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しおりを挟む月が煌々と輝く夜に、僕は高い丘の上に伏せって居た。
風流に月見を楽しんでる訳じゃ、勿論ない。
冬を抜けたばかりで夜の空気はとても冷たいが、今日ばかりは寒さに弱いヨルムもちゃんと起きてる。
寧ろ闘志に満ちてる度合いならば、僕よりもヨルムの方が上だろう。
……ちょっと入れ込み過ぎな程だ。僕は宥める様に、ヨルムの身体をポンポンと叩く。
今の僕等は獲物を待ち伏せてる状態なのだから、『最終的には相手に気付かれる必要がある』とはいえ、気を鎮めて気配を殺さなきゃならない。
その時匂いがした。とても濃い、死の匂いだ。
それは丘の下の街道、その遥か向こうから漂って来る。
つまり遂に、奴等が来た。
夜の闇よりも濃く淀んで暗い瘴気を纏って、街道を『行軍』して来る死者の群れ。
僕は死臭を、瘴気を、吸い込み過ぎない様に口覆いを顔に巻く。
月光に照らし出された死者達は、街道を埋め尽くして整然と行軍している。
報告にあった一万を超えると思われるってのも、あながち大袈裟では無いかも知れない。
そしてこの光景で何より異常なのは、アンデッドの中でも下級であるゾンビ達が整然と並んで行軍していると言う事だろう。
そう、行軍なのだ。
奴等こそが、アイアス公国からのミステンへの侵攻軍である。
正直に言えば、今から行うことに対しての恐怖が全く無い訳じゃ無い。
でも此処で僕がやらなきゃ、多くの犠牲が出ると思う。
顔の横まで身体を這いあがって来たヨルムが、叱咤する様に僕の耳を軽く噛む。
「ありがとうヨルム。大丈夫。わかってる。そろそろ、やろうか」
僕は一度だけヨルムを撫でると、弓を取り出す。
その時、アイアスとの国境付近にある砦には、40の兵士と30の騎士がつめていたらしい。
この数はミステンが抱える兵数のおよそ1/3にあたり、例えアイアスが全軍を率いて攻めて来たとしても砦に籠れば充分に食い止められると判断された戦力である。
守備隊が砦に籠って持ち堪える間に公都は援軍を編成し、砦攻めで疲弊したアイアス軍を打ち破る心算だったのだろう。
けれど砦に攻め寄せたのはアイアスの正規兵では無く、ゾンビと化した無数のアイアスの民だった。
初めは万に近いゾンビの群れを見ても、砦の守備隊は驚きこそすれ然程恐れはしなかったそうだ。
何故ならゾンビは幾ら数が多くても防壁に対して無力な存在だからである。
もう少し正しく言うならば、協力して砦攻めを行えるような知恵、或いは意思が存在しない。
例えば敵を襲う時に邪魔な同種が自分の前に居たならば、前の同種を押し倒したり、もしくは前の同種にもつれて地面に転んだりするのがゾンビなのだ。
数が集まったとしても、その数のせいで獲物への視界が防がれたなら、その獲物の事を忘れて別の方向に向かってうろつき出したりもする。
ミステンの兵は魔物と戦い慣れており、練度も高い。当然低位のアンデッド、ゾンビに対する知識も有していた。
だからこそ常軌を逸した数のゾンビを見てもパニックにならず、怖れる事も無かったのだろう。
しかし砦の守備隊長は即座に今回攻めて来たゾンビの脅威を見抜き、時間稼ぎと情報分析、そして撤退を前提とした戦いを行う事を部下に告げた。
ゾンビ如きにと反論した部下に対し守備隊長は首を横に振る。
「ゾンビは行軍しない。此れだけの数で群れたりしない。指揮者が居る筈だ。だとしたら到底この数は防げん。交戦して敵軍の情報を集めたら囲まれる前にオリガまで下がるぞ!」
砦、守備隊にとっての持ち場の放棄に関しては賛否がわかれる所だろうけど、僕個人としてはこの守備隊長の判断こそがオリガを、そしてミステンを救ったと思う。
貴重な兵士を無駄に減らさず、何より敵軍の情報を持ち帰ってくれたからこそ、対処の初動が間に合ったのだ。
アイアス軍のゾンビ達は砦の占拠後、オリガの町を目指しかけたが朝日が昇った事でその動きを止めたらしい。
オリガの町からの救援要請が早馬でライサに届き、僕は冒険者ギルドからの緊急招集を受けた。
緊急招集とは、大規模な魔物災害等により、急ぎの対処を行わねば多数の人の犠牲が予測される場合にのみ行われる例外措置だ。
招集後のギルドからの要請を受けるか断るかは兎も角、招集には応じる義務が冒険者には生じる。
冒険者ギルドという組織の理念的に、単なる戦争への参加要請なんかには使われる性質の物では無い。
つまり今回のアイアス公国からの侵攻は、単なる戦争の枠を超えて大規模な魔物災害に匹敵する害悪であると冒険者ギルドが判断したと言う事だろう。
招集を受けて集まったのは僕以外にもカリッサさん、トーゾーさん、パラクスさん、つまりは何時ものチームのメンバーに、ライサの町ではTOPのチームとされるガジルさん率いるメンバーも呼ばれていた。
ガジルさんのチームは、熟練の戦士であるガジルさんに、意地悪な盗賊のジギさん、軽戦士にして精霊使いの犬獣人、大地の女神の女神官といった構成だ。
そしてギルドマスターから直接今回の事情を話された僕達への要請は、死者の群れ、アイアス軍を統率するアンデッドナイトの討伐依頼だった。
ヨルムの力を借り、敵軍を見る。
人の目には単なる澱みにしか見えない瘴気が、ヨルムの目でならはっきりと濃淡、大きさが見て取れるのだ。
そしてその瘴気の一番大きな場所に、ソイツは居た。
生気を感じさせない大きな馬に跨った、赤く光る眼の黒騎士。間違いなくアンデッドホースにアンデッドナイトだろう。
悍ましいほどの瘴気を纏って、群れの中を行く姿は確かに統率者を思わせる。
でもパラクスさんの分析によると、アンデッドナイト一体で万に迫る、広範囲に広がったゾンビの統率は不可能の筈。
恐らくは数十、或いは数百の群れを纏める中間管理のリーダー格がおり、そのリーダー格をアンデッドナイトが統率している可能性が高いとの事だった。
良く目を凝らせば、確かにポツポツと大きな力を感じさせる人と変わらぬ姿の、武器防具を纏ったアンデッドが居る。
……僕はあまりアンデッドの種類に詳しい訳じゃ無いけれど、多分ワイトだと思う。
ゾンビは判断能力が皆無に近しい状態になること以外にも、生前に比べて動きは鈍い。
その代わりといっては何だが、人が無意識に自分の身体を壊さぬ様に発揮できない力を、自らの破壊を厭わずフルに発揮する。まあつまりは力が強いのだ。
更にはアンデッドのほぼ全てに言える事だが、既に死んでるので多少切ろうが突こうが、既に止まってる生命活動には影響がない。
物理的に動くのが不可能になる位に大きく損傷させなければ、その動きは止められないのである。
ワイトも力の強さとタフさに関してはゾンビと然程変わらないが、動きの低下が無く、何より生前の技能をほぼ劣化させずに使いこなす厄介な存在だ。
当たり前の話だが、そんなアンデッド達がひしめく中にただ突っ込んでアンデッドナイトを倒そうとしても、揃って全滅するのは間違いが無い。
なので色々と手段を講じねばならないのだが、僕に与えられた役割は目と囮であった。
基本的に僕の持つ攻撃手段は、大きく損傷を与えねば止められないアンデッドに対して効果が薄い物ばかりである。
矢でアンデッドを倒すのは、まあ今の弓の威力ならゾンビ位はどうとでもなるが、それ以上の存在に対しては少し厳しい。
けれど集まった面子の中で目の性能は1、2を争う。……まあヨルムの目を借りたらぶっちぎりだろうけど。
なので全体の作戦を考えたパラクスさんが僕に期待した役割は、アンデッドナイトの位置の特定、其方に派手な攻撃を仕掛けて他の場所に伏せてる仲間達に位置を知らせ、尚且つ敵の一部を自分に引き付けて逃げる事だった。
しかしその僕に与えられた役割に反対したのが、ガジルさんと率いるメンバーの面々。
何でも僕の危険度が大き過ぎ、犠牲になる事が前提の、使い捨てにする作戦に思えたらしい。
逆に僕のチームのメンバーは、誰も僕の心配はしてなかった。
それ位は、僕ならできて当然だと思われているのだろう。そもそもパラクスさんは出来ない事を無理に押し付ける作戦を立てる人では無いのだし。
精霊使いの犬獣人を同行させると言い出したガジルさん達に、単独の方が逃げ易いと僕は首を横に振る。
正確に言えば、他の人が居るといざって時にヨルムの力を借り難いのだ。
それに万一大量のアンデッドに囲まれてしまえば、精霊使いが1人傍らに居てくれた所で結果は何にも変わらない。
「わかった。出来るんだな? 信じよう。死ぬんじゃないぞ。ユーディッド」
譲らぬ僕に、最終的にガジルさんはそう言って折れた。小僧じゃ無く、僕の名前を呼んで。
ヨルムって保険に頼る為の単独なのに、其処で認められてしまうのは少し心苦しさが胸中を過ぎるが、まさか正直に全てをぶちまける訳にも行かない。
だから結果を出す事で応えようと思う。
矢を取り出して弓に番える。
と言っても単なる普通の矢では無い。先程も述べたが、僕の攻撃は基本的にアンデッドに対して効果が薄いのだ。
敵を引き付ける様な、仲間達への目印になる様な派手な攻撃を行わなければならないのだから、矢も特別な物を使う必要があった。
火晶石と呼ばれるアイテムがある。
中位以上の魔物から取れる魔石の中でも、火の属性を帯びた物を魔術と錬金術で加工した爆発物だ。
結構な危険物なので、売る方にも買う方にも冒険者ギルド、国によっては行政の許可書が必要な代物なのだが、実はうちのチームのパラクスさんは此れを作れてしまう。
勿論素材を買い揃えるのに相応の金銭は必要となるけれど。
しかも火力と効果範囲を高めた物を矢じりの形に加工して、爆裂矢とかパラクスさんは言っていたけど、正直に言えば僕はアンデッドの群れよりもこの爆裂矢を持っている事の方がずっと怖い。
だってどんな仕組みで爆発するのか、僕には全く理解が出来ないのだ。
強い衝撃を与えなきゃ平気とパラクスさんは言うけれど、強い衝撃ってどの位なのかもさっぱりわからないのだし。
一応矢じりの部分には布を巻いて、お互いが直接ぶつからないようにして運んで来たけど、それでも凄く不安だった。
矢の一本一本がとても高価な品だけど、余らしてまた持ち運ぶ事になるのは絶対嫌なのでこの場で全部打ち切ろうと心に決めてる。
僕は弓を引き絞った。
重さで大体の判断は出来るけど、この矢を使っての試射はしてないので正確に狙うのは難しい。
まあ大体で良いのだ。近くに落ちれば爆発はするし、僕の役割はアンデッドナイトにダメージを与えて倒す事じゃないのだし。
アンデッドナイトは魔物に当て嵌めれば高位になるが、トーゾーさんは斬れると断言したので、彼に任せてしまえば良いのだ。
ただ矢の感じが掴めたら、出来ればアンデッドホースは始末した方が良いだろう。
アンデッドホースの戦闘力は兎も角、馬としての移動力は厄介だ。もしもアンデッドナイトに離脱されてしまえば色々と拙い。
矢を、放つ。
宙を裂いた矢は思ったよりも僕のイメージ通りに飛び、アンデッドナイトの間近に着弾して派手な炎の花をその場に咲かせた。
……僕はその威力に、改めて矢筒の中の残りの爆裂矢に恐怖を覚える。
しかしのんびりしている暇は無い。アンデッドナイトに、正確な判断をさせてはいけないのだ。
連続した攻撃で僕を脅威だと思い、部隊の一部を僕の対処に動かす。そんな誤った判断をさせる為に、僕は次の矢を弓に番えた。
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