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第四章『主を遺す老臣』
50 勇者の呪い
しおりを挟むまるで仇を見る様な目で、僕を睨み付ける勇者。
しかし彼の手足は動かず、言葉も喋れず、舌も噛み切れず、辛うじて呼吸のみが許された状態だ。
勿論その呼吸も、僕の気分次第で直ぐに止めれる。
僕は勇者の燃える様な視線に微笑みを返す。
「改めてこんばんは、魔王を討ち果たした勇者ケーニス。あぁ、喋れないだろうから挨拶は返さなくて結構だよ」
アニスとピスカを人間領に送り出してから五日後、無事に帰還した二人と共に、僕は人族領ローフェン国の首都に転移する。
訪れたローフェン国の首都は、中々に大きく、そして街並みも綺麗だった。
技術や文化の成熟度は、多分魔族領に比べても多少進んでいる程度に見える。
僕の知る多くの世界に比べれば、その水準は低い方だと思う。
けれど其れでも思うのは、この国は豊かだと言う事だ。
首都だけがそうなのか、或いはこの国全体がそうなのか、其れとも他の国々もそうなのかはわからないが、少なくともこの場を行き来する人達は皆肉付きも良い。
その表情も穏やかで、のんびりとした雰囲気を感じる。
一応は軍を遠方に派遣しての戦争中の筈だが、彼等にとっては遠い場所の戦いなんて、到底実感を持てる事じゃ無いのだろう。
前線との距離的に考えても、未だ連合軍の敗北が一般民衆にまで知れ渡るのはまだ先だ。
それを知った時、この首都の民衆はどんな反応をするのだろうか?
あくまでも遠くの外征に敗北しただけと思うのか、其れとも逆襲を受けるかも知れないと恐怖に騒ぎ立てるのか。
または国がその情報を隠す可能性もある。
僕はアニスとピスカにもう一つ、大事な調べ物を頼んで別れた。
首都でのんびりと買い物をしながら夜を待つ。
そして日が暮れた後、その身を影と化して勇者が静養する屋敷に忍び込んだ。
警戒はかなり厳重で、警備の数が多い。
果たしてこの警備は、外からの暗殺者に備えているのか、或いは勇者が外に出てしまわない様に見張っているのか。
僕は勇者の部屋のベッドの下に影のまま潜み、食事と入浴を終えた勇者が介助者に連れられてやって来て、
「では勇者様、また明日の朝に参ります。何かございましたらベルでお呼びくださいませ」
と言って部屋から出て行くのを見計らい、ベッドに寝転んだ勇者に呪縛の魔法を掛ける。
もう戦えないと言われるほどに傷付いているからか、自分の部屋だから油断していたのか、それとも勇者の力を持とうとも所詮は人間だからか、呪縛の魔法は実にあっさりと勇者の行動の全てを縛った。
僕は勇者がベッドに寝ている風に見える幻覚の魔法を施して、その身柄を浚って魔族領への門を開く。
飛んだ先は僕等の屋敷の、ヴィラが用意した、邪魔の入らない部屋だ。
勇者であるケーニスが凄い目で睨むので思わず軽口を叩いてしまったが、あまり時間も無いのでさっさと作業に入るとしよう。
一応、後の事を考えて僕は用事が済んだらケーニスを元の場所に返す心算だった。
だから朝までに全てを終わらさないと、ちょっと色々と面倒が起きる。
「ヴィラ、解析の準備は出来てる? おっけおっけー、じゃあ、ちょっと失礼するね」
僕はヴィラが頷くのを確認してから、勇者の胸に手を突っ込む。
と言っても別に心臓とかを抜き取ろうとしてる訳じゃ無い。
今行ってるのは、彼の持つ勇者の力、白の神が与えた力に対する霊子操作での干渉だ。
霊子と魔素で起こす神秘を、根源の法、神が世界の創造に用いた力、魔法と言い、この世界の神が勇者に与えた力もその一種である。
故に同種の力を扱える悪魔なら、解析、干渉は可能であった。
勿論力量差が圧倒的過ぎれば無理だけど、今回はまあ余裕で行けそうだ。
僕は手応えに、掴んだ其れをズルリと勇者の胸から抜き出す。
抜き出された其れを見て、ケーニスの目が驚きに見開かれる。
「うん、あぁ、勇者じゃないのに聖剣を抜けたのが不思議? 其れとも聖剣を持ったのに消し飛ばないのが不思議なのかな。この剣に付与されてるのって、黒の月由来の生物に対する特攻だからね。僕には意味が無いよ」
抜き出した聖剣とケーニスを交互に眺めて観察し、大きな危険はないと判断して、ヴィラに向かって頷く。
ヴィラと僕の感覚がリンクして、聖剣と勇者の力の解析が始まった。
この作業を例えるならば、一ページ一ページに物凄く細かく文字が掛かれた、しかもそのページが物凄く重たい本を読む様な物だ。
ヴィラだけじゃ本のページを捲るだけの力が無く、僕だけだと細かい文字の読み過ぎで時間が掛かるし、頭も痛くなる。
だが元がAIであるヴィラとリンクすれば、そのページの文字は一瞬で読み取れ、尚且つ記憶領域に保存して必要に応じて内容検索も掛けれてしまう。
この言い方はヴィラを道具扱いする様で好まないが、でも敢えて言うなら超便利なのだ。
ヴィラを悪魔として生み出して以降、僕の魔法技術の上昇は留まる所を知らない。
別に其れで強くなってる訳じゃ無いが、まあそれでもこの程度の魔法を弄る事位は朝飯前なのである。
「まぁ言われなくても気持ちはわかるよ。ズルしやがってって事でしょう。でも最初に神に縋ってズルしたのは君達だよね」
ケーニスが何か言いたそうなので、呪縛は解かないが話相手位は作業の片手間になろう。
英雄の器だけあって中々にケーニス本人の抵抗力も硬い。
作業をより円滑に進める為には、少しばかり其処を叩いておく必要もありそうだ。
アニスとピスカは、歴代勇者のプロフィールも調べてくれていた。
何でもケーニスは元々開拓村の出身だが、その後兵士として志願し、数々の武功を立てて将軍にまで登り、そしてその後に勇者の力を得たらしい。
まあ所謂、英雄って奴だ。
「えっと、確か君の出身の開拓村って戦争で焼かれたんだよね。誰が死んだの? 両親、奥さん、恋人? あぁ、目の色が変わったね、恋人かぁ。……でも先に魔族焼いて得た土地なんだから、やり返されても仕方ないよね」
ケーニスの瞳が炎を噴き出しそうに怒りの色に燃えている。
今僕が解析してるのは、勇者の力の伝わり方だ。
此れが有限か無限かで、僕の取るべき方策が変わる。
今予定している干渉は、もし勇者の力の伝わりが無限だった場合、白の月由来の生物、つまり人族は絶滅してしまうだろう。
「君が殺した魔王だって幼い娘が居たんだよ。……うん? 魔族と人族を一緒にするなって言うんだ。まぁその通り。僕は別に人族は今回どうでも良いしね」
まぁ最悪の場合はそれでも別に構わない。
今回僕を呼び、関わったのは魔族なのだ。
この世界の人族に特に思い入れは無かった。
しかし魔族は人族に追い込まれたからこそ、一つに纏まる事が出来、人族を脅威に思ったからこそ魔王はその技術や考え方を魔族に持ち帰ったのである。
だから僕はこの世界には、人族も魔族も両方が必要なのだと思う。
多分本当はそう考えて白と黒の神は人族と魔族を創ったのだ。
ゆっくりと出会えるように距離を置いて。
まあそのバランスを大きく崩したのも、寝起きの悪い白の神なのだけれども。
「要するにね。君達の不幸は、縋った相手が無能だったって事だよ。魔族が縋った僕と違ってね」
その尻拭いのバランス調整を僕がやろうとしているのだから、此れ位の悪口は許されるだろう。
「よし、おっけー、ちゃんと有限だったね。良かった。此れなら人族を滅ぼさずに済むよ」
解析を終えた僕は、その結果に安堵の息を吐く。
結構な回数が伝達する様に設定されていたが、一応はちゃんと有限だった。
少なくとも人族の総数に比べれば、その数はずっと少ない。
けれども同時に、その事実が判明したって事は此れからこの勇者、ケーニスが地獄を見るって話でもある。
「何をする心算だって顔だね。えっと、君なら良く知ってると思うけど、勇者の力は此れまでの勇者の経験を受け継ぐ力だ」
本当に呪い染みた力だと、そう思う。
僕はケーニスの中に聖剣を返し、手を翳して干渉を開始した。
パリパリと、ケーニスの胸の前で火花が散る。
「僕がするのは、この先は経験だけじゃ無くて、ちゃんとその経験を得るに至った状態も一緒に受け継ぐ様に付け足すだけ。ほら、仮にも神の力だから完全に消すのって時間が掛かるから、付け足す方が楽なんだよ」
僕の言葉に、キョトンとした様子だったケーニスだったが、徐々にその意味を理解したらしい。
見る見る間に顔色が真っ青になって行く。
もし今のままの状態でケーニスの力が次に受け継がれれば、次以降の勇者もケーニスと同じく戦う力を失う。
ただし、ケーニスはこの後もう一つ大きな経験をするのだ。
そう、勇者の力の伝授には必須の、前勇者の死である。
つまりケーニスが死ねば、勇者の力は次の勇者も殺し、その後も次々に人族を殺して行く。
此れが、もし力の伝達が無限だった場合、人族が絶滅してしまう理由だった。
「大丈夫。朝になるまえに君はベッドに戻しておくから。呪縛は解かないから、もう動いたり喋ったりは出来ないけどね。まぁ人族は新しい勇者が欲しいみたいだし、多分直ぐに殺して貰えると思うよ」
火花が収まり、干渉は終わる。
別に僕もケーニスを嬲りたくてそんな事をする訳じゃ無い。
此れは時間稼ぎだ。
仮に勇者の力が使い物にならなくなった事が知れれば、人族は再び白の月の神を叩き起こそうとする可能性があった。
流石に其れは面倒なので、今、どうやって人族が白の月の神に呼び掛けたのか、その方法をアニスとピスカが探ってる。
其の為にはもう少しばかり時間が必要となるだろう。
「うん? どうして僕の手で君を殺さないのかって顔かな。えっとね、君が殺した魔王の娘の話をしたよね。僕は今その子の保護者をしてるんだ。本当に君は、運が無かったね」
僕は笑みを浮かべると転移を行い、心の折れたケーニスを彼のベッドに戻す。
魔王を討ち果たした偉大なる勇者の死と共に、大勢の人族が原因不明の死を遂げ、人族の領域が大混乱に陥ったとの報告を聞くのは、其れから少し先の事になる。
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