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しおりを挟む僕が冒険者ギルドに飛び込んだのは、依頼を受ける為じゃない。
いや勿論そのうち依頼も受けたいので、依頼書は出来れば見て置きたいけど、でも今回は違う。
寧ろ逆に、僕が依頼を出す側である。
依頼内容は勿論『求:この都市内の案内が出来る人』だ。
正直本気で困って居るので、宿舎にちゃんと帰れるなら多少の金銭は惜しくは無かった。
しかし宿舎に帰りたいから案内が欲しいと言う内容だと、流石に雑用依頼としてもあまりに短時間で終わり過ぎ、報酬も微々たる物になる。
多分それを受けようと言う冒険者は少ないだろう。後、無駄に侮られる事になりかねない。
僕が侮られるだけなら良いけど、チーム全体が侮られるのは少し嫌だ。気持ちの上でも、トラブルが起きた際のトーゾーさんによる流血被害を考えた上でも。
それならついでにもっと都市を色々案内して貰って、ちゃんとした雑用依頼としての体裁を整えてしまおうと言うのが僕の考えである。
ちなみに依頼にしないで、通行人に道を聞くのは論外だ。
この都市にやって来たばかりの、それなりに良い装備を身に着けた金を持ってそうな田舎者に道を尋ねられた相手が発揮するのが善意か悪意か、僕はそこで賭けをする気にはならない。
その点、冒険者ギルドを通しての依頼なら、最悪でも強盗に早変わりする事だけは無いだろう。
受付へと行き、けれど言葉に迷って少し悩む。
そう言えば僕は、依頼を受けた経験は何度もあるが、逆に依頼した事ってなかった。
「トルネアス国冒険者ギルド本部へようこそ。私は受付のセレネラと申します。本日はどのような御用件でしょうか?」
そう言い、微笑む受付嬢。凄い。若そうなのに凄くまともな受付嬢だ。
丁寧ではあるが定型の、なのにどこか暖か味を感じる受付嬢、セレネラさんの言葉に僕は意を決して口を開く。
名前と冒険者ランク、そしてこのトルネアスにやって来たばかりなので町の案内人が欲しい旨を告げ、次に報酬の事も相談する。
ライサの町の案内は正直大した金額にはならない雑用依頼だが、この都市の規模で案内を頼んだ場合は報酬を如何程にして良いのか、少し悩む。
一応相場の3割増し程度には支払う心算があると伝えると、セレネラさんはカウンターの向こうで僅かに悩む様子を見せた。
そんなに変な依頼内容だっただろうかと、僕が内心首を捻ると、セレネラさんは僕に向き直って口を開く。
「その雑用依頼の受理に関して、ユーディッド様に少しお願いしたい事が……」
……あら?
冒険者ギルドの受付嬢、セレネラさん曰く、3割増しどころか2割引きでも構わないのでその依頼を指名依頼として欲しい冒険者が居るそうだ。
何でも此処トルネアスで雑用依頼を中心にこなす冒険者で、少し癖はあるが熱心に仕事をこなすので依頼主からの評判も良かったのだが、けれど最近少しトラブルを抱える事になったらしい。
僕はトラブルを避ける為に態々割増しで報酬を払って案内を頼もうとしてるのに、何故トラブル付きの物件を勧めるのだろう……。
そこまで聞いただけで、一瞬『否』が頭を過ぎるが、けれどその考えは一旦横に置いておく。
話を最後まで聞いてからでも遅くないと考えた理由を2つ程見つけたから。
1つ目の理由は、僕の印象ではこのセレネラさんはまともな受付嬢の筈なのだ。
なのにこんな提案をしてくると言う事は、件の冒険者は余程親身になりたいと思える相手なのだろうと言う事。
そして2つ目の理由は、雑用依頼を中心にこなす冒険者と言う言葉に、1年程前までの自分を思い返したから。
セレネラさんの話を最後まで聞いて、僕は頷く。
何だろう、少し溜息が出そうになった。
「じゃあその冒険者の人にお願いします。でも報酬は最初に言った通りに払いますよ。だってそんな下らない理由で、仕事に正当な評価が下らないって馬鹿馬鹿しいじゃないですか」
その冒険者が巻き込まれてるトラブルと言うのが、本当に良くある下らない話だったから。
国は変われどその辺りの事情は似た様な物なのか。
暫し待つように言われたので待合に座っていると、セレネラさんが1人の少女を連れて来た。
年の頃は16~7だろうか。もうすぐ少女とは呼べなくなり、女性と呼称されるであろう辺り。
肩程まである桃色の髪が特徴的で、ローブを着て手に杖を持っている。
……えっ、魔術師?
少し、驚く。魔術師は魔力を操る才を先天的に持っていないとなれないので、割と希少なのだ。
雑用依頼を中心にこなす冒険者としか聞かされて居なかったから、そんな希少な才の持ち主だとは思わなかった。
しかも、彼女から僅かに漂う薬品の匂い。
「この匂い、薬師? いや、錬金術師かな……」
思わず呟く。驚いたように目を見開いたので、多分正解だろうか。
この匂いは僕の様に偶に調薬の手伝いをする程度では染み付かない、所謂本物の証だ。
ローブの材質や身のこなしから見る限り、駆け出しであるのは本当の様だが、多彩な才を持った人物である事は間違いない。
「始めまして少年君。私はアーチェットです。よろしくね。ところでそのマント中位以上の、多分虎の魔獣の毛皮だよね! 少し見て良い?」
握手にと差し出した右手を両手でわしっと握りしめ、懇願してくるアーチェットさん。
成る程、そう言えば確かに少し癖あるって言ってたなあ。好奇心旺盛な職人、或いは学者タイプか。
パラクスさんに引き合わせたら凄い反応が起こりそうだ。
「良いですよって言いたいけど、どう見ても少しで済まずに長くなりそうだから今はダメです。都市の案内終わってからなら良いですよ」
僕の言葉にアーチェットさんが僅かに頬を膨らまし、けれどもすぐさま笑顔で頷く。
その時だった。
「おいおいアーチェット。パーティメンバーの俺等に断りもなしに依頼だなんて随分薄情じゃねえか」
横合いからニヤニヤと2人組の男が近付いて来た。
思ったより早い登場の、セレネラさんから聞いていたトラブル達である。
セレネラさんから聞いていた、アーチェットさんの抱えるトラブルと言うは、以前にルリスさんとクーリさんにも起こったのと同じ物。
下心丸出しでチームに誘って来たので、身の危険を感じて断ったら、それ以降強引な勧誘と嫌がらせを受ける様になってしまったって奴だ。
「私は貴方達なんかと組んだ覚えはありません! 行こう、少年君」
アーチェットさんは少し蒼褪めた顔で僕を急かす。セレネラさんにちらりを視線をやれば、彼女は困った様に、申し訳なさそうに頷いた。
成程、この調子で何度も依頼の邪魔をしているのだろう。
でも此れだけ悪質な行為を、しかも堂々とギルドの建物内で行ったなら、ギルドから何らかの御咎めがあってもおかしくは無いのだが……。
セレネラさんは親身に助けたがってるみたいなのに、少し不思議だった。
「おい待てよアーチェット!」
男の手がアーチェットさんに伸びたので、取り敢えず掴む。
この男達も少し可笑しい。駆け出しの仕事の邪魔をしてる暇な冒険者と聞いたので、キャリアだけ長い格下を想像していたのだけど、2人とも中級に少し届かない程度の実力はありそうだ。
うーん、格下でもそこそこ強いのが武を重んじる国なのだろうか。
「お、おい!? 離せこの餓鬼!!」
男は慌てて振り解こうとして来たので、少し抵抗してから相手が全力を出そうとした所で離す。
僕もあんまり他人の腕を掴んで力比べをする趣味は無いのだ。
急に抵抗が無くなり行き場を失った自身の全力により転びそうになった男は、しかし隣にいた仲間に支えられて難を逃れた。
転びそうになった男は一瞬武器に手を伸ばすが、その動きも仲間によって止められる。
とても惜しい。抜いてくれれば抜剣を理由にギルドか守衛に突き出して終わりに出来たのに。
男達は何事か吐き捨てながら背中を向けて去って行く。
彼等が掛かって来ないなら、僕にはこれ以上この問題に首を突っ込む理由が無くなってしまった。
出来れば何とかしてあげてしまいたかったのだが、例えあの男達を排除した所で、アーチェットさんが自身で対処出来ないのなら再び起こりうる問題だ。
たまさかこの国を訪れただけの僕が、その都度何度も助けれる訳では無い。
セレネラさんに視線を送れば、彼女は1つ頷いた。何とか動いてくれる心算なら、後は信じて任せよう。
もう僕に出来るのは、アーチェットさんに仕事をして貰って、ちゃんと報酬を払う事だけだ。
「ありがとう。変な事に巻き込んでごめんね。でももしかして、少年君って強い?」
礼と謝罪に続いたアーチェットさんの言葉に、僕は少し首を傾げる。
頷いてしまいたい気持ちは確かにあるが、でもその時僕の脳裏に過ぎったのは仲間達の顔。
彼等を思いだしてしまったなら、自分が強いなんて到底言えない。
「……ふ、普通くらいかな。それよりそろそろ案内をお願いします」
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