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幕間の章2『派遣と、レプトの仲間達』
37 錬金術師と派遣の悪魔2
しおりを挟む僕が担当する錬金術師、ミット・シェットは、決して才気に溢れた人物では無い。
どんくさいし、良く焦るから失敗も多い。
その癖、失敗する度に一回一回落ち込むのだ。
でもその落ち込みは、彼女がその一回一回に精一杯を注いでる証左でもある。
適当に、どうせ失敗するだろうと投げ槍になっていたなら、焦りもしないし落ち込みもしない。
けれどもミットは、落ち込んだ後でも直ぐに立ち上がって歩き出す強さを持ってた。
他にも良い所は沢山あって、優しく、明るく、他人の為に何かをしようと思える心の広さも持つ。
だから僕は一目見てミットを気に入ったし、人間と言う存在に愛憎複雑な感情を抱くヴィラも、ミットの素直さに心を癒されている様に思う。
「おじさん、注文されてた見習い回復薬300本と初級回復薬200本、持って来ましたよっ!」
冒険者ギルドの扉を潜り、備品担当の男性に声を掛けるミット。
ちなみに持って来たのは荷物運びの僕である。ミットは一本も運んでない。
「おお、本当かい、ミットちゃん助かるよ!」
嬉しそうな男性に、ミットの笑顔も深まった。
まあそりゃあ嬉しいだろう。
そもそも傷を即座に癒す回復薬の類は錬金術師にしか作れないが、初級回復薬は兎も角、ほんの軽い傷を癒す程度の見習い回復薬は値段も安く、わざわざ作ろうと思う錬金術師は滅多に居ない。
だが冒険者ギルドが欲しい薬は、見習い回復薬の様な安い薬なのだ。
金に余裕の無いベテラン未満の冒険者には、軽い傷を放置して悪化させる者が多く、其れが原因で死に繋がる事も時にはあった。
しかし見習い回復薬なら、そんな金の無い彼等にも気軽に使え、放置による傷の悪化を防いでくれる。
だからこそ利益の少なさや手間を気にせず、笑顔で注文に応じ、必要とされる事に喜ぶミットは、この冒険者ギルドではとても人気者なのだろう。
僕は収納から取り出した回復薬を備品担当の男性に渡し、冒険者達に囲まれるミットを見守った。
ミットの錬金術師としての成長速度は決して早くなく、学園から出される月に一度の提出課題もギリギリこなせているのが現状だ。
今現在ミットが苦戦中の中級回復薬の作成も、一応ライバルに当たるパラス・クックは二ヶ月前に成功させたらしい。
もしかしたら向こうからは歯牙にもかけられてない可能性が少し……、いや大分あるが、まぁそれでも良いだろう。
確かに彼方の方が高度な錬金術をこなしているが、それでも恐らく、作製数の数だけで言えばミットが間違いなく上回る。
ミットの薬に助けられた冒険者は、気軽に彼女の採取依頼をこなしてくれるし、そしてまた出来た薬を買ってくれた。
何せ不器用なミットが上達するには、失敗が無くなるまで錬金術を繰り返して身体に覚え込ませるより他に無い。
人の縁を育てながら、ミットは少しずつ成長して行く。
歩みが多少遅かろうと、彼女が楽しんで前に進んでいるなら、それが何より重要なのだ。
会話を楽しむだけなら結構だが、ミットを酒に誘い出した教育に悪い冒険者が出て来たのでそろそろ潮時だろう。
僕は前に進み出てその冒険者をわかり易く威嚇する。
駆け出しだろうと中堅だろうと、或いはベテランだって、命を奪い、奪われそうになる戦いに一度でも身を晒していれば、感じ取れない筈が無い威嚇に、顔を蒼褪めさせた冒険者がサッと後ろに引いた。
「ミット、そろそろ帰るよ。其れとも何か頼みたい素材採取あった?」
僕の言葉に、ん~、と首を傾げたミット。
でもどうやら何も思い当たらなかったのか、笑顔になって、
「大丈夫ですね。よしっ、じゃあ帰りましょう~」
付いて来いとばかりに拳を振り上げて歩き出す。
この世界の錬金術は担当範囲が広く、装備品に対する特殊効果の付与も錬金術のカテゴリーに入る。
今月の学園からの課題は中級解毒薬で、此れの作成に関しては、ミットは既に問題がない。
多少は時間に余裕が出来るだろう。
今までの傾向からすれば来月の課題は中級回復薬で、中級回復薬が作れれば調薬に関しては一人前と言われる為、一旦調薬関係の課題は其処で終わりになると思われた。
となると必然的にその翌月からの課題は装備品に対する特殊効果の付与、付呪関係の課題が出される筈だ。
ミットは不器用なので、新しい事を始めた直後は間違いなくこんがらがる。
出来る限り早めに中級回復薬の作成を成功させ、時間の猶予を作って付呪の訓練に移りた……、
「……さん、レプトさん! もー、聞いて下さいよー」
気付けば、此れからの予定を考えて居た僕の袖を、ミットが懸命に引いていた。
どうやら何度か呼び掛けを聞き逃してしまったらしい。
「ごめん、ちょっと色々考えてたよ。どうしたの?」
ミットの指差す先を見て見れば、其処に在ったのは一軒の屋台。
好奇心旺盛な彼女は割と何にでも興味を示す為、妙な騒動に巻き込まれる事が多い。
前回は道で見かけた野良のケットシーを飼いたいと言い出して、薬を扱ってるのに毛の抜ける幻獣なんて飼える訳が無いと説得するのが大変だった。
まあ屋台なら食べれば満足するだろうし、変な事は起きないだろう。多分。
「見て下さい、アレ、お肉回ってますよ! 凄くないですか!」
大興奮のミットに引っ張られ、屋台に近付いてみれば、確かに縦に肉の柱が回っていた。
これ見覚えあるけど……、あぁ、ドネルケバブか。
勿論名前は違うけど、この世界にもあったのかと、少し感心してしまう。
別に肉が回転するのは凄くは無いけど、でも設備には其れなりにお金がかかってそうで、其方は素直に凄いと言える。
成る程、どうやって縦方向の火力を保持してるのかと思えば、炎鉱石を使ってるのか。
炎鉱石とは、塩を振りかけると反応して高熱を発する、錬金術で作成するアイテムだ。
逆に塩を振りかけると非常に低温となる氷鉱石と共に、錬金術の付呪のカテゴリーに属するアイテムとしては、人々の生活に溶け込んだポピュラーなアイテムと言えるだろう。
でもまあ錬金術師は存在が貴重なので、基本この手のアイテムはお金持ち用である。
「炎鉱石仕込んだグリルで焼いてるね。どうしようか、お昼未だだし、食べて行く?」
何となく話のオチが見えて来たけど、此処でジタバタした所でしょうが無い。
出来れば付呪に手を付けるのは、次の課題になりそうな中級回復薬の作成が終わってからにしたかった。
でも好奇心旺盛で、人と話すのが好きなミットが屋台のおじさんに色々質問しない訳は無いし、そうなるとおじさんも問われるままに答えて行って……、ほら出た。
「肉は兎も角、このグリルに使う炎鉱石が手に入り難くてね。今の炎鉱石の反応が悪くなったら、次が手に入るまでは暫くはお休みかな」
なんて風に言う。
薪を使って火を起こす事に比べれば、炎鉱石は手間も少なく、温度調節も容易で、尚且つ煤も発生しない。
だからお金持ちは多少割高でも買い求め、多少珍しい料理を出すとは言え、庶民向けの屋台の稼ぎで手に届く値段では、中々購入出来ないのも無理は無いのだ。
此方をじっと見詰めるミットが待てをされた犬の様で、僕は思わず苦笑いを浮かべながら頷く。
ぱぁっと表情を明るくし、屋台のおじさんに炎鉱石の作成を申し出るミットを見ながら、僕は頭の中で予定を組み立て直し始めた。
まぁ、人助けは良い事だし、何よりミットが楽しそうだし、きっと何とかなるだろう。
……多分。
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