宮廷魔術師のお仕事日誌

らる鳥

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16歳の章

近くの村でのゴブリン騒動、或いはカーロの大冒険1

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 現場に行けば意外な程に色々な事が見えて来る。
 書類に記されていない様々な事が見えて来るのだ。
 麦畑の広さから産出される収穫量の予想は当然麦の出来具合、粒の大きさや重さによって変わる。
 出来の良し悪しは書類からよりも、実際の麦畑と育てている村人の表情を見る方が判りやすいのだ。
 無論書類に意味がない訳じゃない。記された書類は書き手の手を離れれば消えない証拠としてそこに残る。
 万一書類に嘘があっても、嘘があったという証拠として消えない物となるのだ。
 人の言葉は直ぐに消えてしまうので、割と嘘はつき放題である。信用問題はさて置いて。
 王都に税を納める近隣の村々を、馬車で巡って視察する仕事に僕は出ていた。
 村長に挨拶し、村人の話を聞く。作物の出来具合はどうか、何か困った事は無いか、要望は無いか等だ。
 困り事も即座に解決してあげられる訳じゃ無いし、要望に関しても叶えられる事ばかりじゃ無い。
 壊れた水路位はちょいと直せるが、行商の数を増やして欲しいなんかの願いはとても難しい物だ。
 でもこの場合は解決出来るかよりも、聞きて書いて残すと言う作業こそに意味がある。
 村長の家や村の宿屋の一室に1泊か2泊し、次の村へと向かう。それを繰り返して担当地域の様子を纏め上げるのだ。
 実際僕が宮廷魔術師だと判ると、村長なんかは緊張して目に見えて顔色が悪くなるので、派遣を決めた人の思惑は判るのだが可哀想に思えてしまう。

 魔術師が嘘を見破る術を使えると言うのは、割合知られた話である。
 火の玉を飛ばしたり使い魔を使う等の、所謂魔術師のイメージを彷彿とさせる様なメジャーな術には劣っても、眠りの術よりは知られているのが嘘を見破る術だ。
 ちなみに僕はこの術が嫌いである。良く勘違いされているのだが、この術は別に頭の中を覗いて全てを知る術では無い。
 大昔の伝承や伝説には、出会った者が来訪の要件を告げる前に頭の中を覗いて返答する賢者の話などが良く出てくる。
 けれど今現在では僕の知る限りではその術の使い手は存在しない筈だ。
 少し逸れたが、嘘発見の術とは嘘を吐いた時に起きる、細かな反応を捉えて術者に教える術である。
 眉が少し動く、唇の端が僅かに震えた、等の表に出る者でなく、隠し切れないもっと体の奥の反応。
 なので精度は100%じゃないし、あくまでも嘘を吐いたかどうかしか判らない。
 嘘を吐いた=悪だと断定するような考え無しに使わせたならとんでもない事になるだろう。実際その手の問題は多い。
 事前に対象に呪文をかけねばならないので、かけられた方は試されてる事が判るし、当然呪文への抵抗だって出来る。
 なので宮廷魔術師を前にした程度でそんなに怯えなくても良いのだが、この怯えこそが村の不正を減らすのだと思えば、敢えて勘違いを正しはしない。
 でも本当に、裏作に手を突っ込みに来た訳じゃないからそんなに警戒しなくて良いよ。
 公的には認められないが、裏作程度は見なかった振りをするのが現場の状況を知る者の暗黙の了解だ。
 いざと言う時のヘソクリは村人にも、村にも必要だろうから。
 田畑の面積から算出した規定の税をきちんと支払ってくれればそれで良いのだ。
 村に余剰の作物があれば、それを買い付けて売りさばく商人からの税もはいる。その逆に村人が商人から物を買うのも同じ事。
 王国は豊かな国なので、民を限界まで搾り取る様な真似はする必要が無い。
 でも山に隠し畑とか作るのはやめてね。何だかんだで事故が怖いし、うっかり山に入って見つけてしまった冒険者とのトラブルも起きるし。
 
 そうやって村々を巡る、僕にとっては穏やかな仕事の最中にそれは起きた。
 山に猟に入っていた猟師が、ゴブリンの群れを見つけたと言うのだ。
 機転の利いた猟師はすぐさまこっそりその場を後にし、村への報告を最優先にしてくれた。
 本当に良かったと思う。うっかり蛮勇を発揮して住処を見つけようとかしたりしなくて。
 もしそれで見つかって犠牲者が出て居れば、流石に僕もすぐさま動かざるを得なかっただろうから。
 何かを期待するような目で僕を見る村長に、僕は首を横に振る。
「王都から冒険者を呼びましょう。あちらにいる僕の使い魔を使えば派遣までの時間を短縮出来ますよ。折角だから魔物災害の補助金申請もしときますね」
 僕の答えに、僅かに不満げな表情をする村長。
 まあ気持ちは判らなくもない。補助金が出ようとも僅かでも村の懐は痛むし、補助金が実際に払われるまでには時間もかかるのだから。
 それに村人の不安も考えれば魔物の処理は早い方が良いのだろう。
「そこまでして下さるのに、何で魔術師様は退治してくれませんので?」
 僕と、そしてドグラを見る村長。ゴブリンごときが僕等の相手にならないであろう事は、そりゃ当然判るだろう。
 僕等が退治を引き受けない理由はただ一つ、冒険者の飯の種を奪わない為である。
 低位の冒険者向けの依頼と言うのは数があればあるほど望ましい。
 彼等が経験を積んで中位、高位へと上がっていけば国を富ませる、守れる力になるのだから。
 そんな彼等の経験となるべき依頼を僕がひょいひょい片手間に摘むのはよろしくない。
 もし村人に犠牲者が出て居たり、繁殖用にと女性が浚われたりでもしていたら、すぐさま退治に向かっただろうけど。
「一応僕、此れでも仕事中なんです。それに僕を動かすと高くつくんですよね。やって来る冒険者達に支払うよりも何倍も」 
 建前の話ではあるが、片手間で済まない作業の為に村を離れる訳にもいかないのだ。
 仕事の一環として無料で僕に動いて欲しい。
 等と都合の良い事を考えていたらしい村長は、僕の言葉と視線に僅かに息を詰まらせ、きまり悪げに二度三度と頷いた。
 どうやら考えを改めて納得してくれたらしい。話し合いはとても大切だ。別に脅してないよ?
「大丈夫ですよ。公務中に村を離れる訳には行かないですが、冒険者が来るまで村を守る事は出来ますから。ゴブリン程度なら何匹来ても特に問題はありません」
 流石に何百と来られたら準備して村を要塞化でもしないと厳しいが、多少大きな群れが襲い掛かってきた程度なら対処は然程の事じゃない。
 此処から王都までの距離は馬車で1日と少し、多少繋がりにくいが集中すれば……、王都に残して来た使い魔、カーロの目を通した風景が見えて来る。
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