少年と白蛇

らる鳥

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 倒したアタックボアの数は12頭。
 流石にこの数になると、解体作業もひと手間どころでは無くなる。
 荷馬車に積み込めるのは頑張っても8頭分が精々だろうけど、それでも僕は全部のアタックボアを解体する事にした。
 積めない分のアタックボアを、村に提供する為だ。
 アタックボア達に食い荒らされたのは冬季収穫用の野菜。
 つまりは主食とは別なので、直ちに生活に困るといった事態にはならない。
 本当に必要な分の食糧は、秋に収穫してある筈である。
 しかし、それでも冬を迎えると同時に起きた魔物の被害は、村人達の心に大きな影を差しただろう。
 ならばどうせ持ち帰れぬアタックボアの素材なら、提供すれば村に明るさを取り戻す為の一助になってくれると思ったから。
 例えば、僕等は肉しか要らないが、村では毛皮も寒い冬を越すのに重宝するのだ。
 そしてもう一つ。獲物が多ければ、食神への捧げ物にしようと話していた件もある。
 カリッサさんに聞いたのだけれど、なんでも食神に食糧を捧げ物として届けるには他者に振る舞うのが作法らしい。
 神への捧げ物は祭壇に置くのが普通だと思うのだけど、
「そんな事をしても食べ物が悪くなるだけで誰も喜びやしないだろう?」
 と言われた。美味しい物を皆で食べ、喜び、感謝する事が、食神への捧げ物となるのだと。
 割と好きな考え方ではある。
 なので最初に解体した一頭、カリッサさんが真っ先に真っ二つにしたあの個体は、村の中央に運ばれて調理を施されてる最中だ。
 焼き上がり次第、宴が開始されるだろう。村から脅威が去った事を祝う宴が。
 本来ならばこうした宴は夜に行う物なのだろうけど、僕とカリッサさんは今日中にはこの村を発つ予定だった。
 12頭分の毛皮を剥ぎ、内臓を抜いて処理し、肉を部位ごとに切り分ける。
 そして8頭分の肉を荷馬車に積み込み、しかも更に3頭分の肉は村の倉庫まで運ぶ。
 肉や毛皮を運ぶ事は流石に村人達も手伝ってくれたが、それ以外は全て僕がやるしかない。
 下手に慣れない人間が手を出すと、肉や毛皮の質が下がるから。
 ヨルムも流石にその頃には起きて来て、解体に励む僕を励ましてくれるけど、蛇に手は無いのでヨルムの手は借りれないのだ。
 全ての作業が終わる頃には、村の広場は既に宴で盛り上がっていた。
 朝早くから動いたせいもあるだろう。漂って来る肉の焼ける匂いに、ぐぅとお腹が音を鳴らして自己主張をする。
 でもまだ食べに行く訳には行かない。
 だって僕は解体作業のせいで血塗れなのだ。そんな恰好で村人に混ざって食事をするのは、折角楽しむ彼等の邪魔になるだろう。
 貸し与えられていた空き家に戻り、水を被って、或いは布で拭って血を落とし、新しい着替えに袖を通す。

 血の汚れを落として気持ちは随分とさっぱりしたが、空腹はさらに進行している。
 ヨルムも焼けた肉の匂いに興奮して、ぺチぺチと僕の腕を尻尾で叩く。
 宴への参加は少し遅れてしまったが、流石に未だ食いつくされては居ないと筈だ。
 何せあのアタックボアは随分とサイズの大きな個体だった。もしかしたら大人3人分位の重さがあったかも知れない。
 空き家を出て村の広場へ向かう途中、僕を見付けた一人の男性が、笑顔を浮かべながら近付いて来た。
「ああ、見つけた。一番良い所を少し貰っておいたんだ。お腹が空いてるんだろう? さあ、食べて」
 そう言いながら差し出された皿には、未だ充分に熱を持った、串に刺して焼いた猪肉が乗っている。
 肉を目にした瞬間、口の中に唾液が溢れて、思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。
 恥ずかしさに思わず口を抑えたが、男性はより笑顔を深くして、皿を僕に差し出してくれた。
 皿の上の串を手に取り、肉に齧り付く。美味い。程良い塩気と優しい脂の甘み、溢れだす肉汁。
 噛む事すらもどかしく、肉を飲み下せば、空腹だった胃袋に熱が広がる。
 いやいやおかしい。アタックボアってこんなに旨かっただろうか。
 以前に一度だけ食べた時は、普通の猪とそんなに違いを感じなかったのだけれども。
 如何に空腹とは言え、カリッサさんが料理上手であっても、少しばかり美味過ぎた。
 僕の様子に自分にも寄越せとヨルムが尻尾でしきりに腕を叩いて来るので、けれどもそこでハッとする。
 ヨルム、何で知らない人の前で出て来てるの?
 それにこれ串焼き肉なんだけど、どうやってヨルムに食べさせようか。
 そんな風に考えた時だった。
「ああ、そうか。じゃあ君にはこれでどうだろう?」
 そう言いながら差し出されたもう一皿。
 其処には切り分けられた焼いた猪肉と、小さなフォークが乗っている。
 礼を言い、皿を受け取りはしたけれど、僕の頭は疑問で一杯だった。
 でもそんな疑問を口にするよりも、先ずは食べて、そしてヨルムにも食べさせなきゃならない。
 目の前の男性の持つ雰囲気のせいだろうか、そんな風に思う。
「ありがとう。じゃあ、またね」
 皿を受け取った僕にそう言って、男性は村の広場に向かって歩き去って行く。
 不思議な雰囲気を持つ男性だった。
 疑問はまだ頭の中を渦巻いて、でもその人を呼び留めるのはとても悪い事な気もして、僕はただ黙って見送る。
 ……取り敢えず、肉が冷める前に食べてしまおう。いい加減ヨルムに叩かれる腕が痛い。


 結局その日、その男性にもう一度会う事は無かった。
 村人の顔は全員見て確かめたと思うのだけど、あの男性は居なかったと思う。
 ……思うと言うのは、僕があの男性の顔をよく覚えていなかったからだ。
 確かに間近で見た筈で、整った綺麗な顔をしてると思って、優しそうな笑顔だった事は印象に残ってるのだけど、若かったのか年寄だったのか、それすらも思いだせない。
 全然知らない人なのだけど何故だかとても、もう一度話したいと思うのに、思い出せない事をもどかしく感じた。
 ライサの町への帰り道、荷台はアタックボアの肉で山積みなので、カリッサさんと並んで御者台に座る。
 帰りの道すがら宴であった不思議な出来事を語ると、カリッサさんは何故だかとても嬉しそうに、そして優しく笑う。
 カリッサさんの笑顔はあの時見た男性の笑顔に何故だか似ていて、何となくストンと、腑に落ちた。
 アレやコレ、確かめるのが野暮な事はきっとある。
 あの人は確かにまたねって言ったから、じゃあもうそれで良いかな。

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