少年と白蛇

らる鳥

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 ぬるりと、流れるような動き。
 捉えどころが無く、それでいて素早い踏み込みから繰り出された一撃は、オークの喉を綺麗に切り裂く。
 そして肉の切れ目から血が噴き出すのは、誰も居ない方向に向かってだった。
 此処までの技を持つのは、今のメンバーでもトーゾーさん唯一人だ。
 でもオークを倒すのに其処までの技術は要らないと思う。血に濡れないのは便利で良いけれど。
 森の中を進む僕達は、結構頻繁に魔物に出くわしている。
 勿論その度にトーゾーさんが斬ったり、或いはカリッサさんが吹き飛ばしてくれるので、特に問題は無い。
 けれど明らかに森の状況は異常だ。初めて入った森でも、森が騒いでる事が良く判った。
 死体を退かし、オークの足跡を少しだけ辿ってみる。
 此れまでも幾つかの魔物の移動の痕跡を確かめたけれど、ある一方向に向かう物だけは極僅かだったのだ。
 どの魔物も露骨に其方に向かっては進みたがらない。
 この森で今、魔物達にそう思わせる存在は一つしかない筈。
「多分、あちらの方角にデススパイダーの縄張りがあると思う。どの場所でも魔物達は皆、彼方側に行くのを避けている」
 手招きに集まってきた仲間達に、僕の予想を告げる。
 勿論縄張の方角がわかっても、其処が実際にどうなっているのかは僕にはわからない。
 大きな蜘蛛の巣があるだけなのか、それとも偽装された糸のトラップに溢れているのか。
 そして何より不思議な事が一つあった。デススパイダーは罠を張って獲物を狩る、狡猾な狩人の筈だ。
 ならば何故その存在の位置を獲物である筈の魔物達が察知して近付かないようにしているのか……。
「ユーディッド、大体で良いんだが、距離はわかるかい?」
 パラクスさんの問いに僕は首を横に振る。
 もっと探索のポイントを大きく広げれば、魔物達の向かいたがらない方向を線で結んである程度の場所を特定出来るかもしれない。
 けれどその為には今日一日を完全に探索で潰す必要があった。
「流石にそれはちと面倒な。出来れば今日中に居場所の確定はしておきたい。……では少し休憩を取って体力を回復してから、改めて虎穴を目指すというので如何か?」
 トーゾーさんの言葉にパラクスさんが頷き、カリッサさんは不思議そうに首を傾げた。
 虎穴に入らなきゃ虎の子供は手に入らない。危険を冒さないと実入りは無いって意味の、トーゾーさんの国の諺だった筈。
 虎の子供を欲しがる気持ちは良く判らないけれど、その判断には僕も異論は無かった。

「そうそう、ユー君。宿のご主人から受け取っていたのは何だったんだ?」
 地に座り、水や食料を摂取しながら体力を回復させている最中、カリッサさんが僕に問う。
 僕はヨルムの為に干し肉を引き裂く手を止めて、懐を漁って一枚の手紙を取り出す。
 カリッサさんは興味津々に覗き込もうとするが、僕は少し考えてその動きを手で制した。
 この手紙がどんな気持ちで書かれた物かは僕には察し兼ねたけど、少なくとも晒し者にして良い物では無い気がしたのだ。
「昨日の冒険者、えっと、そう、クレンって冒険者からの謝罪の手紙ですよ」
 恐らく昨日あの後、目覚めてから仲間に叱られ書いたのだろう。
 こちらの都合を考え無い申し出と、槍を振り回す暴挙を行った事に対する謝罪の言葉。
 直接言葉を伝えたかったが、此方の仕事の前に再び邪魔をする訳にも行かないので、手紙って形でのやり取りを選んだらしい。
 そして此方の依頼が片付いた後、もし可能であるならば改めて立ち合いを受けて欲しいとも。
 僕が先ず驚いたのは、手紙の文字が丁寧で読み易かった事だ。
 文字の読み書きはとは難しい物である。
 例えば僕は読む事は出来るが、恥ずかしながら書く方は拙い。一応少しずつ練習はしているが、手紙なんてまだ到底無理だった。
 読み易い文字を書けるクレンは、そうした教育を受けれる立場の出身なのだろうと思う。
 何故冒険者をしているのかは不思議だが、何らかの事情があるのだろうか。
 立ち合いを受けるかどうかはさて置いても、改めて話位はしてみても良いかも知れない。
 年齢で侮られない様にと必死になるのは、僕だって他人事じゃなかったから。
 行動は最悪だと思ったが、別段悪印象は抱いてない。昨日は単に、そんな事よりカリッサさんを優先したかっただけである。
 そもそも僕はトーゾーさんの正式な弟子じゃないしね。
「シャーッ」
 ああ、うん。ヨルムもちゃんと優先するから拗ねないで欲しい。
 手紙を懐に仕舞い、干し肉をヨルムの口に運ぶ作業を再開する。
 ミズルガで手に入れたヘルハウンドの干し肉も残りは少なくなっていた。
 僕はこの干し肉はスジっぽさが苦手なので、食べたのはほぼヨルムなのだが、次はまた別の魔物の肉で干し肉を作るのもヨルムが喜んで面白いかも知れない。

 森の探索時、僕は先頭と言うよりも、少し単独気味に先行していた。
 僕が先行して進めば後続の為に道を作れるし、危険や問題のある場所は先に気付いて目印を置ける。
 仮に魔物に遭遇しても、先に気付けば皆の所に退く位は簡単な事だ。
 近い場所を歩かれると、逆にフォローが難しい。
 もう少し具体的に言えば、場所の把握の方が人の動きの把握よりも楽って事だった。
 しかし……、森の雰囲気は徐々に変化してきている。例えるならば、そう、威圧感の様な物を前方から強く感じるのだ。
 此れなら確かに、魔物達も此方に来たがらない訳だろう。
 でもより疑問は深まった。狩人たるデススパイダーなら、本来自らの気配は出来る限り消して、他の獲物を狙う筈。
 なのに実際にはその全く逆の行動に出ているのだから、……何か近寄られたくない理由があるのだろうか?
 立ち止まり、落ちていた木の枝を前方に投げてみる。木の枝は空中で何かにぶつかって止まり、そして地面には落ちなかった。
「ヨルム、あれ見える?」
 僕の言葉にヨルムが服の胸元から顔を出し、前方を見据える。
 じっと目を凝らして見れば、僕の目にも薄く細い糸がびっしりと空間を覆っているのが見えた。
 ただこんなに薄っすらとしか見えない糸なら、隠蔽されてたり戦闘中だったりすれば、見落とす可能性は非常に高い。
 ヨルムから伝わって来る答えは是だ。多分人間とは違うヨルムの視覚なら、より正確に糸の所在を見抜ける筈。
「じゃあ出来るだけ自分でも見つけるように頑張るけど、万一僕が糸に突っ込みそうな時はフォローしてね」
 此処から先は皆の為に道を作って進むのも少々難しくなってしまう。
 少しだけ感覚を開けて1列にならび、人一人が通れるだけの場所を探しながら少しずつ進むか、或いは火を付けて一気に攻め込むかだ。
 どちらを選ぶにせよ、此処で一旦皆と相談しよう。この先に進めば簡単には引き返せないのは確実だろうから。
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