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第十章『女海賊』
121 弟王子の願い
しおりを挟む夜、僕は拠点の隠れ島にある屋敷の一室を、空を飛んで窓の外から壁をノックする。
ガチャリと窓が開き、僕を中に招き入れたのはアルフィーダ、では無く、弟の王子だ。
「やぁゼフィ。夜食は如何かな?」
問い、僕が片手に持った皿を差し出せば、弟王子、ゼフィルス・アクシウスは笑みを浮かべて皿の上のサンドイッチを頬張った。
こうして僕が彼の部屋に遊びに来るのはもう何度目だろうか?
何せ僕は門の魔法が使えるので、例え出航中であろうとも好きに此の島には戻って来れる。
勿論、其の事はゼフィルス以外には言ってないけれども。
そう、僕は願いも無しにアルフィーダと弟王子の関係に口を挟む心算は無いが、だからと言って別にゼフィルスと知り合いにならない訳でも無い。
「姉上は無事に?」
サンドイッチを平らげた後、問うて来るゼフィルスに、僕は頷く。
アルフィーダが率いるガレオン船が、三隻のガレアス船を撃破したのは丁度昼の出来事だ。
決して楽にと言う訳じゃあなかったけれども、新型船はその性能を申し分なく発揮して、見事に勝利を納めている。
「流石は姉上だ。レプト、知らせてくれてありがとう」
そう言葉にするゼフィルスの瞳に、嫉妬の影はもう薄い。
完全に消えてしまう物では無いだろうが、今は敬意の色の方が遥かに強かった。
無論自然にそうなった訳じゃないが、かと言って僕がそうやって誘導した訳でもないのだ。
最初の出会いは、此の屋敷の中庭で昼寝していた僕に、好奇心を抱いたゼフィルスが話しかけて来たのが切っ掛けである。
「悪魔と言うのが本当なら、島の外の、広い世界の話を聞かせてくれ」
そんな風に言うので、僕は楽しい出来事から悲惨な出来事まで、彼が満足するまで、或いは顔を顰めて止めるまで、存分に語って見せた。
まあ何と言うか、ゼフィルス・アクシウスと言う少年は、良くも悪くも素直過ぎるのだろう。
狭い世界に閉じ込められて、周囲の期待ばかりを受けて育つ。
悪意を知らず、只重みにのみ潰されている。
だから鬱屈とするし、割り切れなくて敬意と情と嫉妬の狭間で炎に身を焦がす。
「それでも、外の世界が見てみたいな」
なんて、素直さ故に零れたその願いを、僕は叶えてやったのだ。
姉は素直じゃないので自分の願いを言わないしね。
対価は彼のお小遣いの一部を戴く。
御付きには内緒でゼフィルスの身柄を掻っ攫って転移したのは、僕がアークラと名付けた、船喰いと呼ばれる巨大亀の背の上だ。
単に僕が、一度アークラの様子を見ておきたかっただけである。
顔を見に来ただけなのに殊の外アークラが嬉しそうなので、僕は彼に頼んで海の底に潜って貰う。
勿論ゼフィルスの為に空気の保護膜と、光源を魔法で用意して。
普通の人間にはまず見られない光景を前に目を丸くするゼフィルスに、
「アルフィーダでも此の光景は見た事が無いだろうね。海賊は死んだら水葬するし、そうしたら見れるんだろうけど」
と言ったら、非常に複雑そうな顔をしていた。
実際その気持ちは複雑なのだろう。
嫉妬はあっても、肉親としての情や、活躍する彼女への敬意が無い訳じゃ無いから。
其れから時折、僕はゼフィルスを色んな場所へ連れて行く。
転移の為の座標は、夜中にこっそり空を飛んで移動して、場所だけ覚えて来たのだ。
先ずは彼が敵だと教え込まれている、帝国の首都へ。
敵に回す国がどれ程に栄えていて、どんな風に人が暮らしているのかを、市場を見たり、酒場に入ったり、スラムを覗いたりしながら教える。
勿論認識の阻害は行ってるので、危険な目には合わせない。
そして次に、ゼフィルスの知らぬ彼の故郷、海の国へも連れて行く。
彼が取り戻す事を期待される国が、今はどうなっているのかを見る為に。
帝国の首都との繁栄の違い。
敗北したが故に受け入れなければならない理不尽。
けれども王が首を差し出して自ら降伏した事で、他の支配地よりはずっとマシな扱いを受けている事。
其れを語りながら、その次は帝国に最後まで抵抗したが故に、徹底的に搾取されている貧しい支配地へ。
帝国の軍船の中を覗きもした。
設備の優秀さや、オールを漕ぐ為の奴隷の悲惨さを盗み見た後、大砲用の火薬を全部盗んで拠点に帰る。
別の日には、助力を請う予定の国も見物に行った。
民の暮らしを見、屋台で買い食いをして、ついでに王宮にも侵入して、色々と腹黒い事をやってる証拠を幾つか貰って置く。
特に何か目的がある訳じゃ無い。
単にゼフィルスが見たいと願ったから、見せるだけだ。
一度航海中のアルフィーダの様子を見せる為に連れて行ったら、丁度身体を拭いてる最中で、怒ったゼフィルスに首を絞められた。
痛くも痒くもないけれど、一応あれは事故である。
普段から覗いてるでは決してない。
兎に角、色々な物を見、更に船長として振る舞うアルフィーダの姿も見た事で、ゼフィルスも色々と考えたのだろう。
外に出かけて遊んだせいもあるだろうが、彼の瞳からは次第に鬱屈とした色は消えて行った。
何を考え、どんな結論を出したのかは僕は知らない。
僕が願われたのは知らない場所を見せる事で、悩みの解決じゃ無いから。
まあ其れでも、僕はゼフィルスと仲良くなった。
勿論彼の御付きや、未だに願いを言ってくれないアルフィーダには内緒である。
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