転生したら悪魔になったんですが、僕と契約しませんか?

らる鳥

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第十章『女海賊』

122 帝国襲来

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 僕が此の世界に召喚されてから二年、ガレオン船の稼働から一年が経過した。
 此の一年でガレオン船は三隻に増えているけど、乗組員の数的に多分此れが最大戦力だ。
 船大工も数が足りてない中で、良く頑張ったと本当に思う。

 対帝国の協力関係を結んだ国にもガレオン船の製造技術は伝えられ、急ピッチで開発が進んでるらしい。
 数年の間には数が揃い、帝国との大戦争が始まる予定だった。
 けれどもアルフィーダの婚姻に関しては、弟王子、ゼフィルスの強硬な反対により潰えたそうだ。
「優秀な将たる姉上を手放せば、騎士等の士気も落ち、とても帝国と戦うどころじゃなくなる」
 と言い、元海の国の文官衆だった老人達を説き伏せたとか。

 どんな心境になったのかを問うてみれば、
「姉上をあんな事してる国にやれる訳ない。一生国に居て貰うさ」
 とか言い出したので、どうやら今更ながらにシスコンに目覚めたらしい。
 僕も思わぬ方向に変わったので、ちょっと焦る。
 でもまぁ、良いかな。
 ゼフィルスは勝手に学んで勝手に変わったのだ。
 僕の知った事じゃない。

「そっかぁ、ゼフィも今更シスコンに目覚めたんだね。よし、今夜またアルフィーダを覗きに行く?」
 と揶揄ってみれば、真っ赤な顔で殴られる。
 別に痛くは無いけれど、気持ちと腰の入った良いパンチだった。
 アルフィーダ自身も、ゼフィルスと話す機会が増えたと言ってたので、きっと良い傾向なのだろう。


 しかし順調な時が続いた後こそ、其の揺り返しはとても大きい。
 妙に静かになった海は、その後に大きく荒れる。
 アルフィーダと海賊達が操るガレオン船に、数度してやられた帝国が、遂に本気になった。
 近隣諸国とのやり取りの為、出入りの回数が激増したせいもあるだろう。

 帝国が隠れ島の場所を突き止め、大軍を派遣して来たのだ。
 その数、ガレアス船五十隻に、大型のガレー船が八十隻。
 潮流の複雑な此の島に、其の全てが辿り着ける訳では無いとしても、かなりの数はやって来る。
 例え新型の船であるガレオン船とて、たった三隻では到底太刀打ち出来ない数だった。
 けれどもアルフィーダ達は海賊を率いて出撃して行く。
 裏の洞窟からゼフィルスや、非戦闘員達を乗せた小舟が逃げれるだけの時間を稼ぐ為に。

 出撃時に僕を引き連れず、ゼフィルスに付いててって言ってたから、多分アルフィーダは死ぬ心算だろう。
 まったくもって不可解だ。
 彼女はもしかして、僕が悪魔だって事を忘れてるんじゃないだろうか。

 避難準備に慌ただしい屋敷のバルコニーから、僕は海に出て行く船を見送る。
 僕はアルフィーダに召喚されたが、契約は未だ交わしていない。
 故に彼女が死ねば、……別に死んでいなくても、あの魂を奪ってしまう事だって可能だった。
 でも、そんな楽しくない結末は、出来れば迎えたくないのだ。
「ねぇ、レプト。姉上は、無事に合流出来るだろうか」
 だから僕は、そう問いかけて来たゼルフィスに、笑みを向けて首を振る。
 勿論、横に。
 下手な慰めなんて無意味な位に、絶望的な状況なのだから、嘘を吐いても仕方ない。

「奇跡でも起きなきゃ無理だよ。どんなに海に愛されてても、此の状況は乗り越えられない。寧ろ海を愛して愛されてるからこそ、アルフィーダは海の底に沈むだろうね」
 だから彼女が稼ぐ時間を無駄にしない為にも逃げる様にと言えば、ゼルフィスの顔は悲痛に歪む。
 全く本当に、彼は素直な人間だ。其の将来が心配になるほどに。
 でも今は、だからこそ都合が良い。
「なんとか、出来ないのか?」
 だって望む言葉を直ぐに引き出せるから。
 僕は笑みのままに、ゼフィルスに向かって頷く。
「其れが願いなら勿論出来るよ。ただし対価は貰うけどね」
 そもそも、実は既に奇跡は起きているのだ。
 僕を引き当てたって奇跡が。



 船は既に敵艦隊を目視出来る所まで進んでいた。
 びっしりとひしめく船の群れは、まるで海に浮かぶ要塞を連想させる。
 立ち向かえば確実に死ぬ。
 そんな脅威を前にしても海賊達、否、今だけは海の国が誇った精鋭、海竜騎士団と呼ぶべきだろうが、彼等は心折れる事無く前へと進む。
 僕が甲板の上に転移したのは、丁度そんな時だった。
「レプトっ? どうして此処に!」
「レプトの兄貴っ!?」
 アルフィーダと、サズリが同時に驚きの声を上げる。
 だから一体誰が兄貴だと言うのだろうか。
 そう言えば、門の魔法で僕が転移出来る事を、彼等は知らなかったっけ。

「やぁ、御機嫌よう。君の弟、ゼフィがね、どうしても姉上を助けてくれって願うからさ、対価と引き換えに其の願いを叶えに来たよ」
 そう言って笑みを浮かべれば、アルフィーダの顔が蒼褪めた。
 敵船の火砲が、此方に照準を合わせてる。
 問答出来る時間は、もう其れほど残っていない。

「レプト、まさか、まさかゼフィを?」
 信じられないと言った風に首を振るアルフィーダに、僕は収納から小刀を取り出す。
 此れはゼフィルスが幼い頃に、アルフィーダに贈られた護り刀だ。
 目を見開いて、まだ勘違いしてるアルフィーダに、僕は告げる。
「うん、そうなんだよ。折角値引きに値引きして、此の護り刀で良いよって言ったのに、ゼフィったら凄く渋るんだ。他の物なら何でも良いからって。アルフィーダもシスコンの弟を持って大変だね」
 僕がそう言ってやれば、アルフィーダは安堵からか、ガクリと膝から崩れ落ちた。
 まあ何の魔力も籠らない代物だが、大事にされた其れは、充分な想いが込められている。
 少しばかりの力を振う対価としては、まあ悪くはない。


 ズラリと並んだ軍船から、次々に火砲が火を噴く。
 けれどもその全てが、僕の張った風の膜により、此方の船からは逸れて海に落ちた。
 多分今頃、帝国の指揮官達は部下を怒鳴り散らしてるだろう。
 でも本当に理不尽なのは此処からだ。

 手を翳して僕は呼ぶ。
「出でよ、契約せし獣。餌の時間だよ、アークラ」
 同じ世界内での召喚である。使う力は少なくて良い。
 僕の呼び掛けに答えて、此方と帝国艦隊の丁度間に巨大な山が、船喰いと呼ばれて恐れられた巨大亀、今は召喚獣となったアークラが出現した。

 巨大な質量が突然出現した事で起きる大波。
 此方側の船は僕が保護してるけれども、数が多い上に密集していた帝国艦隊はさぞや大変な事になってるだろう。
 グォォと鳴き声を上げるアークラに、僕は帝国艦隊を指さして、
「さぁ、食べて良いよ。でも一回壊して中身出してから食べないと、お腹壊すからね」
 捕食の許可を出す。

 喜び勇んで突撃するアークラに、密集した帝国艦隊は逃げる事すら叶わず潰されて行く。
 衝角での突撃も、火砲での砲撃も効かない相手に、今の人間は太刀打ちする手段を持たないから。
 茫然とするアルフィーダや海竜騎士団の前で、人の力を越えた蹂躙は暫く続いた。
 色々と台無しだなぁとは、正直思う。

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