少年と白蛇

らる鳥

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 冬の色は少しずつ濃さを増す。
 昼間は未だ人通りも多いが、空が朱色に染まる頃には通りの人影もグッと減り、少し寂しい気分にさせられる。
 まあ此処最近は毎日寒いし仕方ない。
 ヨルムも日に日に目覚めは遅く、そして昼間でも僕の服の中から出なくなってた。
 ギルドで聞いた話だと、冬は冒険者の活動も減るそうだ。
 勿論冬にしかない特殊な依頼、例えば冬にしか咲かない花の採取や、冬だからこそ現れる魔物の討伐等もありはする。
 けれどそんな例外を除けば、基本的には冒険者も冬の間は成るべく町からは出ようとしない。
 何故なら冬の町の外は、独特の危険が付きまとうから。
 恐ろしい魔物を倒せる冒険者でも、冬に野宿をすれば凍死をする危険性は決して低く無いだろう。
 考えても見て欲しい。
 移動中にもし雪が降って来れば、目的地に辿り着く事は格段に困難さを増す。
 無論屈強な冒険者なら、体力に物を言わせての踏破も成功する可能性はある。
 けれど困った。
 雪は激しさを増し、もはや吹雪と言える状況だ。視界は悪く、道は消え、自分の歩いてきた足跡も直に消されてしまうだろう。
 ……何て事になれば、翌日の朝には立派な凍死体の出来上がりである。
 冬に無茶をして凍死体になった冒険者のアンデッドが村を襲うのは、まあ偶に聞く話だった。
 とは言え、そんな季節でも僕に大きな変化は無い。
 町から離れるのが危険なら、町中で雑用依頼をやるだけだ。後は近くの森での採取も、冬だとまた感じが変わって割合に楽しい物である。
 まあ勿論寒い事は寒いのだけれども。
 でも五かの冒険者の様に宿に籠って体を温める為にお酒を呑んで、とするのは僕の性には合わない。
 だって宿に籠っててもどうせ時間を持て余すのは見えていた。睡眠は好きだが、寝過ぎも絶対飽きるから。

 そんな冬のある日の事、配達依頼を終えて町中を歩く僕はとある人物に呼び止められた。
「おお、君は! えっと、確かユーディッド君じゃないか」
 確かに何処かで聞き覚えはあるが、パッと名前の出て来ない声に振り向けば、以前に娼館の用心棒をしていた時に仲良くなった……、メルトロさんだ。
 そう言えばこの人は中央通りに店を構える商人だと聞いた覚えがある。
 でも中央通りにはメルトロ商店って名の店は無かったので、今の今まですっかり忘れていたけれど。
 しかしメルトロさんが出て来た店、確かに大きな商店だけど、看板の名前はパオム商会だ。
 娼館では偽名を使ってたのだろうか?
「ああ、言って無かったかな。私はメルトロ・パオムと言うのだよ。商会も父祖から受け継いだ商会でね。まあ立ち話もなんだし、中で茶菓子でも御馳走しようか」


 招かれたのは来客用の応接室。
 お菓子に釣られて気軽に招きに応じてみたけれど、内装の豪華さやソファーの質は僕の想像を遥かに超えている。
 けれど其れより何より、僕が一番驚いたのはメルトロさんに対してだった。
「随分活躍したらしいね。シャーネ君から君に助けられた話を何度もされたよ。彼女も君が娼館の用心棒を終えて寂しがっていたから一度会ってあげると良い。勿論私も君とは話したかったんだが」
 この人、自分の仕事場で平然と娼館やお気に入りの娼婦さんの話してる……!
 あのトーゾーさんでさえ、娼館や娼婦さんの話をする時は周りの目を気にしてこっそり話して来るのに。
 正直この時初めて、僕はメルトロさんを凄いと思った。此れまで僕はメルトロさんを、単なる助平なおじさんと思ってたのだ。
 もしかしたら此れが幾人もの従業員を率いる商会の長の器って奴なのだろうか。
 ……まあでもそれはさて置こう。ちょっと僕の物差しではこの人を量り切れない。
 出されたお茶を一口含んでみれば、驚く程に美味しかった。添えられた茶菓子も、見た事も無い、なんだかすごく高そうなお菓子だ。
 多分凄く高いのだろうと思うと、少しばかり手に取るのを躊躇ったが、かと言って残した所で無駄になるだけだろうから覚悟を決めて、遠慮せずに食べる。
 うん、美味しい。凄く、甘い。これちょっとお土産用に分けて貰えないだろうか。
 この場では出て来れないヨルムや、カリッサさんにも食べさせてあげたいし。
「口にあったかい? もっと欲しければ幾らでも持って来させるから遠慮はしないでくれると嬉しい」
 もしかしたら物欲しそうな顔をしてしまっていたのだろうか。メルトロさんは僕が言葉を発する前に人を呼んで、菓子をもっと持ってくるようにと命じた。
 どうやらヨルムとカリッサさんの分も持ち帰れてしまいそうだ。
 僕とメルトロさんは暫く雑談に興じる。
 とは言っても少し久しぶりに話すので、話題となるのは専らあの娼館の事だけど。
 ほんの少し前の事なのに、何だかちょっと懐かしい。
 娼婦を買う訳でも無いのに遊びに行くのは申し訳ないと思ってたが、メルトロさんの話だと顔を見せに行っても良さそうに思う。
「ああ、ところで折角楽しく話せていたのにこんな事を言うのも何なんだが、今日君に会えたのも何かの縁だ。一つ仕事の話を聞いて貰えないだろうか?」
 僕が娼館を懐かしんでいると、メルトロさんは少し申し訳なさそうにそう切り出した。
 別にそんなに気にしなくても構わないのに。
 メルトロさんは僕にとって気さくで面白い、助平な知人のおじさんだけれど、依頼の話となれば切り替えるだけだ。
 依頼主と一人の冒険者として、切り替えて依頼の内容を吟味し、可能なら受けるし不可能なら断る。
 受ける場合でも冒険者ギルドを通して指名依頼にして貰う。
 線引きをキッチリするのが、お互いの関係を大事にする事にも繋がるのだ。……と、宿のおじさんに教わった。
「ははは、成る程、君は本当にプロの冒険者なのだね。有り難い。その方が安心して依頼の話を出来るよ。実はね……」
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