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しおりを挟む久しぶりに訪れたオリガの町に、僕はほんの少し違和感を感じた。
以前に訪れたのは夏季だったからだろうか。人通りが少なく寂しいのもあるけれど、何やら少し気持ち悪い。
ヨルムも少し落ち着かない様子だ。
……と言う事はこの気持ちの悪さは、僕の気のせいじゃなく、何か本当に悪い物がこのオリガの町にあるって事になる。
でも原因不明の違和感に対して考え込んでいても仕方が無かった。
取り敢えずは冒険者ギルドを見に行こう。
件の傭兵3人組を実際にこの目で確認したいし、出来れば彼等の泊まってる宿に僕も部屋を取って置きたい。
そう考えるなら、気は進まないがこの町の盗賊ギルドにも顔を出しておくべきか。
盗賊ギルドの目と耳が借りれるならば、この町の出来事の殆どは把握が出来る。
とは言えまずは冒険者ギルドが優先だ。万一長期の滞在になりそうならば、この町で別の依頼をこなしておく必要だってあるかも知れないのだし。
僕は以前にこの町に来た時の事を思い出し、冒険者ギルドを目指して歩き出す。
けれど訪れた冒険者ギルドでその姿を見た時、僕ははっきりと理解した。
今回の案件は、クルストの話から想像していたのとは大きく内容を異にすると。
努めて直視しないようにする。視線を向ければ気付かれる可能性だってあるかも知れない。
しかし完全に目を離してしまう事も出来なかった。僕はアレをはっきりと敵だと認識してしまっているから。
懐の中で、ヨルムもはっきり敵意を示していた。こんなケースは初めてだ。
ヨルムは今まで他の人間を、警戒した事はあっても、僕や僕の周辺に害を与えなければ敵意を見せたりした事が無い。
だから間違いなく、アレは僕とヨルムの敵である。
其処に居たのは優しそうな笑顔を浮かべた神官だ。
仲間であろう3人の冒険者、件の傭兵達と何かを談笑しているその姿に敵意を抱く人間はきっと少ないだろう。
でもその身には、この町に入った時に感じた気持ち悪さが、色濃くべったりと貼り付いて居た。
アレは悪意どころの騒ぎじゃない。もっと悪質な何かである。
その後、盗賊ギルドのオリガ支部の力を借りて調べた所、あの神官は時折件の傭兵達とチームを組んで依頼をこなしているそうだ。
何でも同じく国外からやって来た冒険者稼業をして居るランク3の神官で、宗派は不明。
本人曰くマイナーな中立神なので聞いてもわからないだろうと言っていたらしい。つまり多分それは嘘だと思う。
例えマイナーな中立神を信仰していようと、神官であるならばその神に誇りを抱いている筈。
故に自分からは語らずとも、問われればどんな神であるかを他者に教える事は厭わない。
聞いてもわからないだろう神であるなら余計にだ。
少なくとも僕が知ってるマイナーな中立神の神官は、信仰を押し付けはしないが、問われて神を隠したりはしない。
あの冒険者ギルドで見た人物が本当に神官であるならば、他者に言えない神に仕えていると思われた。
例を挙げれば、そう、古の時代に封じられた邪神の様な神に。
僕は盗賊ギルドで教えて貰った、3人組の傭兵が泊まっているのと同じ宿に部屋を取る。
けれど傭兵達は兎も角として、あの神官が何処に滞在しているのかは盗賊ギルドも把握をして居なかった。
此れは異常な事だと思う。
あの3人組にはキッチリと注意が貼り付いて居るのに、その対象と何度も依頼を共にしている他国から来た神官の所在は把握してないなんて、片手落ちも良い所だ。
教えられたプロフィールもこの町の冒険者ギルドに登録された物を、そのまま持って来ただけに過ぎない。
要するに盗賊ギルドはあの神官に対してまるでノーマークだったと言う事。
オリガの盗賊ギルドのメンバーは、まるで僕に指摘されて初めてその事実に気付いたかの様で、大慌てで近日中には調べると確約してくれた。
何だろう、とても危うい、嫌な予感がする。
僕の知る盗賊ギルドは、こんな形で間抜けなヘマをする組織じゃない。だからあの神官に対してノーマークだったのには理由がある筈だ。
オリガの盗賊ギルドが実は敵側である可能性は、今回は低いと思う。
もしオリガの盗賊ギルドが向こう側なら、そもそもライサから僕が派遣された理由が無い。情報を伏せて町から出さなければ良いだけである。
だとすれば、何だろう。
ん、認識の阻害?
……あの神官を怪しめない様に、そもそも認識が阻害されていたって事だろうか。
あの嫌な雰囲気が僕とヨルムにしか見えてないなら、アレが認識を阻害する働きをしていた可能性はある。
ヨルムの目を借りれるからこそ、僕にはあの神官に注視出来たのだと思う。
なら同じ雰囲気のするオリガの町全体にも何かあるのかも知れない。
でも不思議だ。何故僕はそんな風に考えれる?
正直僕は魔術や魔法等の神秘の類に詳しくはないのだ。他人からの認識を阻害する方法があるなんて、パラクスさんなら兎も角僕の頭じゃ思い付かない筈である。
だとすればそんな難しい情報を僕に伝えられるのは、この場所には一匹しかいない。
「ヨルム?」
名を呼び視線を下げ、ベッドの上で蜷局を巻くヨルムを見る。
目が合えば、ヨルムからは肯定の意思が伝わって来た。認識の阻害と囁いたのは自分であると。
ヨルムが感情以上の、自分の『言葉』をはっきり伝えて来るのは珍しい。つまりそれだけ拙い事態と言う事なのだろう。
正直に言えば、行き成りあんな風に囁かれると自分の思考と混じるからスッキリとしないし、喋る心算があるならもっと普段から僕とお喋りして欲しいのだ。
けれど多分、今はそんな僕の我儘を言ってる余裕は無い。
ヨルムは少し迷うかの様に頭を左右に揺らしていたが、『惑わす者』『堕ちた存在の信徒』『巣穴に戻れ』と3つの言葉を伝えて来た。
うん、判り難いよ。
……惑わす邪神の神官か。何が居ただろうか。
僕は森の女神様を信仰してるが、然程熱心な信者では無かった。
獲物を狩れた時の感謝は忘れやしないけど、常日頃から神の存在を意識してる訳じゃ無い。
けれどそんな僕でも、神話の物語位は知っている。
惑わすって言葉で思い当たる存在は、惑乱と犠牲の邪神。
母の心を惑わせ、子を生贄に捧げさせる。一族を守るべき長の心を惑わせ、我欲の為に一族を犠牲にさせる。
そう言った事を好む、邪神の中でも一等性質の悪い存在。
古代の人々を惑わし、互いに殺し合わせ、その犠牲者達の力を喰らおうとして堕ちた神だ。
惑乱と犠牲の邪神は、其れを信仰する神官さえもが飛び切りに厄介な相手だった。
とても拙い。動き方を第一歩目から間違えてしまった気がする。
仮に盗賊ギルドの調査員が己を調べてる事にあの神官が気付けば、調査員を補足すれば、その惑わしが盗賊ギルドにまで伸びるかも知れない。
そうなれば僕の存在も相手側に伝わるだろう。危険視するかどうかは兎も角。
「ヨルム、ありがとう。ちょっと拙いね。でも今ライサに戻ったら、後でもっと酷い事になる。だから3つ目は飲めないよ」
この問題が厄介なのは、あの神官の動きの裏に、更にアイアス公国が絡んで居る事だ。
最悪の場合、オリガの町全体が惑わされて、アイアス公国の軍を招き入れる可能性が高い。
いや最悪の場合と言うか、多分最終的にはそれが目的で間違いないと思う。
どちらが上なのか、惑乱と犠牲の邪神の教えにアイアス公国の一部が染まってしまっているのか、それとも利用しているだけか、其れに関してはわからないけれども。
僕だけじゃどうにもならない。手助けは絶対に必要だった。
この惑わしを何とかするには、神聖魔法の奇跡が必須の筈だから。
明日調べる心算だが、この町の教会は既に全滅させられてるだろうと思う。
この町を覆う雰囲気が邪神の神官による奇跡に依る物なら、真っ当な神官達が気付かない筈が無い。
故に多分真っ先に教会の人達は皆殺しにされた。
下手人はあの傭兵達で、隠蔽はあの邪神の神官が惑わしの力で行ったんだろう。
だったら盗賊ギルドが把握していた傭兵達の実力も間違いだ。数も本当に3人だけかどうか怪しい。
何もかもが信じられない状況だ。
だからこそ動かなきゃならない。ヨルムのお蔭だけど、この状況で正確な情報を集めれるのは多分僕とヨルムしかいないから。
その人が惑わされてるかどうかは、ヨルムの目を借りて見れば判別出来る。
僕は下手な字だけど、手紙を2通書き始めた。
盗賊ギルドが惑わされてなければ、彼等に届けて貰えるのだが、そうで無いなら確実な配達手段を見付けねばならない。
1通はクルストへの報告書。町の状況、与えられた情報が何一つ信用出来なくなってる事、相手側の最終的な目的の推察等。
そしてもう1通は仲間達へ。僕の今の状況と、盗賊ギルドが僕の報告で動くかどうかは不明なので助けて欲しい事。あと謝罪。
特に大事なのは謝罪だ。だってちょっと訓練に行って来るって言って出て来ちゃったんだもの。
絶対怒られる。訓練ってのは嘘じゃない。この依頼が終わったら、盗賊ギルドで錠前や罠に関しての訓練を受ける予定だったのだ。
でも怖いなあ。カリッサさん怒るだろうな。僕もクレンみたいにグーで殴られて白目を剥く事になるんだろうか。
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