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しおりを挟む目の前で、クレンが握った棒、長めのクォータースタッフの握りを確かめていた。
何でこんな事になってしまったのか。
今から行われようとしてるのは、僕とクレンの模擬戦である。
長いマイレ王国までの商隊の護衛を終え、ライサの町へと帰って来た僕達。
パオロ商会の長であるメルトロさんに帰還の報告をし、かなりの金額を報酬として受け取った僕達は、何時もの宿で打ち上げの宴会を行った。
酒を飲んで料理を食べ、長くなったマイレ王国までの、そして帰りの旅の思い出を語り、終わりを惜しんで無事の帰還を喜ぶ。
とても楽しい時間だったと思う。
ヨルムも久しぶりの宿で嬉しそうに、クーリさんから食事を分けて貰っていた。
クーリさんは本当にヨルムに構うのが好きだ。ヨルムも僕以外だと一番懐いてるんじゃないだろうか。
それにしても、皆旅が終わって気が抜けたのか、結構お酒を飲んでいる。
まあ僕は水で薄めた葡萄酒をチビチビ飲む程度なので酔わないが、クレンが割とハイペースで飲んで酔っていた。
あれ結構高いお酒なのに、あんな状態だと味わからないだろうなあと思いながら見てたら、不意にクレンが旅での心残りを語り出したのだ。
その一つが僕と戦う事だったのである。
旅の間も訓練は一緒にしたが、護衛依頼の最中に怪我をする訳には行かない為、模擬戦は禁止になっていた。
当然と言えば当然なのだが、クレンはそれが心残りだったらしい。
襲って来た魔物を討伐する時もそうだったが、何故かクレンは僕と競いたがるのだ。
本来ならば競うべき相手はカリッサさんやトーゾーさんだと思うのだけど、あの二人は今のクレンが競うのにハードルの高すぎる相手である。
故に僕になるのだろう。しょうがないと言えばしょうがない。
でも正直僕はあまり気乗りがしなかった。何せクレンはトーゾーさんが才能の塊だと評した相手だ。
僕よりもライバル視すべき相手は幾らでもいるとは思うのだけれども。
確かに訓練の感じは僕とクレンの実力は大体釣り合ってると思う。
簡単に負けるとは思わないが、かと言って勝ち筋もそんなには思い浮かばない。
うん、だからこそ負けたら悔しいからあんまり戦いたくなかったのだ。
けれどクレンの心残りを聞いたトーゾーさんが、じゃあ公都に帰る前に一戦すれば良いと言いだしてしまった。
そして僕は上手い言い逃れを思い付かずに、面白がった無責任な観客達の後押しを得て、その場で明後日の模擬戦の予定が決まってしまったのである。
「ユー君、判ってると思うけどリーチは相手の方が上だからね。自分の得意分野に持ち込むんだよ」
無責任な観客1から、僕のセコンドに転身を遂げたのはカリッサさんだ。
カリッサさんが味方をしてくれるであろう事は知ってたけど、でもやっぱり面白がってるよね。
あのリーチに勝とうと思ったら、弓を持って来たら一発なのだけど、駄目だろうなあ。
ちなみに向こうでクレンにアドバイスをしてるのはトーゾーさんである。ちょっとズルくないかな其れ。
しかしトーゾーさんとカリッサさん、どちらが後ろに居てくれて嬉しいかと言えばカリッサさんなので、文句も言えない。
本当は今からでも弓を取り出して強襲してしまいたいが、多分それじゃ誰も納得しないだろう。
離れた場所ではルリスさんとクーリさん、そしてパラクスさんが観戦している。
そう言えばルリスさんとクレンってどうなんだろうか。
旅の間に仲良くなってた気はするけれど、クレンは公都に帰るって言ってたし、少し心配だ。
相性は割と良さそうに思うのだけど……。
でも仲良く見えるので勝手にそうなんじゃないかと思ってるだけで、僕が口を出す事ではない。
ただルリスさんの足だと公都は遠いし、危ないなって思っただけである。
「ユーディッド、今日こそアンタに勝ってやる」
頭上でクルクルと棒を回してから、びしりとその先端を僕に向けて構えるクレン。
まるで僕が毎回クレンに勝ってるみたいな言い方はやめて欲しい。
クレンの仕草に、僕ははじめて彼と出会った時を思い出す。まあありていに言ってあまり良くない出会い方だった。
けれどちゃんと話して見れば割と良い奴で、こんな風に競ったり一緒に依頼をする事になって、縁とは不思議な物である。
自分でも良く判らないけど、何故だか少しやる気が湧いたので、真面目にやろうと思う。
「ヨルム、ちょっとカリッサさんと応援しててくれる?」
服の中のヨルムを呼び、カリッサさんへと手を向ける。僕の腕を這い、同じく差し出されたカリッサさんの手へと移るヨルム。
木剣を握り、盾を持ち、そして短かい木の短剣も一本腰に挿して、僕はクレンと向かい合う。
開始の合図は要らなかった。
互いにやる気で向き合えば、自然に双方が動き出す。お互いに前へと。
少しだけ予想外だ。てっきり待ち構えてリーチを活かした牽制から、どっしりと揺らがない戦い方をすると思ってたのに。
トーゾーさんが何か言ったのだろうか?
でも僕のやる事は変わらない。より前傾姿勢に、速度を増す。初撃を躱して懐へと潜り込む。
そう考えてたのだが、けれどクレンの突撃で勢いを増した突きは想像を遥かに超えた速度で迫り来る。
身を捻って避ける心算が、地面を転がって避ける羽目になってしまった。当然これでは潜り込めない。
そして続く攻撃は振り下ろし。弧を描き、遠心力を乗せた棒の先端が僕に向かって振って来た。
咄嗟に盾で受け止めるも、あまりの威力に左腕を痺れが走る。
非常に良くない状況だ。同じ事をもう一度されたら、次は左腕が持たないだろう。
僕とクレンじゃ、速度は僕が勝っても、膂力はクレンが大分上なのだ。カリッサさんには到底及ばないまでも、クレンは力に恵まれている。
だから、僕は盾を投げ捨てた。クレンに向かって。
投擲とはとても呼べない威力の無さだが、予想外の行動に驚いたクレンは飛んで来た盾を棒で払い落とす。
ほんの少しだが、構えを崩したクレンに隙が生まれる。
その隙を逃さず飛びかかった。
盾を払った棒が今度は僕を払おうと戻って来るが、でも一瞬遅い。
僕は右手の木剣で棒を受け止め、左手で腰から引き抜いた木の短剣をクレンの喉に突き付ける。
此れは一回限りの騙し討ちみたいな物で、僕の実力とは少し言い難いだろう。
左手にはまだ攻撃を受け止めた時の痺れが残ってるし、そもそも逆手で短剣を扱う事は練習し始めたばかりだけれど、
「クレン、僕の勝ちだよ」
この短剣が本物だったら喉を切り裂く事位は出来る。
だからそう、今回ばかりは僕の勝ちだ。
戦っていたのはほんの短い時間でしかない。打ち合いもほんの数合。
でも僕の身体と心は、魔物との戦い以上に疲弊している。やっぱり思った通りにクレンは強かった。
クレンは唇を噛み締めてるけど、悪いがもう暫く彼とは戦いたくは無い。
もし次にやり合うとしたら、クレンはもっと強くなっている筈。
うん、とても嫌だ。嫌だけど、でもきっと何時かはやり合う事にはなるだろう。
だからその時にクレンをがっかりさせない為にも、僕ももっと強くなっておこうと心に決めた。
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