転生したら悪魔になったんですが、僕と契約しませんか?

らる鳥

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第四章『主を遺す老臣』

56 魔王と副官、四天王の別れ

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 魔王城の最奥にして、最も広い空間、玉座の間。 
 僕とその配下である四人の悪魔は、玉座に足を組んで座る魔王の前に、膝を突く。
 ……身体構造上膝を突くのが不可能なベラと、その背に乗ったピスカは例外だけれども。
「我等四天王、並びに副官ヴィラ、此の座を魔王様に返上します」
 僕等がこの世界にやって来て百二十年、遂にこの時がやって来た。
 首を垂れて礼を取る僕には、玉座から此方を見下ろす魔王、ミューレーンの表情は伺えない。
 でもどうか泣かずに居て欲しいと願う。
 此の別れは最初からわかってた事だけど、其れでも百年を越えて一緒に居れば、当然愛着はあるし、教え導いた子に対しての愛情もある。
 多分其れは、きっとミューレーンとて同じ。

「……長年に渡る忠誠、汝等の働きをわらわは決して忘れはせぬ。皆、面を上げよ」
 彼女の言葉に従い、僕等は皆、顔を上げる。
 長い付き合いの僕等には、声に混じる僅かな震えが感じて取れた。
 けれども立ち上がってミューレーンに駆け寄り、抱きしめて慰める事は許されない。
 公的な場においては、あくまで僕等は臣下であったし、何より其れをしてしまえば何時まで経ってもミューレーンは僕等から離れられなくなってしまう。

 顔を上げて見る彼女は、今は丁度少女と女性の中間、ほころび始めた花の蕾を思われる年頃だった。
 まあ長命種なので百七十歳位の間の筈だけど、魔人は本当に成長がゆっくりなのだ。
 このまま僕等と一緒に居れば、と言うよりベラを引き剥がさなければ、ミューレーンには恋人すら出来そうにない。
 何せベラは、ミューレーンに近寄ろうとする男の殆どを威嚇する。
 例外は僕や、ミューレーンの兄であるツェーレ、そしてまだ幼いツェーレの息子位の物だ。
 そう、ツェーレはちゃんと相手を見付け、やる事をやって子供まで作った。
 出会った当初は脳筋だった彼も、家庭を持った今では落ち着きを身に付け、尚且つ実力も僕等を除けば魔王軍で随一である。
 彼さえ居れば、僕等が去った後も魔王軍は問題無く機能するだろう。

 ミューレーンも魔術の実力は他の追随を許さない域にあるが、戦闘が得意かと言えば決してそうでは無い。
 何と言うか、本当に僕の生徒って感じの性能なのだ。
 まあ其れはさて置いて、話を元に戻すけれど、ベラに威嚇されて平気な男は魔族にはツェーレ以外に存在しなかった。
 故に、僕等はこの世界からの退去を決める。
 結局ミューレーンは、最後まで魔王の座を厭う事は無かったから、僕等は安心してこの世界を去れるだろう。


 私的な別れは、昨夜済ませた。
 実の所、僕等が退去を決めたとは言っても、アニスだけはもう少し此の世界に残るのだ。
 今、此の世界で最も富を握ってるのは間違いなくアニスなので、彼女がポンと消えるとこの世界の経済は大混乱に陥るだろう。
 基本的に僕が退去すれば、僕が呼び出した配下達も同様に退去する事になるのだが、アニスだけは自分の力で世界を渡れる。
 適当な捧げ物さえ受け取れば、此の世界に残り続ける事に不都合はない。 

 そして、ミューレーンには僕の、悪魔王レプトの一派を呼び出せるだけの魔術の実力はとっくに備わっている。
 だから永遠の別れと言う訳じゃ無いのだ。
 もしこの世界の神性存在、白の月の神や黒の神の月が目覚めた時、今の世界の在り方を壊そうと言うのなら、ミューレーンが頼れるのはきっと僕達だけだろう。
 先代魔王の様に、一人で抱え込んで潰れたりせずに、素直に僕等を頼るなら、対価は少し位は安めでも良い。
 神性存在の事が無かったとしても、僕は兎も角、ピスカやアニス、ヴィラにとっては定期的に召喚を掛けてくれそうな勝手知ったる世界は貴重である。
 悪魔王グラーゼンの所で受ける派遣召喚の様に、気楽な仕事で呼んでくれても良いのだ。

 でもベラだけはミューレーンがちゃんと結婚して、子供の一人でも産むまでは呼び出し禁止にさせて貰うけれども。
 

 だが其れでも、矢張りずっと傍に居た僕達が、遠くへ行くのは寂しいのだろう。
 僕等を見下ろす瞳が揺れてる。
 しかしミューレーンは、今や立派な魔王だった。
 全ての魔族を率いる、偉大なる王。
「汝等の存在が無くば、我等魔族はこうしてこの時を過ごせなかったやも知れぬ。初代四天王、並びにわらわの副官よ。汝等は我等魔族の英雄じゃ」
 彼女は僕等が育てた、自慢の子だ。

 ミューレーンが玉座より立ち上がる。
「レプト、ベラ、ピスカ、アニス、ヴィラ、ご苦労であった。必ずやまた会おうぞ」
 溢れる感情を飲み下し、ミューレーンは無事にその言葉を言い切った。
 また必ず、勿論だとも。
 僕等は全員立ち上がり、胸に手を当てる。
「ハッ、我等が偉大なる魔王のご用命とあれば何時でも馳せ参じましょう。其れでは暫しお暇を頂戴します」
 そして一礼と共に、僕等は世界を退去した。

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