少年と白蛇

らる鳥

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 午前中に行われた武器部門の準決勝以降、トルネアス国の首都であるこの都市は、大きな混乱に包まれていた。
 初参加の異邦人の剣士が、自国の誇りである五将の1人を、ほんの一瞬で打ち負かして見せたからである。
 其れに対するトルネアスの民衆の反応は様々で、純粋にトーゾーさんの武に感嘆する者、何かズルをした筈だと声高に叫ぶ者、剣聖の勝利を武の神に祈る者等様々だ。
 ちなみに武神は魔の神の一柱になるが、この国では中立神に匹敵する位、信仰する人が多い。
 闘技場で癒しの奇跡を施してくれてる神官も、武神を奉ずる神官が過半数を占めると聞いた。
 何でも武神は戦神が大嫌いで、魔の陣営に加わったのだとか。
 まあ神様の事はさて置き、色んな意見はあるけれど、明日の決勝の注目度が今までにない程高まっているのは確かなようだ。
 其れは良い事だと思う。トーゾーさんの活躍が皆に注目されるのは、少し誇らしくすらある。
 けれど武器部門の準決勝以降、急に貼り付く様になった監視の目がとても鬱陶しい。
 僕は今市場に食材の買い出しに出て来ているのだが、警戒範囲内でチラチラと此方を監視する人が何人も引っ掛かるのだ。
 多分トーゾーさんを含めた僕達が、どこかの国から派遣された人間じゃないかと疑っているのだろう。
 同じ様に感知に引っ掛かる人達が鬱陶しいらしく、落ち着きのない様子のヨルムを服の上から撫でる。
 正直あんな風に監視される位なら、隣から見られてた方が一々反応しないで良い分マシだった。
 ただずっと監視されてるなら、万一迷子になっても道を聞けそうだから、そこは少しだけ安心だ。
 この国に来てから10日程が過ぎ、大分慣れては来たので市場で買い物位は出来るようにはなったけれど、やっぱり人も多いし道も多くて複雑なので、うっかり一本道を間違えるとまるで知らない場所に出てしまう。
 森だとあまり迷わないのに、都会は何でこんなに判り難いんだろうか。

「おじさん、その鶏肉1羽分下さい。そっちの肉は何です? え、キラーラビット? あ、じゃあそれも下さい。買います」
 頼まれていた夕食のメインになる家畜の鳥の肉と、個人的に干し肉を作る為の魔獣肉を購入して袋に詰める。
 野菜も買ったし、水や塩はまだ十分に貯蔵があった筈。
 後は何が必要だったかな。この市場も、ライサの町じゃ見かけないような品を色々と売ってて、見てるだけで面白い。
 目移りしながら歩いて居ると、不意に小さな影が僕に向かってぶつかって来た。
 ぶつかった瞬間に、懐に伸びて来た手をぺシリと叩き落とす。
 最近はあまり狙われなかったけど、久しぶりのスリである。市場でキョロキョロし過ぎてたので、どうやらカモだと思われたのだろう。
 スリ師は、少し薄汚れた10歳位の少年だ。
 彼は叩き落とされた手を茫然と見つめ、僕に視線を移すと舌打ちを1つして逃走に移った。
 あー、どうしよう。此れは少し拙いかも知れない。
 僕は思わず服の上からヨルムを撫でながら、溜息を1つ吐く。
 別に僕は何も盗られてやしないけど、遠くから此方を監視していた人達には今のやり取りは詳しくは見えて居ない筈だ。
 そして監視の人達が僕等の何を疑って探ってるのかは知らないが、さっきの子は下手をしたら、スリを装った連絡員にも見えてしまうだろう。
 注意深く気配を探ると、案の定監視の数が1人減ってる。
 小さな少年とは言え、スリを行おうとしたのだから自業自得と言えば自業自得だ。
 でも普段なら穏便に済ます程度の事なのに、勝手についた監視があの子を捕まえて調べ上げると言うのは、一寸どうにもスッキリしない。
 一度気になってしまったら、そのまま放置するのはとても気分が悪かった。
 何より未だ子供だったし。
 取り敢えず、動こう。どうなるかはわからないけど、何もしないよりはきっと良い。
 道の傍らで、木箱を台にして乗っかった男が、トーゾーさんの事をロイド帝国からの刺客に違いないとか叫んでる。
 そんな筈がある訳ないのに、人は信じたい物を信じ込む。
 勿論そうじゃない人も大勢いるのだろうけども、取り敢えず穏便に済むと良いな。


 路地裏に追い詰められたさっきのスリの少年が、諜報員と思わしき男に短刀を突き付けられており、僕はそこに割って入る。
 ……何て事が出来れば格好良いのかも知れないが、正直道の良くわからないこの都市で逃げる地元民やら諜報員やらに追い付ける筈が無い。
 なので僕が取り得る手段は、未だに僕を見はる監視の人達への接触だった。
「つまりさっきの少年は単なるスリなので、君とは関係が無いから見逃してやれと、そう言うのかね?」
 監視対象である筈の僕にまっすぐやって来られて、要求を突き付けられた諜報員は憮然とした表情で問う。
 酷くプライドを傷つけてしまっているのだろうけど、他に手段が思い浮かばなかったのだから仕方ない。
 頷く僕に、諜報員は大きな溜息を吐いた。
「それを君はどうやって証明するのかな? 仲間を庇おうとしているだけにも聞こえるな。そもそも無関係のスリなら放っておけば良いだろう」
 その言葉に、僕は少し首を捻る。
 別に今更スリを放っておくかおかないかで悩んだ訳じゃ無い。
 単にどう言えば少しでもこの相手を傷付けずに、或いは挑発的にならない様に僕の意図を伝えれるか、言葉に迷ったのだ。
「えっと仕事だから仕方ないと思うんですけど、ずっと隠れた人達が周囲をちょろちょろしてて、それに気を取られて避けそこなったスリだから、普段なら何の問題も無く避けれたのに、酷い目に合ってたら気分が悪いなって」
 言ってから相手の顔を見て気づいたけれど、迷った割りに全然言葉を選べていなかった。
 より渋面になった相手に、僕は慌ててバタバタと手を振る。
「いえ、ほら、僕狩人をしてますから、下手に隠れられた方が気になるんです。スリの子が上手だったとかじゃ無くて、子供だったから可哀想かなって」
 言えば言う程に墓穴を掘ってる気がして仕方ない。
 実際別に諜報員達の腕は悪くは無いのだ。森の中なら兎も角、町で彼等を撒く事は出来ないだろう。
 逃げ切れずに迷子になるだけなのは見えて居た。
 しかし、ではどうすればあのスリの子が無関係だと証明出来るだろうか。
 僕は1度大きく呼吸をしてから、改めて首を捻って考える。
「じゃあ無関係を証明する為にも少し一緒に行動しませんか。もう少し買い物したら帰る心算ですけど、あ、どうせなら夕食一緒にいかがです?」
 目の前の諜報員は、僕の言葉にもう一度大きな溜息を吐いた。
 ダメ、だったのだろうか。大分頑張った心算だったのだけど。
 言葉は本当に難しい。僕は話術はあまり得意じゃないのだ。
「いや、もう良い。うん、わかった。じゃあ証明の為に少し同行させて貰おう。何を買う心算なのかね? この国の市場は何でもあるぞ。案内位はしてやろう。ただし後で幾つか質問させてくれ」
 目の前の諜報員が手招きをすると、離れた場所で見て居たもう1人の諜報員が寄って来る。
 良かった。どうやら良い人だったようだ。
 僕と話をしていた諜報員は、後から来た人に後を追いかけ、拘束していた場合は解放する様にとの指示を出した。
 もしかして隊長だか班長だか偉い人なんだろうか。
 不意に思いつく。自分用に買って居たキラーラビットを渡す。
「あ、すいません。折角だから、これ、スリの子に渡して貰えますか? 巻き込んでごめんって」

 買い物に付き合ってくれた諜報員、ワイダリさんは、話して見ればとても良い人だった。
 食事も一緒にして、その後に幾つかの質問も受けたが、実際にはその頃にはもう殆ど疑われてなかったと思う。
 何故この国に来たのか、どこかの国に仕えているか、何故滞在場所がパオム商会の宿舎なのか、等々。
 結構込み入った話になったが、パラクスさんが全部話して良いと言ったので、正直に全部をぶちまけた。
 アイアス公国と邪神の神官の事は言ったら拙い気はしたのだけど、パラクスさん曰く『1冒険者の証言程度であの事件が表沙汰になる事は無い』のだそうだ。
 この国の豪商の話にもなったけど、アーチェットさんはやっぱり国を出た方が良いらしい。
 例え国で保護したとしても、自由が大きく制限される事には変わりは無いだろうと言われてしまう。
 暫く話した後、ワイダリさんは食事の御礼を言って帰って行った。
 僕等はトルネアスに悪意はない。そして仕える気も無いと。
 その言葉を、ワイダリさんは信じてくれて、国にも伝えるとの事。
 まあ明日の決勝戦が終われば全ては解決するだろう。明日がとても楽しみである。
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