれば、大体今ぐらいの時間帯になれば花子さんに会う事が出来る。でも、今日は土曜日だからこれより遅く校内に残っていれば不審に思われる。
『昨日会った時間だね!』
「その時間にさよならって変だね?」
『そうだね……』
静かにそう呟き、やや憂いを帯びた目で視線を俺に向ける。口にはしていないが、やはり寂しいのだろう。
顔を上げて花子さんと視線を合わせると、金縛りにあったように視線を外すことが出来なくなり、言葉も口から出てこなくなる。
それはどうやら花子さんも同じであり、俺たち二人だけの空間に無言の時間が流れ始める。それはまるで時間が停止してしまったように、周囲の物音すら俺たちの耳には届かない。
「あの、さ」
その状況に耐えられなくなり、無理やりに口を開く。口調がやや緊張しているのは、気まずい空気を読んだからと言うわけではない、はずだ。
『ん?』
俺の言葉に小首を傾げて続きを促す花子。
「この場所から離れたいって気持ちは、まだある?」
『……そうだねぇ。やっぱりずっと籠りっきりはねぇ』
俺の質問は「この場所から解放して見せる」と暗に示していた。地縛霊となった花子さんがこの場所から動けないのは分かっているはずなのに、である。
俺の言葉の意味を分かっているのかどうか判断はつかないが、花子さんはこの場所にずっといるのは嫌だと答える。
更に続けて口を開く。
『それに隼人の家族も見てみたいしね』
どういう意図があるのかは不明だが、俺の家族も見てみたいという。
「見て、どうするの?」
何やら碌な予感がしないんだが……。というよりも、さっきからの会話でわかったことがある。花子さんはたぶん、この場所から解放されて、元の浮遊霊の様になりたいと思っていることだ。それなら成仏したほうが良いと感じるのだが、どうも成仏する気はない様だな。
『う~~ん……ご挨拶かな』
「どうやって? そして何を?」
ご挨拶? 何を挨拶するの? そしてそれを俺はどうやっていえば良いの?
『え? どうも隼人の姉です~……って?』
いやいや、おかしいだろ! 俺に姉はいない! って言うかお袋は産んでない! 仮に花子さんが生身の人間でも、そんな紹介の仕方は出来ないだろ!
「あほか! んじゃまたね!」
率直な感想を軽く言い、その場を立ち去ろうとしたが「またね」と言ったあたり、今日で終わりにする予定はもちろん俺にもない。
『あ! 隼人!』
立ち去ろうとした俺を花子さんが不意に呼び止める。
「ん?」
なんか忘れ物でもしたかな?
そう思って振り向いた俺を、
『てい!』
本日三回目となる花子さんの柔らかな感触が包み込む。
「ぷは! なんだよ急に!」
自分の顔が埋まっている双丘から慌てて抜け出して花子さんと視線を合わせる。
交差した視線の先には先ほどと同じ笑顔……ではなく、潤んだ瞳で見つめ返す少女の表情があった。
『……ありがと』
小さく花子さんが呟く。
「……また来るよ」
『うん』
俺もそれに答えてからトイレを出る。
夕陽は既に赤く染まり、廊下は夕闇に染まっていた。
その薄暗い廊下を昇降口に向かって歩き出す。
途中の階段で花子さんの声が聞こえた気がして後ろを振り返るが、そんなはずはないと思い視線を戻して昇降口に向かう。
四月八日(土)21:00
花子さんと別れた日の夜、俺はWIRE通話をしていた。その相手と言うのが
『ちょっと考えたんだけどさ、明日花子さんが“地縛霊”になった理由を探そうと思うんだ』
『え? どうやって?』
数時間前まで一緒の空間で話をしていた、やや派手な女子高生の幽霊「トイレの花子さん」である。
その花子さんを縛り付けている場所から解放しようと話していた。
『俺の知り合いにそういうのに詳しい奴がいてさ、そいつに聞いてみる』
知り合いと言うよりも厨二病患者なんだけどな。でも何かしら参考になることはあるだろう。期待は薄いが……。
『わかった。でも、無理はしないでね! 隼人が今優先すべきことは、月曜日にちゃんと登校して、お姉ちゃんに会いに来ることである!』
『はいはい約束ね! んじゃお休み!』
四月九日(日)9:00
朝早くにWIREによる通知が俺の部屋に鳴り響き、寝ぼけた頭で通知をタップして内容に目を通す。
『隼人! 起きてますか? お姉ちゃんだぞ!』
だから、花子さんは俺の姉貴じゃねえだろ! ってそれを突っ込むとまた面倒いから突っ込まないのが吉。
取りあえず適当に返信をしておくか。今日は行くところがあるしな。
『はいはい、起きてますよ! 今日はこれから知り合いのところに行く予定』
俺が今日向かうところというは、昨日花子さんと話していたオカルト関係について詳しい友人のところだ。
『気を付けて行ってきてね♡』
花子さんの返信に「今日も行こうかな」と過ぎった邪な気持ちを無理矢理に抑え付け、着替えて外出の準備をする。
四月九日(日)9:30
「って感じだ、何かわかるか?」
俺の家から徒歩でわずか七、八分程度の場所にその知り合いは住んでいる。
年齢は俺よりも若干上のように見えるが、俺の言葉遣いからも分かる様に、同い年だ。
ただ、口元と顎に生やした髭と、寝癖を直していないボサボサの髪型も相まって、実年齢よりもかなり老けて見える。
その少年、日比谷裕一に地縛霊の特徴と解放の仕方を聞いていた。もちろん花子さんの事は伏せて、である。
「う~ん……一般的に地縛霊ってのは、その地に何かしら縛り付けておくものがあるからなんだよなぁ。だから大切にしていた持ち物とか……そういうものがあった場合、その場所に縛り付けられる、って言うのが地縛霊のセオリーだよな」
寝起きだというのにオカルトがらみの話とあってか、彼は俺の相談について前のめりに話を聞いてくれた。
「なるほどなぁ……ちなみに悪霊ってどうなんだ?」
「どうって?」
隼人の質問の意図を正確に読み取れないあたり、日比谷は国語能力があまり高くないのかもしれない。
「いやまぁ具体的に言うと……悪霊ってどうやって生まれてくるんだ?」
「簡単に言うと悪霊ってのは、現世に恨みがあって悪霊になる奴と、そうでない奴がいる」
「そうでない奴?」
裕一の言葉に眉根を寄せて首を傾げて尋ねる。
「あぁ。現世に恨みがある奴は言うまでもないだろ? 恨みがあるから復讐する。だから人間を襲ったり呪ったりするわけだ。だからこそ悪霊と言われるんだが」
それで悪霊って言われる訳ね。問題は次のことだ。
「なるほどな。で、もう片方は?」
「実はもうひとつの方がずっと厄介でな。現世に思い残したことがあるやつは浮遊霊となる。これは有名な話だな?」
「あ、あぁ」
有名かどうかはわからんが、そういうものなのか?
そういえば花子さんもそう言ってたな。
「浮遊霊が成仏出来ないと、その魂は徐々に不浄……つまり汚れてくる。特に誰にも見つけられない霊はな」
「へぇ……」
花子さんが言ってたとおりだな。俺が見つけなければ、やっぱり悪霊になってたんだ。それは回避できたからとりあえずは問題なしだな。でももし悪霊になってたらどうなるんだ?
俺が花子さんを認識しなかった場合のことを考えて首をひねっていると、
「それで悪霊化した浮遊霊は、近くにいる浮遊霊を取り込もうとする。まさに悪霊だな!」
その答えは目の前の日比谷からすぐに得られた。どうやら浮遊霊から悪霊になった場合、周囲の無害な幽霊を取り込むらしい。
もし仮に花子さんとの最初の出会いが遅過ぎて、悪霊になっていたらと思うとぞっとする話だ。
「う~ん……悪霊ってさ、退治する方法ってないのか?」
「退治方法か? う~ん、その依り代となっている物を浄化するとか、壊すとかが有名かなぁ。御祓いは基本無駄だ。霊が属していた宗教なら話は別かもしれないが、今の時代無宗教の家庭がほとんどだからな」
「なるほどなぁ」
裕一の話を聞きながら頷いていると、目の前の少年が不気味に「ふふふ」と笑ってから話し出す。
「どうした? お前、こういうオカルト系には全然興味なかったんじゃないか?」
「まぁそうなんだけどな、ちょっと気になることがあってな」
「とうとう貴様も霊能力に目覚めたのか? まさかもう幽霊を目撃したとか?」
まさか会ってハグして会話しました。なんて言えるわけないよな。
「んなわけないだろ。俺に霊能力があると思うか? 完全に無能だぞ」
「そうか……面白い話が聞けると思ったのだが……」
俺の返事を聞き、あからさまにがっかりする日比谷。
その日比谷を気にした様子もなく、立ち上がって片手を上げて口を開く。
「でも、参考になったわサンキュー!」
軽く流すあたり、日比谷のこの反応は既にデフォルト化されているようである。簡単な礼を言ってから、日比谷の家から帰宅する。
日比谷家を出る直前に、ダイニングで勝手にジュースを飲んだことは、日比谷にバレなかったとだけ言っておこう。
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しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
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