宮廷魔術師のお仕事日誌

らる鳥

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16歳の章

水辺に蠢く首の数2

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 気配を殺し、川の上流の水場が遠目に見えるギリギリの位置で一人待機する。
 無論此れは偵察の為だ。
 これぐらいに離れて置けば水場のヒュドラには気取られないであろう、万が一の場合にも速やかに撤退出来るであろう距離。
 本当は使い魔のカーロを使いたい状況なのだが、残念ながら王都に置いて来てしまっている。
 まあ都市でなら兎も角、こんな状況での使い魔での偵察にはリスクも伴うので仕方ない。
 使い魔とする際に色々強化はしているので野生動物程度は問題なくとも、流石にヒュドラクラスの魔物の偵察は事故が怖い。
 此処からでは確実とは言えないが、ヒュドラは恐らく姿を現していない。水中に潜伏しているのであろう事が予測される。
 水場は話に聞いていたよりもずっと水量が多い。
 水場の出口の辺りが崩れて塞がれてしまっていたからだ。故に川には水が僅かしか流れ出ず、逆に水場内には大量の水が溜まっていた。
 少し嫌な予感がする。
 この水場の封鎖が偶然の物なのか、或いは意思を持って行われたのかで大きく事態は変わってしまう。
 偶然ならばそれで良い。想定した状況からの変化は何もない。
 しかしもし此れを、そう、ヒュドラの意思で行われたのだとしたら、最悪を想定せねばならない。

 これまで下流の村でヒュドラは放置されていた。何故かと言えば、害が無かったからだ。
 ヒュドラの姿を見て以来、村人たちは此処に近づかなかった。
 故に穏当に済んでいたのだ。ではなぜ今になってヒュドラがそれを崩すのか。
 そこには何らかの理由が必要だ。村人からの対応に変化が無かったのだから、それはヒュドラ側に起きた何かが原因なのだろう。
 例えば他の魔物と争って傷付いた身体を癒す為にねぐらの水量を増やしたかったとか、例えば産卵の為に縄張りの安全性を確保しようとしただとか。
 後者ならば最悪だ。
 卵が出来るには種と畑、つまりオスとメスが必要だ。
 ヒュドラと見た目の似た生き物である蛇は体内に交尾で得た種を数年間保持出来るとの文献を見た事がある。
 けれどヒュドラが此処に棲み付いた時期を考えれば、他所で種を貰った畑が越して来たと考えるのは楽観的過ぎるだろう。
 つまり此処に棲み付いたヒュドラは、最悪つがいである可能性が出て来たのだ。

 此れは撤退に値する条件だ。そして僕の悪い予感は大体当たる。
 しかし今回の任務は冒険者が頼れず、上役の貴族にも手に負えず、最終的に出張ったのが国だった。
 僕等は村人にとっての最後の頼みの綱なのだ。援軍を呼ぶにしても、編成を終えて王都から此方へやって来るには暫くの時間を要するだろう。
 確認した周囲の環境、僕の手持ち、七隊の騎士達が被るリスク、思案して逡巡する。
 そう、逡巡だ。結局のところ僕が嫌がってるのは七隊へのリスクだった。
 犠牲者を出さないと言い切れる、僕のリスク管理の幅を超えてしまっているように感じるからだ。
 冒険者時代は全てが自己責任だった。僕の命も仲間の命も。永遠の別れだって経験した事がある。
 けど今は違う。今回の派遣の責任者は僕なのだ。
 敵の命を狩るのは割り切れるが、責任者として味方の命をリスキーな賭けにBETする事はどうしても躊躇われてしまう。
 でも判ってる。その躊躇いが騎士であるキャッサや七隊のメンバーにとって侮辱でしかない事を。
 七隊が僕が信頼してくれる程に、僕は彼等を信頼出来ていない事に今更気づかされる。
 自分のリスク管理を超える等とほざけるなんて、一体何様のつもりだろう。僕は己惚れ過ぎていたのだろうか。余りに思い上がった、傲慢さだ。
 決意する。決断する。例え後で後悔する結果になろうとも、僕は彼等とこの難局を超える。
 後悔したとしてもそれを背負って、信頼を今こそ築こう。

 僕は樫の木の簡易ゴーレム、オークサーバントを生み出して水場へと進ませる。
 更に同時に集中するは遠見の術だ。此れは視覚を拡大する魔術で、僕はこの魔術を使うたびに何時も眩暈に襲われてしまう。
 何となく遠くしか見えないこの感覚がどうにも苦手なのだ。
 水場の縁で足踏みをするオークサーバントに、水面から飛び出した巨大な影が襲い掛かる様が今の僕には良く見える。
 一つ、二つ、……五つ。幸いにして、飛び出して来たのは頭部の数が最小の個体だ。
 僕の予想が当たっているなら、縄張りを守る旦那なのだろう。
 そして僕の悪い予感はやはり当たっていて、外敵の排除を終えた旦那を褒める様に、甘える様に頭部と蛇体を絡み付かせるもう一匹。
 ちょっといちゃつくのは良いけどあまり動かないで欲しい。頭が絡んで数え難いから。
 四つ、五つ、六つ。推定オスよりも一つ頭の数が多い。やはり女性の方が何かと強いのは魔物でも同じなのだろうか。
 許容範囲内だ。僕が冒険者時代に戦った事のあるヒュドラの頭部は七つだった。
 それ以下であるのなら、何とか作戦は立てれるだろう。
 リスクは決して小さくないが、けれど今は其れを背負った勝利を選ぼう。
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